雑巾と大正の女

2009年08月18日 | 家族
愛読している雑誌に「雑巾」がとりあげられていた。今時・・・・かと思いつつ、真っ先に読んだ。

 我が母は91歳、昨年認知症になるまで、日々雑巾を縫い続けていた。もういい加減に縫うのを止めたら、と周囲が言い続けた時期もあったが、大正の女は「ただ何もしないで座っていることが出来ない」と、テレビの前に居ても針を持ち続けていた。

 針のメドが通らない時は体調がすぐれない時・・・回りもその判断がつくようになったし、生きがいという面からすれば、認知症にはならないだろうと思っていたのに。ある日、「もうばからしいから」という言葉と共に、認知症に突入した。

 昔はタオルなんてものがなかったから、着古した衣類を最後の最後まで使っていたはず。母も丹念に端切れをはいで、運針の糸の彩りを考えて縫っていた。
 表地の中に芯を入れるのがコツらしい。丈夫にもなるし。

 大正の女は、そうやって身の回りの身辺整理も兼ねて、捨てることなくタンスの中身を減らしてきていた。

 訪れる方に、5枚10枚と差し上げつつ、さらに年に400枚以上を孫子の学校に何十年も届けていた。お陰で私たちは学校に提出する雑巾に困らなかった。

 それだけの枚数を縫うには、自分の中でノルマがあるらしく、日中何かの都合で達成できぬ日は、ベットに座って縫っていたらしい。・・・・認知症防止だわねえ。

 私ときたら、母から貰った雑巾が山ほどあるのに、普段の掃除は古タオルだ。
暮に新しいタオルをおろして、古いタオルは雑巾にまわしていたから。洗濯機でまわして漂白してと、それはそれなりに具合がいいものである。

 昨夏お客様のお宅でお茶をいただきながら、手縫いの雑巾が目に入った。話題は必然的に雑巾の話に。私より1廻り半ほど先輩の奥様は「母から、どんな縫い方でもいいから縫いなさい」と教えられたと話された。タオルなどない時代、着物や布団の側などを、布のまま雑巾にしていることは、女として評価が問われるということだから。そういう躾があった時代もあったのに・・・・。

 雑誌を読みながら、私も雑巾で掃除をしてみようと思った。家中キュツキュツと磨いたら、なんだか気持ちよさそう。

 母の部屋の押入に、物忘れしはじめた母が何回も数えてその必要数が蓄えられている。それは母が皆さんとお別れする日に寄っていただく方に差し上げるべく用意をしたものである・・・・大正の女はご立派!!!

 さすがに近年の物は、針目もふぞろいになってきて・・・・と思って、縫いかけのものに手を出してみるのだけど、そう簡単なものではない。長年縫っている価値あるわー、と「あんたはお裁縫が嫌いで」と母に太鼓判を押されていた私では太刀打ちできない。
依田 美恵子

    軽井沢・佐久で建てる外断熱・省エネ住宅 中島木材の家


【 中島木材のホームページは こちら


ポチットお願い!にほんブログ村 住まいブログへ
にほんブログ村 住まいブログ
ブログランキング・にほんブログ村へ
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする