malのあっちこっちブログ

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気ままに、気張らず、、出来ることを、、、

西日本縦断3000キロの旅・・・⑩ 福岡~しまなみ海道~四国

2011-05-21 18:07:16 | 
博多で濃厚な夜を過ごしたアタシ達は、翌朝、スイーツ探索に出かけた。

首尾よくゲットしてから気になっていたパン屋さんに行くと、、、

サンドイッチが美味しそう・・・

っで、迷わず買い込んでそこで食べることにした。


コーヒーも「illy」の本格派、マダムもおしゃれな本格派

もちろん、スイーツのエクレアは立ち食いしましたが、なにか?



たった一晩の博多の濃厚な夜を満喫して、一路四国に向かいます。
九州最初と最後の地、門司でSAに入り関門海峡を眺めた。


その距離、4、500mか?

こんなに狭いとは思わなかった。



しばし、ここで眺めていたら腹が減ってきたので九州最後の飯を食べることにした。


フグ茶漬けと


成長期の相方はふぐ天丼

付いていたコーヒーのシュガーには


スリムアップと書いてある。

その所為かマズイ珈琲だったなぁ・・・




順調に走って、尾道からしまなみ海道に入った。


最初の橋


二番目の橋


三番目の橋


四番目の橋


そして、最後の橋を渡って四国上陸


当初は道後温泉の方に行って風呂に入ってからどっかで泊まろう、、、なんて話してたけど、

なんだか面倒になって、その計画は中止。

道の駅や温泉を地図でマークして、そこに向かうべく高速に入ったのだが、、

またまた面倒くさくなって入野PAでテン泊することにした。

空いているし、隣は24時間のコンビニ、東屋風の場所も中々よろしい

ってことで・・・


ぐっすり8時間は寝た。

西日本縦断3000キロの旅・・・⑨ 唐津焼~福岡 もつ鍋「やま中赤坂店」

2011-05-20 21:01:44 | 
唐津である意味焼き物を堪能したアタシ達は今晩の宿、福岡に向かった。



宿は大手門にある大濠公園の向かいの明治通りからちょっと入ったところ。
こじんまりとしてるが親切なホテルだった。



天神から中州辺りを散策してから、本日の目玉、もつ鍋「やま中」に向かった。
一階にスーパーが入ったビルの2階にその店はあった。

あとで知ったことなのだが、この場所はやま中以前事務所だったらしい。
そういわれれば余ったスペースをふんだんに利用した東京では考えられないゆったりした空間で
食事を楽しむことができた。


お通し


そして九州ではどこのお店のメニューにもある「酢もつ」


そしてお目当てのもつ鍋

圧巻はトイレ




広々とした空間に椅子、テーブルの待合スペースまで設けられている。
トイレの近い人は、ここでも食べられそう・・・

そしてホテル並みの空間のレセプション


これがもつ鍋や?・・・って感じで良かった。

モチロン、鍋は美味しかった。



問題はそのあと、近くに勧められたラーメン店の「秀ちゃん」があったので、そこに入った。
っで、アタシにはあの濃厚すぎる博多ラーメンは食べられません。。。
なんでも長浜ラーメンは、それ以上に濃厚だとか・・・
一体全体どんな胃袋をお持ちなのでしょう。


しかし、東京を離れて毎回感じることは、地方色豊かな食材の豊富さ。


NIPPON 万歳!!!

西日本縦断3000キロの旅・・・⑧ 唐津焼(熊本千治さんとその作品)

2011-05-18 20:45:15 | 
伊万里、有田である意味洗練された磁器を堪能したので、今度は泥臭い陶器が見たくなって唐津に向かった。

Pはここが今回のメインだったらしい。



伊万里湾を眺めながら下道で唐津に向かう。
九州も割と分かり易く、ロングドライブ以外は全て下道を走った。
唐津焼は窯元がかなり広範囲に散らばっていて目的が絞りづらいので、
まずは駅前にある唐津焼の展示場に入った。

ここは、組合に入っている窯元の作品だけが展示してあった。
面白いものも、良いものもあったけど、どうも土産を対象としているような感じがして今一つしっくりこない。


丁度昼時で腹も減ったので、3階にあった和食に入った。
ここでアタシは「海鮮茶漬け」なるものを注文したのだが、イメージは鯛茶漬け。

しかし、出てきたものを見て、、悩んだ。。。


奥にある角皿が上に乗せる刺身なのだが、お椀の向こうに半分見えているゴマダレに漬けて、なおかつ卵を乗せて食べろと言う。


さぁ困った、どうしよう・・・


まぁいいや、やってみるべぇ・・・

ってことで、トライしたけど、、ハッキリ言って・・・?!*+%&$#”




まぁ、腹も膨らんだので商店街にあると言う一番館と言う陶器屋へ向かった。
商店街の入り口に別の陶器店があったので入ったが、ここも全くの土産屋さん。
何の未練もなく、くるっと歩いて一番館へ向かった。


一番館の隣に伊万里の骨董品を扱っている店があったので入ってみると、中でつながっている。
後でわかったことだが、骨董店は社長の管轄らしい。

っで、この一番館なのだが、中々の品揃えだった。
唐津焼の大御所、中里太郎右衛門さんの作品はもとより、店が認めた、あるいは店が応援する作家の品物だけが展示してあった。

ここでアタシはきれいな緑の中鉢に一目惚れをしてしまった。
その中鉢とぐい飲みを買い求め、聞きだした「赤水窯」の名前に見覚えがあったので先ほどの展示場に戻る。
壁に掲示してある唐津焼の窯元の略図を頼りに、その窯へ押しかけることにした。

その窯は鏡山という唐津湾を望む風光明媚な山の麓にあった。


鏡山から



入り口に「ベルを押してください」、と張り紙があったので押すと、中から
「開いてますよぉ~」と声がかかった。
入ると、ご本人の熊本千治さんが出てきた。

とても気さくで情熱的な熊本さんは、予告なしの招かねざる訪問者のアタシ達を快く受け入れてくれ、一時間もの間、作品や焼き物に対する熱き思いを語ってくれた。

この場を借りて、改めて御礼申し上げる。

っで、この方が熊本千治さんと2010年度日展入選の作品

2008年の特選の作品はすでに買い手がついて、此処にはなかった。


思いもよらぬ人と物に出会えて大満足で唐津を後にした。


西日本縦断3000キロの旅・・・⑦ 有田陶器市

2011-05-17 20:11:10 | 
前日は別府から鍋島の里へ行き、着いたのは12時半頃。

それから狭い街中をウロチョロして、ホテルへのチェックインは4時ころか・・・

シャワーを浴びて、まだ明るい6時ころに食事に出かけた。

ホテルは駅から1分足らずなのだが、店屋がない!

駅の反対側に歩いて行ったのだが、居酒屋が2軒とうどん屋が1軒、まだ開いていない中華が1軒と寿司屋が1軒。

弁当屋が1軒と角を曲がって中華屋が1軒。。。

これですべてじゃあないけど、要するに食べる店がない。

駅前には大きなスーパーはあったけどねぇ・・・




ここのホテルは朝食付き♪
6時半にビュッフェに着いたら満席状態、そうだよなあ、、みんな陶器市に行くのだろう。。。

腹いっぱい詰め込んで7時40分台の電車に乗って有田へ向かった。



有田駅は陶器市一色



駅前には案内所が設置され、たどたどしくも初々しいボランティアの説明を受けてから出発した。

既に街中は人でいっぱい。

雲一つない空は、もう夏。

片道3㎞の両側に500軒もの店が出ているという。

行けるところまで行って戻ろうということになって歩きはじめる。

店・店・店、、、と、陶器・陶器・陶器、、、で目が回る。

そのうち、目が慣れてきて、気に入ったものが見つかるようになってきた。

若い作家は新作陶器で展示も兼ねて販売している。







街のわきには川が流れているが、この川さえも陶器できれいになっていた。





ひと・ひと・ひと



出店も多く、お祭りの屋台のようにかき氷やお好み焼きを売っている。



5時近くまで粘って、くたくたに疲れ果てホテルに戻った。

っで、収穫






しかし、核心はこの後にあった。
例のごとく食事に出かけたのだが、1軒目、入っても気にしてもくれない。
2軒目、時間がかかりますと、空席があってもてんてこ舞い。
3軒目、すいませんと初めてスイマセンという日本語を聞いた。
4軒目、あまり歓迎されそうもなかったが入れてくれた。全く期待できそうもないスナック風の店だったのだが、

これが当たりだった。

注文する物のサーブは早いし、盛り付けもナカナカ、味もなかなか…結構満足の、終わりよければすべてよし、、、でしたとさ。。。

西日本縦断3000キロの旅・・・⑥ 伊万里 鍋島焼

2011-05-16 11:11:11 | 
結局6泊してしまった鉄輪温泉を後にして伊万里へ向かった。

当初の予定は、鉄輪で4泊してから阿蘇へ行きテントでキャンプしながら、
阿蘇の山と、星空を楽しんでから伊万里へ向かおうと考えていたのだが、
阿蘇の予定日に雨が降ったので、変更した。


高速道を武雄まで走り、降りてから40~50分、伊万里の鍋島焼の里に着いた。



この里そのものは、まさに時の城主が門外不出で守った陶芸の技術の里らしく
こじんまりとして落ち着いた佇まいの里だったが、有田、伊万里からも近く
この時期、有田で開催されていた陶器市とも重なって、小雨日和にもかかわらずそれなりの人が出ていた。



この鍋島は、当時は登り窯で焼いていたらしく、その遺構も残っていたが、
現在は恐らくガスで焼いているのではないだろうか。

さすがに人気の場所らしく、一軒一軒の構えも立派だし、お値段もそれなりのものだった。

中でも「お庭焼」と称している店に展示してあった品々は、素晴らしいの一言に尽きた。
あの店にあった小鉢が欲しい。。。


元々、鍋島焼は時の領主の屋敷内で使うものであり、その技術の高さで、
贈り物や献上品となった。
そのため一般には出回ることがなく、明治以降、外に出てはいったが、その数は
当然ながら少ない。
前述のお庭焼の店は、現在も途絶えることのない正当な鍋島焼の技術を伝承する店として、
我こそ鍋島と称しておられる。
しかしながら、本当に見事だった。


ある店のショールームにあった一式


好き嫌いは別にしても、美しい


街中に残る煙突


清正公を祀った神社と大楠木


街外れから街中を見る


ドント塀と呼ばれる、窯に使ったレンガを使って作られた塀と供養塔か・・・



一般に伊万里焼とは、この殿様の鍋島焼と庶民の伊万里焼が伊万里港から出荷されたので総称として呼ばれる。

有田は、その伊万里焼を扱う商人の街なんじゃあないのかなあ・・・

明日は有田の陶器市だ。

7時になったら出かけるぞ、買うぞ・・・

西日本縦断3000キロの旅・・・⑤ 小鹿田焼

2011-05-14 20:32:32 | 
明けて五日目、日田から少し山の方へ向かって小鹿田焼の里へ向かった。

ホントに小さな集落に窯元が集まっていた。



集落の中に展示館があって、その前が駐車場になっている。
それ以外の路上に車を止めると、交互通行ができなくなる。

ここは登り窯で焼いている。


火が入っている窯からは煙が立ち上っていた。


展示館は無人なのだ。

夜は施錠されるのだろうけど、珍しいことだ。




展示品を撮った。


のどかな集落を歩く。

近くで取れる陶土は唐臼と呼ばれる水を利用した仕掛けで
細かくされる。



この音が静かな里に絶え間なく響いていた。

砕かれた陶土は水に溶かされ、濾されて、やがてブロックの
粘土状の塊にされて、天日干しにされる。



こうして作られた器が素焼きされる前に干されていた。





この集落最大の登り窯があった。



何でも共同で使っているらしい。

どの窯元も開放的でじっくり見て回れる。
欲しいものが見つかったらインターホンを鳴らせばいい。

どの窯元も草花が手入れされていて美しい。



石垣には芝桜が咲いている。



この地方の鯉のぼりには初子の名前入りの幟が立っていた。


左下に恐竜がいるのが見えるかなぁ~

お地蔵様もきれいに飾られていた。






帰り道、香川のおぢちゃんから教わった「道の駅 湯布院」の
「とりめし」と「しいたけの天ぷら」を食べに向かう。

ちょっと遠回りになるけど、ここは食いしん坊万歳!

っで、買ったのがコレ!!!


とりめし


と、シイタケの天ぷら

シイタケの天ぷらは絶品。。。



帰りは由布岳を眺めながら・・・





相方が挫かなかったら、、、登れたのにィ~。。。

西日本縦断3000キロの旅・・・④ 阿蘇

2011-05-12 21:05:33 | 
明けて鉄輪4日目、阿蘇へ向かった。

途中「○○○のつり橋」があるので寄ってみた。
おのぼりさん観光客である。

まだ時間も早かったせいか駐車場は空いていたが、
それでもかなりの人が既にいた。

入場料が500円もした。
行ってみて感じたのは、必要で作られた橋ではなく
景観を見せるために作った橋を入場料で償却しようとの
企みなのだが、大きなお世話と感じたし、
第一、ホントに償却できるの?


まぁ、その景色は一見の価値はあった。


吊り橋手前から


これが吊り橋

長いし、高所恐怖症気味の人々には・・・・・・・


滝が2本見える

どうやってコース取りして登ろうか・・・って
真剣にルーファイしちゃいました。。。


揺れるんだよね~


男女を問わず、キュン・・・ってなるでしょ?!?!

橋の上にはガードマンが3~4人は居たかなぁ・・・

まったくすくんで歩けないのに入っている人がいたけど、
怖いもの見たさって、抑えられない欲望なのね。。。



まあ、こんな寄り道をしながら阿蘇に入った。

途中にあった観望台?という名前の場所で


でっかいカルデラの中を眺める


走ってきた道も振り返ると、そのスケール感に圧倒される


まったくでかい


阿蘇観光にはやっぱりヘリしかないか?


目的地はあったのだが、生まれて初めての土地を
地図を見ながら走ることで2度3度と行きつ戻りつするうちに
喧嘩になり、頭に来たアタシが床に投げつけた道路地図が
相方の逞しい腿に当たって、この日の阿蘇は敢え無く終了した。


戻ってくる途中、道端(ジェシカではない!)で売っていた
蜂蜜を購入(旨い!)。
その近くにあったパン屋に行った。





かっこよすぎる建物と内装・・・
聞くところによると、九州ってところは、ほとんど地震は
ナイそうな・・・
そんなことを聞きたくなるような華奢な柱とシンプルな内装の
パン屋さんだった。

西日本縦断3000キロの旅・・・③ 鶴見岳

2011-05-11 20:32:57 | 
<前日の会話>

「明日、あの山登ろうか?」
「ケーブルカーで行けるよ」
「ちゃんと歩いて登るんだよ」
「海抜0メートルから?」
「なんだ、それ? そんなの無理だよ、
 ケーブルカーの乗り場近くに登山道があるよ、多分」


ってな話で、まったく久しぶりにハイクに出かけた。

ケーブルカー乗り場に行ってみると



立派な駐車場のわきに、登山者用の芝生の駐車場がある。
こっちの方が全然よろしい。

山は春真っ盛り



身支度を整えてここから出発する。



出発点が500m前後、上が1360mくらいだから
丁度いいハイクだ。
天気は多少霞んではいるが絶好・・・申し分なし。。。







久しぶりの山を楽しむ



2時間弱で上に着く



眼下に別府湾、冬は絶景なんだろうなぁ・・・



アタシが用意したそぼろ弁当を頬張る。



中段には、おかかと海苔を挟んである。
相方のは温泉卵入り。。。



うっふ~~ん、、、まんぞく。。。



下りはのんびりと下りてきたけど、
またPが浮石で足首を捻って座り込む。

嵩が嵩だけに「ヒヤッ」っとしたが、数分後、なんとか立ち上がることができて
ひと安心だ。







やっぱり、、、

ケーブルカーが良かったのかなぁ・・・

西日本縦断3000キロの旅・・・② 鉄輪温泉

2011-05-10 20:04:52 | 
4月27日の4時過ぎ別府郊外の鉄輪温泉に到着した。

友人のママには、竈に立つたった2枚の携帯の写真で
どこにいるのか見破られてしまった。

恐ろしい・・・悪いことはできないと痛感した。



今回の湯治宿は双葉荘



なんでも36部屋もあるらしい。

付近一帯に「貸間」と書かれた湯治宿が沢山あるのだが、
何故、この双葉荘だけがもてはやされるのか、考えた。

他を知らないので確かなことはわからないが、
この双葉荘は湯元でもある。

中庭に直径1.5m高さ4mほどもある汲み上げ塔がある。
なんでも、ここ鉄輪の源泉は94度、双葉荘でも汲み上げられた時の
温度が78度にもなるらしい。

そのお湯が混浴・男・女と3つの湯船に注がれる。
そして、その熱で調理をする竈が10個ほどもある。
飲用のお湯も、ご飯も野菜も肉も卵も全部ほっとけば出来上がる。

恐らく大きな旅館はとにかく、小さな他の貸間旅館には
この汲み上げ塔がないのではないだろうか・・・

さすがに湯量日本一の別府温泉と感心した。


明けて28日の朝、ぶらりと散歩に出かけた。



双葉荘の裏口を通る「銀座通り」

どうして銀座通りなのかは知る由もない。




メイン通りの坂を上ってゆくと



地獄温泉巡りをする場所に出た。

読むからに恐ろしい名前の温泉巡りだ。
なんでも何か所かを廻る入場券が2000円だとか・・・

鉄輪温泉の街中には100円や無料で入れる温泉が沢山ある。

ここは散歩で良しとしよう。。。


鉄輪温泉「かんなわおんせん」と読む。

西日本縦断3000キロの旅・・・①中国自動車道

2011-05-09 19:12:11 | 
今年は3月4月と、震災やPの作品展などで例年になく慌ただしい日々を過ごした。

作品展の準備と、震災によるアタシの仕事への影響などだ。

そんなことで今年のGWはどこかでノンビリしたいと思った。
この2,3年お気に入りの滑川温泉に行こうかとも思ったが、
福島から入って山形へ抜けるので、この時期は西へ旅することにした。



4月26日、仕事の後の10時、西へ向かってひた走った。
混雑の前に大阪圏は抜けたいと思ったので、一気に中国道の加西PAまで
走ってテントを張った。





まだGWに入る前だったからか、PAはガラガラ、あまり空いているのも良し悪しなので
車の横にテン場を作った。

7時過ぎにPAを出発、13時ころどっかのSAでチャンポンを食べた。



っで、これが旨かったんだけど、どこのSAだろう?