塚田盛彦のつれづれなるままにサッカー

世界中で親しまれているサッカー。このサッカーをフィルターとして、人間社会の構造に迫っていきたいと思います。

量産で品質は落ちる物か

2023-11-13 21:49:44 | 日記

 リーバイスとコンバース。

 

 いずれも米国の服飾産業をけん引してきた両ブランドですが、1990年代から看板商品の501とオールスターの品七は落ちていたといいます。

 

 僕は当時考えもしませんでしたが、そこには「量産」の限界があったのでしょうか。

 

 リーバイスは1986年、赤耳付き501の生産をを中止、脇の縫製と生地の祭壇を簡略化

 コンバースはン円台に応じて、ヒルパッチのデザイン変更、つま先の縫製を簡略化

 

 という面はありました。

 

 その背景には

 

 1・コンバースの場合、オールスターがプロの試合で履く必要がない

 2・したがって縫製を見直す形にした

 3・リーバイスもコンバースも、注文に応じるための手段

 

 があったと思いますね。

 

 ただ、リーバイスは一部米国生産、日本生産で「メイド・アンンド・クラフテッド」という、手仕事にひねりを加えたラインがありますし、ナイキのサポートがコンバースを生き返らせましたね。

 

 つまり、量産は品質維持には困難でしょうが

 

 大口のじ注文に応じられる

 S他らしい価値観の提案

 

 は可能と言えます。

 

 量産されたポリエステル混合のスエットは、今の時期乾燥が早くたすかりますからね。

 

 サッカー・スパイクもミズノの看板商品「モレリア」のように

 

 伝統を維持する

 一方で改善するところは改善

 モレリア・ネオを生み出したように、新しい価値観の提示

 

 があれば、職人技を最大活用できると思いませんか。

 

 ただ、職人の技術に拘泥した場合、その「呪縛」が重くのしかかることはあるかもしれません。

 

 量産と手仕事、その中間がないこと難しいと言えます。

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グアルディオラの洒落た服装

2023-11-13 21:28:13 | 日記

 スティーブ・ジョブズのように、新しい考えと発想をサッカーに投影するのが、ペップ・グアルディオラです。

 

 ただグアルディオラはFCバルセロナで駆け出しのころから、洒落た服装で知られる指揮官でした。

 

 その背景には、妻が出会ったときに洋服やの店員だった、つまり服装を提案してくれる人が身近にいたこともあるのでしょう。

 

 またグアルディオラは個人でプーマと契約していますし、シティは公式スーツを「ディー・スクエアード」を使用していますが、少なく富移動の際は服装に悩むことがありません。

 

 スティーブ・ジョブズは少なくとも、そこの企業とも衣装契約はしていなかったと思いますが。もし彼が契約しいれば。

 

 あの出で立ちは無かったかもしれませんね。

 

 ただ推測で恐縮ですが、

 

 グアルディオラは服装を考えることが嫌いではない

 むしろ考えることが気分転換である

 そこから何か、戦術の発見がある

 

 と考えているようにも見えます。

 

 スペインはイタリアやフランスと比較した際、メゾンのk図は多くありませんが、エクトル・ベジェリンのように、洒落た存在で有名な選手がいます。

 

 ただ彼の場合はロンドンで長く過ごしましたし、グアルディオラもイタリアでプレイしたことが、背景にあるかもしれません。

 

 日本は古着の流通も多いですし、外国籍選手も旧自治は案外楽しいのではないでしょうか。

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敢えて新作ジャージを出さないという意味

2023-11-13 21:21:11 | 日記

 他界した今でも多くのファンを魅了するスティーブ・ジョブズ。

 

 イッセイミヤケの故ルイセーター

 リーバイスのジーパンにニューバランスのグレイシューズ

 

 といういでたちは、毎日同じものを着用することで、仕事に支障をきたすであろうリスクを軽減させる意味合いがあったといいます。

 

 彼には毎日の服装よりも

 

 あたらいい発想を生みÐス

 より魅力的なコンピュータをファンに提供したい

 

 という考えが強かったのでしょう。

 

 スティーブ。ジョブズの服装がある意味で@普遍的」であるならば、物価高で経済の低迷が県される中、Jクラブも敢えて

 

 新作ジャージを提供しない

 その代わり、別のファングッズを発売する

 

 という考えはどうでしょうか。

 

 1980年代のサッカーがまだ牧歌的だったころ、アディダスもプーマも毎年ジャージを更新するようなことはありませんでした。

 

 確かにホームの新作ジャージを更新しないことは、ファンにはつまらない面あるでしょうね。

 

 しかし最新のジャージではなく

 

 着続けることで見えてくる風景

 案外、ジャージの金額に抵抗がある方多々地

 

 などは安心するかもしれません。

 

 勿論優勝や昇格という、限定品はクラブも発売しますし、スポンサーの考えも聞くべきですがね。

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