「日本文学の革命」の日々

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結婚したかった人 10

2020-07-17 06:39:21 | 日本文学の革命
こうして東陽町の職場を去ることになったが、僕の予定としては『電子同人雑誌の可能性』を一年かそこらで書きあげ、『「こころ」と太平洋戦争』にも突入し、文学で暮らしてゆく目途が立ったあと、彼女を迎えにゆくつもりだった。文学で成功したら彼女から連絡がくるだろうと期待もしていた。しかしその後すぐに大スランプに入ってしまったのだ。ほとんど何も書けない状態が一年二年と続いたのである。一時は「死」を覚悟したほどの絶望状況に追い込まれ、彼女を迎えに行くことなどできない状態になってしまったのだ。彼女からの連絡もまったく来なかった。

ただ二年ほど前一度東陽町を訪れたことがある。もしかして彼女の東北転勤は僕を二度とやって来させないようにするためのあの男の嘘で、実際には彼女はまだあのオフィスで働いているのかも知れないと思ったのだ。そこで通勤時間に大通りの向かい側にあるコンビニに入り、そこからオフィスに向かう人の流れの中に彼女の姿を見い出そうとしてみた。

しかしここで驚いたのはオフィスに向かう人間が見知らぬ人間ばかりだったことである。彼女はもちろんかつて一緒に働いていた派遣社員の人たちが誰もいないのだ。翌日もう一度確かめようと今度はあのベンチにすわり、間近で人々を見てみたが、やはり誰も知っている顔がない。東電の玄関前に行って公園越しに中を覗いて見たけど、やはり知っている人間は見られなかった。この二年の間に他社を電力事業に参入させようとする電力自由化は失敗したようだし、東電社員たちが勢いを取り返して、派遣社員たちを一掃したようなのである。彼女への手がかりはまったくなくなってしまった。

彼女からの連絡はなく、手がかりも失い、プロポーズまでしたのだがやはり結婚はできなかった。ただ僕のもとに数回「謎の着信」が届いたことがある。「通知不可能」の設定がされていて僕の方から返信することができない着信が僕の携帯に届いていたのである。僕は仕事から帰るとすぐに寝て夜中に起きて文学の仕事をしているので、人からの電話を取ることがなかなか出来ないのだが、こんな電話を送る相手は思い当たらないし、もしかしたら彼女かも知れない。二年前東陽町にまで行ったのも、実はこの「謎の着信」があったからである。最近もこの着信があったのだが、この時はたまたま電話を取ることができた。僕が「もしもし」というとちょっと息を飲んだような感じがしてすぐ切れてしまったが。もしかしたら彼女なのだろうか。僕が今「結婚したかった人」をわざわざ書いているのは、実はこれがあったからなのである。

いろんな原因や失敗があり、今に至るまで結婚できなかったが、しかし結婚できなかったからこそ今まで文学を続けてこれたという面もある。もし養うべき妻子がいたら、とても文学は続けられなかっただろう。これでも責任感は強い方だから、妻や子を養うために一番就きたくない職業「正社員」にも就いていたかも知れない。やはり妻子のためだと自分い言い聞かせて会社の命令に唯々諾々と完全服従もしていただろう。文学を物理的にも精神的にも続けられなくなり、「日本文学の復活」という事業も途中で諦めていたかも知れない。

しかしすべてができるようになった今、どんどん拍車をかけて書いてゆけば文学で食べてゆけることが可能となるだろう。そうなったら文学と結婚はなんの問題もなく両立できるのである。娘が欲しいなあ。娘ができたら「さやこ」と名付けようか。などと空想に耽っていたときもあるが、それを実際に実現することも可能となるのだ。

失敗続きで、僕もすっかり年を取ったが、いまだに結婚へのかすかな希望を捨てきれずにいるところである。