「日本文学の革命」の日々

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結婚したかった人 7

2020-07-13 04:24:10 | 日本文学の革命
4年ほど前のことになるが東陽町という所でデータ入力の仕事をしたことがある。この東陽町というところは東京の下町の方にあるちょっとしたオフィス街といった町で、様々なビルが立ち並んでいる所である。

そこにある会社でデータ入力の仕事をしたのだが、その会社とはなんとあの東京電力であった。東京電力は大きく三つ、電力部門、送電部門、小売り部門に分かれており、それぞれに本社があるのだが、そのうち送電部門の本社に当たるのがこの会社だった。
駅から真っすぐに伸びる大通りを20分ほど歩いたところにある会社で、玄関先にちょっとした公園のようなスペースまである大きな建物だった。

ホテルのロビーのような待合室を通るとそこには様々なオフィススペースがあった。メインのオフィススペースや二階三階の階上のオフィススペースや別館のオフィススペースがあり、特にメインのオフィススペースの広さは広大なもので、端の方にいる人間は点にしか見えないほどだった。

そして驚いたことにこの広大なオフィススペースで働いているほとんどすべての人間が派遣社員なのである。みんな僕のように派遣会社から集められた人間ばかりであり、東京電力の社員たちがいないのだ。
ただよく見ると東京電力の社員もいるのである。メイン的なオフィススペースの隣の部屋とか小さな部屋とかに押し込められるようにして働いていて、その小さな部屋の前には東電社員の誇りを示すかのように「社員専用。立ち入り禁止」などという紙が貼ってあった。中にはトイレの向こうの部屋に押し込められている東電社員もいた。どういう作りになっているのかちょっと分からないのだが、トイレに入るつもりでドアを開けて入るとその向こうに部屋があるのがうかがえて、そこで東電社員たちが働いているのである。
東電社員たちも時々メインオフィスにやってくる。それは派遣社員たちに仕事のやり方を教えるためであり、派遣社員たちは仕事のやり方が分からなくなると東電社員を呼び出して教えてもらうのである。

なぜこんなことになっているのかを推測すると、「電力自由化」という政府の方針が関係あるらしい。「電力自由化」を推進し、多くの会社を電力事業に参入させようと政府はしていたのだが、その際ネックになるのが送電部門である。この送電部門で東電社員たちが様々な妨害やサボタージュをしてきたら東京電力から他社への電力の切り替えがスムーズにいかなくなる。「電力自由化」が妨げられてしまうかも知れない。だからこそ派遣社員を大量に送り込み、東電社員たちを片隅に逼塞させ、仕事の実務は派遣社員にやらせようとしたのだろう。

この政府の政策を現場で指揮していたのは携帯電話の大手auの子会社から出向してきた男性社員である。auも電力事業に参入しようとしていたので、それを妨害しかねない送電部門を抑えるために、いわば別動部隊の隊長として派遣されてきた男なのだろう。ただ隊長といってもこの男の下に部下はいなかった。時々上司の人が見周りに来るくらいで、ほとんどこの男一人で切り盛りしていたのである。たしかに東電社員の仕事を派遣社員に移すだけの仕事で、肝心なことは実務に精通している東電社員を政府の威光を借りて動かせばいいのだから、この男一人でもなんとかなったのだろう。しかしある意味敵地に一人で乗り込むような仕事で、東電社員の恨みを一身に買う立場となり、辛かったとは思う。ロビーで東電社員に混ざってよく弁当を買っていたのだが、東電社員の冷たい視線をひしひしと感じているらしくいつもこわばった表情を浮かべているのが印象的だった。

この男の下に部下はいなかったが、アシスタントの女性が一人、同じauの子会社から出向してきていた。その人が実は「結婚したかった人」である。