まずはあの名曲『糸』から始まった。歌詞が実に素晴らしく、「しあわせ」とは何かを教えてくれる曲だ。『時代』も歌われた。彼女の出世作で東日本大震災では被災した人々を最も感動させた曲だそうで、時代を超えて歌い継がれている名曲である。『わかれ歌』もいい。『悪女』にしろ『ほうせんか』にしろ彼女の青春時代の曲は実に抒情性が豊かで感動的だ
『ファイト!』や『宙船』もいい。どれだけ励まされたか分からない。僕自身が「ボロ船」状態で進んでいたときに聴いた曲だからなおさらだった。「お前が消えて喜ぶ者にお前のオールを任せるな!」という絶叫には何度聴き惚れたか分からない
『地上の星』も実にいい曲だ。僕も「地上の星」の一つになりたいと誓ったほどだった。『空と君の間に』も実に素晴らしい。あんな風に女性を支えられたらどんなにいいだろうと思わせるものだった。『麦の唄』も感動的だ。もう いい曲のオンパレードである!
僕と中島みゆきのつき合いは古く、二十代の若い頃から彼女の曲を熱心に聴いていた。カセットテープで彼女の曲を繰り返し繰り返し聴いて(当時はまだカセットテープがあったのである!レコード盤もまだ残っていた。しかし今ではCDすらも無くなりそうだが)、一人彼女の曲を聴いては感動の涙を流したりしていた。その頃僕は中島みゆきのことを「僕の女性」と呼んでいた。「心の恋人」「魂の伴侶」といった意味でそう呼んでいたのだが、それほど僕にとって大切な存在だったのだ
90年代に入ると実は彼女も「反外国主義運動」を始めたのであった。『パラダイスカフェ』というアルバムを出すなどして、彼女もまたこの運動に加わっていたのである。桑田佳祐の応援をして秋元康のAKBが桑田佳祐を窮地に追い込んだときなどは『泣いてもいいんだよ』という曲を書いて秘かに桑田佳祐を支えたりもしていた。彼女がその全人生を通して追い求めていた「愛の実現」ーそれがこの運動の向こうにあることを彼女も確信していたのである。まさに中島みゆきは「反外国主義運動」にとって最も強力で最も頼もしい「女神」的存在になったのである
これから決戦に臨むに当たって、実に素晴らしく実に縁起のいい番組を観ることができた。「反外国主義運動」はこのままでは終わらせない。必ず中島みゆきも喜ぶような成果を挙げてみせる!
『ファイト!』や『宙船』もいい。どれだけ励まされたか分からない。僕自身が「ボロ船」状態で進んでいたときに聴いた曲だからなおさらだった。「お前が消えて喜ぶ者にお前のオールを任せるな!」という絶叫には何度聴き惚れたか分からない
『地上の星』も実にいい曲だ。僕も「地上の星」の一つになりたいと誓ったほどだった。『空と君の間に』も実に素晴らしい。あんな風に女性を支えられたらどんなにいいだろうと思わせるものだった。『麦の唄』も感動的だ。もう いい曲のオンパレードである!
僕と中島みゆきのつき合いは古く、二十代の若い頃から彼女の曲を熱心に聴いていた。カセットテープで彼女の曲を繰り返し繰り返し聴いて(当時はまだカセットテープがあったのである!レコード盤もまだ残っていた。しかし今ではCDすらも無くなりそうだが)、一人彼女の曲を聴いては感動の涙を流したりしていた。その頃僕は中島みゆきのことを「僕の女性」と呼んでいた。「心の恋人」「魂の伴侶」といった意味でそう呼んでいたのだが、それほど僕にとって大切な存在だったのだ
90年代に入ると実は彼女も「反外国主義運動」を始めたのであった。『パラダイスカフェ』というアルバムを出すなどして、彼女もまたこの運動に加わっていたのである。桑田佳祐の応援をして秋元康のAKBが桑田佳祐を窮地に追い込んだときなどは『泣いてもいいんだよ』という曲を書いて秘かに桑田佳祐を支えたりもしていた。彼女がその全人生を通して追い求めていた「愛の実現」ーそれがこの運動の向こうにあることを彼女も確信していたのである。まさに中島みゆきは「反外国主義運動」にとって最も強力で最も頼もしい「女神」的存在になったのである
これから決戦に臨むに当たって、実に素晴らしく実に縁起のいい番組を観ることができた。「反外国主義運動」はこのままでは終わらせない。必ず中島みゆきも喜ぶような成果を挙げてみせる!