新宿のコールセンターで働いていた時のことである。エネオスという石油会社が電力事業に参入する一環で新たに設けたコールセンターで、数十人規模の部署であり、若い人間が集まった活気のある部署であった。僕もその一人として働いていたのだが、そのオフィスの片隅にひっそりと座っている正社員の男がいた。いつも書類に目を通しているだけで、これといって何か仕事らしきことをするでもなく、誰かと話をしているところも見たことがない。ただ上級スタッフの人から「この人のデスクの前を通るときは気をつけるようにして」と注意を受けていた。実は彼こそが首切り担当役人であり、このオフィスにいる人間たちに目を光らせ、首にする人間を選定していたのである。だが普段はそんな素振りはまったく見せずに書類だけに目を通している。ただほんの時の間だが「コブラのような目」で周囲を見ている時があったのを覚えている。
僕がその部署で働いて二、三か月たった頃、突然移動となった。もう電話すらも取れない窓際への移動であり、仕事もただ封筒を折るだけの屈辱的な仕事となった。つまり首切りと選定されたのである。これまでの仕事でミスをした覚えはないので、やはり僕のあの性格―女性をきちんと女と見てやさしくする。ただ別に下心があるわけではないが―が災いして「恋愛禁止」の掟に抵触していると判断されたのだろう。
契約期間が終わる前に辞めるともうその派遣会社から仕事をもらえなくなるかもしれない。だから任期満了までここに居続けることにしたが、仕事は屈辱的だし、いやったらしいいじめはしてくるし、皆のさらし者にされているしで、嫌な日々が続いていた。
そんなとき僕の隣の席に女性が移動してきた。彼女も派遣社員なのだがジェネラルマネージャーというリーダー格で派遣されてきた女性で、若くてかわいらしい女性だった。実は彼女も窓際に追いやられてきたのである。彼女はいつもにこにこ穏やかな笑顔を浮かべているかわいらしい女性なのだが、よく言えばオットリ、悪く言えばポワワ〜ンとした人だった。昔であればお茶汲みOL、職場をなごやかにする花として立派にオフィス内で生息できたのだが、ジェネラルマネージャーなどというキリキリ働かねばならない職には合わなかったのだろう。いつもにこにこしているところも笑ってごまかしていると取られたのかも知れない。本業を追われ、窓際に追いやられ、僕のように封筒を折る仕事をさせられたのである。
こういう仕打ちには慣れっこになっている僕とは違って、彼女はすっかり落ち込んで、封筒を折りながら今にも泣き出しそうな様子をしていた。僕はこれはなんとかしてやらねばと思い、いろいろ元気づけたり、得意のユーモアや道化で彼女を笑わせたり、彼女を慰めるために力を尽くした。時おり「コブラのような目」が注がれていることに気づいたが、そんなことは無視して、窓際に追いやられた者同士仲良くなっていった。
やがて彼女は窓際を離れ、本業に戻っていった。彼女の場合窓際に追いやったのは一時的なことであり、本業をしっかりやらないと今度こそ首にするぞという脅しだったのだろう。
やがて僕の契約期間が終わる前日となった。翌日にはもうこの職場を去ることになる。ここに至って僕は彼女をデートに誘ってみようと決意した。コブラの監視網が厳しくて今まで手も足も出なかったが、もう明日辞めるのだからそんなことは恐くない。今日デートの誘いをして、明日返事を受け取り、ダメだったらそのまま立ち去ればいいだけだ。
そう決意して、食堂にいた彼女と二言三言話したあと、さりげなく「チケットが手に入ったので一緒にジブリ美術館に行きませんか」と書いた紙片を彼女に手渡して、その場を立ち去っていった。
僕が彼女に紙片を手渡したのが4時30分のこと。それから5時30分に定時退社して、1時間半ほどかけて家にたどり着いた。そしてカバンの奥のケータイを取り出したとき、ビックリしてしまった。派遣会社から着信の嵐が届いていたのである。カバンの奥に突っ込んでいたからまるで気づかなかったのだ。派遣会社に電話したところ、「あなたジェネラルマネージャーの女性をデートに誘いましたね。そういうことをする人間はこれ以上雇うことはできないと先方様から言われました。今日で雇用は打ち切りです」と告げられた。
どうやら僕から紙片を渡されてデートに誘われたことを彼女が職場仲間に喋ったらしいのである。それがコブラの監視網に引っかかってコブラの知るところとなり、即座に手を打ってきたのだろう。
結局彼女の返事を聞くこともできないままその職場を去ることとなった。
僕がその部署で働いて二、三か月たった頃、突然移動となった。もう電話すらも取れない窓際への移動であり、仕事もただ封筒を折るだけの屈辱的な仕事となった。つまり首切りと選定されたのである。これまでの仕事でミスをした覚えはないので、やはり僕のあの性格―女性をきちんと女と見てやさしくする。ただ別に下心があるわけではないが―が災いして「恋愛禁止」の掟に抵触していると判断されたのだろう。
契約期間が終わる前に辞めるともうその派遣会社から仕事をもらえなくなるかもしれない。だから任期満了までここに居続けることにしたが、仕事は屈辱的だし、いやったらしいいじめはしてくるし、皆のさらし者にされているしで、嫌な日々が続いていた。
そんなとき僕の隣の席に女性が移動してきた。彼女も派遣社員なのだがジェネラルマネージャーというリーダー格で派遣されてきた女性で、若くてかわいらしい女性だった。実は彼女も窓際に追いやられてきたのである。彼女はいつもにこにこ穏やかな笑顔を浮かべているかわいらしい女性なのだが、よく言えばオットリ、悪く言えばポワワ〜ンとした人だった。昔であればお茶汲みOL、職場をなごやかにする花として立派にオフィス内で生息できたのだが、ジェネラルマネージャーなどというキリキリ働かねばならない職には合わなかったのだろう。いつもにこにこしているところも笑ってごまかしていると取られたのかも知れない。本業を追われ、窓際に追いやられ、僕のように封筒を折る仕事をさせられたのである。
こういう仕打ちには慣れっこになっている僕とは違って、彼女はすっかり落ち込んで、封筒を折りながら今にも泣き出しそうな様子をしていた。僕はこれはなんとかしてやらねばと思い、いろいろ元気づけたり、得意のユーモアや道化で彼女を笑わせたり、彼女を慰めるために力を尽くした。時おり「コブラのような目」が注がれていることに気づいたが、そんなことは無視して、窓際に追いやられた者同士仲良くなっていった。
やがて彼女は窓際を離れ、本業に戻っていった。彼女の場合窓際に追いやったのは一時的なことであり、本業をしっかりやらないと今度こそ首にするぞという脅しだったのだろう。
やがて僕の契約期間が終わる前日となった。翌日にはもうこの職場を去ることになる。ここに至って僕は彼女をデートに誘ってみようと決意した。コブラの監視網が厳しくて今まで手も足も出なかったが、もう明日辞めるのだからそんなことは恐くない。今日デートの誘いをして、明日返事を受け取り、ダメだったらそのまま立ち去ればいいだけだ。
そう決意して、食堂にいた彼女と二言三言話したあと、さりげなく「チケットが手に入ったので一緒にジブリ美術館に行きませんか」と書いた紙片を彼女に手渡して、その場を立ち去っていった。
僕が彼女に紙片を手渡したのが4時30分のこと。それから5時30分に定時退社して、1時間半ほどかけて家にたどり着いた。そしてカバンの奥のケータイを取り出したとき、ビックリしてしまった。派遣会社から着信の嵐が届いていたのである。カバンの奥に突っ込んでいたからまるで気づかなかったのだ。派遣会社に電話したところ、「あなたジェネラルマネージャーの女性をデートに誘いましたね。そういうことをする人間はこれ以上雇うことはできないと先方様から言われました。今日で雇用は打ち切りです」と告げられた。
どうやら僕から紙片を渡されてデートに誘われたことを彼女が職場仲間に喋ったらしいのである。それがコブラの監視網に引っかかってコブラの知るところとなり、即座に手を打ってきたのだろう。
結局彼女の返事を聞くこともできないままその職場を去ることとなった。