とここまで書いてきたが、あまりに抽象的な問題なので、しかもそれを具体的に書くこともできないので、自分でも書いていて嫌になってきた
もっと具体的な問題もいろいろ書いているのである
たとえば「ゲームについて」「推理小説の仕組み」「映画の幻惑技法」「マンガとアニメー子供の眼から見た世界」「会社について」「恋愛ドラマ」「会話と人種」「アダルトビデオの本質」「仮想現実について」「コンピュータの本質ー関数」などなど
いずれも今人々を魅了しているもの、その生命の様式はどういうものかを考えてみたものである
変わったところでは「エヴァンゲリオンの“謎”」というものも書いた
『エヴァンゲリオン』は最近はじめて見た。オタクやマニアが見るものだというので、はじめはバカにしながら見ていたのだが、見終わったとき「これはなかなかいいぞ」と感心した
劇場版も見たくなって、アマゾンで注文して買ってみた。この劇場版は「エロ・グロ・ナンセンス」で「ひどい」ものだとすこぶる評判が悪いのだが、実際見てみると結構いいのである
『エヴァ』を見た者が興味を持つのが、その何がなんだか分からない“謎”であるが、僕もその“謎”に興味を持ち、それを書いてみたのがこの小論である
一言で言えばこの“謎”には、「現代日本人が抱えている魂の問題」が的確に捉えられているのである
解答は与えられていないが、問題は見事に描き出されているのだ
おそらくシンジという一人の対人恐怖症者を主役に据えたことが、この成功をもたらしたのだろう
(エヴァンゲリオンの切れた悪魔のような形姿ーこれも対人恐怖症者の一つの側面なのである。対人恐怖症者とは“日本人の影”であり、従来の日本的世界に適応できなくなった者たちであり、ある意味日本的世界に対する反逆者なのである)
『エヴァンゲリオン』がなぜ今でも注目されているのか、よく分かる気がする
まあ こういうふうにしていろいろ書いている
百枚四冊のノートも埋め尽くしてしまう勢いだ
こうして書いている内に、ゴールが次第次第に見えはじめている
どこにそれがあるのか、どうすればそこに迎えるのか、その具体的な形はどういうものか
どんどん分かってきているのである
もう理論的には出来たようなものだ
とにかく「新しい文学」を今ここで生み出してしまおう
なんとしてもそれを成し遂げたい
もっと具体的な問題もいろいろ書いているのである
たとえば「ゲームについて」「推理小説の仕組み」「映画の幻惑技法」「マンガとアニメー子供の眼から見た世界」「会社について」「恋愛ドラマ」「会話と人種」「アダルトビデオの本質」「仮想現実について」「コンピュータの本質ー関数」などなど
いずれも今人々を魅了しているもの、その生命の様式はどういうものかを考えてみたものである
変わったところでは「エヴァンゲリオンの“謎”」というものも書いた
『エヴァンゲリオン』は最近はじめて見た。オタクやマニアが見るものだというので、はじめはバカにしながら見ていたのだが、見終わったとき「これはなかなかいいぞ」と感心した
劇場版も見たくなって、アマゾンで注文して買ってみた。この劇場版は「エロ・グロ・ナンセンス」で「ひどい」ものだとすこぶる評判が悪いのだが、実際見てみると結構いいのである
『エヴァ』を見た者が興味を持つのが、その何がなんだか分からない“謎”であるが、僕もその“謎”に興味を持ち、それを書いてみたのがこの小論である
一言で言えばこの“謎”には、「現代日本人が抱えている魂の問題」が的確に捉えられているのである
解答は与えられていないが、問題は見事に描き出されているのだ
おそらくシンジという一人の対人恐怖症者を主役に据えたことが、この成功をもたらしたのだろう
(エヴァンゲリオンの切れた悪魔のような形姿ーこれも対人恐怖症者の一つの側面なのである。対人恐怖症者とは“日本人の影”であり、従来の日本的世界に適応できなくなった者たちであり、ある意味日本的世界に対する反逆者なのである)
『エヴァンゲリオン』がなぜ今でも注目されているのか、よく分かる気がする
まあ こういうふうにしていろいろ書いている
百枚四冊のノートも埋め尽くしてしまう勢いだ
こうして書いている内に、ゴールが次第次第に見えはじめている
どこにそれがあるのか、どうすればそこに迎えるのか、その具体的な形はどういうものか
どんどん分かってきているのである
もう理論的には出来たようなものだ
とにかく「新しい文学」を今ここで生み出してしまおう
なんとしてもそれを成し遂げたい