書名:宇宙はどうして始まったのか
著者:松原隆彦
発行:光文社(光文社新書)
目次:第1章 「この宇宙」には始まりがある
第2章 無からの宇宙創世論
第3章 量子論と宇宙論
第4章 相対論と宇宙論
第5章 素粒子論と宇宙論
第6章 宇宙の始まりに答えはあるのか
多くの人は、宇宙の端にたどり着いたら、その先はどうなっているのかが知りたいと思う。学者は、丁度、風船の上を歩いていくと、また元の場所に戻ってきて、永久に宇宙の果てにはたどり着けないと、答える。その答えに「なるほど、そうだったんだ」と考える人は、この書「宇宙はどうして始まったのか」(松原隆彦著/光文社)を読む必要はないのかもしれない。「そう言われても納得がいかない」と考える人はこの書を読むべきだろう。その理由は、著者がまえがきに書いている通り「本書では最先端の研究の解説よりも、それについてああでもない、こうでもないと批判的にいろいろな可能性を考えていくことで、随筆的な雰囲気を含むようにしました」と書いている通り、同書はこちこちの学術書ではなく、一般の人が疑問に思う事柄を、最先端の研究成果に基づいて、著者が分かりやすく解説してくれている。
この書のタイトルにもなっている「宇宙はどうして始まったのか」について最近、インフレーションという言葉がマスコミを賑わせている。アメリカの研究チームが「インフレーションの痕跡を発見した」と発表して、一時、学界が大騒ぎになったが、その後、検証機関により間違えだと結論付けられて一件落着となったが、今後、インフレーションの痕跡が見つかる可能性は大いにありうる。そのためにも、宇宙の門外漢であってもインフレーション理論を少しでもかじっておいた方がいい。宇宙論で言うインフレーションとは「宇宙初期に宇宙の大きさが急膨張することを表している」ということである。ここで、多くの人は、「昔、宇宙の始まりはビックバンである」と教わったが、宇宙の始まりは、インフレーションなのか?ビックバンなのか?という素朴な疑問が頭を過ぎる。
この書ではこの答えをこんな風に説明している。それは「研究者の間では、標準ビックバン理論における最初の火の玉のような状態を『ビックバン』と呼ぶことが多い。インフレーションが最初の火の玉のような状態を作り出すのだから、この場合は、インフレーションの方がビッグバンよりも前に起きたということになる。つまり、ビッグバンとインフレーションのどちらが先に起きたかについては、何をビッグバンと呼ぶかによって答えが変わる。したがって、これは単なる言葉の問題でしかない」「一般向け解説書は、話を分かりやすくするために話が単純化されている場合が多い」という。つまり、ビッグバンをどのように定義するかがポイントなのだ。さらにこの書では、「初期特異点」という用語を使って宇宙の始まりの解説が続くが、専門家の間でも「初期特異点」について統一がついているわけではないという。さらに、「宇宙の本当の始まりは、インフレーションよりも前であり・・・」とインフレーション以前にも話が及び、宇宙の始まりの話題は尽きない。
この書の「第6章 宇宙の始まりに答えはあるのか」は圧巻である。我々が考える宇宙の始まりとは、また異なる考えが次々と紹介される。例えば、ホィーラーという学者が提案した「観測者参加型宇宙」。「ホィーラーによれば「膨大な数のビットからなる情報がこの世界の存在をつくり上げいるのだという。私たちは直観的にこの世界や宇宙が存在していると考えているが、そうした存在というものでさえも、突き詰めれば情報の集まり以上のものではない」というのだ。何やら、神がかり的考えにも感じられるが、よく考えると道理のある考えでもある。この世のあらゆるものは、私たちが情報を処理する過程で生まれてくるとホィーラーは主張する。この世にあるものが、本当にあるか否かは、情報処理にゆだねられているというのだ。何やら、宇宙の構造の理由を人間の存在に求める考え方である人間原理を思い起こさせる。著者は、あとがきで「宇宙論には、先入観の入り込む余地が大きい傾向にあります。先入観を乗り越えて宇宙の真実を明らかにするには、虚心坦懐に宇宙を見つめていくしかありません」と締めくくっている。
(勝 未来)