書名:宇宙背景放射~「ビックバン以前」の痕跡を探る~
著者:羽澄昌史
発行:集英社(集英社新書)
目次:第1章 宇宙の「ルールブック」を求めて―素粒子実験から宇宙誕生の瞬間を撮る実
験へ
第2章 ビッグバンとCMB
第3章 「空っぽ」の空間
第4章 インフレーション仮説
第5章 原始重力波とBモード偏光
第6章 ポーラーベアの挑戦
第7章 戦国時代のBモード観測―ライバルとの競争、そしてライトバード衛星へ
この書籍「宇宙背景放射~『ビッグバン以前』の痕跡を探る」(羽澄昌史著/集英社)は、宇宙最古の光である「宇宙背景放射」(あるいは「宇宙マイクロ波背景放射」)、英語では、「Cosmic Microwave Background」略して「CMB」について、一般の読者向けに分かりやすく書かれた書籍である。通常、宇宙の起源に関する書籍は、難解で素人にはなかなか読み通すことが困難ものが少なくない。これに対し、同書は、基本的には宇宙についての専門知識が無くても、一気に最後まで読み通すことができ、読み終わったときは、今、宇宙の解明がどこまで進んでいるかが、大雑把に把握することが出来るようになるという、貴重な書籍と言える。宇宙がまだものすごく小さかったときに起きたのが、138億年に前に起こったビックバンである。このことは、ほとんどの人が知っているであろう。宇宙最古の光であるCMBは、このビックバンにより生まれたのだ。つまり、ビックバンを知っているということは、知らず知らずのうちにCMBも知っていることに繋がる。そう考えると、CMBが身近な存在になってくる。「ビックバン仮説」を言い出したのは、ロシア出身のアメリカ人物理学者のジョージ・ガモフである。つまり、誕生したばかりの宇宙は超高温・超高密度の「火の玉」であり、それが爆発を起こしたという理論だ。もっとも、「ビックバン」という言葉を最初に使ったのは、ガモフとは正反対の、宇宙には始まりも終わりもないとする「定常宇宙論」を提唱したフレッド・ホイルだったということは、誠に皮肉なことだ。ホイルが、ガモフの理論を貶すために使った「ビックバン」だったが、今ではガモフの理論は「ビックバン理論」と呼ばれ、その正しさが証明されている。
このガモフの「ビックバン理論」は、ある予言をしていた。もし、過去の宇宙が熱い火の玉であったとすれば、その時の光が現在の宇宙にも残っているはずだ、というのである。ただしそれは、光として残っているのではなく、その後、宇宙空間が膨張したことによって、波長が引き伸ばされ、電磁波の一つであるマイクロ波として存在しているはずである、とする。ここで、昔、習った、光も電磁波に一つで、可視光線とよばれていることを思い出してほしい。一般には、光は目に飛び込んでくるのに対し、電磁波はまったく見えないから、同じものと言われてもピンと来ないかもしれないが、光も電磁波も同じ横波で、ただ、周波数が違うだけの話なのである。では、どうしてそんなビックバンの名残のマイクロ波が宇宙を漂っているのを、人類は発見できたのであろうか。結論から言うと単なる偶然からである。アメリカのベル研究所に在籍していたアーノ・ペンジアスとロバート・W・ウィルソンの二人は、人工衛星を利用した長距離通信プロジェクトで開発された「角笛アンテナ」と呼ばれた巨大なアンテナを電波天文学に転用できないか、いろいろと実験を行っていた。その時、アンテナをどの方向に向けてもノイズが入ってくる。ノイズが入って来ては、本来の実験ができない。二人は、いろいろ調べてみたが、ノイズの原因はさっぱり分からない。最後は、ハトの糞が原因ではと、考える始末。その後、二人は、宇宙物理学者の助けを受け、このノイズこそがCMBのマイクロ波である結論を得る。この結果、二人は、ノーベル賞を受賞する。偶然がノーベル賞に繋がったのだから面白い。ただ、パスツールが言っているように「偶然は、準備のできてない人は助けない」(このことは「セレンディピティ」という言葉が使われる)ということで、二人は、準備ができていたということになろう。
ここまでは、大体常識の範囲内で理解がいく。ところが、宇宙の空間に限ってみると、そうとは言えなくなる。アインシュタインが提唱した「光速より速いものはない」という原理は、宇宙空間には当てはまらない。宇宙空間の膨張速度には制限がないのだ。つまり、人類が認識できる範囲を超えて宇宙空間が広がっており、これは「地平線問題」と名付けられている。広い高原で地平線は見えるが、その先は見ることができないのと同じこと。この難問を解決すると期待されているのが、「インフレーション理論」である。この理論は、ほんの一瞬としか言いようもないごく短い時間に、アメーバが銀河ひとになるぐらいの勢いで宇宙が膨張した考える。この「インフレーション理論」は、今のところ仮説ではあるが、この理論が登場したおかげで、宇宙の「地平線問題」「平坦性問題」「宇宙原理」などが一挙に解決するという、夢の理論だ。よく、ビックバンが先に起こったのか、インフレーションが先に起こったのか、という疑問が投げかけられるが、インフレーションが先が正解だ。まず、物質でない宇宙空間の急激な膨張が起こり、その後に、物質の爆発であるビックバンが起こったのだ。宇宙空間という背景を舞台に、物質の膨張が行われたということ。ところで、この夢の仮説「インフレーション理論」を世界で一番最初に提唱したのは、1980年代はじめ、日本の佐藤勝彦と米国のアラン・グースである。正確には、佐藤勝彦の方がアラン・グースより数か月前に論文の提出を行っていることが国際的にも認められている。もし、この「インフレーション理論」が観測により証明されれば、ノーベル賞は間違いないと言われている。
ところが、2014年3月、「原始重力波を初めて検出」「インフレーションの決定的証拠を発見」という衝撃的ニュースが世界を駆け巡った。一般の人には、何のことやら皆目分からなかったことだろうが、インフレーションというビックバン以前の宇宙の急激な膨張を知っている人にとっては、衝撃的なニュースであった、さしずめそれが日本人なら「これで佐藤勝彦がノーベル賞を受賞するぞ」と確信しただろう。ところがこの「発見」は、半年後に間違いであることが判明した。ところで「インフレーション理論」によると、空間の量子ゆらぎによって原始重力波が生じると予言されている。ところが、インフレーションが終わると、膨張は急激に減速に転じ、量子ゆらぎも地平線を越えて届くようになる。つまり、138億年前の量子ゆらぎが、原始重力波として我々の前に再登場してくる。この書籍の著者の羽澄昌史氏は、観測施設「POLARBEAR(ポーラーベア)」(チリのアタカマ高原)、「BICEP2」(南極)で日夜、CMBの観測を行っている。ところで、原始重力波とCMBとはどんな関係にあるのだろうか。それは、1996年に発表された「インフレーションを震源とする原始重力波が存在するならば、その痕跡がCMBに指紋のように残っているはずだ」という説に基づいている。要するに、CMBは、インフレーションの手前に広がるスクリーンのようだと考えられる。詳細は、この書籍の著者の羽澄昌史氏が主催する「宇宙マイクロ波背景放射偏光観測 KEK-CMB POLARBEARグループ」のホームページ(http://cmb.kek.jp/polarbear/index.html)を参照するとよいだろう。(勝 未来)