あんかつ先生月に吠える

月のあばたに対して色々感じたこと書いてみます。

江戸城の庭園

2019-12-28 21:27:22 | いろいろ

先日は民俗博物館で、江戸城の庭園の主題で博物館の教授の講演会があって、参加しましたが、この庭園は吹上苑のことです。吹上苑は、江戸城の西側の4割を占める庭苑で、江戸時代は160人前後の奉行・役扶持三人扶持が管理していた庭園で、池や植物園、野菜類、鳥類、昆虫類など自生させていた将軍家の庭だった。これを明治2年には、新政府・薩摩、長州、佐賀などが江戸城無血開場を受けて、移動してきたが、時の権力者の三条實臣、江藤新平などが、幕末の江戸での狼藉から、江戸の町民から全く無視されている現実を意識して、かつ江戸の実態から、日本の政治体制を維持するためにはやっぱり江戸を政治の中心にすることが基本的不可欠の措置と考えて、あれこれと江戸の町民に信頼感を得る策を講じるがその一つとして、明治2年に江戸城の吹上苑を1日だけ開放・見学自由とした
。その時は、数万人が押寄せ、死者もでていて、新政府は、死者に200両になる見舞金を出すなどの、江戸町民の歓心をかったようで、更には明治天皇を江戸城に二度も東上する事にして、そのまま江戸を東京として、天皇の居留地にしてきたという措置も取ったが、これは京都には、一切事前通知はしなかったという。そして、それ以来吹上苑は天皇家の私的庭苑として自然を維持していて、一般公開もしていない⁉️とか。そして、幕末の江戸の町民たちは、幕府側の人間や薩長がわの人間などをあれこれ揶揄した画などを描いておちょくっていた⁉️なんて話を面白く聴きました。まあ、いろいろ面白い1時間半でした。


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