朝日新聞の週末beに、「99歳私の証 あるがまゝ行く 日野原重明 後藤はつのさんとの出会い」という記事がありました。
聖路加国際病院理事長で、99歳の日野原重明さんのエッセイのコーナーです。
日野原さんは、人間ドックに来られた後藤はつのさんを知り、この方は107歳女性で現役の旅行家で画家なのだそうです。
後藤さんは、新潟県妙高高原にある豆腐屋旅館に生まれました。
8人兄弟の長女で、本が好きで、妹たちの勉強を見たりしました。
結婚しましたが、夫が早く亡くなってしまいました。
息子さんに「ぼけないように絵でもやったら」と言われ、73歳で絵を始めました。
大正時代の故郷の風景、遊びを題材としたものです。
絵を始めてから、昔のことがいろいろ鮮明に思い出され、描きたくてたまらなくなるそうです。
現在は、東京都内で息子さん(83歳)の家族と暮らしています。
後藤さんは、香港やインドネシアに滞在したことがあり、外国には慣れていました。
100歳を過ぎても海外旅行をし、106歳の今年はニューヨークへ16日間、旅行しました。
来年はイタリアに行きたいと考えていらっしゃるということです。
--------------------------
どんな方だろう、恵まれた方だと驚きました。
健康と、長寿と、お金と、家族。
絵や旅行は、脳にいいのかもしれないと思います。
後藤はつのさんは、どんな方かと検索しました。
「後藤はつの107歳絵画展」というYouTube(動画)がありました。
(http://www.youtube.com/watch?v=2yCi4et_v_w参照)
肌の白い、上品なご婦人です。
会話もなめらかで、血液はサラサラなのではという印象です。
着ていらっしゃる服も明るい(ピンクやオレンジ)よいものをお召しです。
故郷の妙高高原での個展のインタビューでした。
グーグルで検索しようと、途中まで入力すると候補が出てくるので、かなり有名な方のようです。
「妙高市特派員レポート:107歳!後藤はつの展」という記事もありました。
(http://myoko1.niiblo.jp/e94558.html参照)
後藤さんの作品の写真があります。
日野原さんの文章に、「毎年、必ず100号の大作に挑戦する」とあった作品です。
柿の木に登って実をもいでいるものなどが、絵葉書にもなっています。
特派員さんレポートには、
「後藤はつのさんは、妙高高原赤倉温泉の現ワクイホテルのご出身で、日本近代美術会の祖「岡倉天心先生」におぼろ豆腐を届け、お駄賃のお菓子をもらっては兄弟姉妹に分けていたとか」ともありました。
日野原さんは、自分は8歳年下なので、人生のモデルとして「これからだ」と元気をもらったとおっしゃっています。
私も、このように年齢を重ねていきたいと感じた方でした。
聖路加国際病院理事長で、99歳の日野原重明さんのエッセイのコーナーです。
日野原さんは、人間ドックに来られた後藤はつのさんを知り、この方は107歳女性で現役の旅行家で画家なのだそうです。
後藤さんは、新潟県妙高高原にある豆腐屋旅館に生まれました。
8人兄弟の長女で、本が好きで、妹たちの勉強を見たりしました。
結婚しましたが、夫が早く亡くなってしまいました。
息子さんに「ぼけないように絵でもやったら」と言われ、73歳で絵を始めました。
大正時代の故郷の風景、遊びを題材としたものです。
絵を始めてから、昔のことがいろいろ鮮明に思い出され、描きたくてたまらなくなるそうです。
現在は、東京都内で息子さん(83歳)の家族と暮らしています。
後藤さんは、香港やインドネシアに滞在したことがあり、外国には慣れていました。
100歳を過ぎても海外旅行をし、106歳の今年はニューヨークへ16日間、旅行しました。
来年はイタリアに行きたいと考えていらっしゃるということです。
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どんな方だろう、恵まれた方だと驚きました。
健康と、長寿と、お金と、家族。
絵や旅行は、脳にいいのかもしれないと思います。
後藤はつのさんは、どんな方かと検索しました。
「後藤はつの107歳絵画展」というYouTube(動画)がありました。
(http://www.youtube.com/watch?v=2yCi4et_v_w参照)
肌の白い、上品なご婦人です。
会話もなめらかで、血液はサラサラなのではという印象です。
着ていらっしゃる服も明るい(ピンクやオレンジ)よいものをお召しです。
故郷の妙高高原での個展のインタビューでした。
グーグルで検索しようと、途中まで入力すると候補が出てくるので、かなり有名な方のようです。
「妙高市特派員レポート:107歳!後藤はつの展」という記事もありました。
(http://myoko1.niiblo.jp/e94558.html参照)
後藤さんの作品の写真があります。
日野原さんの文章に、「毎年、必ず100号の大作に挑戦する」とあった作品です。
柿の木に登って実をもいでいるものなどが、絵葉書にもなっています。
特派員さんレポートには、
「後藤はつのさんは、妙高高原赤倉温泉の現ワクイホテルのご出身で、日本近代美術会の祖「岡倉天心先生」におぼろ豆腐を届け、お駄賃のお菓子をもらっては兄弟姉妹に分けていたとか」ともありました。
日野原さんは、自分は8歳年下なので、人生のモデルとして「これからだ」と元気をもらったとおっしゃっています。
私も、このように年齢を重ねていきたいと感じた方でした。