息をするように本を読む

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と、なんだかだらだら日常のことなども

父帰る

2012-11-29 10:39:13 | 著者名 か行
菊池寛 著

明治時代、行方不明になっていた父が突然帰ってくる。
そのときの家族の姿を描き出す戯曲。

中流階級のつつましやかな家、六畳の間、正面に箪笥があって、
その上に目覚時計が置いてある。
前に長火鉢あり、薬缶から湯気が立っている。卓子台が出してある。
賢一郎、役所から帰って和服に着替えたばかりと見え、寛いで新聞を読んでいる。
母のおたかが縫物をしている。午後七時に近く戸外は闇し、十月の初め。

ほのぼのと暖かい場面だ。
苦労の末、これを手に入れた長男は、文字通り粉骨砕身父の代わりとして
働いてきた。
弟妹を中学まで卒業させ、妹には縁談も多く、心配なく暮らしている。
妹・おたねは二十歳、ということは、父を知らずに成長したことになる。

このおだやかな一家に訪れた突然の来客。
20年ぶりに帰宅した父は落ちぶれ、惨めな姿であった。
母と次男と娘はあたたかく迎えたけれど、長男は父を許せない。

父が失踪してすぐ困り果てた母子が身投げまでしたこと。
教科書すら買えなかったこと。
母のマッチ貼りの内職がなかった一ヶ月、家族で昼食を抜いたこと。
10歳から給仕として働き、弟妹の学費をつくったこと。

長男が語る事実は重く、父のことを許せないのも仕方ないと思わせる。
激しい言葉で拒否された父は再び去っていく。

しかしやはり父を捨てきれず、狂ったように追いかけるところで話は終わる。

父、都合いいな~。
私だったら長男の言葉で追い返し、もう追いかけない。
でも、家族の絆が強い時代で、しかもこの年齢では仕事もなく福祉もなく、
子どもの責任感も今とは比べものにならなかったのだろう。
そして、いくら努力家とはいえ、20代にして一家を支える長男の姿にも
時代を感じてしまう。いくらつつましく暮らしているとはいえ、
現在の20代の給与で家族をやしない、妹の嫁入り支度まで整えるなんて
無理もいいところだろう。

とまあ、いろいろ書いたがケチをつけたいのではありません。
この古き佳き時代の背景をじっくり楽しみ、心の葛藤と愛情を知る。
それを堪能できる作品だ。

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