めぐる振り袖(怪談、その2)

江戸は麻布の質屋彦右衛門の娘、十七歳のおさめが、上野五条天神鳥居前ですれ違った若衆のことが忘れられず、彼の着ていたうねり織(畑の畝のようにした織)絹(ぎぬ)に、荒磯と菊の模様、桔梗の縫い紋の振袖をこしらえてもらいつつ、ついに死出の旅についてから一年……。親の悲しみの日々に関守なく、明暦二年二月十六日となりました。娘おさめの一周忌。彦右衛門夫婦は一家そろって本郷丸山の菩提寺妙本寺に参りました。僧侶の案内で書院に案内されたが、僧侶が「さっそく法事をいたしたいのですが、さしあたって葬式がございますれば、それを済ませてからお嬢さんの一周忌を営みますので、ご承知ください」と言って退いてしまった。

本堂がにぎやかになってきたので彦右衛門の女房のおやすが、何気なく聞いてみると、今日の葬式は下谷町紙問屋喜右衛門の一人娘のお幾(いく)、十七になったばかりでぶらぶら病(やまい)がもとで死んだという。まるでわが家のことのようだと思って本堂へ行くと、柩の上に、去年娘の葬式で納めたはずの紫のうねり織り絹に、荒磯に菊模様、桔梗の縫い紋の振袖がかけてある。

これを聞いた彦右衛門は、女房が娘のことと重ね感じていたから、似たような振袖を見間違えたと思う。

年があらたまって明暦三年二月十六日。彦右衛門は娘の三回忌に妙本寺に来る。通された書院の一間を隔てて、去年娘を亡くした紙問屋喜右衛門が一周忌のために控えている。

すると、役僧が来て「早速法事をいとなみますが、その前に葬式を済ませなければなりません。ご了承いただきたい」と言ってさがってしまった。

彦右衛門は「さて、不思議なことがあるもの。去年も同じようなことがあった」と訝(いぶか)りつつ廊下で人に聞いてみると、今日の葬式は本郷追分の麹問屋清兵衛の娘のお春。今年十七になったばかりだという。気の毒にと思いながら本堂へ行って、棺桶の上にかけられている物を見て、襟元から水をかけられたようにゾッとした。それはまさしく、紫のうねり織り絹に、荒磯に菊模様、桔梗の縫い紋の振袖。

住職に頼んでその振袖を、女房のおやすに見せてみると、一昨年、自分がおさねにあつられたものに違いないと断言した。

それを聞いて住職が、一周忌で控えている紙問屋の喜右衛門に「この振袖は去年娘の葬式の時に寺に納めたものに相違ないか」と尋ねると「そうに違いありません」と答えた……。と、今日はこれまで、また明日へと続きます。

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