風来庵風流記

縁側で、ひなたぼっこでもしながら、あれこれ心に映るよしなしごとを、そこはかとなく書き綴ります。

羽織・袴姿のノーベル賞

2018-12-16 15:15:09 | 日々の生活
 またしても寄り道をしてしまう。10日に行われた今年のノーベル医学・生理学賞授賞式に出席された本庶佑・京都大学特別教授は、持参した自前の黒紋付き羽織・袴姿で登場し、カール16世グスタフ国王からメダルと賞状を受け取られた。和装で授賞式に臨んだのは1968年文学賞の川端康成さん以来、半世紀ぶりだそうだ。私にもそのときの写真(新聞記事)の記憶は鮮明で、日本的な美意識を極めた川端さんならではと思ったものだ。対照的に自然科学の分野では日本人でもモーニング姿が一般的だが、本庶教授は「日本で研究してきた」との思いを込めたといい、いかにも研究者としての姿勢そのままの(勝手な想像だが普段の生活でもその筋を通していそうな)厳しい顔立ちの本庶教授は、凛として、さながら古武士然としていて、とてもお似合いで、感動した。なお、ノーベル博物館の喫茶店の椅子の裏にサインする恒例行事でも、漢字で署名され(それ自体は珍しくも何ともないが)、日付は平成表記も併記された。平成最後の受賞者となることを意識されていたかどうかは分からないが、ここにも日本人としての矜持を感じる。
 今や、手術、放射線、抗がん剤に次ぐ「第四のがん治療法」として期待される免疫治療薬「オプジーボ」の開発のきっかけとなった、免疫のブレーキ役として働くタンパク質PD-1は、平成4年に物質が分かり、薬として市場に出たのが26年だから、それまでに22年もの歳月を重ねたことになる。本庶教授のように結果を出した研究もあれば、モノにならずに消えて行った研究も数多いことだろう。「獲得免疫の驚くべき幸運」と題した受賞記念講演では、「いろいろな偶然があり、非常に運が良かった」と控え目に振り返っておられたのは、真実でありご本人の実感だろうが、しかしそれでも、「生命現象に対する深い洞察、科学者としてのずば抜けたセンス、患者の治療に生かしたいという強い思いがあったからこそ、成功につながった」(産経Web)という評価には、諸手を挙げて賛成する。
 「定説を覆す研究でなければ科学は進歩しない」「教科書に書いてあることは全部正しいと思ったら、それでおしまいだ」「研究者の人生はエゴイスティック」と語り、研究の厳しさを垣間見させるが、受賞記念講演では、研究の歩みを紹介するスライドに、次々と共同研究者らの名前や写真を登場させ、「紹介しきれないほどの仲間に出会った。ありがとう」と笑みを浮かべて感謝の言葉で締め括ったという。研究者が人生を賭けてよかったと思えるように、若い研究者をサポートするため、ノーベル賞の賞金は京大が設立した「本庶佑有志基金」に寄付する意向だそうで、人格的にも素晴らしい。研究する上で大切にしていることを「6つのC」として表現され、「好奇心」「勇気」「挑戦」「集中」「継続」「確信」を挙げておられるのは、本庶教授の人生を想像させて味わい深い(私も、爪の垢でも煎じて飲ませてもらわなければならない!)。
 講演後に「日本に帰ったら温泉に行きたい」と漏らされたそうだが、日本人ならではの実感として共感する。下馬評に上がっていたとはいえ、受賞が決まった10月1日からの二ヶ月余りは怒涛のような日々だったことだろう。二ヶ月と言わず、研究の人生をゆっくり休めて頂ければと切に願う。
 以下は余談になる。
 スウェーデン(平和賞はノルウェーだが)ではノーベル賞について「神聖で、誇りに感じているイベント」と市民からも受け止められているそうだ。毎年、授賞式と晩餐会の様子は8時間近くもテレビで生中継されるらしい。西欧の国々は、一国では経済で世界を牽引するとか政治で世界をリードするということはもはや難しくなったが(だからこそEUとして纏まったのだが)、国際規範の制定(たとえば最近ではGDPRのような個人情報保護もそうだし、環境や人権もそう)や国際世論の形成においては、近代の歴史において先進国として経験して来たが故の一日の長がある。ノーベル賞もまさにそうで、世界中から、物理学、化学、生理学・医学、文学、および平和(経済学はノーベルの遺言にはなく、ノーベル財団によるとノーベル賞ではないらしい)の領域で顕著な功績を残した人物に贈られ、一国あるいは西欧圏にとどまるものではない。だからこそ、何を今さらとは思いつつも、後発国あるいはアジアの国として、日本人の受賞は晴れがましい思いに囚われる。平和賞あたりは政治的な思惑も取り沙汰されるが、世界への貢献として、スウェーデンにはその高い権威と伝統を守って頂きたいと思う。
 そのノーベル賞のメダルを模して、創設者アルフレド・ノーベルの横顔が浮かび上がる金色の紙で包まれたチョコレートが販売されているらしい。直径約5.5センチで本物(約6.5センチ)よりやや小ぶりだが、1枚15スウェーデンクローナ(約195円)と、お土産には実にお手頃だ。その証拠に、2008年物理学賞の益川敏英教授は600枚、12年医学・生理学賞の山中伸弥教授は1000枚、そして今年の本庶教授に至っては1500枚も“爆買い”したと、産経Webが報じている。スウェーデン人はこの点ではなかなか商売もうまい(笑)。
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