わたしは今、スマホ中毒である。
片時もスマホを離さない。
インターネットは、全てスマホから。
自宅パソコンは、スマホを購入した2015年以来、長らく埃をかぶっている。
スマホは便利なのだが、依存症に陥りやすい。
タバコと同じようなものか?
手と口が寂しい、ついつい暇になるとお菓子に手が出るような。
アルコール中毒やギャンブル依存症とは少し違うような気がする。
わざわざその場所に行ったり、体内に取り込むわけではないので。
やはりニコチン中毒や薬物中毒とも少し似ているかも?
暇になる、というのは、心の隙が生まれるということだ。
一瞬でも退屈から逃れられる。
虚無感が紛れる。
他のことに熱中している間は、忘れられる。
しかし、ゲーム依存症もそうだ。
ゲーム依存症の入り口は、スマホ依存症。
気が着くと、スマホを手にしている。
わたしの場合は、ゲーム嫌い。
そしてスマホの小さな画面で映画や動画を見るのも、目が疲れる。
最悪、あまりにも退屈な時は、インターネットで暇ネタ探しをする。
だが、へんなサイトには絶対に近寄らない。
気持ち悪い。
出会い系なども、とんでもない。
高齢者向け出会いサイトがあるとしても、そんなサイトにお邪魔しなければ出会いがないわけではない。
山のように出会いはあるが、誰でも良いわけではない。
お互いの資質、底流に何処かしら共通点が無いとダメ。
相手が詐欺師だとすると、知らない世界のことを相手が話すとしたら、わたしが深く掘り下げて知ろうとする過程で、詐欺師にボロが出る場合もある。
完璧な詐欺師や、多重性人格障害の人なら、成り切るので、業界の詳しい内容の辻褄が合うのかも知れないが。
仮に政界の大物だとしたら、詐欺なんかやっていたら、即、クビ。
実業界や学界の大物だとしても、事件なんか起こしたら失脚する。
何も無くすものがないような、背景ゼロの人なら、専門は騙すことのプロならではの、いかにも背景があるかの巧妙な作り話に騙されるかも知れない。
シネマでやっているような、役者を何十人も使って、オフィスビルや家を実際に使って大掛かりに詐欺を働くこともある。
最近、大手不動産会社を騙した詐欺グループも、役割分担があった。
ああいうプロ詐欺集団にかかったら、イチコロだろうが、お金を出させる出資先は、どういう分野なのだろう。
わたしは儲け話には、興味なし。
社会を良くする正義感溢れる話にも、寄付しない。
個人的にも寄付しない。
ホストクラブ系は大嫌い。
芸能人やスポーツ選手などのファンでもない。
細やかなお金を出すとしたら、孫への教育資金ぐらいだ。
そういう人は、オレオレ詐欺に引っかかるかも知れない。
孫名を語る「オレ」。
他人を信用してはいけない。
孫も身内も、電話は信用してはいけない。
そう言えば、うちの固定電話は繋がらなくなって久しい。
宅急便や郵便局の配達物も受け取れないのか?
それは困る。
が、それらしいユニフォームを着ているとか。
そこまで行くと、人間不信、病気。
家にもどこにもお金が無いなら、取られようがない。
これは、嬉しいことか、悲しいことか。
それはまあ良いとして。
インターネットにも、ここかしこと、いっぱい落とし穴がある。
メールも手が込んできている。
最近ではスマホ画面では黄緑アイコンの「メッセージ」に何かしら入っていたりする。
あれもこれも、削除する作業が忙しい。
うまい話は、世の中にはない。
他人の悲しい話はニュースではあるが、直接、関わることはほとんどない。
自分から動かなくても、先方からアプローチしてくる話は、ろくなものがない。
これは、ある人の信条だが、実に納得できることばかりである。
良い情報は向こうからやって来ない。
確かにその通りだ。
暇に任せて、しょうもないことに頭や足を突っ込むなら、体幹を鍛えるトレーニングでもしたほうが良い。
暇と思うのは間違い。
神様が少し長めの休息を与えてくれているのだ。
必ず嫌でも動かなければいけないことは、目の前に転がっている。
それまでの、ひと休み。
たっぷり休養してエネルギーを蓄える、良い機会である。
ちなみに、最後になったが、
映画「青くて痛くて脆い」を観た。
「住野よる」の同タイトル小説が映画化された作品。
わたし的には、駄目だった。
感性や考え方、内容が青くて痛くて脆すぎて、良くなかった。
青くて痛くて脆いわたしには、響かなかった。
そういうこともある。