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蝶になりたい

いくつになっても、モラトリアム人生。
迷っているうちに、枯れる時期を過ぎてもまだ夢を見る・・・。

日常から引っ張り出される過去体験

2019-05-10 | 思い出
蝶ブログ、どなたかにアクセスされた、わたしの過去記事を読む。
けっこう面白い。いろんな意味で。
今と全く変わっていないようにも思う。

わたしが高校入学時に、親戚から入学祝いをいただいた。
そのお礼を書いた手紙(当時15歳?)をある日、発見した。
中味、思考、感性、感覚は、今と同じ。
歳を重ねても同じってこと。
(そういえば、成績最悪、最低だったけど、「思考力」項目だけは、高評価だった)
風貌も、年齢による自然老化はしかたないにしても、過去のわたしを知る人たちから「全く変わってないね」と、よく言われる。
わたし自身は、小学生高学年あたりから、変わってないように思う。
老けた小学生だったわけだ。
だから、同級生が子供に見えた。
当時の同級生に、「スローさんは、我々と違って大人だった」と最近の年賀状に書いてあった。
マセガキ、ひねガキ、かな?
(またまた、思い出したが、長女が幼稚園の時に、「子供っぽいことばかりやらされて、面白くない」とか言ってたような、、、。

デイケアセンターで、子供っぽいゲームや体操で、プライドを傷つけられるお年寄りみたいなかんじか?
「意識、理想」と「実際、現実」がギャップがあるんだろう)

だが、歳をくわないメリットがある。
最初から歳いってるから。
かわいげない。
子供げない。

気がつけば、こうだった。
もっと遡れば、幼稚園児の時からこんなかんじかも知れない。
いったい、無邪気な時期っていつ?
まあ、それなりに、アホっぽいとか、マヌケさは、三つ子の魂百までパターンを維持している。パーフェクト天然。

で、突然、関係ないが、、、
わたしは主婦である幸せを享受していると思うのだが。
その一番、絶頂感、瞬間は、、、
朝、天気の良い時に洗濯物を干す時。
(さきほどだった)
洗濯洗剤のCMにあるような、真っ白なシーツをグリーンの広がる場所、青空の下で干すシーンを連想しながら。
好きだわあ、この感覚、と、へんに感激しながら。
しかし、夕方になると洗濯物を取り入れバタバタ疲れる。
特に所要で時間が遅くなり、あたりが暗くなってしまった場合。
同じ一連の行動なのに、気持ちは変化する。

1日で、短縮版の人生劇を少し体感する。
あんなに楽しいことも、楽しくないこととセット。
遊びの後には、お片づけ。
人生も、絶頂期があれば、下り坂があり、お片づけの終末期がある。
色が七色に変化するように。

オーロラみたいな、立体的、色の変化も面白い。
まあ、自分の人生。
自分で面白がるのが、楽しいかな、と。
朝の洗濯ひとつで、こころが弾んだ。

しかし、これを書いていて、子供時代の辛い過去、洗濯体験も蘇ってきた。
祖母が井戸の横にある洗濯場で、洗濯板を使ってゴシゴシ洗濯していたシーンも。
良いことも、良くないこともワンセット。
それで帳尻が合う。
そんなかんじかなーと。

過去、現在、未来。
良いこと、悪いこと、楽しいこと、楽しくないこと、、、
善悪、偽善、後悔、色々混じって今日に至る。