梅雨の長雨と登山、どうにかして雨に降られずに登れないか。登山愛好家であれば誰もが願うことである。予報でも曇りマークに、時折り雨。2週間雨に降られて中止を余儀なくされているだけに、天候の好転へ一縷の望みを祈るような山行であった。結論から言えば、その望みはみごとに叶えられ、大満足の一日になった。
安達太良山(標高1700m)は福島県二本松岳温泉の奥にある。深田久弥の日本百名山に選ばれている。先年亡くなられて女性登山家、田部井淳子さんのホームグランドとしても知られている。この山を有名にしたのは何といっても、高村光太郎の『智恵子抄』だ。
あどけない話
智恵子は東京に空がないといふ、
ほんとの空が見たいといふ、
私は驚いて空を見る。
桜若葉の間に在るのは、
切っても切れない
むかしなじみのきれいな空だ。
どんよりけむる地平のぼかしは
うすもも色の朝のしめりだ。
智恵子は遠くを見ながら云ふ。
阿多多羅山の上に
毎日出てゐる青い空が
智恵子のほんとの空だと云ふ。
あどけない空に話である。
高村光太郎が智恵子の郷里である二本松を訪れたとき、裏山を案内した智恵子が指さすところに安達太良山があった。「あれが安達太良山、あの光るのが阿武隈川」この詩を教科書でじゅ読んで、何度も復唱した少年のころを思い出す。
今日は空に霧が流れて、智恵子の青空は残念ながら見えない。この日我々が目指したのは、安達太良スキー場から勢至平を経てくろがね温泉を目指すコースだ。硫黄の匂いが立ち込める源泉から左手の登山道へ入るとすぐに急登となる。ここを登りきると広い林道になる。久しぶりの山行とあって14名(内男性6名)、広い林道で2、3列の歩行で思い思いの会話が弾む。林道を示す看板に馬車道という表示がある。所々にショーカットの山道があるが、雨上がりのため林道の緩いカーブの道をとる。
勢至平からトラバースの道もあるが、くろがね小屋まで約2時間。急勾配もなく、歩きやすい道である。くろがね小屋は冬季も閉じない通年営業の小屋だ。冬季も雪山初心者も楽しめるコースである。案内役のTさんの話ででは、残雪期にはアイゼンも不要の雪山が楽しめるという話であった。案内書にも、このコースが「安全に楽しめるスノーハイキング入門コース」とある。次年度の計画に組み入れたいコースだ。
くろがね小屋でトイレを借りる。小屋の管理の人は気さくで、面倒見がよい。「今日は午後雷と大雨の予報が出ています。早めの行動をお勧めします。十分に気を付けてください」と話かけてくれた。少し霧雨模様であったので雨具着用。しかし、次第に空は明るさを増し、汗ばんでくる。雨は上がっていく様子だ。
雨上がりだけに、周りの緑はひときわ濃くなっている。その向うに、柱状節理の断崖が見えている。木陰にホシガラスが、餌を漁っている姿が見えた。大勢で通っても恐れる風もなく、餌探しに夢中である。あのだみ声を発することもなく、可憐な様子だ。
霧が上がってくるとトンボが飛び始めた。山で生まれたトンボは、次第に高度を下げて平地に向かう。ウグイスの声も聞こえる。雨が上がっていく前兆でもある。ガレ場の中の登山道をすぎて、稜線に近づくと風が強まってくる。安達太良山は強風の名所でもある。勢至平の吹雪のなかで、映画「八甲田山」のロケ地にもなっている。
花の百名山としても知られるが、この日は咲き残った石楠花を見るくらいで、花には縁遠かった。ガレ場の稜線から一旦下って、頂上への稜線を目指す。この日カメラを持参したが、なかなかこれぞというシャッターチャンスがなく、ブログに上げる写真も限られている。特徴的な乳首山も、ガスに込められてカメラには収めず終いになった。
陽がさして来たのは、下り始めて、腰掛のような岩が散在する広場に近づいた頃だ。雨が降られてはと下山を急いだのが、皮肉な結果となった。ここで、空腹を感じて弁当とする。ここから、ゴンドラまで40分。望外の楽しい山行となった。ゴンドラは急斜面を一気に下って奥岳の湯へ。ここで硫黄をたっぷりと含んだ湯に浸かり一日の疲れを癒やす。