前線が北へ上がったせいで、気温が上がる。今日の予報は35℃だ。暑さに慣れるまで、身体がだるい。散歩の途中でタチアオイの花をみかける。この花は人類が利用した花で最も古いものであるとされる。6万年前、ネアンデルタール人が死者に手向けた花が出土している。
インドから中国へ伝播し、中国では蜀葵と呼ばれ名花とされた。
漢詩に
紅日階に転じて簾影(れんえい)薄し
一双の胡蝶葵花に上る
というのがあるが、作者は失念してしまった。簾の影が薄くなっているのは、夏の太陽が中天に上がった印である。その空へ立ち上るようにタチアオイの花は咲く。
子供のころ、この花をコケコッコ花と呼んだ。大きな花びらをとり、軸の先端を開いて、鼻に挟むように付け、鶏に真似をして「コケコッコー、コケコッコー」と叫びながら走り廻った。こんな思いでも遠い昔のことである。
夏がたけなわになると、中元の節である。
江戸っ子は笑い話もしゃれている。「七月の槍」もそのひとつ。
「おっといけねえ、大家さんへ盆礼届けるのを忘れちまったよ」
「なんでえ、まったく、七月の槍もいいところだ」
七月はお盆だから、七月の槍とはボンヤリという洒落だ。13日提灯を提げて迎い盆をし、16日の夕方には送り盆の行事をした。この地方では、月遅れのお盆で8月に行う。
16日には「地獄の釜の蓋があく」と言う。これは地獄の鬼たちが亡者を煮る仕事を休むため釜の蓋があいたままになっているからだ。地獄だけでなく娑婆にあっても「薮入り」で休みになり、丁稚や子守奉公した子女が、里帰りして一家揃って先祖を迎えて盆を祝った。
薮入のうち母親は盆で喰ひ 柳多留
薮入で娘が帰ってきている3日間は自分のお膳を娘に与え、自分はお盆で間にあわせている、光景。余分の膳もない貧しさだが、それだけに親子の情愛に深いものがある。たった3日しかない一家の揃う時間はあっという間に過ぎていく。