常住坐臥

ブログを始めて10年。
老いと向き合って、皆さまと楽しむ記事を
書き続けます。タイトルも晴耕雨読改め常住坐臥。

豆の神秘

2012年07月10日 | 農作業


育苗ポットに植えた秘伝豆の生育が見事に早い。種を持ち上げるようにして発芽した豆は、二つに割れ、その間にかわいい葉をのぞかせていたが、その葉も緑色になって成長を始めた。二つに割れた豆は双葉になり、これも緑になっている。

そのなかに、持ち上がった豆が乾燥して、開かず途中で生育を止めたものがある。この種は不発芽として死んでいく運命をたどるのだろう。人間が手を出しても、この成長を進めることは無理だ。せめて冠水することで、生育のわずかな望みを託すのみである。

間近に小さな生命の神秘を見るとき、この発芽したばかりの苗たちが、はしゃぎながら何かを仲間と話し合っているように見える。一様に日光へ向かって自らの葉をさし向けるしぐさにも可憐さを感じる。ハウスで野菜栽培をしているお百姓さんが、一本一本の野菜に声をかけ、クラシック音楽を掛けるという話を聞いたことがあるが、その気持ちが分かる気がする。



紅花の花が咲いた。この花が口紅や紅花オイルや染料の原料になることはもうないが、この花を愛する人々の庭先で花を咲かせ、この街の人たちの心を癒し続ける。

さくらんぼや紅花などこの地の代表的な作物は、世の中に移り変わりのなかでさまざまな変遷を遂げてきた。さくらんぼにしても、戦後の復興期で東北や北海道では、手数がかかり過ぎるため栽培を止めていく農家が続出するなかで、朴訥にこの生産を続けてきたのはひとり山形県内陸の農家であった。

紅花の生産も他の地方が撤退するなかで、生産を最後まで守ってきたのはやはり最上の紅花であった。紅花の栽培にも大変な苦労を伴う。紅の原料としての紅花は、花を収穫する。棘のある紅花の収穫は早朝の露のある時間に草の柔らかい内に行わなければならない。収穫した花は水洗いをして足で踏んで黄汁を出させあと発酵させて、臼でついて団子状の紅餅にする。こうしてようやく、京都の紅屋に出荷できる。

この手作業を行うのは忍耐強いこの地方の女性たちである。ドラマ「おしん」に描かれるようながまんづよさが、この地方の名産品を支えていた。

松尾芭蕉は奥のほそ道の旅で、この花を見ている。

まゆはきを俤にして紅粉の花

行すえは誰肌ふれむ紅の花

眉掃きは白粉をつけたあとの眉をはらう小刷毛にこと。紅花の形がこの刷毛の形をしていることからこの句が生まれたのであろう。
コメント
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