１０４１「失敗学」

　もし、あの時、あんなことを言わなければ――。そんな後悔(こうかい)は誰(だれ)にでもあるものです。彼の場合(ばあい)も…。他の選択肢(せんたくし)を選(えら)んでいたら、こんな展開(てんかい)になっていたかも。
「えっ、ほんとに…。ぼ、僕(ぼく)と結婚(けっこん)してくれるの？　ほんとに…」
「もう…、だから、いいって言ってるじゃない。よろしくお願(ねが)いします」
「や、やったーっ！　もう最高(さいこう)だよ。ありがとう。ほんと、ありがとう！」
　突然(とつぜん)、彼の周(まわ)りの景色(けしき)が変化(へんか)した。今まで目の前にいた彼女の姿(すがた)もかき消(け)された。
　カウンターの中にいた男が、彼に話しかけた。「どうでした？　上手(うま)くいきましたか」
「えっ、過去(かこ)へ戻(もど)ったんじゃ…。だって、やり直(なお)せるって言ったじゃないですか？」
「ああっ、過去へは戻れませんよ。私が言ったのは、他の選択をしたらどうなったか、試(ため)してみませんか、と提案(ていあん)したんです。あなたが見ていたのは、バーチャルの世界(せかい)です」
「バ、バーチャル…。じゃあ、さっきの彼女は…、本物(ほんもの)じゃないんですか？」
「そうですねぇ。でも、ＡＩに詳細(しょうさい)なデーターを打(う)ち込めば、限(かぎ)りなく本物に近くなるかもしれません。やってみますか？」
「いや、もういいです。そんなの…意味(いみ)ないですよ。彼女はもう……」
「それは残念(ざんねん)…。でも、失敗(しっぱい)に学(まな)ぶことってあると思うんですよ。常連(じょうれん)のお客(きゃく)さんも、よくおっしゃってました。ここで学んだことが役(やく)に立ったってね」
＜つぶやき＞失敗から学ぶことってあると思うんですよ。でも、それを振(ふ)り返るのは…。
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