徒然なるままに ~ Mikako Husselのブログ

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書評:横溝正史著、『金田一耕助ファイル12 悪魔の手毬唄』(角川文庫)

2018年10月30日 | 書評ー小説:作者ヤ・ラ・ワ行

『悪魔の手毬唄』(1957)は、岡山と兵庫の県境、四方を山に囲まれた鬼首村(おにこべむら)を舞台とする、その地域に伝わる手毬唄の歌詞通りに娘たちが殺されていく事件を描きます。岡山が舞台ですので、磯川警部が登場しますが、金田一耕助も磯川警部も休暇で鬼首村入りしていて、事件に遭遇するパターンです。

過去に起こった殺人事件と絡み合うという点では、『女王蜂』や『迷路荘の惨劇』と共通しますが、なにかに見立てて死体が異様な構図を取らされている殺人という点では、作品中でも言及されるように『獄門島』との類似性が高いです。

また、「鬼首村」という地名は『夜歩く』と共通しています。ただし、『夜歩く』の鬼首村は兵庫ではなく、鳥取県との県境にあるという設定ですし、描写される村の地形は全く違っています。恐らくその名前の持つおどろおどろしい語感が陰惨な事件の舞台として相応しいために使い回されたのではないかと思えます。

手毬唄自体の歴史的背景、村の力関係(由良家と仁礼家の対立構造)や階級意識(米百姓>その他百姓>湯治屋)、戦後の農地改革でひっくり返された経済力に基づく力関係などが綿密に作り込まれていて、これぞ横溝正史作品という感じがします。

過去の事件とは、昭和7年、山持ちの仁礼家がぶどう栽培で成功していたのに対して、農村不況のあおりを食って焦った由良家が恩田幾三と名乗る詐欺師にそそのかされてモール作り副業に手を出していたところ湯治屋「亀の湯」の跡取り息子青池源治郎が詐欺を見破り、恩田幾三と争って殺され、恩田の方は行方不明になって結局迷宮入りしてしまった事件です。磯川警部はこの事件を担当した際、死体の顔が囲炉裏の中に突っ込まれていために身元確認が難しく、これが本当に青池源治郎の死体なのか疑問を抱いていましたが、恩田幾三の行方はようとして知れず、青池源治郎の行方を追う必要性を説いたものの捜査方針を変えさせることができずに悔しい思いをしたので、いまだにこの事件を引きずっており、あわよくば金田一耕助に解決をさせようと、この事件と関連が深い亀の湯を休養先として紹介します。

この消息不明の恩田幾三は鍛冶屋の娘で彼の世話係だった別所宇春江と関係を持ち、私生児として生まれた娘千恵子は女優「大空ゆかり」として成功して故郷に錦を飾るタイミングで連続殺人事件が始まります。最初は村で一番の家柄である庄屋の血筋で、現在2代にわたる放蕩の末落ちぶれている多々羅放菴が、彼の5番目の妻おりんを語る老婆によって、地元では「庄屋殺し」と呼ばれる沢ギキョウの毒で殺されたかもしれない状況が発生します。死体が見つからないため、殺人と断定できず、捜査が難航しますが、その間に千恵子こと大空ゆかりと同年代の娘たちが立て続けに殺されて行きます。後になって彼女たちが全員恩田幾三の血を引いていることが分かるという、かなりえげつない状況です。

犯人は追い詰められて自殺してしまうので、真相解明は自白ではなく金田一耕助による推測を交えた種明かしとなります。ネタバレですが、【一人二役】のトリックが使われており、最後の最後で「そうだったのか!」と読者を驚かせられる筆致には脱帽です。


書評:横溝正史著、『金田一耕助ファイル1 八つ墓村』(角川文庫)

書評:横溝正史著、『金田一耕助ファイル2 本陣殺人事件』(角川文庫)

書評:横溝正史著、『金田一耕助ファイル3 獄門島』(角川文庫)

書評:横溝正史著、『金田一耕助ファイル4 悪魔が来りて笛を吹く』(角川文庫)

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書評:横溝正史著、『金田一耕助ファイル6 人面瘡』(角川文庫)

書評:横溝正史著、『金田一耕助ファイル7 夜歩く』(角川文庫)

書評:横溝正史著、『金田一耕助ファイル8 迷路荘の惨劇』(角川文庫)

書評:横溝正史著、『金田一耕助ファイル9 女王蜂』(角川文庫)

書評:横溝正史著、『金田一耕助ファイル10 幽霊男』(角川文庫)

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