徒然なるままに ~ Mikako Husselのブログ

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書評:横溝正史著、『金田一耕助ファイル8 迷路荘の惨劇』(角川文庫)

2018年10月27日 | 書評ー小説:作者ヤ・ラ・ワ行

『迷路荘の惨劇』(1975)は『オール讀物』1956年8月号に発表された短編作品『迷路荘の怪人』を加筆修正した長編作品で、迷路のような洞窟、過去の殺人事件と現在の殺人事件が絡み合う複雑な人間関係、謎の「片腕の男」などが登場する典型的な舞台設定と言えるかもしれません。

舞台は広大な富士の裾野近くに、あたりを睥睨するかのごとく建つ豪邸名琅荘。屋敷内の至る所に『どんでん返し』や『ぬけ穴』が仕掛けられ、その秘密設計から「迷路荘」とも呼ばれている。ここで昭和5年に名琅荘創設者の古舘種人(たねんど)の一人息子一人(かずんど)が嫉妬から妻の加奈子を殺し、情夫と目された尾形静馬も殺そうとして片腕を切り落としたものの、反撃にあって命を落としました。尾形静馬は洞窟へ逃げ、そのまま生死不明。

時は経ち、名琅荘は一人(かずんど)の息子辰人から実業家の篠崎慎吾に売却され、ホテルに改装されました。そのホテルが本格的に営業開始になる前に昔の姿を偲び、昭和5年に殺された一人と加奈子の21周忌の打ち合わせのため、関係者が一堂に会することになります。篠崎慎吾は辰人から屋敷ばかりでなく妻・倭文子(しずこ)を奪った過去があります。

また、殺された加奈子の実弟である柳町善衛はかつて倭文子と婚約していたこともあり、姉の夫の前妻の息子辰人に対して何らかの確執がある模様。渦中にある倭文子夫人は始終口数が少なく、閉じこもりがちで謎めいています。

古舘種人(たねんど)の妻であった糸女は名琅荘のことを知悉していることから篠崎慎吾に屋敷と一緒に引き取られ、嫣然と支配力を発揮しています。

この複雑な人間関係だけでもすでにうんざりな感じです。

金田一耕助は彼の中学時代の同窓にしてパトロンの風間俊六のつてで篠崎慎吾と知り合い、正体不明の片腕の男が現れてまた消えたために、その究明のために名琅荘に呼ばれますが、彼が到着して間もなく第1の殺人が起こります。次から次へと事件が起こり、結局5人亡くなり、殺人未遂の傷害事件も2件。抜け穴と自然洞窟の探検に大分時間が費やされます。片腕の男が洞窟の中に現れたりして、捜査を混乱させます。

このストーリーはワクワクするのを通り越してやり過ぎの感が否めません。計画殺人と偶発的・衝動的な殺人の両方があり、下手人も一人ではないため、なかなか全容を掴めない構成になっています。

注目に値するのは下手人の一人が、故人が殺人の罪をかぶったために警察から追及されずに生き残ったことと、それを突き止めた金田一耕助が「自白後の自殺」を防ぐために青酸カリを取り上げ、人生を全うするように諭したことでしょうか。つまり、情状酌量の余地はあるものの殺人犯を一人「見逃し」ているわけですね。犯人の自白と自殺で終わらなかったところは珍しいパターンと言えますが、倫理的には若干釈然としないものが残されているように感じました。

 

余談ですが、この作品で何度か迷路荘の描写に「八幡の藪知らず」という表現が使われています。「入ったら出られない藪や迷路」の総称としての慣用句だと、初めて知りました。しかもその由来が、私が育った土地・千葉県市川市にある禁足の森「不知八幡森(しらずやわたのもり)」だというからもっとびっくりしました。「八幡の藪知らず」の伝承はすでに江戸時代から記録にあるらしいですが、なぜ禁足になっているのか諸説あり、当時から不明のままのようです。実際にはたかだか18メートル四方の範囲でとても迷子になりそうな場所ではないらしいのですが。私は当然その付近を何度となく通過しているはずなのですが、今日この日までその存在を知りませんでした。機会があれば行って見てこようと思いました。


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