狸喰うモノ牛愛でるモノ

虐待放置、インチキ優先のやり方を信用出来るわけねーだろ

朝鮮学校について

2010-03-19 17:24:12 | Weblog
あさましき
あざやかなりし
二枚舌
白々しいか
すりよりの赤

朝鮮学校がどうあるべきか、なのだが私にとって答えは簡単。
無くなればいい。

民族学校とはなにか。
私はこれを分類する上で政策学校であるとする。
政策学校以外の学校を地域学校とする。
そういう単語があるかどうかは知らない。
政策学校とは何か。
例えば美術学校なら出資する有力者、あるいは行政府による芸術振興政策があり
それにそって作られた学校。
政策が破綻消滅した場合政策学校がどうなるかというと消滅する。
地域学校への転身に成功する例もあるようだが、基本的には消滅するべきだろう。
ちなみに地域学校は地域の過疎化少子化により統廃合される。

朝鮮学校は政策学校である。
どの様な政策の下作られたかは平壌や朝鮮総連との関係を調べてみればいい。
カリキュラムもそれに沿った形になっているはずだ。
朝鮮学校政策の策定者は平壌と朝鮮総連である。

では政策学校である朝鮮学校の地域学校への転身は可能か。
時間と金の無駄に終わるだろう。
実際この間「朝鮮学校の現象は敗北である」との政策指示が平壌から飛んできた。
あれはそういう組織であり、教師もこれまでずっとそれに沿って動いてきた。
そういうことなのだろう。
地域学校になるということは地域の人間つまり一般日本人を生徒として
受け入れるということであり地域の行政つまり日本の文部省の傘下に入り、
その方針に沿って活動していくということである。
そして日朝間の関係は、断交状態にある。
相手はテロ国家であり核実験までやらかした核開発国であり
政府が自国民を管理統制する収容所国家なのだから当たり前のことだ。

地域学校への転身とは朝鮮学校のありようを捨てるということだ。
ならば地域学校本来の目的の中に朝鮮学校という組織を維持する理由はない。
朝鮮学校を入学停止にすれば中学高校なら三年で生徒は居なくなる。
それでいい。

では政策学校として存続しようとするならばどうか。
ソウルの民族政策傘下に入るというのが一番近いだろう。
だからソウル政府が金を出して管理すればいい。
ソウル政府が金を出さない、受け入れないというのならそれも無しだが。

所詮パチンコ団体、民団も朝鮮総連と目糞鼻糞五十歩百歩の同体質と見ているが
政治責任ラインが無いかのように振る舞う在日朝鮮人の無責任体質は一応は改まる。

さて問題。
日本では今、北教組の政治活動問題に揺れています。
彼等の活動は何政策に沿っていたのでしょうか。
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破壊煽動の更生措置について

2010-03-18 20:56:19 | Weblog
煽る人
煽られる人
手を取って
ハンマー振るう
麗らかな午後

破壊煽動の更生措置。
これがややこしい。
前段階として煽動とは何かについて考えた方が良さそうだ。

というわけで、煽動について。
煽動という符号に当て嵌まるかもしれない経験を探ってみる。
今から十年くらい前のフリーター時代、職場にカップケーキの差し入れがあった。
自分も含めその場にいた人全員がたしか一個ずつ食べ、
一つか二つテーブルの上に残ったという状況。
戻ってくる人が居るから残しておこうという話になった気がするが
しばらくしてだったか一人が私に食べてしまえだか食べていいよだかと言った。
そこで私は食べてしまった。

何でそう行動したのかよく判らない。
食べろと言った人物は私は好きではなかったのだが。
多分あまっている物は食べて良いという行動経験を長年積んできた結果、
条件反射的に行動してしまったような気がする。

この経験から煽動という状況は以下の物と考える。
1. 他者に良くないとされる行動をしろと言う人が居る
2. あまり考えずにそれを実行する人が居る
3. 行動の結果周囲と場合によっては言われた人に不利益が発生する

責任は行動に対して発生する。
煽動によって発生した不利益に対して誰が悪いのかと言われれば
それは煽動されて行動した人が悪いのだということになる。
まず煽動された人が悪い。
それはそれで良し悪しの在るべきと考える状態に適合している。
では煽動した人は悪くないのかというと、それは違う。

煽動とそれ以外の行動指示はどう違うのか。
簡単に言うと悪意だろう。
だが悪意は極論すると内面の問題、他者には判断が出来ない。
煽動かどうかの判断は結果の予測でするべきだろう。
悪い結果を予測しそれを指示するのが煽動。
悪い結果をもたらした指示が煽動なのではない。

さて破壊煽動の更生措置とはどうあるべきか。
煽動される人について考察してからの方が良いような気もするが、進めてみる。

結果が悪いのは行動した人が悪かったから。
言ったことはよくあること、みんなやっていること。
言われた人がやりたかったことを言っただけ。
世の中が悪い。
煽動する人というのはおそらくこう考えている。
良く見られようとする意思はあっても良くしようという意思は無い。
なるほど左翼的だ。

では更生措置はどうあるべきか。
人が良くあるべきというのが良心でありそう行動するのが在るべき姿のはずだが
彼等が考える在るべき姿は自分が良く見られることらしい。
自分が良く見られる姿の一つが扇動者であり、
自分を良いと見上げない人達つまり煽動されない世間は破壊されるべきだと。

これ更生しうるのか?
更生しないのだとしたら更生措置を考えるのは時間の無駄だろう。
直接的に直すとしたら自分を見ない幸せな人達の映像を見せて
悪意の態度が現れたら電気ショックを加えるくらいしか思いつかないが
それは対症療法にしかならないだろう。
必要なのは良心だ。

雑種の猫でも飼わせるか?
他人から賞賛されない不細工な猫が死んで悲しければ、それが良心だ。

さて問題だ。
後進国では政治犯が扇動者として拘束されていたりする。
彼等の行動のどの部分が扇動で、どの部分が扇動ではないのか。
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騙す人について

2010-03-17 20:32:09 | Weblog
騙された
気付いて人が
憤り
気付かなければ
幸せなのか

米兵関与の性犯罪、米兵による報告が増加。
http://www.cnn.co.jp/usa/CNN201003170007.html
匿名化が功を奏したとのこと。

大臣閣下、大いに語る。
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20100317-OYT1T00525.htm
マスコミがそれを求めているからそうなのですか?
それとも誰かから茶番を続けろとの指示があったからですか?

さて騙す人について。
騙されるという状況を二つに分ける。
騙される側が騙されることを強要される場合。
騙される側が騙されることを求める場合。

上のケースというのは例えばこんな。
お店で買い物をした客が「釣り銭が足りなかった」と言う。
検査などをしても事実かどうか確認出来るか判らない。
それによる他の客へのサービスの低下、風評被害などのリスクを考えると店員は
客が言うことを信じるという行動を取る方に押しやられる。

下のケースは、例えば景気のいい話。
聞く側が景気のいい話を求めて、言う側が事を針小棒大に話す。
あるいはセンスを褒めそやすような場合。
聞く側に褒めて欲しいという感情があり言う側は社会の潤滑油なのだと思って言う。

まず上の騙しは論外だ。
騙す人にモラルが無くて発生するただの犯罪。
もっとも現象としては上下いずれも騙しであり、
騙す人に一定の利益が生じるという点で差は無かったりするのだが。

当事者間で問題なしとされるのが下のケース。
騙す人に社会益があり、騙される人に感情益がある。
では問題がないかというとそうはならない。
どの様な問題が発生するのだろうか。
考えてみる。
・エスカレートする
・需給不一致が生じる
・共益範囲外に持ち出される

まずエスカレートする件。
褒めそやしが常態化すると以前そこにあった潤滑油としての機能は無くなる。
機械油が古くなるようなものか。
もっと注げば辺りは油だらけに、つまりまともな情報が会話に出てこなくなる。
景気のいい話が肥大化するともうバブルの一歩手前だ。

需給不一致。
セクハラオヤジが言う「オッパイ大きいね」などのセリフがこれの例か。
このケースはほっといてもそれ自体が問題として扱われるので
何か起きるとしても言う人が鼻つまみ者になるだけだろう。
もっともこれ、供給物が受け手にとって粗悪品なだけであって
当事者間の関係についてはこれが当て嵌まらないケースと大きな違いはない。

共益外に持ち出される。
褒められ続けた人が褒める人と同様の行動を他人に要求するようになる。
それが当たり前になる。
褒められなかった人が正確な情報を捨てて褒めてくれる人にすり寄るようになる。
褒めそやしを聞いた人が中身のない話を正しいものと勘違いするようになる。
インターナショナル・ミスリードってか。

朝日新聞などはコミュ力をと言う。
私にはこれが、騙す世界の守旧努力に見えるのだが。

朝鮮学校無償化除外にジュネーブが懸念。
http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20100317-OYT1T00408.htm
平壌政府が在日朝鮮人の組織化に使っているシステムが朝鮮学校です。
在日朝鮮人、在日韓国人とその血縁者以外つまり一般の日本人は
朝鮮学校に入学出来ません。 出来たとしてもする人はほとんどいないでしょうが。
これを人種差別だというのなら政治がやるべき事は廃校処分でしょう。
解体対象を無償化してどうしろって言うんです?

ジュネーブ機関の日本での活動内容は諜報だ、という認識でよろしいですかな?
過去の懸念云々事例からしてそれ以外に存在意義が見当たらないのですが。

シナゴーグ再開抗議で負傷者。
http://www.cnn.co.jp/world/CNN201003160028.html
憤怒の日だそうな。
怒るにしても別のことを対象にするべきでは?

さて問題。
社会の潤滑油にはどのようなものがあるだろうか?
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左派について

2010-03-16 09:35:47 | Weblog
隣人の
理想と違う
現実に
実現見ずに
無いこと怒る

中国残留孤児と言われる人達の中に中国系マフィアが含まれているという話がある。
残留孤児のいた中国北東部は貧乏人が多い地域でありまた北朝鮮と隣接する関係からか
麻薬輸出拠点になっているらしく、時々日本人が逮捕されたりしている。
残留孤児二世ともなると完全に中国人だろう、
であるにもかかわらず便宜を図るべしと訴え続ける人達がいる。
リベラルと麻薬。 マフィアと人権。
ここにもこの構図がある。

暴力団が追放運動に発砲。
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20100316-OYT1T00132.htm
ヤクザ、暴力団というと表看板は右派ですが、いわゆる国際派が人材交流を
と持ち上げる地域がメジャーな拳銃の密輸元だったりで魑魅魍魎跳梁跋扈。

さて左派について。
前世紀の一般常識として左派というとマルキスト、マルクス教徒のこと。
東側諸国ではどうだか知らないが西側先進国ではそうなっていた。

マルクス氏は自分はマルクス主義者ではないと言ったらしい。
マルキストにとってマルクス氏はなんだったのか。
権威だろう。
使いかっての良い、ただの権威。
そこに有りもしない妄想世界をブチ挙げていたのが前世紀の左派で、
多くの人達がその周りで悲喜交々を演じていたと。

馬鹿は頻繁に「騙された」と言うとか。
そうだろう。
自分で判断する人は結果が考えと逆になった時「間違えた」と言う。
考えるという行動が身に付いている人にとって騙されるという事態は、
判断材料がなく選択肢が信じるか否かしかなかった時に始めて発生しうる。
情報を自分で集めない、判断しない。
そういう人ほど騙されたと感じるのが日常なのだろう。

理想の世界をブチ挙げる。
そうすると考えない人達が集まってくる。
実現可能かどうか判断しない人達が。
そして人の集まり、そこに利権があるわけだ。
商業機会だったり政治権力だったり、寄付という形の金そのものだったり。

何故現実は理想と違うのか。
簡単な話。
現実には他人がいて、他人の苦労があり、そして理想はそこに見落としがある。
立場の違う他人の苦労を見ないようにしている人達が左派になるのだろう。

オーストラリアとニュージーランド、調査捕鯨を殺すなと批判。
http://www3.nhk.or.jp/news/t10013223531000.html
調査捕鯨は鯨漁業再開のための調査なんですが。
漁業再開可能なまでに鯨の個体数が戻っているのにカルト的理由で反対している人達がいる、
ただそれだけの話。
学術調査をやりたければ別個にやればいい。

さて問題。
騙されないための工夫にはどんなものがあるだろうか。
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中傷について

2010-03-15 18:23:21 | Weblog
黒人の
呼び名ニガーか
ブラックか
受け手にとって
良いのが善いか

みんなでイマジンを歌えば世界は平和になるのにと話す人達がいる。
それに対する反論として、たった四人のビートルズでさえ喧嘩別れになった、
というのがある。

人類全てを離れた個室に閉じこめてしまえば争いは起きない。
全員隔離。
何故そうなっていないのかというと、それはもう人ではないから、なのだろう。

人は群れる。
人は言い争う。
ある人への中傷が他の人にとって娯楽だったりする。
ある人への諌言を他の人が誹謗と受け取る。

私は中傷の類は嫌いである。
中傷されると人は傷つく。
人を傷つける発言を中傷と呼んだりするのだからそういうものなのだろう。

諍いと中傷の応酬の間に明確な線はない。
だから諍いは嫌いなのだが、これが変である。
諍いは悪であるとするよりも諫かっても良いとする方が、どうも収まりが良い。

昔兄弟に「お前の部屋は倉庫のようだ」と言われたことがある。
私は「倉庫ならば整頓されている」と返した。
それをもって兄弟に「お前には皮肉が通用しない」と言われた。

幼稚園で私は言った。
殴る方が悪いのだと。
幼稚園の教師は言った。
人を馬鹿と言うのも殴るのも同じくらい悪いのだと。

さて問題だ。
私がお前等は馬鹿なのだと書いたとする。
これは諌言か、それとも中傷か。
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僻地について

2010-03-14 19:01:05 | Weblog
閉鎖性
娯楽の無さか
姦しさ
口の軽さに
人角が立つ

さて今日はホワイトデーなのだが、私には伴侶が居ない。
いたことがない。 当然親という苦労も知らない。
何故なのか疑問に思っていたらアブシャロム氏の話が出てきた。
人の親は世間に山ほど居る。
彼等がそうなのだから私がそうである必要はない、ということなのだろう。

昨日無医村になりそうな村のニュースを載せた。
心ない村人の誹謗中傷が続き、それによって医者が去っていくという事態が発生したと。
閉鎖社会は容易にこうなるという見本のような事例であり村人、特にこのような事態を
招いた人達の肩を持つ人は少なくとも外部には居ない模様。
どうすれば防げるのかを考えるのが私のするべき事だと認識しているのだが
今回は彼等の肩を持ってみようと思う。

起きただろうことを並べてみる。
1. 外部から医者が来る
2. 村人が誹謗中傷を始める
3. 彼等以外の村人がそれを止めず傍観する
4. 中傷が拡大し恒常化する
5. 医者が出ていく

こうだったと仮定して話を進める。
何故中傷が始まったのか。
村人にとって中傷が娯楽だったからというのがネットの主流。
それ以外の可能性としてこう考える。
村人が医者の言動に尊大さを感じ取ったのではないだろうかと。
ボランティア精神を発揮する人というのは時に隣人としてではなく
救済者として振る舞う傾向があるように思える。
立派な人つまりは与える人であろうとする、
そしてそれは周囲を与えられる人という枠にはめ込むことになる。
自立心、自律精神の強い人達にしてみればそれは腹立たしいものだろう。
私だって「やもめのあなたを救ってやる」とかいう人が来たら
顔を見てしばらく悩んでから塩をまくだろう。
どの程度悩むかは顔によると思うが。
まあだからといって誹謗中傷の類が正しいわけではないのだが。

では私ならどうするか。
適当な期間無医村の状態にした後にあまり立派ではない、
例えば酒乱の医者でも赴任させればいい。
村に名医が居たところで人は死ぬ。
大してかわらん。

米同時多発テロ地での就労者に心疾患の危険。
http://www.cnn.co.jp/science/CNN201003140006.html
ほこりやがれきが原因とのこと。
戦災地でもありえそうな話だ。

イスラエル、西岸地区封鎖を延長。
http://english.aljazeera.net/news/middleeast/2010/03/201031323279106954.html
他の宗教の者は入れないとのことだがだとすると、一人宗教である私が
エルサレムに行こうとするとユダヤ人が私に銃を向けるという状態になるわけか。

さて問題だ。
自分を与える側とする人は必要無いとする人とどう接するべきか。
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反米について

2010-03-13 23:31:29 | Weblog
人殴る
人を見て人
人なじり
人止めぬ人
人か他人か

無医村化、村民の誹謗中傷の結果?
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/akita/news/20100310-OYT8T01075.htm
なんでも前任者のベテラン医師も一年で辞めたらしい。

認知症グループホームが全焼、7人死亡。
http://www3.nhk.or.jp/news/t10013180991000.html

さて反米について。
アメリカが世界一となったのはイギリスとドイツが削り合いで沈下していった
だいたい1940年代初頭からで、ここまでだいたい70年近くの間世界は
そうなっているということになります。
で多くの人が言うわけだ。
アメリカが悪いと。

アメリカが嫌われる理由は何か。
まずイスラエルだろう。
次がアメリカ企業か。
そして石油戦略と。

アメリカは親イスラエルだから反米は正しいか。
イスラエルがアメリカよりもソ連に近かったこともあったし
フランス製の武器を輸入していたこともあった。
反米の人達はこれらについてはアメリカのそれほど問題視していないように見える。

アメリカ企業。
私はアメリカ国民の訴訟癖を文化的強欲さから来るものと思っているが
それ以外の点についてはありふれた大国的傲慢さとしか感じていない。
マイクロソフト社の製品の、アメリカ国民を標準とした仕様に煮えくり返る思いを
したことは数多だが他の国が作った物についても状況は大きく違うわけでも無し。
最近はアメリカ企業は目立たなくなってきたがそれでも反米の人は反米。

石油戦略。
これはロシアの強引さの方が際だっている。
大国がどこも同じであるにもかかわらず、反米の人はやっぱり反米。

集団が何故反米なのか、よりも個人が何故反米になるのかを考える方が
より良い社会に近いと思うのだがどうだろう?

奈良のシカに矢。
http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/100313/crm1003132041015-n1.htm

さて問題。
人が人を殺す理由にはどんなのがある?
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老人に優しい介護について

2010-03-12 14:17:43 | Weblog
蜘蛛の糸
群がる亡者
黒山に
罵声一括
もろとも下に

介護は重労働である、はず。
重労働を含む。
体重60kgの人間をベッドから持ち上げて車椅子に下ろす。
トイレまで運ぶ。 風呂に入れる。
そういった作業があるわけだ。
職業介護者は当然考えるだろう。
何時までこの仕事が出来るのかと。

仕事が続けられなくなる。
そう感じた職業介護者はどういった行動に出るだろうか。
管理職を目指すか。 あるいは転職か。
やり方を変えたくない。
自分たちの筋力低下に合わせて作業を減らしたい。
でも収入はもっと欲しい。
老後は普段相手している彼等のような、貴族のそれでありたい。
ここから推測するに不透明な状況を作り上げているのは新規参入のヤクザ業者ではなく、
ふれあいとやらをアピールしている旧来のヘルパー、ということになる。

だが高齢化社会を前に効率化は必要だ。
作業員1人で10人見ていたところを20人見なければならなくなってくる。
既に「前に」ではなくなっている気がするが、それはどうでもいい。
だが彼等のやり方は少数の高齢者にとっての天国では有り得ても
多数の国民が助かるやり方では無い。

彼等が主張している事は外国人労働者の輸入である。
今ある天国の維持か。
まさに「格差」ってやつだな。

さて問題。
逃げ切りとはどういうものを指すのでしょうか。
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馬鹿でも出来る介護について

2010-03-11 20:20:46 | Weblog
暴れても
大目に見られ
正されず
去られる人の
最期は何処に

老人介護問題というものがあるらしい。
曰く、介護は馬鹿でも出来ると。
曰く、介護は馬鹿には出来ないと。
この構造について考えてみる。

まず馬鹿には出来ない介護について。
介護対象とのふれあいが大事なのだそうだ。
人とふれあいたければ老人ホームにでも行けばいいのでは?
税金を使って家に人を呼んでお話がしたいってなんなのだろう?
よくわからない。
税金運営の社会負担の低い老人ホームが無いのだろうか。
それならそれが必要なのだろう。
話し相手は同格の老人ではなく命令出来る介護士が良いという話であるのなら
それは奴隷を求めているに等しいと見るが。

次は馬鹿でも出来る介護について。
こちらは判りやすい。 生命維持である。
在宅介護ならホームヘルパーが老人の家に行き、
食事や清潔さの維持、室内の環境管理などを行い帰っていく。
決められたことをする。 踏み込んだ判断はしない。
こちらで問題にされるのはもっぱらヘルパーの労働環境。

どうやら何をやるか、何をやらないかが不明確なまま
一方に奴隷を求める老人がいてもう一方に待遇改善を求める労働者がいて
その上に税金を受け取る利権団体があるという構図になっているらしい。

さて、人一人の重さはだいたい60kgであるとする。
40kgの人もいれば100kgを越える人もいる。 後者はアメリカに多い。
人一人を持ち上げるとなると重労働ということになる。
持ち上げられる人が暴れるとなるとなおさらだ。
問題老人にあたるとヘルパーが辞めていくらしい。
そりゃそうだろう。
ではどうあるべきか、なのだが。

さて問題だ。
暴力を振るう人間を収容する懲罰施設をなんと呼ぶか。
そこに収容される人間は何故そのような扱いを受けるのか。
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慈善について

2010-03-10 23:27:52 | Weblog
施しを
与える側に
金があり
受ける側には
収入が無し

あるところに名士が居たとする。
事業が上手く行っていてそこから上がるお金で地元の貧乏人を経済支援するわけだ。
貧乏人達が何故私達を助けるのかと問うと名士は家族のようなものだからと答えると。
麗しい構図だ。
ではこの後これはどう変化するだろうか。

こんなのはどうだろうか。
名士の話を聞きつけた貧乏人が他の地域からやってくる。
古参新参の諍いに巻き込まれて名士が死ぬ。
収入が無くなったその地域は結局スラムになりましたと。
めでたしめでたし。

あるいはこんな。
名士の話を聞きつけたナラズモノが他の地域からやってくる。
日常の諍いから反感を持つに到った使用人が手引きし名士の財産が盗まれる。
そうしたことが何回か繰り返される内に名士がナラズモノに殺される。
収入が無くなったその地域は結局スラムになりましたと。
めでたしめでたし。

死なない場合はどうか。
名士の事業が上手く行かなくなる。
商品が売れなくなったとかもっと上手にやるライバルが現れたとか。
当然支援は縮小する。
この時貧乏人達はどう動くだろうか。
まず名士に文句を言うだろう。
そこで事業が上手く行かないという話を聞く。
ではどうするか。
貧乏人達はどう動くだろうか。
何もしないかもしれない。 なんせ貧乏人だ。
何かをする場合はどういった行動に出るか。
貧乏人達にとって名士から経済支援を受けるという状況は道徳的に好ましい状況。
道徳的に好ましい状況が何らかの理由で阻害される、これは悪だと。
彼等がその悪に対し、貧乏人らしい方法で敢然と立ち向かったとしたらどうなるか。
マフィアの誕生。
名士も助かる。 貧乏人も助かる。
めでたしめでたしと。

貧乏人達が働けばいいのだとする。
では名士が彼等を働かせようとしたらどうなるか。
貧乏人達の多くは無学、無技能、そして思考力にも劣る。
そういった人達から管理者を選ぶとすると古くは奴隷労働、最近の日本だと
ブラック企業などと呼ばれる形態に落ち着くのではないかと思う。
そうすると左の人達から悪と糾弾されることになるわけだ。

生臭坊主の話。
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20100308-OYT1T00624.htm
この人去年も事件起こしていたらしい。
http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/090923/crm0909231826014-n1.htm
こんな人でも更生可能として扱われるのだろう。

奈良公園で面白い対比を目にした。
中国人が行儀良く、白人が行儀悪いという構図。
昔の中国の良い物が昔の中国の良い物として保存されている、
奈良に行く中国人はそういう状況を知っていて、好感を持ってそこに行く。
当然の結果として現地の物への敬意が態度に出てくるわけだ。
他方白人の旅行者がそこに求める物は第一に、物珍しさだろう。
軽薄さが滲み出る人が居たとしてもおかしくはない。
ボクサー後の状況はあれを濃くしたような物だったのではないかと思うわけだが
関西人の中には現代中国の上澄みと欧米の、やや落ちるところを比較して
親中だの反米だのを唱えている人達が多数居るのではないかと疑念を持つ次第。

さて問題。
今日の日本でブラック企業、劣悪な環境での労働を強いる企業を増やしたのは
だれだと言われているか。
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