狸喰うモノ牛愛でるモノ

虐待放置、インチキ優先のやり方を信用出来るわけねーだろ

核と反原発

2016-01-25 13:37:33 | Weblog
私は所謂地球温暖化問題を、というか問題提起提唱者らを信用していない。 大麻、格差貧困、女の権利、人種差別、歴史問題などと同系統の何かだとしている。 宗教界について書くならば「ああ転んだ」「元々腐っていたのだろう」と諦める領域。 度々書いているが2000年頃、北米のユダヤ人たちは「中国におけるクリスタルの夜」で加害者の側に立ち彼らを称えた。 正統ではなく偽物だ、としているのではなく正統であり脱落破棄対象だ、としているそんな話。

先日「レッドアラート」、と出た。 そんなもんあったなと思った人、あたり。 ウォッカをソビエト・ロシアを、である。 私はこれを字義通りに「注意警告」と取ったんだな。
「対偶」だった。 論理上真偽が一致する反対の言葉を用いた表現一般。 この単語を使えば「対偶判ってないとはまるよ」で済んだんだな。

さて、反原発問題である。 私はこれを、原発推進派の方がまともだ、としているその意は、原発問題とは常に核問題であり、それをただ明言しない人たちと状況を利用している人たちとがいるのだと。
現状、公式に核武装を認められているのは英仏米露中の五カ国である。 マフィアも良いとこだ。 こうした状況下「選択肢だけは保持しておこう」とするのは全く常識的な判断であり。 私はこれを責めない。 一方にポリティカル・コレクトネスがある。 私はこれをクズとする。
つまりだ。 まず先に
1. 五カ国の核放棄ロードマップ
2. ポリティカル・コレクトネス総破棄

その後に
3. 限定された原子力利用のルール作成

が来る、こうでないとおかしい。
なぜこうならないのかは2である転覆工作とそれに繋がっている政治家圧力団体大学教授ジャーナリスト外交関係者らが失職する。 だがそれでいいのだ。
コメント
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