今日は普代村に行って来ました。
普代村の水門です。
昭和59年に建設された総延長205m、高さ15.5mの巨大な水門です。
この水門は普代村を守った奇跡の水門と呼ばれています。
当時の和村村長は二度も津波に襲われている普代村を守るために水門を作ろうと思いました。
いつ来るか分からない津波に大金を掛けることに村の人たちは反対でした。
それでも和村村長は水門の建設をやめることはせずに話し合いを続け無事に水門は完成しました。
そして水門完成から27年後の2011年3月11日、東日本大震災による巨大な津波に襲われました。
津波は水門を乗り越えたものの津波の力は弱まり普代村は奇跡的に無事でした。
今も語り継がれる奇跡の水門の話ですが、
故和村元村長の信念と行動から先見の明と信念がいかに大切なことなのかを教えて頂きました。
和村元村長のご自宅です。
村に寄贈されていて村では村の発展につながる活用方法を模索しているそうです。
※教室では3密にならないよう注意しながらコロナウイルス対策及び追加対策を行っています
小野寺惠のプロフィール
令和3年5月と6月スタートの新クラスを2クラス募集いたします。
パン作りが、まったく初めてという方でも大丈夫ですよ!【詳細はこちらから】
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津波は水門を乗り越えたものの津波の力は弱まり普代村は奇跡的に無事でした。
今も語り継がれる奇跡の水門の話ですが、
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