白鷺だより

50年近く過ごした演劇界の思い出話をお聞かせします
     吉村正人

白鷺だより(425) 浪花千栄子著「水のように」

2023-01-11 08:45:24 | 読書

浪花千栄子著「水のように」

 浪花千栄子に新喜劇時代には代表作というものがない理由を第二章「私の芸歴」で述べている 

私は座長渋谷天外の妻と云う誇りを捨て、一座の立て女形( トップ女優)である責任も放棄して一生懸命、この20年間一座のために奔走いたしました 当然私がやらねばならぬ役も他の人に譲らねばならぬことが往々にしてありました それは天外さんが一座の脚本家でもあったからで「亭主の脚本で一番いい役を取る」と云われては「統制上支障を来す」ということが大義名分になっていたからです ですから思いもよらない若い役がきたり、やった事もないし老婆の役が来たりその芸域の広いこと、つまり人の嫌がる役、蹴られた役の一手引受けという訳です それを20年やり抜き通した

そしてそれをやらした天外にお礼をこめて

「よくひっぱたいて下さいました よく騙して下さいました よく阿呆にして下さいました ありがたくお礼を申しあげます だからこそ今日の浪花千栄子がどうやらここまで歩いて来られたことを感謝致します 20年のあなたとの辛酸の体験にもの云わせて人間渋谷天外を平伏さすような立派な仕事を遺したいものと念願いたしています」

そんな浪花千栄子に対して長谷川一夫のアドバイス

「20年かかって二人で撒いた種が実ったと思うたら他人に刈り取られてしもうた、と思うたら腹が立つ しかしそれをその人は食べて生きてなさるんや、まるまる捨ててしもうたんなら惜しいけれど それでその人が命を保つていまさるんならええやないか、許してあげなさい 許してあげるのがあんたの道や、そして今度はあんたは勇気をふるい起こしてあんた一人で種をまきなはれ、今度実ったら誰も持っていかへん、こんなことでヘタってしまらんとさっぱり昨日を捨てて新しい種をまきなはれ 及ばずながら出来るお手伝いはさせてもらいますからね」

本の中で気になった名前を見つけて色々調べてみて勝手に想像してみました

 第三章「わたしの住居」に住居造りにお世話になったと登場する川上拙似さんは我々の子供時代の大スター川上のぼるの父であったが有名な日本画家であると同時に松竹家庭劇時代からの「渋谷天外」の「タニマチ」であった 本名登少年は幼少から南座などに出入りする熱心な家庭劇ファンであると同時にチャプリンやヒットラーのモノマネが見事で子供がなかなか出来なかった渋谷天外に「養子に来てくれ」とまで言わしめる程だった のほるは次男であったため(長男晃は東映美術部) 養子には問題はなかった これが実現していればどうなっていたか 

のぼるのその後を見てみよう 

のほるは旧制中学5年の時 アメリカの腹話術師エドガー・ベルゲンの出演する映画に感激し 彼のようにヌイグルミを用い見様見真似で腹話術を会得、学校の文化祭で披露した すると敵国アメリカ批判などを取り入れたブラックユーモアが受けに受け各地の余興にも呼ばれ挙げ句には中村メイコ一座にも参加する 戦後民放ラジオが出来、彼は大学在学中から専属タレントとして朝日放送と契約する 学生タレント第一号であった 「ハリスクイズ」のスポンサー名のハリス坊や(人形)をもっての腹話術は「イットーショー」のフレーズとともに人気を博し 後に同じく専属だった桂米朝が「あの頃一番儲けてはった」と言わしめる程 儲けた学生であった 

 天外、千栄子の養子になって渋谷登となった場合、子役で使わず彼に充分な教育をさせるだろう(自分達が出来なかったから)  そして大学まで進学させるだろうから腹話術の習得はするだろう そして民放ラジオの登場により専属タレントになっただろう、曽我迺家五郎師匠の死によって川上拙似らの尽力で「松竹新喜劇」を創立した天外夫婦の最初の試練は五郎劇残党の女形の大量の脱退だった それによる観客の減少はラジオが産んだ人気タレント渋谷のぼるを一目でも見ようと中座に押し寄せる客によって救われる 人気の中村メイコ劇団からの申し出も鼻であしらう そもそも天外の浮気の原因の一つは夫婦間に子供がいないことだったので立派な養子の存在はそれも解決する という事は浮気も離婚もないはずだ それ以上にこのラジオの人気スターの実演は今までとは違う観客を呼び込むだろう しかしそうなると曽我迺家十吾のプライドはそれを許すのか? 

そしてそんな中で新喜劇の救世主 藤山寛美は出現するのか? 

もしかしての話しは妄想がいくらでも膨らんでいく

 

 

 


最新の画像もっと見る

コメントを投稿