白鷺だより

50年近く過ごした演劇界の思い出話をお聞かせします
     吉村正人

白鷺だより(357) 梅沢武生聞書き(4)「男の花道」

2019-08-07 13:00:37 | 梅沢劇団
梅沢武生聞書き 「男の花道」

映画「男の花道」は昭和16年 長谷川一夫、古川ロッパ主演で大ヒット
監督はマキノ雅弘
次年のお正月映画だった 脚本の小国英雄は講談の「名優と名医」から盗んだ
その人気ぶりは翌年6月 大江美智子の鈴鳳劇ですぐ舞台化南座で公演されたことで判る
東京松竹座で一か月60回の続演の記録を打ち立てた
ちなみに瀬川春郎作並びに演出となっている
以降南座では瀬川如皐 名義になっている(大江美智子座長公演に限る)
次に書く梅沢はそれ以外の劇団で初めて南座で「男の花道」を公演したのである
戦後は 昭和31年 中村扇雀 伴淳三郎で再映画化
小国英雄 作 関沢新一 脚色とクレジットされている
扇雀は昭和44年梅コマ コマ歌舞伎で「男の花道」を上演(共演は島田正吾)
この時は小国英雄 原案 巌谷慎一 脚本演出 となっている

コロッケ 梅沢冨美男公演の楽屋にお邪魔して出し物が「男の花道」だったのでてっきりラストの殿様役で出てるだろうと思っていたら芝居は出てないという 僕が来ると聞いて早い目に楽屋入りをしてくれていて僕を待っていてくれたらしい ありがたいことである
モニターの舞台中継を見ながら武生座長は南座公演のことを思い出していた
僕が梅沢劇団に初めて会ったのは昭和59年、その二年後のことである

記録によると 昭和61年7月4日~15日 京都南座
昼の部 1男の花道 2母を訪ねて 3トミー魅惑のすべて 4今模様狸御殿
夜の部 1津田騒動二人娘 2ある夜の忠治 3,4 昼と同じ
これは前年12月梅田コマでやった内容と全く一緒だった
昼の部「男の花道」が著作権侵害(梅沢武生脚本)だと当人(小国英雄と思われる)がチョット筋ものを連れてやってきたが(おそらく南座のことだ 話はつけてあって)客席で大笑いして帰しなに中村歌右衛門は加賀屋歌右衛門にするようにと言ったという
この話を後で調べると歌右衛門は四代目から成駒屋を名乗り それまでは加賀屋だった 

突然京唄子の娘さん(せっちゃん)前回の新歌舞伎座に挨拶にやってきて「母は一度ほ梅沢劇団に出たい」と言っていたという話をした 
京唄子は中座、新歌舞伎座、御園座までやってきて 座長がサービスで「今日は唄子師匠が観に来られています」と紹介すると大きな拍手をするというのが定番だった 武生座長はいつも一度出て下さい 冨美男と躍らせますからというと「冨美男さんより武生座長と踊りたい」と言っていたらしい

武生さんには唄子さんにこの「男の花道」に出て貰いたいという夢があった
梅沢バージョンでは加賀屋豚衛門(梅沢冨美男)という売れない女形と本物の歌右衛門とを土生玄碩(コロッケ)が間違ったことから悲劇(喜劇)が始まるのであるが京唄子バージョンでは冨美男は豚衛門一役で通し 玄碩共々いざ切腹となった時に歌右衛門が出て
弟子の豚衛門の代わりに踊るという
「誇りはいずれ捨てるもの その捨て場所を選んだだけでござります」
しからばとスックと立って流れる山本リンダの曲で「ウララ ウララ ウラウララ~」
ずっこける一同 幕
この話を武生さんは何度したであろう 

想えば大江美智子らの女剣劇芝居に憧れた少女時代 
この「男の花道」の南座初演の時は17歳
おそらく小遣いを工面して見ているに違いない
3年後終戦の年に唄子は女剣劇宮城千賀子の劇団に入る

さて新歌舞伎座の公演は新歌舞伎座開場60周年記念とやらで人気歌手の組み合わせ公演が目白押しだ 
今回もコロッケ 冨美男の異色の組み合わせの公演であるが 組み合わせの妙なんてものはサラサラなく 芝居以外では共演もなくそれを楽しみにしてきたお客を裏切ることになる
幸い人気者二人で客の入りは好調だというが 疑問の残る公演ではある

                (2019年 8月5日 新歌舞伎座 観劇)



白鷺だより(356)梅沢武生聞書き(3)井上ひさし作「化粧」

2019-08-01 14:40:56 | 梅沢劇団
梅沢武生聞書き 井上ひさし作「化粧」




梅沢武生は客入れの音楽で目覚めると目の前に初めて見る男が座っているのに気が付いた
いつものようにダンヒルの箱から一本抜き取り金ののライターで火を点け目の前にいる ひどい出っ歯で風采の上がらない男をみて~そう言えばマネージャーの菊永からこの前終わったTBSのドラマ「悲しいのはお前だけじゃない」でお世話になったプロデューサーの大山さんの紹介で大層売れっ子の作者が楽屋に来るって言っていた~ことを思い出した 「おーい長ちゃん」と付き人の長島を呼び「お客が来ているのに何で起こさないんだ」と叱り お茶を出させた 「怒ってあげないで下さい こちらが起こさないでとお願いしたんです」と男は言い「遅くなりました、あのう私作家の井上ひさしというものです」と自己紹介をし、続けて「この度三越ロイヤルシアターという劇場で「女ばかりの一人芝居」という企画があって かねてより小沢昭一さんから聞いた大衆演劇の世界を取り上げようと思い 主演の渡辺美佐子さんの旦那さんの大山勝美先輩に相談したところ それなら武生座長がいいだろうとマネージャーの菊永さんにお願いして貰った次第で」とややドモリながら一気に言った
実は井上は寝ている座長が起きるまでにもうすでに芝居の頭のト書きが出来ていた

「さびれた芝居小屋の淋しい楽屋」
「舞台中央やや上手の最前部に座長用の大きな鏡台 しかしこの鏡台は観客には見えない
実を云うとこの作品に実際に必要なのは女座長を演じる一人の女優と彼女が「いさみの伊三郎」というやくざに変身するための化粧道具、衣裳、鬘〈銀杏本毛びんむしり)それに20数曲の演歌、そして観客の活発な想像力と、それだけである」
「音楽もなく何もなく明るくなると鏡台の前で仮眠をとっている女がいる 彼女自身が信じているところによると彼女は大衆劇団「五月座」の女座長五月洋子 46歳」
「しばらく何も起こらない 紗月洋子がときおり下品に寝返りを打っているだけである」

そして座長が起きてからは
「何度目かの寝返りをきっかけに遠くで演歌が鳴り始める 例えば水前寺清子の「男ならどうする」その瞬間に天井から糸で釣り上げられたようにすっと起き上がる」
いよいよ客入れが始まったよ
「と鏡台の斜め前方をチラッと眺めて」
七月の午後五時だというのに、ま、なんて暗い空なんだろ 土曜の夜の部書き入れ時雨になっちゃかなわない 幕が開くまであと四五十分 それまで降らないでおくれよ
「鏡台の斜め上方に窓があるらしい 女座長はダンヒルを咥え金張りのライターで火を点ける 鏡台の中の自分の顔を眺めながら煙を深々とプーっと自分に吹き付けた」
とト書きとセリフが浮かんだ

それから井上は自分が収集した大衆演劇の「いいセリフ」について聞いてみた
そして座長は「こんなセリフもありますよ」と父親清から聞いたセリフを教えながら「失礼しますよ」とメークを始めた 「はて前狂言には出ると聞いていないが」と思ってメークを見ていると瞬く間に「いい男」が出来上がって行く
ある程度出来たところで手を止めて「いやね、一本目は出てないんだが若い者に何かあってもいけない いつでも舞台に出ていけるようにしているまでです もちろんどんな役でもセリフは入ってます 自分で書いた芝居ですから」と言った

「女ばかりの一人芝居」というのは地人会の企画でAプロが神保共子の「乳飲み」(水上勉)萩尾みどりの「花いちもんめ」(宮本研)大塚道子の「四つの肖像」(ウエスカー)
Bプロには藤田弓子の「帰りなん いざ」(岡部耕大)渡辺美佐子の「化粧」(井上ひさし)李麗仙「母(オモニ)」(呉泰錫)というラインナップだった  人気は李麗仙だったが 蓋をあけたら「化粧」が評判も人気も高かった



1982年
何度か稽古場を覗いたあと 三越ロイヤルシアターにマネージャーの菊永と本番の舞台を見ることになった
武生座長はこれまでの付き合いで「新劇」の舞台を何度か見てきて気に入らないことがあった それは客が開演中クスっとも笑わない、いい芝居でも拍手や反応もない 開演中はそんなことをしてはいけないとばかり反応がない そして緞帳が降りてからは絶賛の拍手でカーテンコールを待つ 幕が降りてからカーテンコールが何度続けようがそれは「勝」に繋がらない 拍手が祝儀と言うのなら大衆演劇では祝儀を多く貰った方が「勝」なのだ

この芝居も同様だ 幕開きから面白いんだけど笑ってはいけないじゃないかという感じでクスクス抑えた笑いが聞こえてきた 
笑いたいんだけど押さえてる 「よーしここで俺たちがワ―っと笑ったら一気に来るぞ」と思ってそうしたら うまい具合に笑いが入りまして あとはどうやって最後を盛り上げるか・・・だった

芝居のラスト
「大変長らくお待たせ致しました 劇団五月座の本日の前狂言「伊三郎別れ旅」間もなくの開演で御座います」とアナウンス
 続いて大時代的なオープニング音楽
女座長は鏡台を覗き込み それから三度笠を手にゆっくりと歩きながら
「中丸のおじさん それからみんな しっかり頼みますよ 迫力で決めちまおうね」
下手袖に立ち止まり 音楽が終わったところで三度笠をかざして小走りに「舞台」へ駆け出す女座長 
2、3秒後に
「おとっつあん」
ゆっくりと暗くなる

台本にはこうあるが この時座長は菊永に合図して「舞台」に駆け出すところで 立ち上がり拍手した 周りのお客も釣られて立ち上がり拍手となった
結局台本ラスト三行は出来なくなり なかなか鳴りやまない拍手がようやく消えた頃カーテンコールを受ける形で出て行かざるを得なかった
しかしこのことは座長は知らない
「二人で立ち上がってウワーっと拍手したら他の客も溜めていたやつを一気にさせてワッときた もう「勝」を確信してあとは見ないで帰った」からである

あとこの芝居では渡辺美佐子が梅沢劇団の芝居「火の番小屋」に「物は試し」で出演して「大入り袋」を貰った話もあるが それは別の所に書いた(白鷺だより 132 小山内薫 「息子」について)

白鷺だより(320)梅沢武生聞き書き(2)「出世の稲川」

2018-05-25 10:58:23 | 梅沢劇団

梅沢武生聞き書き「出世の稲川」

今月の新歌舞伎座の梅沢公演のお芝居は「冨美男・かおりの大笑い出世の稲川」だ
江戸落語で有名な「稲川」をおもしろおかしく脚色した梅沢劇団十八番の狂言だ
今回は女性の香西かおりが新門辰五郎の女性版 新門のお辰を演じるのがミソだ

大阪からやって来た稲川は今日も勝って九連勝 意気揚々のはずが江戸では一向に人気が上がらないことを苦にして考え事をしながら歩いていると場所入りしてきた大関の四ツ車にぶつかってしまう 謝れ謝らないの口論の末 近くにいた乞食を怪我させてしまう
四ツ車に決して謝らなかった稲川はその乞食に手をついて謝る 
「羽織の裾に土が・・・・」
「十日の相撲の九日目までだれ一人土を付けた者がいなかったのに おこもさんに土付けられました ははは」
それを通りすがりに見ていた新門のお辰は帰って行く稲川を見送ると その乞食に耳打ちする・・・・

梅沢劇団の後見人梅沢武生は第三部の「華の舞踊 絵巻」の中の相舞踊一本だけの出演だが
朝一番に楽屋入りして芝居で誰が休演しても代演するつもりでスタンバイしている

このお芝居「出世の稲川」は他に「男の錦絵」「関取出世幟」などとタイトルを替え何度の公演している劇団の十八番の芝居である 
僕も梅コマ、明治座 中日劇場などで上演を手伝った 武生後見人の話によると 彼はこの芝居のほぼ全役を経験している

まず劇団に入ったばかりの頃は稲川の弟子で「はんしょう」役 弟子のタコをやる先輩と同じ動き、セリフを言っていればいいという役である 次に廻って来たのは四ツ車の弟子でぶつかったと因縁をかける役で 稲川と喧嘩になり足蹴にされ、その体の上に足をかけられ座長であったおやじ、清の名セリフを聞いていた 次に廻って来たのは四ツ車がブツカルのではなく全身イレズミのやくざがぶつかるバージョンもあったらしく 白塗りした背中に先輩が墨でイレズミを書いてくれたが(もちろんマジックなど気の利いたものもなく)芝居中擦れてまっくろになった背中を見せ啖呵を切ったこともあった ようやく役らしい四ツ車の役が回って来た 周りにこの役をやれる風格のある役者がいなくなったからである そして稲川役、新門辰五郎役とどんどん出世していくのだが 長屋のおかみさんだけはお母さんの龍千代さんの持ち役で一度もやらせてはもらえなかった 稲川に応援すると約束をしたものの米を買う金がない そこでコメ砥ぎの手伝いをするふりをして少しづつ米を集めるのを面白おかしく身振りで見せる芸にはいつも感心させられていたという

この芝居一応時代劇になってはいるが 原作は明治期に入ってからの「落語」である
落語と言ってもいわゆる落とし噺ではなく どちらかというと人情噺のジャンルに入る
したがってオチもサゲもない


「大阪は天下茶屋に御座います尼寺安養寺に墓がございます 池田から出ました稲川重五郎のお話で「関取千両幟」のモデルになった大阪相撲さわりの部分でございます」(円生)
この円生が円蔵の頃人気が出る前の頃 見知らぬ男に寄席の前で声を掛けられ蕎麦を一杯ご馳走になった モリ蕎麦を一杯づつ食べながら「あんたは必ず大看板になるから一生懸命やって下さい」と言われた経験を持つ

そのころは東京相撲と大阪相撲とが両立していて今のように東西相撲協会が統一されるのは大正14年 財団法人日本大相撲協会が認可され 昭和2年大阪相撲協会が解散して大日本相撲協会に合流するまで待たねばならない 

この落語はYouTubeで「千両幟」三遊亭円生 雷門助六 聞き比べ落語名作選で聞ける

今回のお芝居のオチは稲川は優勝した暁には土俵に上がって是非挨拶を・・・と最近の女性と土俵問題を皮肉ったものになっている
これでこの役を女性にした意義あるものになった

(2017 5月21日 新歌舞伎座 夜の部観劇)


白鷺だより(269)聞き書き梅沢武生(1)「ある夜の忠治」

2017-10-12 09:47:46 | 梅沢劇団

 2022年1月16日朝8時45分竹沢泰子さんより電話あり、早朝の事でもあるし「ヤッパリ」という思いで電話を取ると果たして武生座長の死去の知らせであった

劇団の明治差公演には6 日の初日から楽屋入りはするが舞台には出演しなかった   かねてから大好きな明治座の舞台で死にたいと言っていて楽屋入りしていたが5日目に病院に運ばれそこで死んだらしい 公表は24日の千秋楽が済んてかららしいが副座長( 富美男)に「吉村くんには知らせてやれ」と言われ電話させてもらいました、とのこと 葬儀も明治座終わりは富美男のスケジュールが詰まっていて29 日頃、桐ヶ谷斎場になりそうなので全身冷凍するそうだが

 コロナで移動もままならずお別れに行けないことを謝ると「こんな時代だから仕方ないわね」とおっしゃって頂いた

公演中はほぼ毎日食事にお誘い頂き、座長の話をお聞きしたその一部分でも「聞き書き」としてお話しよう

 

聞き書き梅沢武生(1)「ある夜の忠治」

 一座には父親である座長梅沢清の戦友で大原さんという客人がいた 武生が子供の頃底冷えのする福島の家で深夜「コリコリ」という音を聞いて 何だろうと覗いてみるとその音は大原さんが掻巻を羽織って一心不乱で書くガリ版の鉄筆の音だ ときおり「コホ コホッ」という咳がまざって極めて絵になる光景だった 上演許可を得るため進駐軍に提出するための台本だった 刷り上がった原稿を見ながら「これじゃ客に受けない」「一字も直すもんか」と言い争いをしている二人を何度も見た 子供心に羨ましく思って聞いていたが結局大抵は舞台を見た大原さんが「梅ちゃんの言う通り客に受けたな 負けたわ」と言って二人の言い争いは終わる 
武生が学業に専念するために劇団を離れ戻ってみるともう大原さんはいなかった

そんな大原さんが書いたと言われる「ある夜の忠治」という名作がある

赤城の山を追われた忠治が大雪の夜 無理やり山を下ろして堅気にした子分弥太郎が営むとある居酒屋へやって来る 弥太郎は嫁お吉の父親で十手持ちの吉兵衛から忠治の噂を聞いていて子供までいる身 忠治がやってきてもすぐ知らせると固く約束していた お吉が所用で留守の間に忠治がやって来る 嫁も子供がいるのを知った忠治は去ろうとするが弥太郎は無理やり一泊だけでもと泊める 弥太郎が義憤に駆られて地元のやくざ権次を切って戻ってみると忠治がいない お吉を問い詰めるが吉兵衛がやってきて止める そこへ忠治が入ってきて 二人の腹の探り合いの芝居があり 吉兵衛は無理やり通行手形を忘れて去る 忠治は弥太郎に俺をお縄にして突き出して親孝行をしろと迫るが弥太郎は拒む 
様子を汲んだ忠治は弥太郎の罪もひっかぶり追いかけて来た権三一家と対峙する 一家を皆殺しにした後 吉兵衛にお縄を受けようとするが吉兵衛は捕まえる代わりに通行手形を忠治に渡す 忠治は涙を押さえて去っていく ざっとこんな芝居だ

武生少年は劇団に戻って一から役者でやり始めるがある日自分のセリフきっかけで入るはずの三味線が入らない お姉さんに問いただしてみると「そんなヘタな芝居では三味は入れられない」と言われ思わず殴ってしまう 下手な役者でも座長の息子だ そのお囃子さんは太鼓専門の旦那と二人辞めてしまう 
そのころ掛けていた芝居の一つに「ある夜の忠治」があった
最後の立ち回りは辞めていった太鼓の旦那の「雪音」のみのパントマイム劇が見せ場だ
 最後の決まりでチョンが入り三味線の音で幕だ この二人が急にいなくなった
仕方なく回って来た音響の仕事を遣らされていた武生はここでかねてから腹案であったラジオでよく聞いていた「ムーンライト・セテナーデ」をかけてみた

忠治 じたばたすんねえ 表に出ろ
 一丁木が入って盆が回る時 雪の中 迎える悪一味が回って来る時ムーンライトセレナーデが流れた
 
 そして大ラスの忠治花道七三にて
弥太郎 親分
忠治 弥太郎 
 決まりで一丁「名月赤城山」が流れキザミで幕


「名月赤城山」のイントロ部分をちょん切って白墨で印をつけ「男ごころーに男が惚れて~」の部分から流した 
決まった時は気持ちが良かった しかし案の定座長にこっぴどく叱られた
「ムーンライト・セレナーデ」は<敵国アメリカを象徴する音楽だった>からかなあと今は思う 
しかし武生少年はめげなかった 叱られても叱られてもかけ続けた 
ある時仙台の小屋での事 客席に何人かの進駐軍が入って来た 「こんな外人に判る芝居じゃない」と子供心に思った 案の定訳も判らず見ていた米兵が「ムーンライト・セレナーデ」が掛かったトタン「ヤンヤヤンヤ」の大喝采 口笛は吹く 煙草は飛ぶ ガムが飛ぶ ドル札は舞う その中で平然と立ち回りを続ける父の清
(この姿は僕は冨美男さんが飛び散る万札にも目もくれず踊っていたので知っている)
 終わって楽屋に呼ばれた武生は生まれて初めて座長からお褒めの言葉をもらう 
といっても息子の彼さえも座長の部屋には入れず暖簾越しに一言「いい曲だった」と一言いい うまそうに洋もくを吸っていた
次の日から噂が噂を呼び 基地からの客が増え 楽屋にはケース単位のタバコ ウイスキー ソーセージなどが届けられた 
それ以降劇団では この芝居の大立ち回りには雪音は使わず「ムーンライト・セレナーデ」が流されることとなった

何だか白鷺だより(133)(昨年9月3日)と同じような文章になったが それは武生座長の楽屋に伺うたびに いつも決まって同じ話になるから仕方がないのである
 
今回(10月10日)新歌舞伎座の楽屋での話題は まず前日の新橋演舞場「ワンピース」での四代目猿之助のスッポンでの事故の話から 実は彼との対談があったがこの事故でキャンセルになった話になり(なんでも企画は冨美男さんとの対談だったが猿之助さんが武生さんも一緒ならと言ったため)、昔その亀ちゃん(16歳・現猿之助)と一緒に踊った話になり 梅沢劇団に入りたいとだだをこめた彼をゆくゆくは4代目を継ぐことになるお前が大衆演劇なんぞで汚されないと断った話や そこから猿之助つながりで浜(木綿子)さんと飲んだ話になり そしてお酒(レミーマルタン)つながりで石森章太郎さんの話になり 突然 チャップリンの「街の灯」「モダンタイムス」「黄金狂時代」のDVDが見たい買ってきてくれないかという話になり 急に何故だか昔の話になって「忠治」の話になり いつものように「化粧」誕生秘話になった

 続いて次回はこの「化粧」誕生の話を書こうと思う 



白鷺だより(136)梅沢劇団「芸者の意気地」

2016-09-09 08:51:38 | 梅沢劇団

[六才の歳の六月六日 舞(おど)り始めのその時から 
大太鼓(おおどう)小太鼓(こどう)琴、三味線 茶道、華道は言うには及ばず
行儀作法に至るまで 習い覚えて看板持(いっぽんだち)
十二の歳には あれが柳橋の菊次かと
言われるまでの芸者になったんだよ
憚りながらこの菊次 芸は売っても身は売らぬ
辰巳芸者の心意気」


今月の新歌舞伎座の梅沢劇団の芝居に武生元座長が久しぶりに出演するというので観せてもらった
(9月7日一回公演) 僕はこの芝居はかって武生さんの菊次と前川さんの菊次で見ている
これは劇団を愛するが故の小言だと思って聞いてください

一場 川端 香西かおり演じる菊次が時代錯誤もはなはだしい人力車で登場するのはご愛敬だと目を瞑っても川端のセットに柳がないのは許せない ドロップの前にはせめて柳と切石と石垣くらいは並べて欲しい これじゃあ最初から飛び込めやしない この場を見ていて気持ちが悪いのは飛び込みを止めるのが菊次ではなく女中だということ その女中が菊次の正体を喋ることだった 聞いてみるとこの番頭はもともと梅沢清座長がやっていた役で(菊次は新派あがりの女優さんだったらしい)飛び込みはやはり菊次に助けられる 菊次は数馬に送る五両を番頭に渡してしまったので女将に金を借りる 最後に名前を聞くが
「きれいなお月さんに浮かれ出た酔っ払い芸者の只の座興だと思っておくれ」
と名前を教えないで去っていく(この景もラストと同じ月が出ていたという)
菊次に助けられた番頭は帰って主人に事の次第を話すが怒らせ首になる そこから発奮して五年経つ 商売は大当たり 今や大店の主人となって次の景でかって助けてくれた恩人芸者を探しているということらしい これなら判る
 
二場 お座敷 

冨美男さん演じる姐さん芸者の仇吉はお母さんの龍千代さんがやっていたという 
若き日の武生は板前の玄太 全身にイレズミが入っていた 呼ばれて出て行ってお辞儀するときにチラッとイレズミが見え思わず引っ込める 下座に合わせて菊次を呼びに行く花道の場面はカッコよさから女たちがキャーキャーいったらしい この役をやって芸者衆のひいきが増えたころ 数馬役に回される 「こんな詐欺師みたいな二枚目は嫌だ」と駄々をこねたら 菊次役の女優さんから「悔しかったら私を惚れさせてごらんな」と言われつっころばしの二枚目から魅力ある役に仕立て上げた
昔の恩人の芸者を探して店を訪れた番頭(今じゃ大店の主人)が菊次と仇吉の会話を聞いて菊次を助けることになる

三場料亭の庭 
桜の大木一本では余りにも寂しすぎる 何とかならないのか
菊次が誰彼もなく殺していくが 本来は仇吉と女将と板前の玄太の三人のみである
特に玄太はイレズミと白フンドシ一丁の姿でかなり長い目の立ち回りをしたらしい
立ち回りが終わり 菊次桜の大木にもたれ夜空の月をを見上げ「いい月夜だねえ」
あの夜と同じ月が出ている
数馬の探す声を聴いて持っていた匕首で自決する
そして数馬と今や大店の旦那になった番頭に抱えられながら菊次は息絶える 
菊次がなかなか死なないので仇吉の冨美男が怒って帰るシーンは忠臣蔵の浅野の切腹場面のパロディになっている
ゲストの香西さんが気持ちよく菊次をやってもらう為回りの劇団員の演技力が必要だが
それにしては余りにメンバーが弱すぎる

<舞踊ショウについて>

舞踊ショウはいつもながらブツギレのショウである 暗転が多すぎる 
昔はアッという間に終わったが長く感じるのはその為か、
つなぎの女性の踊りのアレンジが同じ感じなので飽きてしまう
アレンジャーを雇う金くらいあるだろう(ショウは音楽が第一である)
冨美男さんの踊りと相舞踊しか見せるものはないのだから
女性の踊りは簡単に済ませて(着替えのために必要なことは判るが)
昔みたいなコミックショウも入れてみたらどうだろう 
冨美男さんの立ち役は申し訳ないが魅力が半減 
立ち回りを見せるのなら昔の龍を使ったらどうか
吊ものばかりのセットなのでもう少し立体的に出来ないものか
一番盛り上がっていかなければなならない舞踊ショウが尻すぼみになっている
昔のバラエティーみたいなものを復活出来ないものか
最後の大円団 銀メラの発射はこれが限界なら僕なら同時に上から降らす
今ならそれこそ尻すぼみだ
こんなワンパターンなショウを繰り返していたら客は離れて行く一方だ
言いたいことを羅列してみたが再考を期待します

来年の「お笑い勧進帳」は現在のメンバーで出来るのか心配だ ああ!