[5月2日08:04.天候:雨 JR東北新幹線“はやぶさ”1号]
宮城県内に入ると、ついに雨が降り出して来た。
それでも赤い列車と緑の列車は何も怯まず、東北の高架橋を突き進む。
仙台市内に入ると、列車はグングン速度を落としていった。
〔「仙台でお降りのお客様、ご乗車お疲れさまでした。到着ホームは11番線、お出口は右側です。仙台を出ますと、次は盛岡に止まります。通過する東北新幹線各駅をご利用のお客様は……」〕
下りの最速列車は仙台駅など棒線の1つに過ぎない。
それなのに、あえて本線ではなく副線ホームに入ろうという。
副線だけに、何かの伏線を期待するのはやめておいた方がいいだろう。
ポイントを通過する為に列車はガクンと揺れ、屋根のあるホームに滑り込んだ。
敷島:(ここから平賀先生が乗って来るわけか……)
自分より数歳年上で、しかも今やロボット研究者としては世界に名だたる存在である。
一時期、同じ研究所で働いていただけというだけで、こういう旧知の仲でいられるとは……。
敷島はグランクラスの窓側席から、隣の通路側席へ移動した。
敷島:(『殿!温めておきました!』ってな……w)
列車が所定位置に停車して、敷島はフリーズしかかった。
〔「おはようございます。ご乗車ありがとうございました。仙台〜、仙台です。……」〕
研究員A:「教授、行ってらっしゃいませ!」
研究員B:「先生、どうかお気をつけて!」
研究員C:「教授、お荷物を!」
敷島:「…………」( ゚д゚)
平賀:「七海、早く荷物をくれ」
七海:「はい。それでは太一様、お気をつけて行ってらっしゃいませ」
日本初のメイドロイド七海は元気に稼働中。
盛大な見送りを受けて列車に乗り込んで来た平賀。
平賀:「おはようございます。敷島さん」
敷島:「……殿!温めておきました!」
平賀:「は?」
列車は壮大な発車メロディの後で、定刻に発車した。
壮大な発車メロディに、盛大な見送り。
敷島:「まるで送別会ですな」
平賀:「いや、お恥ずかしい……」
敷島:「かつての権威、南里所長でも、あそこまで盛大に見送ってくれませんよ。先生、南里所長を超えたんじゃないですか?」
平賀:「やめてくださいよ。南里先生は半分世捨て人みたいな感じだっただけです。こんな自分を見出して下さっただけでも、自分は頭が上がりません」
敷島:「そうですかね……。自分なんか、先生の足元にも及ばない」
平賀:「そんなことないですよ。アンドロイド達をここまで有名にして下さったのは、むしろ敷島さんです。敷島さんの営業力があったからこそですよ。せっかくいいロボットを作っても、営業が悪かったら売れないんですから。で、売れなきゃ意味が無い」
敷島:「営業は誰でもできますけど、ロボット造りなんて誰にでもできることじゃありませんよ」
平賀:「しかし、それで社長にまでなれる人はほんの一握りです。敷島さんは社長になれたじゃないですか」
敷島:「成り行きでそうなっただけですよ」
平賀:「その割には会社の規模はどんどん大きくなってる。成り行きだけではそうならないでしょう。自分が敷島さんの足元にも及ばない所ですよ」
敷島:「それはロイド達の性能がいいことと、井辺君達のおかげなだけですよ。自分はちょっとプレゼンしてみただけに過ぎない」
平賀:「そのプレゼン能力が素晴らしいわけですよ。……あ、洋定食あります?」
アテンダント:「かしこまりました」
グランクラスには専属のアテンダントがいる。
平賀達の席の近くに来たので、平賀はサービスの弁当を注文した。
アテンダント:「お飲み物は何になさいますか?」
平賀:「えーと、ホットコーヒーで」
アテンダント:「かしこまりました」
アテンダントが軽食とコーヒーを持ってきた。
平賀:「すいませんね。こんな高級な席に座らせてもらって」
敷島:「いえ。先生のお見送り風景を見て、グランクラス当たり前だと思いました」
平賀:「全く。“白い巨塔”じゃあるまいし。この前、七海の総点検を行ったんですよ」
敷島:「“白い巨頭”というフレーズで、既に嫌な予感が立ち込めていますが……」
平賀:「大学の研究室で整備を行ったら、長蛇の列ができたんです。七海の検査風景なんていつも見せてるのに、何かやる度に列が伸びているんですよ。全く。ラーメンじゃあるまいし」
敷島:「先生の大作でありますメイドロイドが量産化されたこと、先生の力を持ってすればボーカロイドやマルチタイプまで造れるということで、名声が広まったんですよ」
平賀:「自分はボーカロイドを造る気は無いし、マルチタイプだって南里先生が遺された設計データを元に再現しただけです。エミリーの使用期限が切れていましたからね」
エミリーが一時期、東北工科大学の南里志郎記念館に“常設展示”されていたのはその為。
新しいボディが無く、平賀が一から造らなければならなかった。
使用期限が切れている状態で通常稼働させるのは危険だということで、出力を最低限に抑えた上での常設展示だった。
モデル体型の美女として設計され、しかも前期型シンディと比べてどの人間にも低姿勢で、クールな性格でもあったエミリーもまた人気があり、稼働休止は有り得なかったという。
使用期限が切れたロボットは、本来は廃棄処分になるものである。
但し、そこがロイドとロボットの違い。
人間並みの見た目と知能を持ち、尚且つ多くの人間に必要とされている場合は、メモリーやデータをそのまま新しいボディに移し替えて引き続き稼働させるという手法を取る。
敷島:「要は新しいエミリーを造ったわけだから、やっぱり南里所長と肩を並べたと言えると思いますよ」
平賀:「まあまあ。お褒めには預かっておきますよ。それより、一息ついたら後ろの車両に挨拶に行こうかと思います」
敷島:「それはいいですね。ミク達も喜びますよ」
平賀:「ミクね……」
平賀は運ばれたコーヒーを啜った。
平賀:「自分と敷島さんが初めて会った頃が、実に懐かしい」
敷島:「どうしたんです、急に?そんな老けたようなこと言わないでくださいよ。まだお互い、アラフォーじゃないですか」
平賀:「敷島さんは覚えていますか?」
敷島:「もちろん。忘れるもんですか。エミリーが地下鉄の泉中央駅まで迎えに来てくれましたが、最初は喋り方が変な外国人女性だなと思いましたよ」
当時のエミリーはわざと文節ごとに区切った喋り方、いわゆる『ロボット喋り』をしていた。
言語ソフトが旧式のままだとされていたが、実はエミリーが「仕えるべき人間を選んでいた」のだった。
敷島:「バスで移動中、雨が降ってきましてね。そうそう。今くらいの雨ですよ。左の脛をポンと叩いたと思うと、パカッと開いて中から折り畳み傘が出て来たのにはびっくりしました」
平賀:「でしょうねぇ……」
因みに前期型シンディは、そこに大型ナイフを仕込んでいた。
平賀:「タバコはどこで吸えますかね?」
敷島:「盛岡駅で数分間停車しますから、そこで吸えると思いますよ」
平賀:「おっ、そうですか」
降りしきる雨の中、列車は最高速度を目指して北海道へ向かう。
宮城県内に入ると、ついに雨が降り出して来た。
それでも赤い列車と緑の列車は何も怯まず、東北の高架橋を突き進む。
仙台市内に入ると、列車はグングン速度を落としていった。
〔「仙台でお降りのお客様、ご乗車お疲れさまでした。到着ホームは11番線、お出口は右側です。仙台を出ますと、次は盛岡に止まります。通過する東北新幹線各駅をご利用のお客様は……」〕
下りの最速列車は仙台駅など棒線の1つに過ぎない。
それなのに、あえて本線ではなく副線ホームに入ろうという。
副線だけに、何かの伏線を期待するのはやめておいた方がいいだろう。
ポイントを通過する為に列車はガクンと揺れ、屋根のあるホームに滑り込んだ。
敷島:(ここから平賀先生が乗って来るわけか……)
自分より数歳年上で、しかも今やロボット研究者としては世界に名だたる存在である。
一時期、同じ研究所で働いていただけというだけで、こういう旧知の仲でいられるとは……。
敷島はグランクラスの窓側席から、隣の通路側席へ移動した。
敷島:(『殿!温めておきました!』ってな……w)
列車が所定位置に停車して、敷島はフリーズしかかった。
〔「おはようございます。ご乗車ありがとうございました。仙台〜、仙台です。……」〕
研究員A:「教授、行ってらっしゃいませ!」
研究員B:「先生、どうかお気をつけて!」
研究員C:「教授、お荷物を!」
敷島:「…………」( ゚д゚)
平賀:「七海、早く荷物をくれ」
七海:「はい。それでは太一様、お気をつけて行ってらっしゃいませ」
日本初のメイドロイド七海は元気に稼働中。
盛大な見送りを受けて列車に乗り込んで来た平賀。
平賀:「おはようございます。敷島さん」
敷島:「……殿!温めておきました!」
平賀:「は?」
列車は壮大な発車メロディの後で、定刻に発車した。
壮大な発車メロディに、盛大な見送り。
敷島:「まるで送別会ですな」
平賀:「いや、お恥ずかしい……」
敷島:「かつての権威、南里所長でも、あそこまで盛大に見送ってくれませんよ。先生、南里所長を超えたんじゃないですか?」
平賀:「やめてくださいよ。南里先生は半分世捨て人みたいな感じだっただけです。こんな自分を見出して下さっただけでも、自分は頭が上がりません」
敷島:「そうですかね……。自分なんか、先生の足元にも及ばない」
平賀:「そんなことないですよ。アンドロイド達をここまで有名にして下さったのは、むしろ敷島さんです。敷島さんの営業力があったからこそですよ。せっかくいいロボットを作っても、営業が悪かったら売れないんですから。で、売れなきゃ意味が無い」
敷島:「営業は誰でもできますけど、ロボット造りなんて誰にでもできることじゃありませんよ」
平賀:「しかし、それで社長にまでなれる人はほんの一握りです。敷島さんは社長になれたじゃないですか」
敷島:「成り行きでそうなっただけですよ」
平賀:「その割には会社の規模はどんどん大きくなってる。成り行きだけではそうならないでしょう。自分が敷島さんの足元にも及ばない所ですよ」
敷島:「それはロイド達の性能がいいことと、井辺君達のおかげなだけですよ。自分はちょっとプレゼンしてみただけに過ぎない」
平賀:「そのプレゼン能力が素晴らしいわけですよ。……あ、洋定食あります?」
アテンダント:「かしこまりました」
グランクラスには専属のアテンダントがいる。
平賀達の席の近くに来たので、平賀はサービスの弁当を注文した。
アテンダント:「お飲み物は何になさいますか?」
平賀:「えーと、ホットコーヒーで」
アテンダント:「かしこまりました」
アテンダントが軽食とコーヒーを持ってきた。
平賀:「すいませんね。こんな高級な席に座らせてもらって」
敷島:「いえ。先生のお見送り風景を見て、グランクラス当たり前だと思いました」
平賀:「全く。“白い巨塔”じゃあるまいし。この前、七海の総点検を行ったんですよ」
敷島:「“白い巨頭”というフレーズで、既に嫌な予感が立ち込めていますが……」
平賀:「大学の研究室で整備を行ったら、長蛇の列ができたんです。七海の検査風景なんていつも見せてるのに、何かやる度に列が伸びているんですよ。全く。ラーメンじゃあるまいし」
敷島:「先生の大作でありますメイドロイドが量産化されたこと、先生の力を持ってすればボーカロイドやマルチタイプまで造れるということで、名声が広まったんですよ」
平賀:「自分はボーカロイドを造る気は無いし、マルチタイプだって南里先生が遺された設計データを元に再現しただけです。エミリーの使用期限が切れていましたからね」
エミリーが一時期、東北工科大学の南里志郎記念館に“常設展示”されていたのはその為。
新しいボディが無く、平賀が一から造らなければならなかった。
使用期限が切れている状態で通常稼働させるのは危険だということで、出力を最低限に抑えた上での常設展示だった。
モデル体型の美女として設計され、しかも前期型シンディと比べてどの人間にも低姿勢で、クールな性格でもあったエミリーもまた人気があり、稼働休止は有り得なかったという。
使用期限が切れたロボットは、本来は廃棄処分になるものである。
但し、そこがロイドとロボットの違い。
人間並みの見た目と知能を持ち、尚且つ多くの人間に必要とされている場合は、メモリーやデータをそのまま新しいボディに移し替えて引き続き稼働させるという手法を取る。
敷島:「要は新しいエミリーを造ったわけだから、やっぱり南里所長と肩を並べたと言えると思いますよ」
平賀:「まあまあ。お褒めには預かっておきますよ。それより、一息ついたら後ろの車両に挨拶に行こうかと思います」
敷島:「それはいいですね。ミク達も喜びますよ」
平賀:「ミクね……」
平賀は運ばれたコーヒーを啜った。
平賀:「自分と敷島さんが初めて会った頃が、実に懐かしい」
敷島:「どうしたんです、急に?そんな老けたようなこと言わないでくださいよ。まだお互い、アラフォーじゃないですか」
平賀:「敷島さんは覚えていますか?」
敷島:「もちろん。忘れるもんですか。エミリーが地下鉄の泉中央駅まで迎えに来てくれましたが、最初は喋り方が変な外国人女性だなと思いましたよ」
当時のエミリーはわざと文節ごとに区切った喋り方、いわゆる『ロボット喋り』をしていた。
言語ソフトが旧式のままだとされていたが、実はエミリーが「仕えるべき人間を選んでいた」のだった。
敷島:「バスで移動中、雨が降ってきましてね。そうそう。今くらいの雨ですよ。左の脛をポンと叩いたと思うと、パカッと開いて中から折り畳み傘が出て来たのにはびっくりしました」
平賀:「でしょうねぇ……」
因みに前期型シンディは、そこに大型ナイフを仕込んでいた。
平賀:「タバコはどこで吸えますかね?」
敷島:「盛岡駅で数分間停車しますから、そこで吸えると思いますよ」
平賀:「おっ、そうですか」
降りしきる雨の中、列車は最高速度を目指して北海道へ向かう。