[4月3日16:00.天候:晴 埼玉県さいたま市西区・DCJロボット未来科学館]
MEIKO with MEGAbyteが最後の曲を披露した。
「ありがとうございまーす!」
「ありがとー!」
「MEIKO with MEGAbyteでしたーっ!」
「皆さん、今日も来てくれてありがとう!このコ達、まだ製造されたばかりの出来立てホヤホヤなんですけど、私のかわいい後輩達なんです。応援よろしくお願いしまーす!」
シアターホールの裏で、敷島と井辺が様子を見ていた。
「さすがはMEIKOさんですね」
「ベテランの風格が出てるなー。いいぞいいぞ」
「社長、つくば市の研究所から、『やっぱり未夢を返してくれ』との依頼が来てますが……」
「10億円用意してくれたら返してやんよと言っといてくれ。不要品扱いだったからこっちで引き取ったのよ、勝手過ぎるぜ」
出来損ないのマルチタイプ後継機として処分寸前だった未夢をタダ同然で引き取り、ボーカロイド改造したのは敷島のアイディアである。
もちろん、改造費が嵩んで、会社の経営が傾きかかり、親会社の四季エンタープライズに何度も呼び出しを食らった苦い経験が敷島にはあった。
「10億円ですか!?改造費とそれまでの維持費、それだけ行きましたかね……」
「どっかのお寺が破門寸前の団体に寄付した額だ。大したことないだろう」
「ええっ?(関係あるのかな、それ……)」
バックヤードの控え室に戻ってくるボーカロイド達。
「今日も、お疲れ様でした。お客様方も、大盛り上がりでした。ミニライブは成功です。感謝致します」
「お役に立てて何よりですわ。ねぇ、あなた達?」
井辺の労いと感謝に、ロイドお決まりのセリフを言うMEIKO。
後輩の新人達にも振る。
「はい!お役に立てて何よりです!わたし、もっと頑張ります!」
と、ゆかり。
「ボーカロイドとしての責務を果たしただけです。大したことはありません」
と、相変わらずクール属性を地で行くLily。
「でも、歌っていて楽しかったですわ。私、マルチタイプとしてはお役に立てませんでしたけど、ボーカロイドとしてお役に立てて嬉しいですぅ」
相変わらず、おっとりとした口調の未夢だった。
井辺は大きく頷いて、
「頼もしい言葉です。あなた達は軽い整備をこちらの研究員の人達に受けて頂き、それから事務所に帰ることになります」
「はい!」
「車は用意してありますので……。社長は一緒にお帰りになりますか?」
「いや、いいよ。自分の車あるし……。それに、できれば平賀先生達を送って行きたい」
「なるほど。それはいいかもしませんね」
「今日、帰るらしいんだ。閉館時間に合わせて」
「分かりました。じゃあ、ボーカロイド達の整備が終了次第、失礼致します」
「ああ」
16時30分から閉館まで、エントランスホールに設置されたグランドピアノでエミリーがピアノを弾き、シンディがフルートを吹いた。
こちらも足を止めて、聴き入ってくれる来館者が結構いた。
[同日18:00.天候:晴 埼玉県さいたま市大宮区]
JR大宮駅に向かう1台のプリウスα。
ハンドルを握っているのは敷島で、助手席にシンディ、あとは平賀家の面々が乗っていた。
「すいません、敷島さん。わざわざ送ってもらえるなんて……」
と、平賀。
「いや、いいんですよ。お気になさらず。本当は御夕食まで御一緒したかったんですが……」
「自分達だけならいいんですが、今日は子供達もいますんで、あまり遅くなれないんですよ」
「あー、それもそうですよね。夜遅くまで連れ回す、どこかのカルト教団に平賀先生の言葉を聞かせてあげたいですよ」
「はあ……」
その時、シンディはラジオのボリュームを上げた。
〔「……アメリカ・ニューヨーク州で発生しましたイスラム過激派のテロで、FBIは掃討作戦にデイライト・コーポレーション製のマルチタイプ・ロイド2機の投入を決定しました。これにはイスラム原理主義者の集まりであるテロ組織に対し、偶像崇拝禁止への皮肉も込められていると見られ、掃討作戦は……」〕
「さすがはアメリカ本社ですな。平賀先生は御存知ですか?」
「ええ。学会内部で伺ったことがあります。ただ、極秘情報ですので、そのマルチタイプ2機の詳細は明らかになっておりません」
「日本法人が情報流したのかな?」
「あ、いや。最初、アリスは日本法人ではなくて、アメリカ本体の方に所属する予定だったと思います。その時、アリスがシンディの設計図を提供したはずですから、それを元にしたものと思われます」
「なるほどねぇ……。アルエットの設計図はこっちで押さえてるから、アメリカ本体では造れないですしね」
「ええ」
ロイドを大きな人形と称する向きもある。
人形ですら一部のムスリムにとっては禁止されている偶像崇拝の一環だとされ(大石寺系教団で言う謗法)、特にそれが如実なテロリスト達に対し、“偶像”を使って掃討することによって、イスラム教弾圧的な所があるのだろう。
「会える機会はありますかね?」
「アリスがアメリカに行く機会ってありますか?」
「日本法人にいるから、無さそうですね」
「じゃあ、無いですよ」
「少し興味があったんですが、残念ですね」
[同日4月11日10:00.天候:雨 東京都江東区豊洲・豊洲アルカディアビル18F・敷島エージェンシー新事務所]
「今日は雨か……。ま、月曜日だから外でのイベントも無いし。大勢に影響無し、か……」
敷島は社長室にいた。
菊川時代の社長室よりも広い。
その頃は部屋が狭くて応接セットすら設置できなかったのに、今ではちゃんとそれがある。
敷島は席を立って、大きな窓の外を見ていた。
雨粒が窓を叩いている。
今では社員を抱えるほどまでになったが、南里研究所やJARA財団があった頃は自分でボカロ達を売り出しに行かなくてはならず(今でもやってはいるのだが)、時には雨の中を走り回ったこともあった。
不思議とずぶ濡れになっても、風邪を引くことは無かったが。
敷島は再び革製の椅子に座ると、シンディが入れてくれたコーヒーを飲んだ。
「まだ引っ越してきたばかりとはいえ、何だか部屋が広くて落ち着かないな……」
ボヤくように言った敷島だが、これでも親会社の社長室の半分くらいの広さしか無い。
何しろ、そこは社長専用のトイレや洗面所もあるくらいだ。
敷島も伯父の社長に会いに何度も足を運んだが、その度にその豪勢さに目を奪われた。
親会社は芸能界でも指折りの大手であるが、それでも総合芸能企業の一グループ会社に過ぎない。
「もっとボカロを導入して、どんどん売り込んで行かないとな……」
と、その時、机の上の電話が鳴った。
「はい、もしもし?」
{「あ、社長」}
事務室にいる一海からだった。
{「デイライト・コーポレーション、アーカンソー研究所のアルバート・F・スノーウェル様よりお電話が入っておりますが……」}
「は?誰それ?」
{「所長さんだということです」}
「アーカンソーって、それ何!?デイライトさんの日本法人じゃなく、アメリカ本体ってこと?」
{「そのようです。お繋ぎしますか?」}
「……繋いでくれ」
すると電話口の向こうから、当然のことながら英語が聞こえて来た。
幸い敷島、アメリカ人妻がいるおかげで、何となく理解はできた。
電話口の向こうにいたのは、所長と名乗るには思ったより声の若い男だった。
何でも近いうち、敷島と面会したいとのことだ。
以下、アルバート所長の言葉を日本語に訳した。
{「当社でマルチタイプの開発に成功したことは御存知だと思います。その設計に日本のマルチタイプが元になっているわけですが、私自身、直接それを見たことがありません。後学の為と、私の今後のビジョンをお伝えしたいので、お会いできませんか?」}
「はあ、それは構いませんが、どうして私なんですか?シンディのオーナーはアリスですよ?デイライトさん日本法人の……」
{「ええ、それは分かっています。ですが、あなたはアメリカでも有名な人物ですから」}
「私が?」
{「はい。『不死身の敷島』とか『テロリストを泣かせた男』とか、色々伺っています」}
「ああ……そっち?」
{「テロ撲滅の為にも、東京決戦とか、KR団崩壊の話を詳しくお聞きしたいのです」}
「まあ、いいですよ。アルバート所長の都合に合わせますから」
{「ありがとうございます。では、こちらもスケジュールを調整していきますので、また後でご連絡申し上げます」}
電話はこれだけで終わった。
この時はまだ、比較的若い研究者が好奇心旺盛でやってくるのだろう程度にしか思っていなかった敷島だったが……。
MEIKO with MEGAbyteが最後の曲を披露した。
「ありがとうございまーす!」
「ありがとー!」
「MEIKO with MEGAbyteでしたーっ!」
「皆さん、今日も来てくれてありがとう!このコ達、まだ製造されたばかりの出来立てホヤホヤなんですけど、私のかわいい後輩達なんです。応援よろしくお願いしまーす!」
シアターホールの裏で、敷島と井辺が様子を見ていた。
「さすがはMEIKOさんですね」
「ベテランの風格が出てるなー。いいぞいいぞ」
「社長、つくば市の研究所から、『やっぱり未夢を返してくれ』との依頼が来てますが……」
「10億円用意してくれたら返してやんよと言っといてくれ。不要品扱いだったからこっちで引き取ったのよ、勝手過ぎるぜ」
出来損ないのマルチタイプ後継機として処分寸前だった未夢をタダ同然で引き取り、ボーカロイド改造したのは敷島のアイディアである。
もちろん、改造費が嵩んで、会社の経営が傾きかかり、親会社の四季エンタープライズに何度も呼び出しを食らった苦い経験が敷島にはあった。
「10億円ですか!?改造費とそれまでの維持費、それだけ行きましたかね……」
「どっかのお寺が破門寸前の団体に寄付した額だ。大したことないだろう」
「ええっ?(関係あるのかな、それ……)」
バックヤードの控え室に戻ってくるボーカロイド達。
「今日も、お疲れ様でした。お客様方も、大盛り上がりでした。ミニライブは成功です。感謝致します」
「お役に立てて何よりですわ。ねぇ、あなた達?」
井辺の労いと感謝に、ロイドお決まりのセリフを言うMEIKO。
後輩の新人達にも振る。
「はい!お役に立てて何よりです!わたし、もっと頑張ります!」
と、ゆかり。
「ボーカロイドとしての責務を果たしただけです。大したことはありません」
と、相変わらずクール属性を地で行くLily。
「でも、歌っていて楽しかったですわ。私、マルチタイプとしてはお役に立てませんでしたけど、ボーカロイドとしてお役に立てて嬉しいですぅ」
相変わらず、おっとりとした口調の未夢だった。
井辺は大きく頷いて、
「頼もしい言葉です。あなた達は軽い整備をこちらの研究員の人達に受けて頂き、それから事務所に帰ることになります」
「はい!」
「車は用意してありますので……。社長は一緒にお帰りになりますか?」
「いや、いいよ。自分の車あるし……。それに、できれば平賀先生達を送って行きたい」
「なるほど。それはいいかもしませんね」
「今日、帰るらしいんだ。閉館時間に合わせて」
「分かりました。じゃあ、ボーカロイド達の整備が終了次第、失礼致します」
「ああ」
16時30分から閉館まで、エントランスホールに設置されたグランドピアノでエミリーがピアノを弾き、シンディがフルートを吹いた。
こちらも足を止めて、聴き入ってくれる来館者が結構いた。
[同日18:00.天候:晴 埼玉県さいたま市大宮区]
JR大宮駅に向かう1台のプリウスα。
ハンドルを握っているのは敷島で、助手席にシンディ、あとは平賀家の面々が乗っていた。
「すいません、敷島さん。わざわざ送ってもらえるなんて……」
と、平賀。
「いや、いいんですよ。お気になさらず。本当は御夕食まで御一緒したかったんですが……」
「自分達だけならいいんですが、今日は子供達もいますんで、あまり遅くなれないんですよ」
「あー、それもそうですよね。夜遅くまで連れ回す、どこかのカルト教団に平賀先生の言葉を聞かせてあげたいですよ」
「はあ……」
その時、シンディはラジオのボリュームを上げた。
〔「……アメリカ・ニューヨーク州で発生しましたイスラム過激派のテロで、FBIは掃討作戦にデイライト・コーポレーション製のマルチタイプ・ロイド2機の投入を決定しました。これにはイスラム原理主義者の集まりであるテロ組織に対し、偶像崇拝禁止への皮肉も込められていると見られ、掃討作戦は……」〕
「さすがはアメリカ本社ですな。平賀先生は御存知ですか?」
「ええ。学会内部で伺ったことがあります。ただ、極秘情報ですので、そのマルチタイプ2機の詳細は明らかになっておりません」
「日本法人が情報流したのかな?」
「あ、いや。最初、アリスは日本法人ではなくて、アメリカ本体の方に所属する予定だったと思います。その時、アリスがシンディの設計図を提供したはずですから、それを元にしたものと思われます」
「なるほどねぇ……。アルエットの設計図はこっちで押さえてるから、アメリカ本体では造れないですしね」
「ええ」
ロイドを大きな人形と称する向きもある。
人形ですら一部のムスリムにとっては禁止されている偶像崇拝の一環だとされ(大石寺系教団で言う謗法)、特にそれが如実なテロリスト達に対し、“偶像”を使って掃討することによって、イスラム教弾圧的な所があるのだろう。
「会える機会はありますかね?」
「アリスがアメリカに行く機会ってありますか?」
「日本法人にいるから、無さそうですね」
「じゃあ、無いですよ」
「少し興味があったんですが、残念ですね」
[同日4月11日10:00.天候:雨 東京都江東区豊洲・豊洲アルカディアビル18F・敷島エージェンシー新事務所]
「今日は雨か……。ま、月曜日だから外でのイベントも無いし。大勢に影響無し、か……」
敷島は社長室にいた。
菊川時代の社長室よりも広い。
その頃は部屋が狭くて応接セットすら設置できなかったのに、今ではちゃんとそれがある。
敷島は席を立って、大きな窓の外を見ていた。
雨粒が窓を叩いている。
今では社員を抱えるほどまでになったが、南里研究所やJARA財団があった頃は自分でボカロ達を売り出しに行かなくてはならず(今でもやってはいるのだが)、時には雨の中を走り回ったこともあった。
不思議とずぶ濡れになっても、風邪を引くことは無かったが。
敷島は再び革製の椅子に座ると、シンディが入れてくれたコーヒーを飲んだ。
「まだ引っ越してきたばかりとはいえ、何だか部屋が広くて落ち着かないな……」
ボヤくように言った敷島だが、これでも親会社の社長室の半分くらいの広さしか無い。
何しろ、そこは社長専用のトイレや洗面所もあるくらいだ。
敷島も伯父の社長に会いに何度も足を運んだが、その度にその豪勢さに目を奪われた。
親会社は芸能界でも指折りの大手であるが、それでも総合芸能企業の一グループ会社に過ぎない。
「もっとボカロを導入して、どんどん売り込んで行かないとな……」
と、その時、机の上の電話が鳴った。
「はい、もしもし?」
{「あ、社長」}
事務室にいる一海からだった。
{「デイライト・コーポレーション、アーカンソー研究所のアルバート・F・スノーウェル様よりお電話が入っておりますが……」}
「は?誰それ?」
{「所長さんだということです」}
「アーカンソーって、それ何!?デイライトさんの日本法人じゃなく、アメリカ本体ってこと?」
{「そのようです。お繋ぎしますか?」}
「……繋いでくれ」
すると電話口の向こうから、当然のことながら英語が聞こえて来た。
幸い敷島、アメリカ人妻がいるおかげで、何となく理解はできた。
電話口の向こうにいたのは、所長と名乗るには思ったより声の若い男だった。
何でも近いうち、敷島と面会したいとのことだ。
以下、アルバート所長の言葉を日本語に訳した。
{「当社でマルチタイプの開発に成功したことは御存知だと思います。その設計に日本のマルチタイプが元になっているわけですが、私自身、直接それを見たことがありません。後学の為と、私の今後のビジョンをお伝えしたいので、お会いできませんか?」}
「はあ、それは構いませんが、どうして私なんですか?シンディのオーナーはアリスですよ?デイライトさん日本法人の……」
{「ええ、それは分かっています。ですが、あなたはアメリカでも有名な人物ですから」}
「私が?」
{「はい。『不死身の敷島』とか『テロリストを泣かせた男』とか、色々伺っています」}
「ああ……そっち?」
{「テロ撲滅の為にも、東京決戦とか、KR団崩壊の話を詳しくお聞きしたいのです」}
「まあ、いいですよ。アルバート所長の都合に合わせますから」
{「ありがとうございます。では、こちらもスケジュールを調整していきますので、また後でご連絡申し上げます」}
電話はこれだけで終わった。
この時はまだ、比較的若い研究者が好奇心旺盛でやってくるのだろう程度にしか思っていなかった敷島だったが……。