[6月12日15:30.仙台市泉区のぞみヶ丘の市道→アリスの研究所 平賀奈津子&巡音ルカ]
「本当に申し訳ありません。本当なら私、ずっとプロデューサーについていなくてはならないのに……」
申し訳なさそうな顔をするルカ。
ルカは突然イベント会社からゲスト出演のオファーがあり、それに出ることになった。
仕事が終わってから、奈津子と合流し、車で研究所に向かっている。
「いいのよ。ボーカロイドは歌って踊って、人間に幸せを届けるのが使命なんだから。代わりにうちのダンナが敷島さんの所に行ったから大丈夫でしょ」
「奈津子博士はアリス博士にのお見舞いに?」
「そうなのよ。あと、頼まれごとがあってね……」
車が赤信号で止まる。
奈津子はギアをパーキングにし、ダッシュボードの中から1つのUSBメモリーを取り出した。
「これは?」
「私が子供を産む前に色々と“妊活”していたんだけど、その資料を貸してほしいって言われてね。取りあえず、この中に入れておいた」
「ニンカツ……?」
信号が青になり、奈津子は再びギアをドライブに入れて車を走らせた。
「まあ、元気な子を産む為の下準備ってところかな。おかげさまで、今は2人産めたけど……」
よちよち歩きの幼子達は今、家でメイドロボットの七海がお守りしている。
夫婦共働きが当たり前のこのご時世、認可保育所への待機児童問題解決の1つして、子守りロボットの開発を平賀太一は打ち出している。
いきなり0から作るのではなく、既に試作段階にあるメイドロボットを転用させる案で動いている。
自分の子供達を実験台にするのはどうかと思うが、だからといって他人の子を実験台にするわけにもいかない。
今のところ七海は、見事にベビーシッター役を果たしている。
それを思い出したルカは、
「最初はミルクをあげるのも一苦労だったそうですね」
微笑を浮かべた。
「そうなのよ。『粉ミルクを人肌で』といっても、そこはロボットだから、ちゃんとした数値を入れないとダメなのね」
「『ちょうどいい温度です。お茶と同じで』と言った時、太一博士が物凄く怒ってましたね」
「大人が飲むお茶の温度と、赤ちゃんが飲むミルクの温度は違うという所から打ち込まないとダメだったね」
「もしアリス博士が子供を産んだら、エミリーがお手伝いするのでしょうか?」
「ふむ……。マルチタイプに、それができるかどうかの実験も興味があるわね。でもまあ、そこはアリスの仕事でしょ」
そうしている間に、車は研究所前の坂を上った。
「はい、到着ー」
「ありがとうございます」
エントランスの前に車が着き、ルカは車を降りた。
今日は研究所は休みだが、ボーカロイド達はいつもの通り、芸能活動に従事している。
それでもエントランスのドアには、臨時休業の札が掛けられていた。
オートロック式のドアなので、外来の来訪者はインターホンを押さなくてはならない。
しかしボーカロイドはその隣にある読取機に右手をかざして、
ピッ!
カチッ!(←ロックの外れる音)
こういう塩梅だ。
「ただいま」
薄暗いエントランスホール。
奥からやってきたのは、ボウッと緑色の瞳を鈍く光らせたエミリーだった。
「巡音ルカ」
「平賀奈津子博士が来たよ。アリス博士に会いたいって」
「ドクター・アリスは・何人たりとも・面会を・望んでおられない」
「あらー、冷たいわね」
後から奈津子が入ってきた。
「頼まれた品を持ってきたっていうのに。もう1度聞いてくれない?」
これがあまり馴染みの無い来訪者なら、例え財団関係者であっても、
「ノー。ドクター・アリスの・ご命令です。お引き取り・ください」
と、断っていただろう。
そこはロボットである。
しかしさすがに相手が奈津子となると、
「……イエス。少々・お待ちください」
と、なる。
エミリーはスーッと奥へ引っ込んでいった。
「……何でホラーチックなの?アリスの趣味?」
「分かりません」
ルカは微笑を浮かべたまま首を傾げ、エントランスホールの照明を点けた。
明かりが無い、または薄暗い所ではボーカロイドも含めて、暗視機能が自動で作動する。
暗さに応じて目が光るようになっているのだが、傍目から見て不気味なので改善が望まれている。
そこへ、
「あっ、電話だ」
太一から電話があった。
「はい、もしもし。どうだった、敷島さんは?……えっ?」
敷島の名前が出てくると、どこからともなく、鏡音リン・レンと初音ミクが合言葉のようにやってきた。
「突然意識を失った!?原因は分からないって……!」
奈津子の驚愕した言葉に、ボーカロイド達は浮足立った。
「精神的なものなの?……まだ意識は戻ってない!?」
「わたし、たかおさんの所に行ってきます!」
「リンも!」
「ぼ、ボクも!」
「ちょっと、3人とも!落ち着いて!」
そこは年長組のボーカロイド。
ルカは比較的落ち着いていて、浮足立つ年少組を制止した。
「平賀太一博士がいらっしゃるから、私達が行っても、何の役にも立たないわ」
「そんなこと……そんなことは……」
「そうだよ!ルカ姉ちゃん!リンの歌声で、ビシッと目が覚めるよ!」
「ボクだって!」
「余計なことはしない方がいいよ。必要な時は、博士の方から指示があるから」
ルカは何とか年少組を宥めすかした。
電話の終わった奈津子は、ボーカロイド達に敷島に起きた状態を説明した。
「……そういうことだから、しばらく安静みたいね。脳とかには異常が起きていないのは確かだから、精神的なものだろうって。ただ、今の敷島さんは外傷の治療で入院しているわけだし、泉北病院には心療内科は無いから、様子見しかないみたいだね」
「そんな……」
「とにかく、私はアリスと会ってくるから。くれぐれも余計なことはしないようにね。ルカ、お願いね」
「分かりました」
[同日17:00.同場所・アリスの寝室 平賀奈津子&アリス・シキシマ]
アリスは相談できる相手が来て、思いをぶつけることができてスッキリした様子だった。
しばらく泣いていたせいで、目が赤くなっている。
「アリスも敷島さんの記憶が無くなったことに、心当たりは無いのね?」
「あったら、とっくに何かしてるよ。とにかく前日までは、タカオはフツーだったわ。フツーにボーカロイドを連れ回していたし、研究所の事務の仕事もしていたし、アタシともフツーに食事をした。それだけよ」
(そして、敷島さんにも心当たりは無い、か……)
奈津子は右手を口元にやった。
「ねえ、アリス。敷島さんと一緒に、私の家に来たことは覚えてるよね?」
「覚えてるよ?」
「その時、敷島さん、私達の子供を見て、『意外といいもんだな』って言ってたよね?」
「そうね。それって、結婚前のことじゃない?」
「うん。だからそれは敷島さんも覚えていると思う」
「だからね、早いとこ私が妊娠して、記憶が無いって言い訳をさせないようにしようと思うの。もう生理は終わったから、今度は行けるはず……!」
「ちょっと待って、アリス」
奈津子もまた太一と同じく、違和感を覚えた。
「敷島さんはあの時、私達の子供を見て、きっと自分も子供が欲しいと思ったと思う」
「うん」
「それで結婚して、もう3ヶ月も経って子作りしてるのに、それでも生理が来たの?」
「……!?」
「本当に申し訳ありません。本当なら私、ずっとプロデューサーについていなくてはならないのに……」
申し訳なさそうな顔をするルカ。
ルカは突然イベント会社からゲスト出演のオファーがあり、それに出ることになった。
仕事が終わってから、奈津子と合流し、車で研究所に向かっている。
「いいのよ。ボーカロイドは歌って踊って、人間に幸せを届けるのが使命なんだから。代わりにうちのダンナが敷島さんの所に行ったから大丈夫でしょ」
「奈津子博士はアリス博士にのお見舞いに?」
「そうなのよ。あと、頼まれごとがあってね……」
車が赤信号で止まる。
奈津子はギアをパーキングにし、ダッシュボードの中から1つのUSBメモリーを取り出した。
「これは?」
「私が子供を産む前に色々と“妊活”していたんだけど、その資料を貸してほしいって言われてね。取りあえず、この中に入れておいた」
「ニンカツ……?」
信号が青になり、奈津子は再びギアをドライブに入れて車を走らせた。
「まあ、元気な子を産む為の下準備ってところかな。おかげさまで、今は2人産めたけど……」
よちよち歩きの幼子達は今、家でメイドロボットの七海がお守りしている。
夫婦共働きが当たり前のこのご時世、認可保育所への待機児童問題解決の1つして、子守りロボットの開発を平賀太一は打ち出している。
いきなり0から作るのではなく、既に試作段階にあるメイドロボットを転用させる案で動いている。
自分の子供達を実験台にするのはどうかと思うが、だからといって他人の子を実験台にするわけにもいかない。
今のところ七海は、見事にベビーシッター役を果たしている。
それを思い出したルカは、
「最初はミルクをあげるのも一苦労だったそうですね」
微笑を浮かべた。
「そうなのよ。『粉ミルクを人肌で』といっても、そこはロボットだから、ちゃんとした数値を入れないとダメなのね」
「『ちょうどいい温度です。お茶と同じで』と言った時、太一博士が物凄く怒ってましたね」
「大人が飲むお茶の温度と、赤ちゃんが飲むミルクの温度は違うという所から打ち込まないとダメだったね」
「もしアリス博士が子供を産んだら、エミリーがお手伝いするのでしょうか?」
「ふむ……。マルチタイプに、それができるかどうかの実験も興味があるわね。でもまあ、そこはアリスの仕事でしょ」
そうしている間に、車は研究所前の坂を上った。
「はい、到着ー」
「ありがとうございます」
エントランスの前に車が着き、ルカは車を降りた。
今日は研究所は休みだが、ボーカロイド達はいつもの通り、芸能活動に従事している。
それでもエントランスのドアには、臨時休業の札が掛けられていた。
オートロック式のドアなので、外来の来訪者はインターホンを押さなくてはならない。
しかしボーカロイドはその隣にある読取機に右手をかざして、
ピッ!
カチッ!(←ロックの外れる音)
こういう塩梅だ。
「ただいま」
薄暗いエントランスホール。
奥からやってきたのは、ボウッと緑色の瞳を鈍く光らせたエミリーだった。
「巡音ルカ」
「平賀奈津子博士が来たよ。アリス博士に会いたいって」
「ドクター・アリスは・何人たりとも・面会を・望んでおられない」
「あらー、冷たいわね」
後から奈津子が入ってきた。
「頼まれた品を持ってきたっていうのに。もう1度聞いてくれない?」
これがあまり馴染みの無い来訪者なら、例え財団関係者であっても、
「ノー。ドクター・アリスの・ご命令です。お引き取り・ください」
と、断っていただろう。
そこはロボットである。
しかしさすがに相手が奈津子となると、
「……イエス。少々・お待ちください」
と、なる。
エミリーはスーッと奥へ引っ込んでいった。
「……何でホラーチックなの?アリスの趣味?」
「分かりません」
ルカは微笑を浮かべたまま首を傾げ、エントランスホールの照明を点けた。
明かりが無い、または薄暗い所ではボーカロイドも含めて、暗視機能が自動で作動する。
暗さに応じて目が光るようになっているのだが、傍目から見て不気味なので改善が望まれている。
そこへ、
「あっ、電話だ」
太一から電話があった。
「はい、もしもし。どうだった、敷島さんは?……えっ?」
敷島の名前が出てくると、どこからともなく、鏡音リン・レンと初音ミクが合言葉のようにやってきた。
「突然意識を失った!?原因は分からないって……!」
奈津子の驚愕した言葉に、ボーカロイド達は浮足立った。
「精神的なものなの?……まだ意識は戻ってない!?」
「わたし、たかおさんの所に行ってきます!」
「リンも!」
「ぼ、ボクも!」
「ちょっと、3人とも!落ち着いて!」
そこは年長組のボーカロイド。
ルカは比較的落ち着いていて、浮足立つ年少組を制止した。
「平賀太一博士がいらっしゃるから、私達が行っても、何の役にも立たないわ」
「そんなこと……そんなことは……」
「そうだよ!ルカ姉ちゃん!リンの歌声で、ビシッと目が覚めるよ!」
「ボクだって!」
「余計なことはしない方がいいよ。必要な時は、博士の方から指示があるから」
ルカは何とか年少組を宥めすかした。
電話の終わった奈津子は、ボーカロイド達に敷島に起きた状態を説明した。
「……そういうことだから、しばらく安静みたいね。脳とかには異常が起きていないのは確かだから、精神的なものだろうって。ただ、今の敷島さんは外傷の治療で入院しているわけだし、泉北病院には心療内科は無いから、様子見しかないみたいだね」
「そんな……」
「とにかく、私はアリスと会ってくるから。くれぐれも余計なことはしないようにね。ルカ、お願いね」
「分かりました」
[同日17:00.同場所・アリスの寝室 平賀奈津子&アリス・シキシマ]
アリスは相談できる相手が来て、思いをぶつけることができてスッキリした様子だった。
しばらく泣いていたせいで、目が赤くなっている。
「アリスも敷島さんの記憶が無くなったことに、心当たりは無いのね?」
「あったら、とっくに何かしてるよ。とにかく前日までは、タカオはフツーだったわ。フツーにボーカロイドを連れ回していたし、研究所の事務の仕事もしていたし、アタシともフツーに食事をした。それだけよ」
(そして、敷島さんにも心当たりは無い、か……)
奈津子は右手を口元にやった。
「ねえ、アリス。敷島さんと一緒に、私の家に来たことは覚えてるよね?」
「覚えてるよ?」
「その時、敷島さん、私達の子供を見て、『意外といいもんだな』って言ってたよね?」
「そうね。それって、結婚前のことじゃない?」
「うん。だからそれは敷島さんも覚えていると思う」
「だからね、早いとこ私が妊娠して、記憶が無いって言い訳をさせないようにしようと思うの。もう生理は終わったから、今度は行けるはず……!」
「ちょっと待って、アリス」
奈津子もまた太一と同じく、違和感を覚えた。
「敷島さんはあの時、私達の子供を見て、きっと自分も子供が欲しいと思ったと思う」
「うん」
「それで結婚して、もう3ヶ月も経って子作りしてるのに、それでも生理が来たの?」
「……!?」