[6月29日09:00.さいたま市中央区 ユタの家・裏庭 威吹邪甲&威波莞爾]
木刀の打ち合いの音が響く。
「……教科書通りとは違う、自分流とやらが見えて来た……かな」
「恐れ入ます、先生」
汗を拭く妖狐師弟。
仏間からはユタの勤行の声が聞こえて来た。
「今日は日曜日でも、天候が不安定とのことで、あまり出歩けないかもしれませんね」
「オレが封印される前とは、だいぶ気候が変わったな。夕立が何倍も強くなって、それが夕方だけじゃなく、朝も昼も降るなんて初めてだぞ」
「まあ、そうですね」
家の中に戻る。
「魔界の影響か?」
「そこまでは存じ上げませんが……」
「これからの朝餉は何だ?」
「昨夜のカレーが残ってますが、どうしますか?」
「カレーか。翌朝のものは何気に美味い。それにしよう」
「分かりました」
「それにしても、ユタの拝んでいる本尊だが、仏の像ではなく曼荼羅というのが違和感だな……。まあ、今更だが」
「宗祖の日蓮聖人は修行時代、仏像を拝していたはずですが、今は宗門専用の曼荼羅以外に合掌してはならないという教義らしいですよ」
「ふむ……」
「まあ、鎌倉時代は、先生がお生まれになる更に何百年も前の話ですからね」
カンジはカレーの残りを火に掛けた。
「もっとも、その頃生きていたはずの魔道師が何も言及していないという違和感もありますが……」
「あいつら、その頃は日本にいなかったんだろう?」
「中世の時期こそ、魔道師達にとってアジアよりヨーロッパが活動圏内だったのでしょうね」
[同日10:00.東京都江東区森下 ワン・スター・ホテル エレーナ・マーロン]
「うーん……」
チェック・アウトの業務も終わり、週に1度のオフの日がやってくる。
無論それまでもホテル業務のバイトばっかりしていたわけではなくて、幻想郷の穴について調べていた。
しかしいくら調べてみても、赤羽付近にそれらしいものは見当たらなかった。
これではまるで、時空の歪みが偶然発生しただけになってしまう。
何としてでも、マリア達が押さえている常時開放状態の穴を見つけなければならない。
「参ったなぁ……」
「エレーナ。飛ぶ練習するニャ」
使い魔として存在する黒猫のクロが、部屋の机で考え込むエレーナを促した。
「そうするか……って、外、雨なんだけど?」
「んニャッ!?」
江東区には大雨・雷・洪水注意報が発令されていた。
今日はゲリラ豪雨が発生しやすいという。
「“魔女宅”のキキは、雨でも飛んでたニャ?」
「その後カゼ引いて寝込んで、魔力まで低下するのはカンベンだよ。ていうか、何回雨に降られてんだよ、あの魔女はァ……」
現代の魔女はインターネットで天候の情報を収集する……って、おい!
「魔道師なら、天気くらい自分で言い当てるニャ」
「うっさいね!」
[同日同時間帯 ヨーロッパのどこか? イリーナ・レヴィア・ブリジッド&ポーリン・ルシフェ・エルミラ]
〔「魔道師なら、天気くらい自分で言い当てるニャ」「うっさいね!」〕
老魔女に化けたポーリンは、アジトにしている小屋で、弟子の修行の様子を水晶玉で見ていた。
「うむうむ……。魔道師の修行は、かくも厳しいものよ……」
「なーにカッコつけてんのよ、姉さん?」
後ろから(ポーリンにとって)ムカつく声が聞こえて来た。
ポーリンはすぐに老魔女の姿から、30歳くらいの女性の姿に戻る。
そして、振り向く。
そこには、かつての妹弟子であったイリーナがにこやかな顔で立っていた。
ポーリンは不快そうな顔になり、低い声で言った。
「クスリ買って、さっさと帰れ。買わないんだったら、今すぐ帰れ」
魔道師……魔女の仕事の1つが、妙薬作りである。
これに1番長けているのは、弟子も含めて、ここにいるポーリンである。
本当はムカつく妹弟子とその弟子並びに仲間達に譲りたくはないのだが、さしものポーリンも頭が上がらない大師匠から、そのような販促制限は反則との指導を受けてしまった為、仕方無く売っている。
「そんな怖い顔しなさんな」
「妙薬なら、あいにくと売り切れ中さ。材料なら裏にあるから、自分で作ったら?池にタニシもいるしさ。あんた、タニシとか食べるでしょ?」
「食ってたまるか!それより、いい加減、弟子イジメもやめなよ」
「何が?」
「あのナッパー・バット、あんたが召喚魔法の実験に失敗しただけの話じゃない。むしろ、そのフォローしてくれたエレーナを褒めてあげなよ」
「うっさい!タニシ食わすぞ!」
「……翻訳。『アタシは忙しいから、代わりにあんたがエレーナを褒めてあげて』。うん、分かった。じゃあ、来週までに例の薬作っといてね」
「勝手に翻訳するな!納期決めるな!」
……実は仲いいんじゃないのか、この姉妹弟子。
[現地時間同日 同時間帯 アルカディア王国・魔王城 国賓の間 安倍春明&大師匠]
〔「勝手に翻訳するな!納期決めるな!」〕
「……本当は仲がよろしいのではないでしょうか?」
水晶玉で直弟子達の様子を覗き見る大師匠。
それを覗き込む安倍。
大師匠は黒いローブに黒いフードを深く被っている。
しかし、顔の上半分はフードに隠れていても、下半分は見える。
深い皺が刻まれ、白と黒の混じったあごひげを蓄えているので、老人のようである。
「うむ。『仲良きことは美しき哉』だ」
「それは武者小路実篤の……」
「『君は君 我は我なり されど仲良き』と、指導していたのだが……」
「それも武者小路実篤の名言ですね」
つまり、イリーナはイリーナ、ポーリンはポーリン。
既に大師匠からいずれも免許皆伝を受けたのだから、例え魔道師として方向性の違いから、それによる対立はしても最終的には仲良くやれということだ。
その教えは孫弟子たるマリアやエレーナにも伝え、孫弟子達は素直に受け止めようとしているようだが……。
「それで大師匠殿。件の話ですが……」
「構わぬ。イリーナとポーリン。既に免許皆伝し、私の手から離れておる。逐一、私の許可を取る必要は無い。直接、彼女らを勧誘するが良い」
「恐れ入ります」
「2人とも優秀な弟子ではあるが、元が人間であるため、全ておいて一長一短あるのは否めぬ。それも踏まえた上で、どちらにするか、じっくりと選考し、宮廷魔導師に迎え入れるが良い」
「かしこまりました。それと、もう1つ……。大魔王バァルが倒しに向かったという“邪悪なる者”の正体について、何かご存知ではないでしょうか?」
「……人間達から見れば、それは神にも仏にも成り得、しかし悪魔にも悪鬼にも成り得る存在だ。それしか、申すことはできぬ」
「ええっ?あ、あの、恐れ入ります。できればもう少し具体的に……」
「そろそろ退出の時間だ」
「大師匠殿!お待ちを!大魔王バァルは、いつ頃戻ってきそうですか?」
「あやつのことだ。しばらくは戻らぬ。では、さらばだ!」
「大師匠殿!」
大師匠は何の呪文の詠唱も無く、部屋から鈍い光を放って消えた。
「私の分析によりますと、大魔王バァルと互角に戦えるのは大師匠殿のみですね」
控えていた共和党の横田理事の冷静な分析に反応しなかった安倍だった。
木刀の打ち合いの音が響く。
「……教科書通りとは違う、自分流とやらが見えて来た……かな」
「恐れ入ます、先生」
汗を拭く妖狐師弟。
仏間からはユタの勤行の声が聞こえて来た。
「今日は日曜日でも、天候が不安定とのことで、あまり出歩けないかもしれませんね」
「オレが封印される前とは、だいぶ気候が変わったな。夕立が何倍も強くなって、それが夕方だけじゃなく、朝も昼も降るなんて初めてだぞ」
「まあ、そうですね」
家の中に戻る。
「魔界の影響か?」
「そこまでは存じ上げませんが……」
「これからの朝餉は何だ?」
「昨夜のカレーが残ってますが、どうしますか?」
「カレーか。翌朝のものは何気に美味い。それにしよう」
「分かりました」
「それにしても、ユタの拝んでいる本尊だが、仏の像ではなく曼荼羅というのが違和感だな……。まあ、今更だが」
「宗祖の日蓮聖人は修行時代、仏像を拝していたはずですが、今は宗門専用の曼荼羅以外に合掌してはならないという教義らしいですよ」
「ふむ……」
「まあ、鎌倉時代は、先生がお生まれになる更に何百年も前の話ですからね」
カンジはカレーの残りを火に掛けた。
「もっとも、その頃生きていたはずの魔道師が何も言及していないという違和感もありますが……」
「あいつら、その頃は日本にいなかったんだろう?」
「中世の時期こそ、魔道師達にとってアジアよりヨーロッパが活動圏内だったのでしょうね」
[同日10:00.東京都江東区森下 ワン・スター・ホテル エレーナ・マーロン]
「うーん……」
チェック・アウトの業務も終わり、週に1度のオフの日がやってくる。
無論それまでもホテル業務のバイトばっかりしていたわけではなくて、幻想郷の穴について調べていた。
しかしいくら調べてみても、赤羽付近にそれらしいものは見当たらなかった。
これではまるで、時空の歪みが偶然発生しただけになってしまう。
何としてでも、マリア達が押さえている常時開放状態の穴を見つけなければならない。
「参ったなぁ……」
「エレーナ。飛ぶ練習するニャ」
使い魔として存在する黒猫のクロが、部屋の机で考え込むエレーナを促した。
「そうするか……って、外、雨なんだけど?」
「んニャッ!?」
江東区には大雨・雷・洪水注意報が発令されていた。
今日はゲリラ豪雨が発生しやすいという。
「“魔女宅”のキキは、雨でも飛んでたニャ?」
「その後カゼ引いて寝込んで、魔力まで低下するのはカンベンだよ。ていうか、何回雨に降られてんだよ、あの魔女はァ……」
現代の魔女はインターネットで天候の情報を収集する……って、おい!
「魔道師なら、天気くらい自分で言い当てるニャ」
「うっさいね!」
[同日同時間帯 ヨーロッパのどこか? イリーナ・レヴィア・ブリジッド&ポーリン・ルシフェ・エルミラ]
〔「魔道師なら、天気くらい自分で言い当てるニャ」「うっさいね!」〕
老魔女に化けたポーリンは、アジトにしている小屋で、弟子の修行の様子を水晶玉で見ていた。
「うむうむ……。魔道師の修行は、かくも厳しいものよ……」
「なーにカッコつけてんのよ、姉さん?」
後ろから(ポーリンにとって)ムカつく声が聞こえて来た。
ポーリンはすぐに老魔女の姿から、30歳くらいの女性の姿に戻る。
そして、振り向く。
そこには、かつての妹弟子であったイリーナがにこやかな顔で立っていた。
ポーリンは不快そうな顔になり、低い声で言った。
「クスリ買って、さっさと帰れ。買わないんだったら、今すぐ帰れ」
魔道師……魔女の仕事の1つが、妙薬作りである。
これに1番長けているのは、弟子も含めて、ここにいるポーリンである。
本当はムカつく妹弟子とその弟子並びに仲間達に譲りたくはないのだが、さしものポーリンも頭が上がらない大師匠から、そのような販促制限は反則との指導を受けてしまった為、仕方無く売っている。
「そんな怖い顔しなさんな」
「妙薬なら、あいにくと売り切れ中さ。材料なら裏にあるから、自分で作ったら?池にタニシもいるしさ。あんた、タニシとか食べるでしょ?」
「食ってたまるか!それより、いい加減、弟子イジメもやめなよ」
「何が?」
「あのナッパー・バット、あんたが召喚魔法の実験に失敗しただけの話じゃない。むしろ、そのフォローしてくれたエレーナを褒めてあげなよ」
「うっさい!タニシ食わすぞ!」
「……翻訳。『アタシは忙しいから、代わりにあんたがエレーナを褒めてあげて』。うん、分かった。じゃあ、来週までに例の薬作っといてね」
「勝手に翻訳するな!納期決めるな!」
……実は仲いいんじゃないのか、この姉妹弟子。
[現地時間同日 同時間帯 アルカディア王国・魔王城 国賓の間 安倍春明&大師匠]
〔「勝手に翻訳するな!納期決めるな!」〕
「……本当は仲がよろしいのではないでしょうか?」
水晶玉で直弟子達の様子を覗き見る大師匠。
それを覗き込む安倍。
大師匠は黒いローブに黒いフードを深く被っている。
しかし、顔の上半分はフードに隠れていても、下半分は見える。
深い皺が刻まれ、白と黒の混じったあごひげを蓄えているので、老人のようである。
「うむ。『仲良きことは美しき哉』だ」
「それは武者小路実篤の……」
「『君は君 我は我なり されど仲良き』と、指導していたのだが……」
「それも武者小路実篤の名言ですね」
つまり、イリーナはイリーナ、ポーリンはポーリン。
既に大師匠からいずれも免許皆伝を受けたのだから、例え魔道師として方向性の違いから、それによる対立はしても最終的には仲良くやれということだ。
その教えは孫弟子たるマリアやエレーナにも伝え、孫弟子達は素直に受け止めようとしているようだが……。
「それで大師匠殿。件の話ですが……」
「構わぬ。イリーナとポーリン。既に免許皆伝し、私の手から離れておる。逐一、私の許可を取る必要は無い。直接、彼女らを勧誘するが良い」
「恐れ入ります」
「2人とも優秀な弟子ではあるが、元が人間であるため、全ておいて一長一短あるのは否めぬ。それも踏まえた上で、どちらにするか、じっくりと選考し、宮廷魔導師に迎え入れるが良い」
「かしこまりました。それと、もう1つ……。大魔王バァルが倒しに向かったという“邪悪なる者”の正体について、何かご存知ではないでしょうか?」
「……人間達から見れば、それは神にも仏にも成り得、しかし悪魔にも悪鬼にも成り得る存在だ。それしか、申すことはできぬ」
「ええっ?あ、あの、恐れ入ります。できればもう少し具体的に……」
「そろそろ退出の時間だ」
「大師匠殿!お待ちを!大魔王バァルは、いつ頃戻ってきそうですか?」
「あやつのことだ。しばらくは戻らぬ。では、さらばだ!」
「大師匠殿!」
大師匠は何の呪文の詠唱も無く、部屋から鈍い光を放って消えた。
「私の分析によりますと、大魔王バァルと互角に戦えるのは大師匠殿のみですね」
控えていた共和党の横田理事の冷静な分析に反応しなかった安倍だった。