日々是好日

身辺雑記です。今昔あれこれ思い出の記も。ご用とお急ぎでない方はどうぞ・・・。

大阪ミナミをぶらぶら 生国魂神社 二弦琴 レトロな喫茶店

2009-02-08 21:13:35 | Weblog
かれこれ半世紀前、学生時代を大阪で送った私は、仕事をやめて時間が自由になってからはよく大阪に出向く。用があってもなくてもぶらぶら歩きが楽しい。昨日はお天気に誘われてミナミにまで遠征した。地下鉄御堂筋線を動物園前駅で降り、①番出口から地上に出て左側のガード下をくぐってそのまま進むとそこが「ジャンジャン横丁」である。学生時代にちょこちょこ通ったところでもあり、闇市世代の私にノスタルジアを感じさせる。串カツ屋の前に並んでいる行列を見ると、その昔、米屋の前で行列を作って配給の米の順番を待っている自分の姿が思い浮かんでくる。

通天閣の近くの串カツ屋の行列に加わり、待つこと半時間ほどで串カツにありつけた。衣が主食代わりの腹ごしらえをしっかりとして、足の向くままに歩き出した。いったん天王寺に出てから谷町筋を北上して、ふと目についた横道に折れると藤原家隆の碑があった。家隆は藤原定家とともに新古今和歌集の選者の一人で、晩年この地に構えた庵に「夕陽庵(せきようあん)」と名づけたのが、夕陽丘(ゆうひがおか)と呼ばれているこの辺りの高台の名の起こりだそうである。また谷町筋を先に進むと織田作之助の文学碑のある口縄坂に出会い、石段を降りていくと戦前の古き良き時代にタイムワープしたかのような錯覚に襲われた。松屋町筋に出てさらに北上し、標示に沿って進むと生国魂(いくくにたま)神社に辿り着いた。大阪最古の神社で、起源は神武天皇の時代に遡るとのことである。境内社がいくつかあってその一つが浄瑠璃神社である。その前に一弦琴ならぬ八雲琴と呼ばれる二弦琴の創始者中山琴主(ことぬし)の碑があった。






浄瑠璃神社と中山琴主との関係がもうひとつ分からないが、八雲琴は文政三(1820)年に琴主が創案し、出雲神社などで献奏する音楽に用いられた。一弦琴を模して作られたようで、二弦が同律に調弦され両弦を同時に弾じるので複弦の一弦琴と見なすことも出来る。一弦琴とはことなり神道の宗教音楽的色彩の濃い楽器となり、大本教の典礼音楽に使われているそうである。そういえば昨日も境内で大本教の出口王仁三郎の文字を散見した。彼に関わりのある焼き物の展示会が催されていた。私の奏でる一弦琴とはつながりも深いようなので、私も芸能上達を祈念した。

江戸時代はこの神社の境内に芝居小屋や見せ物小屋が軒を連ねて多種多様な芸能が行われ、生国魂神社は上方伝統文化発祥の地と言われているとのことである。上方落語の祖・米沢彦八もこの神社の境内で芸を演じてそうである。また近松門左衛門の「嘉平次おさが 生玉心中」では生玉神社(とも呼ばれていた)馬場先の松原を最期の場と来たことは来たが、『馬場先の松原を最期場と心ざし。来たことは来たが、あれ見や、星さへ一つない雨空。たとひきれいに死んだりとも、血潮の体を雨に打たれ、むさい汚い死顔と笑はるるも口惜しい。この茶見世を最期場に極めんと、羽織うち敷き座を組めば、ともに寄添う床の上』と愁嘆場がこの境内の茶屋で演じられたのである。「曽根崎心中」ではお初と曾根崎の森で心中することになる大阪一の醤油問屋平野屋の手代徳兵衛が、奴に樽を担わせて生玉の社に着いたところ、『出茶屋の床より 女の声、ありや徳様ではないかいの コレ徳様々々と手を叩けば』とお初が声をかける。近松の心中ものは実録にのっとっているだけに、三百年の時の隔たりがあるものの、情景の描写に臨場感を覚える。茶見世、出茶屋とは男女の逢い引きに使われたのであろうが、生国魂神社の周辺にはその歴史の流れも脈々と息づいてであろう、現代風出会茶屋が林立していた。

西に向かうべきところを東に行ったり、右往左往しながら国立文楽劇場の前を通り千日前に着いた。歩きつかれたので一服しようかなと周りを見回していると、MF珈琲店の標示が目に入った。心斎橋そごうが2005年に改築オープンした時に、「なにわ遊覧百貨店」にあるこの名前の珈琲店に一度入ったことがあるが、多分その本店であろうかと思った。横道に入り込んだところにレトロっぽい店があった。中に入るとたばこの煙が立ちこめているのでやや恐れをなし、店の人に禁煙席があるかと聞いたら、ありませんとの返事が返ってきたのにまず驚いた。受動喫煙を防止を促す健康促進法もなんのそのである。出ようかとも思ったが別の店を探すのも面倒だし、またせっかく期待してきた店だからと思い直して空いたボックス席に腰を下ろした。

目の前のボックス席には40代か50代の男性が二人向かい合って座っていて、二人ともタバコを吹かしている。しばらく様子を見ていると二人ともチェインスモーカーで、煙が絶えない。斜め前の女性二人組もプカプカである。そうか、ここは喫煙者天国なんだと納得することにした。健康増進法が施行されてから5年、喫煙者は多くの公共の場から追い出されて行き場を失ってきている。それに同情してか、さすが大阪、お上のお達しに反骨精神で刃向っているのであろうかと勝手に想像した。

新しい客が入ってきた。元関取のような体格の立派な紳士で、スーツをぱりっと着こなしてネクタイも締めている。その人物を見た途端、前の席の男性二人がパッと立ち上がり45度の敬礼をした。国民学校時代、先生が教室に入ってくると級長の「起立、礼」の号令に合わせて児童は規律正しく敬礼をしたものであるが、まさにその再現であるのには呆気にとられた。が、私は直ちに事情を理解した。恭しげに話しかける二人に対して短く受け答えしていた紳士が、テーブルの上の勘定書に手を伸ばして取り上げると、二人はもう一度小気味の良い動作で頭を下げて紳士が奥の席に進むのを見送った。これではMF珈琲店、喫煙者に注意するどころではないのかも知れない。残念ながら反骨精神の可能性は薄れてしまった。

そう思って密かに周りを観察すると、ほぼ満席のほとんどの客が私の想像した素性のように見えてきた。先ほどの女性も岩下志麻ばりの美人に見えてくる。一人の紳士の存在で店内にピリッとした空気が立ちこめるのでこれは大したものだと思った。こういう人たちは大人に対してはいざ知らず、子供に対しては必ずや建前で振る舞うだろうから、小学校、中学校の児童、生徒に躾を仕込んで貰うのにうってつけではないかとさえ思った。

それにしても大阪はやはり面白い。少し歩いただけでいろいろなことにぶつかる。刺激が欲しくなったらとりあえずMF珈琲店をまた覗いてみよう。

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