日々是好日

身辺雑記です。今昔あれこれ思い出の記も。ご用とお急ぎでない方はどうぞ・・・。

深田祐介著「歩調取れ、前へ!」を読んで

2010-05-06 23:33:14 | 読書


「歩調取れ、前へ!」とか「大東亜戦争」とか、昭和一桁生まれには昔懐かしい言葉がこの文庫本の表紙を飾る。手を出してしまった。昭和19年、戦争の只中に暁星中学一年生となった深田祐介氏の少年時代を描く自伝的小説である。

 大東亜戦争の戦局悪化がいわば決定的になったのは昭和十九年だが、その正月を私たち一家は妙高の赤倉観光ホテルで迎え、ちゃんと三食、それもかなり本格的な洋食を食べ、スキーを楽しんでいたという話になると、一世風靡の美男俳優にして、エッセイストの池部良氏なども、
 「あれだけは許せねえな。おれが南方はハルマヘラ島で野草の汁を飲んで生きていたときに、君はステーキを毎日食っていたのか」
 とご機嫌が悪くなる。

これが小説の冒頭である。私などはご機嫌が悪くなるというより、ただ呆気にとられるのであるが、こういう資産階級が日本にもちゃんと存在していたのかと思うと、誇らしげな気分にもなるのがまた不思議である。恒産あれば恒心あり、の高潔な人種を思い浮かべるからであろう。

一口に言って私が好きなゴシップ話がふんだんに出てくる。資産階級ならではのアンテナの張り巡らしようが浮かび上がるのが面白い。さらに主人公が少年であっただけに、その時がたまたま戦争の最中だったという状況下で、雑草が勝手に逞しく育っていくように、少年少女がその時代を正面に見据えて生き抜く姿がが、丹念に語られているのがよい。今夜、たまたまNHKの番組で草食系若者についての議論が交わされていたが、あんなもの戦争がないせいや、とつい言いたくなってしまった。しかしその一方、この本に描かれた次のような場面を思い浮かべると、戦争のあまりの残酷さに軽口をたたくのを躊躇する。

米国の空軍戦略の狡猾なところは、日本側の犠牲者を増やすために、必ず囮機を使ったことだろう。
 これは東京大空襲から広島原爆投下まで一貫していた。いかに一般市民の虐殺を増やすか、という一点から考え出されたもので、その残虐ぶりはほとんど世界戦史に例を見ない。(中略)
 あらかじめ先導機が深川、浅草を中心に隅田川を挟む四地点を最重点目標に選び、先導機がここにナパーム系焼夷弾を投下、次いでこの四地点をつなぐ長方形の火の壁を作った。後続のB29集団はその火の壁の中に集中的に焼夷弾を押し込むように落とし、大虐殺を行ったのである。(194-5ページ)

そして戦後をひたすら生き抜いてきた日本人の姿が続く。草食系若者に朗読して聞かせたくなる。