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日々是好日

身辺雑記です。今昔あれこれ思い出の記も。ご用とお急ぎでない方はどうぞ・・・。

大学人、とくに生命科学研究者は特許申請に超然たれ

2009-01-06 13:06:36 | 学問・教育・研究
1月4日朝日朝刊の第一面トップの記事に「バイエル出願内容判明」、「iPS細胞 複数特許も」、「山中教授と別製法」という大きな見出しが出ていた。エッセンスは次のようである。



iPS細胞についてバイエル社が特許出願したことはかねてから知られていたが、《元になる細胞は、ヒトの新生児の臍帯や皮膚などから取り出した、いろいろな組織の細胞に分化していない状態の幹細胞。分化した細胞を使う山中教授らの方法とは違う。》とその内容が明らかになったと言うである。

世間の人の目を科学研究に向けさせる意味では新聞がこのように大きく取り上げることは元大学人としては有難いが、科学者として見ると、なぜこのようなことが第一面トップに出るのか理解しにくい。「特許争い」で誰が勝ち馬になるか、傍からそのレースを煽り立てているだけのものであるからだ。

私は大学人が特許、特許と駆り立てられるのには元々大反対なのである。大学人にとって百害あって一利なしとまで思っている。「学問の自由」が破壊されてしまうからである。その思いを以下の過去ログに書き連ねている。

万能細胞(iPS細胞)研究 マンハッタン計画 キュリー夫人
iPS細胞の特許問題に思うこと
大学は特許料収入でいくら稼ぐのか 知的財産管理・活用ビジネスのまやかし
角田房子著「碧素・日本ペニシリン物語」 そして大学での特許問題へ
学問の自由は今や死語?
マイケル・クライトン(Michael Crichton)の死去を悼む

最初のブログで私は《京都大学(山中教授)が万能細胞研究の人類全体の医療に及ぼす影響の普遍性にかんがみ、すべての研究者が特許出願を抛棄するべく全世界に率先して働きかけて欲しいものである。研究者が自らの研究の社会的意義を考え、特許を念頭に置かずに研究成果をすべて公表する、これは一人一人の研究者の判断で出来ることであろう。科学者の社会的責任を今原点に戻ってじっくり考えていただきたいと思う。》と述べた。

冒頭の朝日新聞の記事に「特許は使われないと意味がない」と書かれているがまさにその通りである。私はこの問題を③でも論じたが、稼ぎになるような特許なんてめったにあるものでない。あんな特許こんな特許と持っているだけの人が世の中にどれだけ多いことか。現実の役にも立たないいろんな資格を取って楽しんでいる社会人のようなものである。趣味ならそれでもよい。しかし大学人は自らその自覚があれば特許を取ることで貴重な時間とエネルギーを浪費すべきではない。

暮れに朝日新聞が《山中教授「日本は1勝10敗」 iPS細胞研究で遅れ》と報じた。《新型万能細胞(iPS細胞)の開発者の山中伸弥・京都大教授は25日、文部科学省ライフサイエンス委員会の部会に出席し、今年1本しか論文を出せなかったことに触れ、「1勝10敗で負けた」と振り返った。》(2008年12月26日17時32分)とのことである。これだけでは山中教授の真意は分からないが、私なりに想像すると山中教授は今や特許合戦の重圧下にあると思う。研究の全てが特許がらみとなったのであろう。特許申請が優先するとその帰趨を見極めた上でないと論文発表に踏み切れない。私が知り得る範囲のお人柄から想像するに、山中教授はまともな研究の推進に妨げとなるこのような制約を最も毛嫌いされるお方であると思う。お気の毒としか言いようがない。一方、今やiPS細研究のわが国の顔である山中教授が年一報の論文発表でも研究費が途絶えることはなかろうが、並み居る大勢の研究者にとっては、論文発表が特許出願で制約を受けるようになると「Publish or perish」の運命が待ち受けているのではないだろうか。

いかなる形であれ「ヒトの細胞」を材料にする研究を特許の対象にすべきではないと私は思う。あえて神を冒涜する行為と断じよう。全世界でそのような協定が結ばれるとよいのであるが、それよりも大学人一人ひとりが自分の研究成果を特許申請に心動かされることなく直ちに論文として世界に公開すればよいのである。論文の結語にそのような趣旨で発表したと書き添えれば世界にその動きが拡大することも考えられる。私はそのような大学人の叡智を信じたいのである。