木村正治のデイリーコラム

木村正治(きむらまさはる)が世の中の様々な事項について思う事や感じた事を徒然に綴っています。

74年目のヒロシマ、ナガサキ

2019-08-09 23:43:23 | インポート
 ヒロシマ、ナガサキの74年目の夏を迎えた。
 一人の人間として、一人の日本人として、通り一遍の美辞麗句
ではなく日本人の視野からの踏み込んだ意見を述べたい。
 
 原子爆弾が生活圏に炸裂させられたのは人類史上で日本人
だけである。
 それはいかなる理由があろうとも許されるものではない。
 敗者は口を封じられ、長らく日本の戦争犯罪だけが殊更に叫ばれて
きたが、戦闘員ではない普通の人々、老若男女が暮らす普通の生活圏
に核兵器を炸裂させヒロシマ、ナガサキで20万人もの一般人を大量虐殺
したアメリカ軍指導者の行為は戦争犯罪以外の何ものでもない。
 人道上の罪でもある。
 東京大空襲でも同様に戦闘員ではない普通の人々、老若男女が一夜に
して10万人もアメリカ軍に焼殺されたが言語道断の戦争犯罪、人道上の
罪である。

 戦争とは軍と軍とが戦うものである。
 戦闘員と戦闘員が戦闘行為を行い、結果として犠牲者は生じる。
 綺麗な世界ではないが、それ故に軍隊は一目見て軍人だと分かる姿
や服装にしなければならないという掟がある。
 当時もそれが戦時国際法で定められていたが、日本軍は限りなくこの
戦時国際法を遵守した。
 しかし蒋介石率いる国民党軍やアメリカ軍は戦時国際法を守らなかった。
 軍は軍ではない一般人を攻撃してはいけないのである。
 戦闘員は戦闘員とのみ武力行使を行い、戦闘員ではない一般人に武力行使
をすることは許されていない。
 にも関わらずアメリカ軍は日本の戦闘員ではない一般人を原子爆弾で大虐殺
したのである。
 戦闘員と戦闘員とが戦うことを戦争という。
 軍や戦闘員が戦闘員ではない一般人、老若男女に武力行使する事を虐殺という。
 戦争と虐殺は違うのである。
 日本は限りなく戦争を貫いたのに対してアメリカ軍は日本人を虐殺したのである。
 歴史事実に忠実に立てば浮かび上がる情景である。

 彼らは日本人の戦闘員ではない一般人を合計30万人以上も大空襲や原子爆弾
で大虐殺したことの「やましさ」をカムフラージュするために諜報機関を通じて世界に
対して日本が南京大虐殺で30万人の一般人を虐殺したというプロパガンダをでっち
上げた。
 日本人こそが非道で残虐であるという姿にする必要が生じたのである。
 今では日本人専門家の懸命の調査により南京大虐殺はでっち上げだった事が
明らかになっている。

 74年目の夏にこそ、あのような一般人に対する大空襲や原子爆弾投下という
「あやまち」を二度と繰り返させてはならないという意を強く持った。
 日本人として74年目の夏に魂から発する思いである。

コメント (1)
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