木村正治のデイリーコラム

木村正治(きむらまさはる)が世の中の様々な事項について思う事や感じた事を徒然に綴っています。

TPPという米国の戦略経済について(3)

2011-10-29 22:46:32 | インポート
 TPPに加入すれば日本国の終わりの始まりになる。
 まさに日本国の政治家と官僚、各界の度量と肝が試さ
れている時である。米国のアメリカンスタンダード化戦
略を前にして、日本国は大きな試練を迎えている。
 TPPとはそれ程に多岐に渡る国家の根幹を揺るがせ
る重要な案件を多数含んでいる。
 米国から見れば日本抜きでのTPPなら意味がない。
 何が何でも日本を引きずり込んで米国を潤す戦略的経
済のパートナーとしての合意を取り付けたいのだ。
 米国から見れば資金量が豊富で経済力があり、かつ米
国の言いなりになる日本は格好の開拓市場であろう。

 経済界もしきりにTPPへの加入を主張している。
 本当に日本国の産業界のメリットになると本気で信じ
ているのだろうか。一体、どこの国の経営者なのかと不
安になってしまう。日本国籍の企業では無く、多国籍企
業として果ては無国籍企業の主張のように聞こえてくる。
 主要企業の多くは東京証券取引所に上場している。
 東京証券取引所における日本の株式の売買に占める外
国人の割合は7割である。
 つまり日本の主要企業の資金調達の7割は外国人投資
家によるという事である。従って日本の主な企業は外国
人投資家の意向に左右されているという事になるのであ
る。日本の経済界の声はまさに外国人投資家の代弁とで
も言えよう。日本がTPPに加入すれば潤うのは日本資
本や日本人ではなく、日本という市場で活動する外国人
投資家や外国資本なのだから。
 近年、中国資本による日本の株式会社の買収が続出し
た件にも見られるように、外資の進出が甚だしい。
 TPPに加入すればTPPには現在加入しないとされ
ている中国や韓国と何かの合意を行ったなら、最恵国待
遇として定められる米国とも同様の合意や取り決めが適
用されることになるのである。

 経済界はTPPに加入することで関税が撤廃されるか
ら日本の輸出産業に大きな利益をもたらせると主張して
いる。果たして現実はそうなるだろうか。仮に関税が撤
廃されても円高が進むと日本の輸出産業は多大な打撃を
被る。関税が問題なのではない。為替レートは少なくと
も日本が影響力を握っていない。従って今後は為替がい
かようにも変動し、1ドル=60円台、果ては50円台
の時代が訪れる危険性がある。その水準の円高にされた
暁にはTPP加入により関税が撤廃され日本も輸出が振
興され利益を手にするという当初の目論見は脆くも崩れ
日本の製造業はじめ輸出産業は壊滅的な被害を受ける。
 逆に円高ドル安が激しく進められると、米国資本や米
国の輸出産業は対日本への輸出に拍車がかかり、TPP
とも相乗効果をもたらせ米国産業は活況を呈するだろう。
 関税が本質ではないのである。

 敢えて関税を見て見ると、現時点ですら日本の関税は
高くはない。WTOの資料によれば2009年時点での
関税は
    全品目     農産品    農産品以外(単位:%)
日本 4.9      21.0    2.5
米国 3.5       4.7    3.3
EU 5.3      13.5    4.0
韓国12.1      48.6    6.6 

 となっており、決して日本のみの関税が高いとは言えな
い。むしろ韓国の関税の方が遥かに高い事が分かる。
 従って日本の関税が高いから日本が閉鎖的だと言うのは
何が何でも日本をTPPに引きずり込みたい側からの理屈
に過ぎない。

 現時点で日本を除く9カ国でTPPを巡る交渉がペルー
の首都リマで行われている。その席で米国の首席交渉官が
日本の政治家が交渉の途中で国益に反すると判断した場合
は交渉離脱もあり得るという発言をした事を牽制し、日本
の事を「真剣に妥結に向かう意志がない国の参加は望んで
いない」と批判している。
 この米国の首席交渉官の発言からも分かるように、日本
に対しては交渉の余地すら与えない、全面受け入れを前提
とした強制加入の対象としてしか見ていない実態が浮かび
上がってくる。
 日本は主権国家ではないのか。
 日本の指導者は米国により強要された11月を締め切り
としたTPPへの加入を受け入れるのではなく、日本国民
の顔を思い浮かべながら、この条件は呑めないと声明を発
するべきである。
 TPPを呑めば日本国民の塗炭の苦しみが始まる。

 TPPという米国の戦略的経済へのパートナーとしての
合意を強要されている件について、その内容は貿易と農業
のみに関するものではない。
 現時点で分かっているだけでも以下の内容である。
1) 工業の市場アクセス
2) 繊維・衣料品の市場アクセス
3) 農業の市場アクセス
4) 原産地規制
5) 貿易円滑化
6) 衛生植物検疫
7) 強制規格、任意規格、適合性評価手続き
8) 貿易救済
9) 政府調達
10)知的財産
11)競争政策
12)越境サービス
13)金融
14)電気通信
15)商用関係者の移動
16)電子商取引
17)投資
18)環境
19)労働
20)制度的事項
21)紛争解決
22)協力
23)分野横断的事項

 これらの内容が都合の悪いものは障壁として認識さ
れ、米国のスタンダードに従った内容にさせられてい
くのである。
 一体、日本国の政治家と官僚は何を行き急いでいる
のだろうか。今こそ日本国の国家としての品格と政治
家の度量と官僚の見識が問われている局面はない。
 開国と解国とを混同すると永久に取り返しのつかな
い汚名を歴史に刻む事になる。

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TPPという米国の戦略経済について(2)

2011-10-27 17:20:51 | インポート
 TPPという米国の戦略経済のパートナーとしての合
意を強要されている現況について、私は一人の日本人と
して考えていきたい。
 最も危険な事は国民の圧倒的多数がTPPの内容を知
らない、知らされないままに参加ありきの潮流に乗せら
れているという事である。私達は今、何に加入させられ
ようとしているのか。それを知らないままに加入に賛成
という姿は恐ろしくもある。
 少なからぬ経営者への調査結果を見てもほとんどが賛
成や積極的な意見が占めているが、この回答した経営者
のほとんどはTPPの全容を知らないまま取引拡大や輸
出の増加する姿を想像して賛成を主張しているのではな
いか、とさへ危惧を感じてしまう。
 何故ならば現時点でまだ日本に対してTPPの全容は
公表されていないからである。
 外務省もTPPの内容を入手中だと言い、しかし交渉
の席につけば離脱はできないとさへ述べている。経済産
業省も色々と見解が異なっている。

 先ずはあらゆる分野で国民の生活全てを左右するTPP
の全容について、国民に内容が知らされて後に可否を判断
するのが道筋ではないのか。内容を知らされず標語のみを
数名の評論家や専門家がもっともらしく解説をしてそれで
分かったような感覚に陥る事が最も危険である。
 TPPは内容が不詳なまま、米国により今年の11月を
期限として加入を強要されている米国の戦略である。何故
この11月を期限とされて強要されているのか。それは来
年2012年が米国大統領選挙であるからだ。米国の不況
は深刻さを増し、失業者が増加している。このままではバ
ラク・フセイン・オバマ大統領の再選は非常に厳しいとさ
れている。従って日本という場所にあらゆる分野で参入さ
せ米国の企業を潤わせ、米国人の雇用を増加させればオバ
マ大統領の再選への道筋が見えてくる。だからこの11月
に日本を加入させなければ間に合わない為に年明けから米
国は焦っているのである。

 自由貿易は否定するものではない。製造業や輸出産業の
輸出拡大のみを考慮するのであれば無理にTPPではなく
自由貿易協定で良いのではないか。自由貿易協定ではなく
何故、あらゆる分野に及ぶ米国の戦略的経済に加入させら
れなければならないのか。本質はそこにある。
 大企業の経営者の中には労働単価が安くなっている世界
の潮流に逆らう事はできないとし、日本ももっと労働単価
を下げるか安い労働力を輸入していかないと競争力を失う
とし、もっと日本人の非正規雇用を増やすべきでその事が
企業のコスト削減につながり国際競争力を維持できるとい
う見解があった。私は驚きを隠せなかった。これ以上、日
本の非正規雇用が定着し増加すればますます困窮する世帯
が増え、永遠に低収入のまま平行線を辿る人生を余儀なく
される人々が増え、ますます結婚しないできない人々が増
え社会基盤そのものが脆弱化してしまう。巡り巡って日本
の社会を崩壊させる事になり企業活動も衰退する事になる。
当座の販路拡大を急ぐ余りに多くの根本を崩壊させては元
も子もないという視野が何故持てないのかと疑問に感じた。

 単に利権に基づいて反対という意見なら私は賛同しない。
このTPPという課題は日本の未来を左右する問題である
からこそ、私は一人の日本人として全容を知らされない中
での賛成は極めて危険だと述べているのである。
 TPPに加入すれば間違いなく耕作放棄地が激増する。
耕作放棄地が激増すれば集落や過疎地の多くが消滅し国土
の広範囲に及ぶ荒廃を招く。米も単なる食料品としてのみ
の視野では済まない。弥生時代以来、連綿と続く日本の稲
作文化とそこに根付いた国民の多くの生活風景や文化が消
滅しかねない。仮にタイ米やカリフォルニア米、或いは豪
州米が流通の大半を占めて店頭に並ぶとただでさへ離農者
が増加し放棄された田が増えている現状に拍車をかけて日
本の良質な米が消滅していきかねない。日本の良き田園風
景と田園文化そして日本の味覚を消滅させてはならない。

 日本国民は今、私達が何に加入させられようとしている
のか先ず知らなければならない。幾つかの項目のみを見た
だけで裏面に読むにも困る程に小さい文字でぎっしりと記
載されている他の重要項目に目を通す事もしないで加入す
る意思表示をする程、危険で愚かな行為はない。
 後の祭りにならないよう、国民は先ずTPPを知らなけ
ればならない。単なる貿易を巡る協定でないのである。
 この問題は11月に決断するには余りにも時期尚早であ
る。日本にリーダーが存在するのなら、先ず政府としてT
PPの全容を国民に周知させ、そこで国民投票を行う決断
を行って然るべきである。要はTPPはそれ程に重要な多
くの内容を含んでいる。日本の指導者は日本国民の未来を
思えばこそ、TPP加入を拒否するべきである。
 同時に産業界の競争力を失わせない為にTPPではなく
自由貿易協定を業種や分野を選別して行うべきである。

 今年の年明けから数カ月、メタファーを伴った意味深な
テレビCMを見た。ある自動車会社のCMで「TNP」と
謳ったものである。低燃費(ていねんぴ)のて、ね、ぴの
3文字をそれぞれ「TNP」と呼び、「TNPとは何です
か?」と尋ねる若者に上司が「君、TNPも知らないの?」
と見つめ若者が悩むCMである。上司は若者に「低燃費の
事をTNPと言うのだよ」と言い、それを聞いた若者は困
惑した表情で「ええっ!?」と固まるCMである。
 私は直感でこのTNPはTPPを意識して風刺している
なと感じた。スポンサーがCMや音楽を通じてよく使う手
法である。この何も知らない若者を日本に見立てている。
 更にこのCMの別バーションでは、何も知らない若者が
上司に「何故TNPと言うのですか?何か意味はあるので
すか?」と聞くと歩きながら振り向いた上司は「TNPで
いいじゃないか。深い理由等いらないのだよ」という趣旨
の回答をし、これを聞いた若者がまた「ええっ!?」と困
惑して立ち尽くす内容となっている。
 TNPという茶化したフレーズを聞いて誰もがTPPの
事を連想するだろう。
 私は何も知らされないまま、何も知らないままTPPに
加入する運命にある日本人の事を風刺たっぷりに作成した
CMだと認識した。勿論、表立ってこのCMがそういう意
図ですと回答するスポンサーは絶対に現れない。しかし時
にスポンサーはこのような手法をしばしば用いる。

 私達は来年に米国大統領選挙があるという視野を常に見
失ってはならない。

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TPPという米国の戦略経済について

2011-10-24 18:30:31 | インポート
 TPPについて論じられている。テレビ等ではTPP
という言葉と大まかな概略が延々と語られるだけで長年
テレビで頭が作られる思考回路に染みついている子供の
頃からテレビっ子で育って大人になった多くの人々には
よく分かったような分からないような、そういう感覚の
中で誘導されてく危険性がある。
 TPPを環太平洋パートナーシップ協定と訳している
メディアもある。一方、環太平洋連携協定交渉と訳して
いるメディアもある。
 何れも訳が間違っている。この言葉を鵜呑みにしてし
まうと認識を誤る。
 
 TPPはTrans-Pacific Strategic Economic Partnership Agreement
ということで、その幾つかの頭文字を取って「TPP」と
言っているだけなのである。
 肝心な本質は米国によるStrategic Economic Partnership
という事であり、米国による戦略経済のパートナーという
事が正しい認識である。
 つまり米国が自国に有利な体制を作る、その為の戦略経
済を遂行する為にパートナーを選び同意を得ようとする試
みで、それをアジア太平洋をまたいで実行しようという戦
略のことである。単なる経済協定や貿易合意ではなく初め
から戦略経済と名乗ったものでいかにして米国の輸出産業
を利するかという事が最大の狙いである事が分かる。
 バラク・フセイン・オバマ大統領による先の一般教書
演説の中にも執拗に米国を利する契約を行っていくとか、
米国の雇用を生み出す試みを行うと訴えていた事を思え
ば、TPPが米国による戦略に過ぎない事が分かる。

 官僚の中にも親米官僚、親中官僚、そして日本官僚の
主義主張にいつしか分かれており、官僚同士でもそれら
の官僚同士が熾烈な駆け引きと争いを重ねている。本来
なら日本の行く末の為に励むのが本来の官僚のあるべき
姿ではあるのだが、米国の為に米国を利するような官僚
や中国に呼応しているかのような官僚が存在する事は一
体どこの国の官僚なのか、と叫びたくなる。
 私は日本国の一日本人として日本の大切な物事を守る
為という見地からTPPを考えて論じていきたい。

 米国は日本がアジアで活動する事を極度に嫌う。まし
てや米国抜きで日本や他の国々がアジアにおける合意や
利益を上げる事は断じて認めない。従ってアジアではな
く「アジア太平洋」という視野と呼称で自らが盟主にな
ろうとする。盟主となり自らが利する、そのためのあら
ゆる条約やあらゆる取決めを日本や他国に強いていく。
 TPPもその一つである。
 TPPの交渉に加わろうとしている国々を見て見ると
米国、ペルー、チリ、ニュージーランド、オーストラリア、
ブルネイ、シンガポール、マレーシア、ベトナムの9カ国
でありもしもこれに日本国が加われば10カ国という事
になる。
 先ず何故、中国や韓国が加わろうとしないのか。
 インドネシア、フィリピンも同様である。
 既に世界には幾つもの広域経済連携が存在する。
 日本もTPPつまり米国による戦略経済の仕組みの中
に加わる事が国益になるのか加わらない事が国益になる
のかを自ら真に考察し、逆に日本国こそ戦略を持って国
内の立て直しと国際経済における振舞い方を判断しなけ
ればならない。
 現時点では国民にもTPPの詳細はほとんど知らされ
ないまま交渉への加入ありきで議論がされている事に私
は危険性を感じる。

 表向きに大まかな2、3の要点のみを声高に公表して
細々と多数に及ぶその他の重大な内容が判読するにも困
難な程に小さい文字で羅列されている保険商品のような
商品概要に本質は似ている。契約して後、実はこういう
取決めもある、こういう決まりもある、と判明して困惑
してトラブルが生じていく事例があるようにTPPも全
体像が国民に知らされる事無く交渉に着き合意でもすれ
ば保険商品のようなレベルでは済まない。日本国のあら
ゆる分野において国民が多大な被害を被り、それに気付
いた頃には取り返しがつかない事になるだろう。

 もしTPP、つまり米国による戦略経済のパートナー
に加われば製造業の部品なり完成品の輸出においては当
座は関税が撤廃される事による日本製品の輸出激増につ
ながり経済界は潤う事も予想できる。
 しかし米国を筆頭に他国は必ず別の対抗策を講じて日
本製品を売りにくい環境の構築を試みるであろうし他国
製品を日本製品より安価に売るように試みてくるだろう。
 これは過去の貿易紛争や利害の衝突を見れば想像に難く
ない。従ってTPPにもし加入しても日本製品の輸出増
が続く状況は長くは続かないことになる。ましてや米国
が自らの戦略経済の為の仕組みに加入した日本が儲かる
状態を手放しで眺めているという事は万が一にもあり得
ない。逆に当座の日本の輸出激増を理由にして、ありと
あらゆる政治対応、経済措置を試みる可能性が高い。
 TPPは日本が加入すれば10カ国になるが事実上は
米国と日本、オセアニア諸国と日本との利害関係が主に
なるだろう。他の国々は枠の中の一つに過ぎず利を得る
事は少ないと私は見ている。

 TPPに日本が加入すれば製造業は一時的な潤いに沸
くかもしれないが、農業は潰滅する危険性がある。
 関税が撤廃され安価な農林家畜水産の産物が米国やオ
セアニアから無規制に流入してくれば産業基盤が弱体化
している日本の農林家畜水産業は同じ土俵に乗って対抗
することすら叶わず駆逐されてしまうだろう。
 ただでさへ離農する人々や後継者不足で廃業する農林
家畜水産業の実態が更に拍車をかけて消滅してしまいか
ねない。特に耕作放棄地が更に激増するだろう。消滅す
る集落が激増し、荒れ放題の放棄地や山林を外資がした
たかに買い占め、取り返しのつかない惨状が各地に展開
される危険性がある。
 また、10数年前に天候不順で日本の米が底をつき一
時期タイ米が流通した時の事を思い出す。私がアルバイ
トしていたカレー店でも日本米が流通できない為にタイ
米でカレーライスを提供していたが、同じ米でも、いく
らタイ米が安いと言っても日本の米に比べてその口当た
りや大ざっぱな味は到底、おいしい日本の米に慣れ親し
んだ私の味覚に耐える事が出来なかった。顧客も同様の
苦情を述べていた事を思い出す。
 お米や農作物も安ければ良いという事だけではまかり
通らないという事を私は当時、味覚を以って体感した。

 TPP加入を拒めば現政権は米国からすさまじい圧力
をかけられ短期で瓦解する可能性もあるだろう。
 しかしTPPを受け入れて加入したならば今後、数年
の時を経て日本のあらゆる分野が瓦解して全てが米国の
影響下の中に組み込まれて米国のみを利して日本国民が
窮する状態になっていくだろう。
 どちらを選んでも日本にとっては試練になる。
 しかし日本人として、どちらの試練に向かうのか賢明
な覚悟と判断が必要な局面である。

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山間地の光景

2011-10-22 12:02:01 | インポート
 この数日、広島県と島根県との境界界隈の山間地を何
度となく訪れた。いわゆるフィールドワークの為である。
これまでの時代の定義語で言うなら過疎地、或いは限界
集落と云われていた地域を広範囲に動いた。
 都市部には都市部の問題もあるが、国土の圧倒的広範
囲の山間地、つまりは過疎地がこのまま廃れては国土の
再生、ひいては日本の再生や活性化はあり得ないという
思いがあるからである。

 美しい秋晴れの下、紅葉を帯びた山々がやや冷たい空
気の中で山の実りを見せ、澄み切った清流が心地よいせ
せらぎの音を静寂の中に響かせながら、都市部の色彩に
乏しい空間に見慣れた私の目を癒してくれた。それも束
の間で、目が慣れてくると山々の実りや美しい色彩に包
まれた山間の空間も制止した時間に見えてきた。
 時間が止まっている。
 まるで10年で1日が如きの時間の流れの中に止まっ
た時間が流れていた。どこもかしこも家屋が時折まばら
にあるだけで、これという市街地も無ければ店舗もなく
ただどこまでも広範囲に谷間が続き、また家屋がぽつり
と数軒あるかと思えば田畑が細く連なり、放棄された耕
作地も目に付いた。その放棄地は荒れるに任せ雑草が茂
って虚しさと哀愁を漂わせていた。雑草の茂る様の何と
強いことよ。人の手が離れると忽ちにして土地は荒れ草
の茂るに任せる状態になっていく。
 この空間を限界集落と言うのだろうか。
 腰の折れ曲がったかなり高齢の女性がただ独り農道を
歩いていく。若者の姿は無い。
 このまま数年の時が流れればこの地域は限界集落から
恐らく集落跡もしくは消滅してしまうのではないか、と
恐る恐る感じた。

 人々はこの近隣の中では拠点となる広島県の庄原市に
まとめて買い出しに行くようだ。移動手段は自家用車し
かない。1週間か2週間分の食料品を片道1時間程かけ
て庄原市まで出て、買いだめしては家に戻っていく。
 農林業を継ぐか、自営業を営むか、地元で役場に就職
するか何かしない限り若者は職が無く、従って都市圏に
仕事を求めて出ていく。その繰り返しで山間地には若者
の姿が少ない。加えて高齢社会に包まれて集落としての
機能そのものが弱体化していく。
 店どころか病院も何もかもが無い。生活そのものが大
きな労力を要するように見えた。
 若者定住促進住宅が山間地の合間のやや拓けた土地に
数軒まとまって設けられていたが、近くに寄ってよく見
て見ると空き家が数軒あった。自治体も国も何とかしよ
うという思いは感じた。しかし定住の為の住宅を設けて
も人々がそこに定住するには定住する為の職が存在しな
ければ必然的に人々はその土地から離れていくようにな
る。きっとその繰り返しを重ねてきたのだろう。

 廃校になった小学校跡地を利用して温泉を掘り当てて
温泉施設に転用している施設があった。周辺の農地を活
用して貸し農園を設けて温泉施設の宿泊とセットで1区
画と宿泊3日で34000円という工夫をしている。
 都市部に在住の人を対象にしているのか、週末にこの
地を訪れてオフを農園いじりをして宿泊もして湯につか
るという利用客を求めている様が伺えた。この地を訪れ
て宿泊してくれれば施設は潤い、過疎地のこの地も一時
の賑わいにはなる。
 週末に一時的に訪れて賑わいにはなってもそこに定住
するという事になるにはまだまだ遠いようにも見受けら
れた。人々が定住しなければ集落が地域が廃れていく。
 国土のここかしこで見受けられるこの連鎖光景をいか
にして蘇生していくか、日本の未来を左右する重い現実
である。

 都市部では職に就けない若者が少なくない。一方では
多くの山間地や地域で人がいなくなり集落自体が消滅し
ていく。産業によっては後継や担い手そのものが不足し
ている中で都市部では失業した人々が溢れている。
 この極端すぎる光景を、このアンバランスをいかにし
て解消していくかが時間的猶予のない日本の置かれた大
きな課題である。
 今は時間だけが豊富にある身である。
 フィールドワークを重ねて現実と実態を見据えていき
たい。

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自己なき二者択一の発想の危険性

2011-10-18 21:57:42 | インポート
 いつの間にか日本は二者択一的な思考に陥っている。
 米国派なのか中国派なのか、という択一である。
 親米なのか親中なのかという言い方もする。
 何か国際情勢で物事を論じる時、物事を判断する時、
いつから我々日本人は、日本国は米国の考えに当てはま
るのか中国の考えに当てはまるのかという尺度でしか物
を考えられない思考回路になってしまったのか。その姿
は珍奇でならない。
 日本は日本の考え方、姿勢をまず持つべきで、そこか
ら現実的な世界情勢の中で対応する、その姿が本来の国
家の姿ではないのか。

 親米なのか親中なのかという二者択一的な問いに私は
意味を感じない。敢えて述べれば私は親日である。日本
人として日本を大切に思い、日本の良きものは守り美し
い日本の風土や国土、伝統や文化財を愛している。日本
の歴史を尊重し、そして多様性を認めながら現実の世界
各国と向き合うという姿勢である。
 親米でなく親日という事で、すなわち反米だという事
にはならない。また親中でなく親日という事ですなわち
反中という事にもならない。私はただ、事あるごとに親
米なのか親中なのかという選択肢しか想定しえない今の
日本の世の中の傾向に疑問を感じているだけで、日本と
いう自らの軸足が無いかの如き論調や論壇に危険性を感
じているだけなのである。
 私は親日であり、同時に米国は日本にとって重要な国
家であり、また中国も互いに意図的に敵視する必要もな
く日本と中国の良識ある人々が相互に理解しあい協力で
きればこれにこした事はないという姿勢である。

 過日、あるルートから2週間に及ぶ米国での研修の案
内が届いた。若手育成セミナーという内容であった。私
は自身の選挙の期間に重なっていた為に応募を見合わせ
た。また別のルートから今度は中国共産党による研修の
案内が届いた。これまた数週間に渡る青年層の中国経済
視察の為のセミナーという名目であったが応募はしなか
った。
 私はふと考えた。そして疑問に感じた。
 何故、米国による研修と中国共産党による若手育成の
研修として案内が来るのに、日本国としての研修が無い
のかと。もし若手を育成するという長期的な研修が日本
政府なり日本国の然るべき存在の名の下に行われるなら
私は喜び勇んで参加希望するのだが、日本の若手に対す
る人材育成、人材養成という発想の公的な場が実は存在
しないのではないかと寂しく感じている。
 時として私塾は存在しても、日本人として日本の課題、
日本の問題点、日本の将来と未来、日本を取り巻く現状
とその対策を学びこれに取り組むという発想とその人材
を在野から養成していくという国家を挙げての教育の場
が日本国には存在しないのか。
 だとすれば日本国は官僚組織が硬直化し、政治は不毛
な混乱と対立のみを繰り返し、経済も国家の方針無き状
態で国際社会に翻弄され、人材は枯渇し、何もかもが決
断できない空洞化を生じ、やがては他国につけ込まれる
危険性を有していると言える。

 現実社会と現実の世界情勢の中で日本が真に国際国家
であらんとするならば、先ず、自らを持ち自らを知る事
である。日本が日本の文化や歴史を国家として自覚し語
り、初めて国家としての自己を確立し得る。その上で初
めて国際社会における各国の他己を認識し理解し得るの
である。自己認識と自我なくして他を顧みるだけでは単
に自己を見失い世界に彷徨っているのみに等しくなる。
 人材こそ宝である。
 在野から国家としての自己を持ち、国家としての他己
を知る人材が湧き出る世が来る事を願う。

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