木村正治のデイリーコラム

木村正治(きむらまさはる)が世の中の様々な事項について思う事や感じた事を徒然に綴っています。

ブログ記事が2000件を超えた

2015-11-28 23:54:29 | インポート
このブログの管理を見て改めて気付いた。
ブログの記事件数が2000件を超えた。
この記述で2003件目の更新になる。
2003年(平成15年)5月から気楽な気持ちで始めたこのブログ
も12年半継続し、記事数が2000件を超えたという事実は改めて
塵も積もれば山となるという心境である。
プロ野球でも2000本安打は大きな節目である。
2000件という更新数は公表できる内容という前提での投稿として
のその時々の私自身のアーカイブにもなり私自身の軌跡の確認に
もなって良い。

投稿は徒然なるままに感じた事や胸中に去来する事を随時、数日
置きにキーボードを叩いてきた。
息を吸って溜まった息を吐く、そのようなリズムで内容を定義しない
で感じる事や考えた事、去来した内容を述べてきた。
ブログの投稿は呼吸のようなものとも言える。
私という一人の人間、一人の日本国民、一人の日本人としての随想
であり今後もこのスタイルで綴っていきたい。

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衰退していると言われて久しい大阪が更に衰退しないために

2015-11-24 17:50:46 | インポート
大阪が衰退していると言われて久しい。
確かに大阪発祥の名門企業が次々と本社を東京や他の都市に
移転させる事例が相次いでいる事例を見ても、衰退している一面
を感じる。
経営者の中には大阪にいると企業ブランドイメージが悪化するか
ら他の都市へ移転すると公言していた事例もあり、また大阪へ他
の都市から企業を誘致しようと試みても大阪に移ると企業ブランド
イメージが低下するから行きたくないと断る事例もあると過日、某
大手銀行の元頭取が講演していた中で述べていた。
大阪という都市のブランドイメージがこのように低下しているのだ
としたら、何故、そうなっているのかをタブー無しに真摯に検証しな
ければ大阪の未来は暗いものになるだろう。
西日本の人々は産業や進学で大阪圏を目指して故郷から出てくる
事が多い中で、大阪は西日本の主要都市として、また東京を東の
横綱とすれば大阪は西の横綱のような存在である故、衰退が指摘
される大阪を真摯に考えていかなければならない。

大阪は休日に過ごすには不向きだとか、休日を過ごしにくいという
声もよく聞く。
同じ関西でも京都や奈良、三宮や神戸に比べれば大阪は経済機能
は優れているが確かに平日の街であり休日に過ごすには少ししんど
い面もある。
そうは言っても大阪府内GDPだけで韓国のGDPにほぼ等しいのだか
ら、大阪府の経済機能や経済力は相応なものである。
では経済機能がそれなりにありながら企業経営者の中には大阪を避
ける事例が生じるように、いまいち大阪は都市としてのブランドイメージ
が良くないのは、また大阪が魅力があるように見えないのはどのような
要因なのだろうか。
ここに踏み込んでいき、大阪の都市としてのブランドイメージの改善に
邁進する政治家や経済人、文化人がほとんどいないように見受けられる。
漫才も良いのだが、漫才だけでは都市の魅力向上にはならない。
お笑いも良いのだが、大阪のお笑いは下ネタが多く下品で萩本欽一氏
の笑いやチャーリーチャップリンのような喜劇とは次元が異なり、また大
阪の笑いは必ずしも全国的に普遍性があるようには見えない。
ある経営者と話していた時に、何故、大阪の企業が次々と東京に引き抜
かれていくのですかね、と私が尋ねるとその経営者は、
「まだまだ400年前の大坂冬の陣、夏の陣の頃の遺恨やしこりが江戸と
大坂との間にはあるからね。まあ、ある意味での嫌がらせでしょう。」
と述べていた。
確かに大阪人の尋常ならざる東京への対抗心や抵抗は様々な場面の
節々に垣間見る事がある。
広島県出身の私は大阪も東京も共に西から俯瞰しているような皮膚感
覚と地理感覚であるために大阪も東京も同じように見ているが、諸々の
要素を超えて、大阪がもっと脱皮して都市ブランドイメージを向上できれ
ば良いと願うのである。

また大阪に足りないもの、大阪の弱い面という要素でいつも感じる事が
ある。
大抵、どこかの都市や街に行ってぶらりとコンビニなり駅の売店なりホテ
ルなり旅館のロビーに行くと、必ずと言っていい程に新聞の全国紙と同時
にその都市や街に根差した地方新聞が置いてある。
京都なら京都新聞が、奈良なら奈良新聞が、神戸なら神戸新聞が、岐阜
県に行けば岐阜新聞が、名古屋に行けば中日新聞が、広島県には中国
新聞が、岡山県には山陽新聞が、仙台に行けば河北新報が、という具合
に主要都市にはそれぞれの都市圏に立脚した地方新聞があり、地域のニュ
ースを始めその都市圏や地域の課題や問題、県議会でのやり取りや決定
事項を報じていて、どこかの都市を訪れてそれらの地方新聞を見る事は楽し
いひと時でもある。
東京には東京新聞がある。
大阪は主要都市でありながら、これらに相当するものがない。
つまり主要都市圏でありながら地域ジャーナリズムが脆弱もしくは存在しな
いに等しい風土だと物足りなさを感じている。
いや、大阪には大阪日日新聞があるじゃないかと言う人がいるかも知れない
が、ほとんどの大阪市内のコンビニや駅の売店、大阪市内の各ホテルや旅館
で大阪日日新聞を見かけた事は限りなく皆無に近い。
この15年間程で大阪市鶴見区のコンビニで1軒だけ大阪日日新聞を置いてい
る店舗を見たことがあった。

つまり大阪では大阪日日新聞があるにはあるのだが、他の都市における
各地方新聞に比べれば発信力も脆弱で存在感がない。
また大阪府内の各エリアにはそれぞれのエリアごとのミニ新聞が乱立して
いるが、とてもジャーナリズムと呼べるものではなく、チラシに近い内容か又
はビラに毛が生えた程度のもので、とても新聞と呼べる内容のものではない。
このような事実を見るにつけ、大阪という文化風土の問題点や欠落している
ものを感じないではいられない。
また大阪のような主要都市でありながらこのような地域文化発信力が極めて
脆弱だという課題に取り組もうとする政治家や経済人、文化人はいない。
何故、大阪に京都新聞や神戸新聞、奈良新聞や東京新聞、中国新聞や山陽
新聞、中日新聞や河北新報、岐阜新聞や南日本新聞のような存在が生まれ
ないのか育たないのか、ここに大阪の大阪たる風土の特徴を見る思いがする。
大阪は今のままでは駄目である。
日本第二、第三の都市だと安堵して怠惰な時代を過ごしていると、ますます
大阪は衰退していくと危機感を覚えている。
大阪が経済オンリーの都市で存在感や地域文化という精神を失い存在力や
存在価値までをも廃れさせないようにするために、大阪には何が欠落している
のかを真摯に大阪人が向き合って都市としての魅力と求心力を高めていかな
ければ今後の大阪はますます苦しいものになるものと懸念してやまない。

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一人の国民として新たな憲法9条を考える

2015-11-23 12:58:33 | インポート
あらゆる仕掛けを駆使して、第三次世界大戦へと誘導しようという
企てや思惑を感じる中で、一人の国民としてまた一人の人間として
日本国憲法9条を考えてみた。
私達が第三次世界大戦に巻き込まれないようにするために憲法
9条がこうあれば良いなと以下のように自然に考えた。

それは今の憲法9条の第1項はほぼそのままで、これに国家として
の持つ自然権として専守防衛を加える、そして9条の第2項で自衛隊
は決して海外に武力目的で派遣しないという事を明記すると今の時代
にあった自然な9条になるという事である。
つまり憲法9条第1項は、
「日本国民は正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権
の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は我が国の領土、
領海、領空が侵攻された際の専守防衛の場合を除いて、国際紛争を
解決する手段としては、永久にこれを放棄する。」
という姿になり、憲法9条第2項は、
「前項の目的を達するため、我が国は陸、海、空の自衛隊を有し、専守
防衛に徹し、海外での自衛隊の武力展開はこれを認めず又、自衛隊の
武力目的とした海外への派遣もこれを認めない。
専守防衛を除いた国の交戦権はこれを認めない。」
である事が自然であろう。
更に新たに第3項を創り、
「我が国が甚大な地震や津波被害等の災害を被り国民や国土が犠牲
を被った際には自衛隊が迅速に救助や復興に当たり、あらゆる国内法
を優先してこれを支援する。」
とするべきであろう。

南シナ海への自衛隊の派遣が検討されているようだが、欧州を対テロ
戦争という名目で煽り、中東への空爆を重ね、いつの間にかシリアから
イラン、イスラエルへの戦火に誘爆し、東アジアでは中国の脅威の名の
下で自衛隊を南シナ海へ誘導し、アメリカ軍と交えた中国海軍との武力
衝突に誘導されれば第三次世界大戦になってしまう。
それだけは避けなければならない。
またその為の憲法9条は今のままでは解釈変更や拡大解釈のみに陥る
ために、いかにして不毛な世界大戦に私達が巻き込まれないようにするか
という意味での新たな憲法9条が必要である。

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テロの恐怖と脅威が生じる背景

2015-11-17 13:50:36 | インポート
フランスにおける連続爆破テロはISISの犯行だと発表された。
で、あるならばアルカイダと同じ本質である。
それなりにリテラシーのある方々はISISの支持基盤はアメリカ
の中の幾つかある存在だと知っている。
つまり、
・ISISの指導者のバグダディー容疑者の名前は本名ではない。
・ISISの指導者バグダディー容疑者の本名はサイモンエリオットである。
・バグダディーの容姿は付け髭、付け眉毛、ターバンをかぶった姿で
テレビや新聞に登場するが、常日頃のバグダディーことサイモンエリオット
は付け髭、付け眉毛、ターバンを外してワシントン市内を歩いている。
・従ってテレビや新聞を鵜呑みにする人々からは常日頃のバグダディー
ことサイモンエリオットを見ても、それがバグダディーだとは気付かない。
・そのバグダディーことサイモンエリオットしばしばアメリカのマケイン上院
議員と面会している。
メディア関係者もよく同席している。
・そのマケイン上院議員と安倍首相も面会している。

ということである。
新聞やテレビが絶対に報じないこの事実から皆様は何を見るだろうか。
皆様が常日頃見ているテレビや新聞、ニュースはフィクションなのである。

今回もパリでテロを起こしてテロの恐怖とテロの脅威を煽り、だからテロ
組織の本拠地を叩けと誘導して中東を空爆して欧州を対テロ戦争という
名目で戦争に巻き込みたいという思惑が見える。
ISISの本質はかつてのアルカイダと同じでマッチポンプである。
ことごとく全ての戦争はマッチポンプの仕掛け人によって仕掛けられてきた。
背景を知らされないそれぞれの国民が死に物狂いで戦争をさせられてきた
という歴史を世界は刻んできた。
欧州で対テロの脅威を煽り中東を戦火に巻き込み、更には南シナ海で中国
を脅威だと煽り、あわよくば自衛隊をも巻き込んだ東アジア有事を発生させた
いというシナリオの一環なのだろう。
これらが全て機能して展開すれば欧州と中東、東アジアとで戦火がまみえ、
第三次世界大戦になってしまう。
ISISは第三次世界大戦を誘発するために存在していると言える。
肝心な事は今だからこそ、我が国は決して集団的自衛権を行使してはなら
ないという事である。
ただでさへ何とかして日本を戦争に巻き込みたい、日本本土を戦火に巻き込み
たいという思惑がある中で、まんまとその術中に嵌まるように集団的自衛権を
行使してしまえば、いよいよ仕掛け人の狙い通りに我が国でテロが発生すること
になる。
その展開は回避しなければならない。
戦争はことごとくマッチポンプの仕掛け人がいるから発生するのだという歴史の
教訓をしっかりと認識して第三次世界大戦にならないように注意しなければなら
ない局面だと言える。

新聞やテレビでの報道が正しいと信じて疑わず、新聞やテレビで報じられない
物事は絶対に事実ではないという固定観念から脱しきれない人々はいつまでも
フィクションを見続ける事になる。
フィクションに誘導されて怒り、フィクションに煽られて恐怖し、フィクションに染め
られて憎むという行為を繰り返す事になる。
今もテレビや新聞を鵜呑みにしている人々は以下のような思考回路になって
いることだろう。
(思考回路)
・テロを繰り返すISISは卑劣で許せない。テロ組織であるISISの拠点を攻撃
しても当然で支持する。
・パリでテロがまた生じるかもしれない。どこに潜んでいるか分からないテロ
の実行犯を摘発するためにパリ市民やフランス国民の電話の監視、ネット履歴
や位置情報等を国家機関がこれまで以上に厳しく監視するようになってもテロ
を未然に防止するためならば仕方がない。

もしも上記のような思考回路になっているならば、マッチポンプの仕掛け人の
思う壺でである。
日本人には無い発想でクライシスアクターという事件や事故等の報道の際の
エキストラ役のような役者がいる。
今回のパリでの爆破テロの報道の映像の中にも恐怖に泣き叫ぶ女性の姿が
あったが、その女性はボストンマラソン爆破事件の時も現場に居合わせて恐怖
で泣き叫ぶ姿が映像に流れていた。その他幾つかの事件の報道の場面にも
この特定の女性が泣き叫ぶ姿が映っている。
彼女はクライシスアクターで、事件や事故の現場に偶然居合わせたように装う
危機役者、エキストラ役なのである。
クライシスアクターであるこの女性の存在が今、様々な媒体を通じて晒されてお
り、これだけ顔を晒されたこの女性は次の事件や事故にクライシスアクターとして
もはや使う事ができないだろう。
ちなみに過日のボストンマラソンの爆破事件では、本来なら爆弾を始末する爆弾
処理班が予め爆弾を仕掛けて爆破させ、多数のクライシスアクターを使って悲惨な
事件の現場に装って世界に映像を流していた事が明らかになっている。
これをマッチポンプという。

私達が常日頃見ているテレビや新聞、ニュースはフィクションなのである。
しかしそのフィクションの中で実際に犠牲者も生じている。
仕掛け人からすれば大きな邪悪な目的のためにはそのフィクションで生じる
犠牲者の事など全く意に介さないのだろう。
最も避けなければならないのは、フィクションを鵜呑みにして嘆き、フィクションを
鵜呑みにして憎み、フィクションを鵜呑みにして行動するという事である。
今この時点における最も愚かな間違いは、ISISを許すなと誘導され、イスラム
の人々は卑劣だと誘導され、誘導されるままにテロ拠点のイスラム圏を攻撃しろ
と煽り立てられて鵜呑みにする事である。
ISISは普通のイスラムの人々とは無関係なのである。

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進化しているマジック

2015-11-16 13:20:00 | インポート
最近、様々な場所でマジックを見る度に思うのは、一昔前に比べて
とても進化しているという事である。
マジックだから当然ながら種や仕掛けがあるのだが、しかしこの数年
のマジックは種や仕掛けがあるわけでもなく、何かそのマジシャンに
特殊な能力が備わっているのではないかとしか思えない内容のマジック
が多い。
年輩者のマジシャンのマジックは種や仕掛けがある範疇なのだが20代
辺りの若いマジシャンのマジックを見ていると種も仕掛けもなく、本当に凄
い光景を目にする事がある。
もしかしたらこの数年で特殊な能力を人前でも披露しても良いというような
世の中自体が何かが解禁された次の新しいステージに入っているのかも
知れない。

例えば至近距離で見ているから間違いないのだが、素手から突然、白い鳩
が現れる。鳥籠もいつの間にか現れて鳩を鳥籠に入れたらまた次に素手か
ら白い鳩が現れる。どこをどう見ても本物の鳩である。
そうしてまた素手から白い鳩が現れて鳥籠に3羽の白い鳩が入った状態で
布を被せて若いマジシャンが
「いち、に、さん。」
と声をかけて布を外すと鳥籠ごと全てが消えている。
どこにも鳥籠を隠したような形跡はなく、また隠すような場所もない。
会場からはどよめきが起こる。
「鳩はどこに消えたのですか!?」
と会場の誰かが驚きを隠せず聞くと
「神戸に送りました。」
と涼しい顔で真顔で答える。
その若いマジシャンの次のマジックの会場が神戸だったのでこれは本当に
本当の事を言っていたのだろう。

このような感じで目の前の観客から預かった千円札を手の平の中に入れて
握った次の瞬間にパッと一万円札に変えてしまうのである。
その一万円札は実際に手に取って見ると本当に本物の一万円札だった。
次々と観客から千円札を預かって手の平に握ってパッと手を開くと一万円札
に変わっていく、これを何度も何度も繰り返していく。
会場からはどよめきが起こる。
預けた千円札を一万円札に変えてもらった観客が
「このまま交換してもらって良いですか?」
と聞くと若いマジシャンは
「それは犯罪になりますから駄目です。元に戻します。」
と言って一人一人から変えた一万円札を手の平に握ってパッと元の千円札
に戻してから観客に返していった。

これらはもはや種や仕掛けのあるマジックではない。
最近の若いマジシャンはマジックと何か特殊な能力とを混ぜて披露してい
るとしか見えない。
人には様々な能力があるのでこれも自然な事だとも言える。

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