故郷に降り立ち、空を見上げると息を呑んだ。
星が美しい。周囲は寝静まり家屋から漏れてくる生
活の明かりもほとんど無いために各星座が光を放ちな
がら濃く薄く、遠近感を交えつつ音楽的な響きを奏で
ながらしんしんと降り注いでくるようであった。
大阪の空では決して見えない星空の音響である。
子供の頃はこのような星空の響きの下で暮らしてい
たのだなと改めて感じ入る瞬間であった。
先日、日中青年友好緑化交流事業で湖北省を訪れた
際に晴れてはいるものの空が霞んで青い空が見えなか
った。霞とスモッグと双方が混在していたのであろう。
太陽が霞んで光の輪郭だけ浮き上がらせていた。
4日間の滞在の中で、青い空を見ることはできなか
った。同行していた湖北省青年連合の役職の方にこち
らでは青い空が見えませんね、と聞くと流暢な日本語
で何ともつかぬ返事が返ってきた。
つまり中国に行って改めて感じたのは日本の空は青
い、そして綺麗だということである。
空だけではない。
海外に出てこそ感じるのは、日本は豊かな水に包ま
れた麗しい国土に身を置いているということである。
それはかけがえのない財産であるということである。
水が貴重で豊かな資源であるという認識に開眼するの
は日本から出て中国なり外を歩くことで、いかに飲料
水に苦労するか、現地の水を飲めば危険だという感覚
の中で持ち歩くペットボトルの中で揺れる水が水宝に
見えていった時である。
年末年始の時節である。
この時節も改めて日本の正月という時間と文化から
日本の各地の郷土史や地域の伝統、各地の特色や良さ
を再発見できる。
首都圏、都市圏、関西圏などで暮らしている多くの
人々にも帰るべき故郷がある。盆と正月には多くの人
々が自らの原風景に戻っていく。そういう時間の往復
の中で、今の自分が見つめ直される。
都市部での時間と各地域での時間とはまるで違う。
地域の訛りが混じって聞こえ始めるとつい楽しくな
る。方言も立派な無形文化財の1つであろう。その地域
を感じ入る。
久しぶりに家族が揃って、あれやこれやと身の上の
積もった話を交換し合う。私も時に忘れかけた方言が
口をついて出る。そういう自分に気づき、また愉快に
なる。弟夫婦が2人の幼子を連れて実家に戻ってきた。
私も叔父になるひと時である。
そうして来年を望む。
星が美しい。周囲は寝静まり家屋から漏れてくる生
活の明かりもほとんど無いために各星座が光を放ちな
がら濃く薄く、遠近感を交えつつ音楽的な響きを奏で
ながらしんしんと降り注いでくるようであった。
大阪の空では決して見えない星空の音響である。
子供の頃はこのような星空の響きの下で暮らしてい
たのだなと改めて感じ入る瞬間であった。
先日、日中青年友好緑化交流事業で湖北省を訪れた
際に晴れてはいるものの空が霞んで青い空が見えなか
った。霞とスモッグと双方が混在していたのであろう。
太陽が霞んで光の輪郭だけ浮き上がらせていた。
4日間の滞在の中で、青い空を見ることはできなか
った。同行していた湖北省青年連合の役職の方にこち
らでは青い空が見えませんね、と聞くと流暢な日本語
で何ともつかぬ返事が返ってきた。
つまり中国に行って改めて感じたのは日本の空は青
い、そして綺麗だということである。
空だけではない。
海外に出てこそ感じるのは、日本は豊かな水に包ま
れた麗しい国土に身を置いているということである。
それはかけがえのない財産であるということである。
水が貴重で豊かな資源であるという認識に開眼するの
は日本から出て中国なり外を歩くことで、いかに飲料
水に苦労するか、現地の水を飲めば危険だという感覚
の中で持ち歩くペットボトルの中で揺れる水が水宝に
見えていった時である。
年末年始の時節である。
この時節も改めて日本の正月という時間と文化から
日本の各地の郷土史や地域の伝統、各地の特色や良さ
を再発見できる。
首都圏、都市圏、関西圏などで暮らしている多くの
人々にも帰るべき故郷がある。盆と正月には多くの人
々が自らの原風景に戻っていく。そういう時間の往復
の中で、今の自分が見つめ直される。
都市部での時間と各地域での時間とはまるで違う。
地域の訛りが混じって聞こえ始めるとつい楽しくな
る。方言も立派な無形文化財の1つであろう。その地域
を感じ入る。
久しぶりに家族が揃って、あれやこれやと身の上の
積もった話を交換し合う。私も時に忘れかけた方言が
口をついて出る。そういう自分に気づき、また愉快に
なる。弟夫婦が2人の幼子を連れて実家に戻ってきた。
私も叔父になるひと時である。
そうして来年を望む。