木村正治のデイリーコラム

木村正治(きむらまさはる)が世の中の様々な事項について思う事や感じた事を徒然に綴っています。

政治的無関心へ誘導するための大イベントが次々と行われる陰で

2022-12-05 22:51:03 | 随想
 支配階級からすれば球転がし遊びのイベントの
サッカーワールドカップ大会である。
 夏季オリンピックや冬季オリンピック、サッカー、
野球、格闘技、様々な球技、ウインタースポーツ、
フィギュアスケート等と息継ぐ間もなく次から次へと
世の中で大規模なイベントを組むのは大衆のはけ口の
ためである。

 プロレスも興行でありオーナーは支配階級へと繋がる。

 オリンピックの際も様々な種目を行いそれを楽しみながら
支配階級が開催地に集い次の世の中をどのように支配するか
を晩餐会などで話し合う。
 戦争を起こすのも支配階級である。
 世界をチェスゲームのように争わせて巨利を得ている。

 勿論、それぞれのイベントは楽しめば良いだろう。
 今回のサッカーワールドカップでは日本代表が大健闘している。
 日本のサッカー水準が世界レベルになってきた事は嬉しい。
 しかしワールドカップ大会のような大きなイベントに世間の
視線が注がれている間に何かの重要な内容が秘かに進められて
いる事がよくある。
 イベントを楽しむと同時にこのような動きからも目を離さない
ようにする事が大切である。

 何のために支配階級は様々な大イベントを行うのだろうか。
 それは世の中の大衆を政治的無関心に誘導するためである。
 生活が苦しくても野球観戦をしたらスカッとする。
 理不尽な搾取がされてもサッカー観戦をしたら嫌な気分が
吹き飛ぶ。
 これである。
 イベントが限りなく少なくなれば人々は生活を直視し政治に
関心が向かうようになる。
 時に人々が怒りを爆発させる事がある。
 これを防ぐためには人々を政治的無関心に誘導する必要が
あるのである。
 そのために支配階級は次々と大々的なイベントを仕組んでいき
人々が休む間もなく次々と様々な大会やイベントが繰り返される。

 古代は例えばコロシアムで奴隷同士を剣で戦わせて殺し合い
をさせ支配階級が高見の見物をし、大衆も常日頃の不満のはけ口
に殺し合いを観戦していた。
 剣闘士である。
 グラディエーターともいう。
 やがて時代が下り殺し合いは残虐だとされルールを決めた格闘技
やプロレス興行になっていった。

 全て目的は大衆の操作とはけ口により政治的無関心に誘導する
ためである。
 またそれぞれのスポーツや娯楽に関連した産業が発展し、
ゆくゆくは支配階級の利益にもなる。
 支配階級は頭脳が優秀である。
 だから大多数の人々は支配階級の作った娯楽やイベントに酔いしれ
ながら世の中から視線が離れ時に間引きされていく。
 そのようにならないように仕組みを知る必要がある。

 日本ではサッカー日本代表に感動、興奮しコンサートに酔いしれ
ゴルフに興じる日常の中でコロナワクチンと称される液体を打った
人々がその液体が原因だとは知らないまま倒れてあの世に行く光景
が多発している。
 まさに支配階級の思うがままである。

 日本のサッカーが世界レベルになった事は喜びつつ世の中の
現実から目を離さないようにしたい。
 そのような全ての意味を込めて頑張れ日本!

 とここまで書いた段階で怒りを抑えきれない情報を見た。
 懸念した通り日本人の大多数がサッカーワールドカップに意識
を奪われている隙間に参議院本会議で12月2日に感染症法が改悪
されシャンシャン可決されていた。
 一連のコロナ禍とワールドカップに乗じて、
・都道府県知事の権限が強化される
・医師や看護師以外でもワクチン接種行為が可能になる
・感染の疑いだけで自宅待機などの指示が可能になる
   →拒めば懲役刑か罰金
・マイナンバーカードによりワクチン接種履歴をデジタル管理する
という内容になる。

 利権がらみの議員、
 洗脳されている議員、
 思い込みの激しい議員、
 無知な議員、
 が構成する今の日本の国会は支配階級から見れば赤子同然。
 シャンシャンで簡単に陥落する。
 サッカー日本代表の試合に一喜一憂して興奮している大多数の
日本人は事の重大さに全く気付かず決勝リーグを待ち焦がれている。

 国会議員の15%しかコロナワクチンを接種していないのだから
人道的におかしい。
 国会議員は参議院本会議でシャンシャンで可決した後にそれぞれ
が銀座や赤坂に繰り出して飲み歩いているのだろう。
 
 日本人よ怒れ。
 もはや国会不要運動が必要な状況であろう。
 国会議員よ、日本人の邪魔をするな。


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生駒山麓東側に広がる歴史風景・3

2022-11-27 12:16:24 | 随想
 饒速日命と神武天皇についての考察の続き。

 日本人として太古の昔からの本当の姿を知りたい。
 それがいかなる歩みであったとしてもそれを踏まえて
今の日本を日本人として肯定して生きていきたい。
 私はそのように認識している。
 しかしつい78年前までは神武天皇以前の歴史に言及
するだけで不敬罪とされ学者でも投獄されていた暗黒時代
が存在しそれが進歩を阻害していた。
 世に権力闘争があるのは必然であり太古の時代から王朝
の権力闘争が繰り広げられたであろうことは人間ならば容易
に想像できる。
 それを踏まえて歴史風景の真実を認識して日本人として
今の日本を肯定的に生きていきたいものだ。

 表の日本史では生駒山麓西側の今の東大阪市域にて長脛彦
率いる登美一族の軍に撃退された神武天皇軍は海上を南下して
紀伊半島から熊野を経て大和に入り再び長脛彦率いる軍と戦闘
になり神武天皇軍がこれを撃破し長脛彦は殺害されたとなって
いる。

 しかし生駒山麓東側の奈良県生駒市一帯での言い伝えは
主に2つあり、1つは大和入りした神武天皇軍と再び戦闘
になった饒速日命を奉じる長脛彦が率いる軍は再び勝利目前
までになったが天から光が降り注ぎ、それが金鵄だと言われ、
それ故に今の富雄付近は金鵄発祥の地とされているのだが、
それを見た饒速日命が天からの講和せよとの意志だと認識し
長脛彦に停戦命令を出した。
 饒速日命と神武天皇は互いに天孫であり同族だと分かり
講和した。
 しかし勝利目前での講和に怒りが爆発した長脛彦率いる
登美一族の軍が暴発寸前になったために長脛彦が自害する
ことでなだめ講和に持ち込んだという説である。

 しかしよく考えると普通は敗色濃厚な軍の将が自害なりして
講和に持ち込むのが自然であり、勝利目前の軍の将が自害して
講和する展開は不自然さを感じる。
 この辺りが果たしてどうなのだろうか?

 また長脛彦が自害した理由は天孫と人間との違いをわきまえ
なかった為に饒速日命により自害を命じられたとも言われている。
 天孫同士の饒速日命と神武天皇だから和解したという事だ。
 ただ、長脛彦は自害を命じられたとなっているが結局は自軍に
より殺害若しくは暗殺された可能性も感じないではない。

 もう1つの説は長脛彦は殺害もしくは自害もしていなく
東北地方に亡命し縄文王国を作ったというものである。
 これは確かに東北地方は饒速日命をアラハバキとして祀って
きた事と既に縄文人が文化圏を築き縄文祭祀一族である登美一族
の族長の長脛彦が受け入れられる素地が既にあったことからも
整合性を感じる。

 歴史や人の世には何故いくつもの説が存在するのだろうか?
 それは意見を言えない庶民がせめて後世に真実を託そうと
したメッセージである場合もあり、またあまりもの悲劇に際した
人々の願望が説に転じた場合もあるだろう。
 更には権力側が真相を隠すために故意に様々な説を流した
場合もあるだろう。
 様々な可能性を感じるが現地や現地住民に今も語り継がれて
いる伝承や説には大きな意味が込められていると本能的に感じる。

 歴史を紐解く事は人の世を紐解く事に他ならず、やめられない。

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生駒山麓東側に広がる歴史風景・2

2022-11-26 22:47:10 | 随想
 縄文祭祀一族の登美一族や長脛彦についての続き。

 古代の説はいくつかあり生駒山の西山麓で登美一族を
率いる長脛彦に撃退された神武天皇の一団は痛手を被り
ながら海上を南下し紀伊半島の熊野を経て大和に入り再び
長脛彦が率いる登美一族と激突、それでも強かった登美一族
は神武天皇軍を破る寸前まで追い詰めた。
 饒速日命を奉じる古代祭祀一族の登美一族が勝利目前に
なった時、天から光が降り注ぎ、それが金鵄だと言われて
いる。
 その天から降り注いだ光の金鵄を見た饒速日命はこれは
和解せよとの天からの意思だと認識し長脛彦に停戦命令を
出した。

 そして饒速日命と神武天皇が互いに正当性を証明する神器
を見せ合い共に同じ天孫である同族だと分かり講和した。
 ところが勝利目前での停戦講和に納得がいかない登美一族
の軍に不満が爆発し暴発寸前になったので講和の条件として
登美一族の族長の長脛彦が自害する事を以て軍をなだめ講和
したと伝えられている。
 神武天皇は橿原で即位したというのが通説だが本当は今の
富雄付近で即位しここに都を築いたというのが本当で登美一族
にわだかまる不満を逸らすために後世には遠く離れた橿原で
神武天皇が即位したという通説にしたという言い伝えが今の
富雄付近には残っている。

 果たしてどちらが本当なのだろうか?
 説は説として否定も肯定もしないで味わいたいと思う。
 もしかしたら富雄という地名は登美雄だけではなく登美王、
つまり登美の王という意味がやがて訛って転じて富雄になった
可能性すら感じる。
 日本建国の際に神武天皇や饒速日命が見定めた鳥見山は
「とみやま」というように登美にちなんだ発音が多い。

 更に他の言い伝えもある。
 長脛彦は自害はぜず、そのまま今の東北地方へ亡命して縄文人
王国を作ったという説である。
 確かに東北地方には縄文王国が平安時代まで日高見国として
存在し阿弖流為とモレが桓武天皇に滅ぼされるまで存在した。
 また東北地方ではアラハバキという饒速日命を別名で祀って
きたことから確かに長脛彦が亡命して縄文人王国を築いたという
説にも整合性が取れる。

 また長脛彦が亡命したという事はその時点で既に縄文祭祀一族
である長脛彦を受け入れる素地があった事を意味する。
 確かに今から7300年前に九州地方の海底火山が壊滅的大噴火
を起こし南九州が壊滅、喜界カルデラという海底噴火跡ができ、
今の鹿児島湾はその喜界カルデラの跡である。
 火山灰が日光を遮り生活できなくなったために南九州一帯に生活
していた生き残った縄文人が北へ北へと移動していき今の青森県
一帯に定住し縄文文化圏を築いた。
 つまりそれから後の世に神武天皇軍に追われた長脛彦が東北地方
に亡命したという説は既に縄文文化圏が存在していた事からあながち
嘘ではないと言える。

 様々な説があるが何かしらの意味や理由があると思われるので
様々な説を並行して認識しながら探求をしていきたい。
 近畿地方に成立した大和朝廷が従わない一族の鹿児島の隼人族、
熊本の熊襲族、福岡辺りの磐井を征伐した後に最後まで従わなかった
東北地方の縄文人王国を何度も攻めていく。
 そして桓武天皇が坂上田村麻呂を征夷大将軍に任命して東北地方
の縄文人王国を侵略した。
 阿弖流為とモレを和平だと騙して畿内に連れ出して宴の席で
捕獲して連行、今の大阪府枚方市の淀川河川敷にて斬首して
日高見国は瓦解した。

 平安時代の桓武天皇による侵略に対して東北地方はこの時、
祖国防衛戦争だったのである。
 今でも岩手県民の間では阿弖流為は英雄であり永遠に語り
継がれている。
 また京都の清水寺の境内には阿弖流為とモレを哀れんだ人々
が最近になって阿弖流為とモレの慰霊碑を建立している。
 何故、清水寺の境内に阿弖流為とモレの慰霊碑が建立されたのか
その理由までは知らない。

 また別の機会に日高見国の縄文祖国防衛戦争を紐解いて
いきたい。
 更には奥州藤原氏への鎌倉幕府からの侵略や幕末の戊辰戦争
など決して中央への野心は無かった東北地方が常に大和朝廷から
侵略され続けた歴史を紐解いていき大和朝廷による中央史観だけ
ではない他の違う視線からも日本の歴史を探求していきたい。

 日本を取り巻く外の要因と日本の内側の歩みとを考察しながら
日本人としての自我を深めていきたい。

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生駒山麓東側に広がる歴史風景

2022-11-24 23:24:07 | 随想
 土地から感じる引力というものがある。
 例えば関西では生駒山、六甲山、葛城山麓、明日香村、
平城京跡などである。
 物凄いエネルギーを感じ引き寄せられる何かを感じる
地である。

 人の身体にツボや経絡や神経網があるように大地にも
エネルギーが流れている気脈や龍脈があり所々から大地
の気が湧出している場所がある。
 そのような土地は昔から気が良く運気が良く人々が集まり
栄えてきた。
 そういう地をイヤシロチとも言う。
 都はこのようなイヤシロチに建造されてきた。

 その引力を感じる地の1つ生駒山だが生駒山を大阪側から
眺めれば日が昇る山となり生駒山を奈良県側から眺めれば
陽が沈む山となり日が生駒山から昇り生駒山に沈むという
眺めができる信仰の高い地域である。
 大学生の頃から何故か私はよく生駒山麓をドライブしたり
散策したりと頻繁に訪れていた。
 大学生時代は生駒山を東側から接していた。
 やがて歳月が流れ気が付けば大阪側に住み生駒山を西側
から眺めたり接している。
 時折リラックスのために訪れるエリアは饒速日に縁が
深い地である。

 今の大阪市内はほとんどが海だった。
 大阪城がある一帯は上町台地と呼ばれ古代は半島状に突き出た
岬だった。
 今の生駒山麓までが海であり、古代は生駒山の東側に生活圏
があり生駒山から真下に海を望むという地理感覚である。
 今の大阪府と奈良県側の境に位置する生駒山の東側一帯に
太古より登美一族が支配圏を確立しており、登美一族は古代縄文
祭祀一族だった。
 その登美一族の族長に長脛彦がいた。

 古代豪族の物部氏の祖先になる饒速日命が今の枚方辺りまで
海の入り江だった当時、枚方辺りから天野川を遡り生駒山麓北部
に定着し、これを天孫降臨とも言うが、これにより饒速日命を
登美一族が迎え入れ古代物部王朝が生駒山麓東側に築かれていた。
 やがて九州の日向から神武天皇の一団が東へ東へと長い年月を
かけて移動してきて生駒山麓で神武天皇の一団に抵抗して戦闘に
なったのが登美一族だった。
 長脛彦の話は周知の通りである。

 しかし最近、戦時中まで今の生駒山麓東側の人々は長脛彦の
子孫だとして罵られ冷遇されていたという事実を知り驚いた。
 皇国史観の時代に神武天皇に逆らった一族の末裔だとしてつい
77年前まで冷遇され蔑視されていたというのだ。
 そのような閉鎖的な視野は残念である。
 戦前や戦時中までは皇国史観が支配的で学問的にも神武天皇
より以前に存在した歴史を述べるだけで不敬罪とされ逮捕された
ので異常である。
 真の学問は真実を知ることであるので皇国史観は歪められた
ものであり真の日本人史ではない。

 生駒山麓東側には登美、登美ヶ丘、富雄というように「とみ」
という発音に由来した地名があるがこれは紛れもなく古代縄文祭祀
一族の登美一族から由来するものである。
 富雄は間違いなく登美雄であろう。
 今の近鉄富雄駅から南に下った場所に大倭神宮があり鄙びた
ながらも霊力を感じる場所がある。
 言い伝えではこの辺り一帯が饒速日命が拠点を置いた日本建国
の場所だとか。
 過日その地を訪れて散策していると地元の方が犬を連れて散歩
していたので色々と尋ねると
「この富雄という土地は金鵄の発祥の地です。」
と教えてくれた。
 だから富雄には屋敷や昔ながらの古くて大きな家が多いのだ
と説明していた。

 何やら生駒山麓東側にはただならぬ何かを感じ色々と調べたく
なってきた。

 また戦時中までは何かの演説会や集会には必ず憲兵が見張り
弁士が長脛彦の名前を出しただけで、
「弁士注意!」
と怒鳴られたどうで演説内容によっては逮捕されたそうである。
 暗黒の時代である。
 このような閉鎖的な思考や風土では戦争には勝てる筈がない。
 日本は西洋列強の植民地支配に抵抗したという大義名分はあるが
同時に日本国民に対する締め付けや言論弾圧、内部統制の在り方
には大きな問題があったと言える。
 今もまた一歩間違えば緊急事態条項を盛り込むために憲法改正
が急き立てられ伊弉諾神宮に見られるような神宮や神社のカルト化
が散見され危険な臭いを感じる。

 同調圧力の強い日本人はまた暗黒時代の戦時中のような同じ轍
を踏む危険性がある。
 歴史に学びせめて今を生きる日本人として進歩していきたい。

 日本各地には随所に日本はここから始まったという言い伝え
があるが、それぞれの伝承や説を並行して味わいながら考察を
深め歴史に学び様々な知恵を得たいものである。
コメント (1)
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日本人に見られる緊急放送待望論

2022-11-21 12:23:21 | 随想
 日本のユーチューバーを中心に繰り返される緊急放送の存在。
 アメリカや欧州ではほとんど話題になっていないようだ。
 では何故、日本の特にユーチューバーを中心に
「緊急放送が始まる。」
「いよいよ緊急放送だ。」
という発信が絶えないのだろうか。

 もう2年以上もこの珍現象が続いている。
 いよいよだと多くの日本人が騒いでは空振りをしている。
 それを延々と2年以上も続けている。
 日本のユーチューバーのネタ元はどこだろうか?
 これはデマというよりは待望論である。
 緊急放送があって欲しい、それにより世界の邪悪な事実が
公表されて欲しいという願望や勇み足やせっかちとなり毎度の
如く緊急放送が始まるという発信になっているのだろう。

 今や石焼いもの車と同じような響きとなっている。
「毎度~お馴染み~きんきゅうほ~そ~でございます。でくらす~、
げさら~、ぐあんたなも~、何でも放送致します。毎度~お馴染み
きんきゅう~ほ~そ~でございます。」
という程度の期待感である。

 またよく考えるとテレビによる緊急放送を渇望する心理は
結局は従来のテレビ脳と同じような気がする。
 結局はテレビに依って立つ思考回路である。
 そのような事よりも毎回毎回、地道に可能な限り大切な内容
を発信し続けるほうは現実的である。

 NHKや日本テレビ、フジテレビ、TBS、テレビ朝日が
緊急放送を行うと思われるだろうか?
 無理だろう。
 彼ら彼女らは利権でがんじがらめである。
 ある日突然画面が切り替わって、
「本日は番組の予定を大幅に変更して緊急放送を行います。
緊急放送、緊急放送。」
と画面が切り替わる可能性は今の日本では限りなくゼロに
近いと感じている。
 まだまだ日本人の眠り、洗脳度合いが酷いので本当に緊急放送
の計画はあったにせよ現実に放送を行うのは無理だろう。

 国民の8割以上がコロナワクチンという液体を打ち1000人
に1人の割合しかマスクを外していない洗脳民の日本人に自分で
情報を蓄積してきた場合でも最低10年以上は要する内容をいき
なり8時間連続とか数日繰り返しお茶の間に放送したとしても
卒倒するかパニックになるか拒絶反応、ショック死、自暴自棄に
なる人々が多発するだけだろう。
 冷静に考えると緊急放送は非現実的だと言える。

 日本人の特にユーチューバーを中心に発信し続けられる
「いよいよ緊急放送が行われる。」
というものは待望論の裏返しであって事実とは少し違うと言える。
 空振りし続けて2年以上も経過するのにまだ飽きずに緊急放送
を信じて発信し続ける日本のユーチューバーはある意味で純粋である。
 ただ、緊急放送ではないにせよ重大発表が何らかの形で行われる
可能性はあるだろう。

 その時が来る事を心のどこかで待ちながら日々を健やかに
暮らしていきたい。



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