「うつろ庵」の庭には、虚庵夫人が植えた紅白の「珊瑚葉牡丹」が、三色菫と相まって、鉢に上手く納まっている。外出から帰った夕暮れ、ふと見ると生垣の木漏れ日を受けて、心の内から沸き立つ思いを代弁してくれていた。言葉では言い表せない、自然のなせる見事な表情だ。
数日前に読んだ漢詩、「初春」を想い出した。
王績君は酒好きの詩人で、「五斗先生」と自称した。虚庵先生の推測では、「酒をたらふく五斗も呑み申す」との、酒徒宣言に違いあるまい。秋に仕込んだ酒甕から、春が来て「馥郁と沸き立つ」香り、のん兵衛・王績君の「はやる思い」と、夕陽を受けて「沸き立つ」珊瑚葉牡丹が、重なって見えた。
初 春 王績 詩
春来日漸長
酔客喜年光
稍覚池亭好
偏聞酒甕香
穫り入れて秋に仕込みし 酒甕の
香る春日ぞ待ちにけらしも
夕されば漏れ来る陽射しを芯にうけ
沸き立つ思いの葉牡丹なるかな