今回は大和郡山市へご案内しまひょ~
江戸時代には譜代大名が藩主を命じられる重要な城下町でおましたんや。
明治以降は金魚の養殖で全国に知られる町になったんと違いまっしゃろか。
(大和郡山市の マンホールの蓋)
photo by kuroda0729 from OCNフォトフレンド
一時よりは減ったとの金魚でっけどこの町へ来るとやはり主役は金魚でんな。
町のあちこちに金魚をPRをする物が目に付きまんねんで。
(金魚すくい選手権大会の PR用幟)
photo by kuroda0729 from OCNフォトフレンド
今年で18回目になるそうで毎年8月の第三日曜日が決勝戦なんだって。
参加は無料ですが小中学生が500人・一般が800人だそうな。
定員に達したら抽選らしいけど過去の入賞者は優先に参加できるようだね。
腕に覚えがある方はチャレンジしてみますか?
因みに昨年の優勝者は小中学生が73匹で一般は87匹だったそうな。
やはり予選で参加者を絞られる地元の奈良県が強いようでっせ。
わいも10匹ぐらいなら自信があるけど勝てまへんわ、やはり凄い腕前でんな。
(市内の道路には カラーパネル)
photo by kuroda0729 from OCNフォトフレンド
ここ大和郡山市は豊臣秀吉の実弟に当たる豊臣秀長が大和・紀州・和泉の
100万石で本拠地としてお城を築いたのが発展の元のようですな。
残念ながら太閤秀吉より先に亡くなってしまったですわ。
この方が関ヶ原の戦いまで生存してはったら豊臣家も安泰だったかもしれまへん。
この方の直系部下が築城の名人で徳川方に移った藤堂高虎はんでっせ。
あの狸爺の徳川家康でも一目置いたという人物でんな。
(大和郡山城址の 石垣)
photo by kuroda0729 from OCNフォトフレンド
明治維新の後に建物や門は全て取り壊されたので歴史的な建造物は
石垣とお堀ぐらいしか残ってまへんのや。
(松陰門の跡)
photo by kuroda0729 from OCNフォトフレンド
大きい松の木が近くにおましたんでっしゃろな、吉田松陰とは関係おまへんので。
ここ郡山城址は桜の名所で満開の時期には大いに賑わうそうでっせ。
奈良県でも1~2を争う桜の名所になってまんので城内には桜の木が多いですわ。
(本丸石垣の さかさ地蔵の説明書き)
photo by kuroda0729 from OCNフォトフレンド
photo by kuroda0729 from OCNフォトフレンド
画像では分かりにくいかもしれまへんけど逆さにお地蔵さんが埋められてまんな。
築城する際に石が足らないんで地蔵や墓石や五輪塔などを大量に
本丸の天主台の石垣に埋め込んで完成を急いだようだっせ。
その罰があたって豊臣秀長さんや本家たる豊臣家も早く滅亡したのかしら。
(大和郡山城址 本丸石垣)
photo by kuroda0729 from OCNフォトフレンド
右下に白い立札が見える処にさかさ地蔵が埋まってまんねんで。
大きさから推定して天守閣はなかったとの説が有力でっけど。
この本丸石垣は崩壊の危険があるので現在は登るのが禁止されてまんな。
(柳澤神社) (祭神は柳沢吉保・吉里 親子)
photo by kuroda0729 from OCNフォトフレンド
1724年(享保9年)に甲斐の国から15万石で入城したのが柳沢吉里侯で
以降6代続き明治維新を迎えていますな。
江戸時代の権力者はほとんどが没落しているのに柳沢吉保侯だけは石高も減らさず
逆に千石だけだけど増加させて子孫が明治維新を迎えたのも七不思議ですな。
この神社は旧藩士により明治時代になってから造られたそうですけど。
(柳沢文庫) (郡山城址内にある 図書館)
photo by kuroda0729 from OCNフォトフレンド
元は柳沢家の別邸が在ったそうですが昭和35年に柳沢家から市に寄贈され
柳沢家の文書や甲斐・大和などの郷土史が数万冊保存されているそうですわ。
一般に公開されているそうでっけど4時半で閉まってまいましたんや。
(郡山城址の 追手門 & 追手門向櫓)
photo by kuroda0729 from OCNフォトフレンド
昭和になってから観光用に再建された建物でっさかいに歴史的な価値はおまへん。
(郡山城址 追手門前にて撮影)
photo by kuroda0729 from OCNフォトフレンド
(創業400年 銘菓 菊屋本店) (奈良県 大和郡山市)
photo by kuroda0729 from OCNフォトフレンド
なんでも豊臣秀吉さんも弟を訪ねてここのお菓子を食べたそうな。
伝説でっしゃろが奈良県内では有名な和菓子屋さんでっけど。
ここの娘さんを嫁に貰っているのが私の飲み友達が勤める会社の社長さんですわ。
少しだけお土産に買って帰りましょ、内の奥さんは甘党でっさかいに。
(菊屋さんの店内に飾られている 古い茶釜かな?)
photo by kuroda0729 from OCNフォトフレンド
(私が買った 三笠饅頭)
photo by kuroda0729 from OCNフォトフレンド
関西では三笠饅頭って言いまんねんけど東日本ではドラ焼きって呼びまんねんな。
それじゃ駅の方へ歩いて戻ることにしまひょ。
(金魚の塔) (三の丸公園)
photo by kuroda0729 from OCNフォトフレンド
(こんな処にも 金魚のデザイン)
photo by kuroda0729 from OCNフォトフレンド
金魚の養殖はわいが若い頃には大和郡山市がダントツで第一位でしたんや。
最近は愛知県の弥富町が金魚の生産ナンバー1に躍り出たそうでっけど
品種の多さは今でも大和郡山市だそうでっせ。
金魚でも1匹が1万円以上する高価な物もおまんねんで。
今回は行けまへんでしたが養魚店などで見ながらその場で買えるんですわ。
ある資料館では金魚すくいを体験できるコーナーまで出来てるそうでっせ。
ほな~ 今日はこれでお仕舞いにさせてもらいま。
何時もおおきに~ さいなら~
江戸時代には譜代大名が藩主を命じられる重要な城下町でおましたんや。
明治以降は金魚の養殖で全国に知られる町になったんと違いまっしゃろか。
(大和郡山市の マンホールの蓋)
photo by kuroda0729 from OCNフォトフレンド
一時よりは減ったとの金魚でっけどこの町へ来るとやはり主役は金魚でんな。
町のあちこちに金魚をPRをする物が目に付きまんねんで。
(金魚すくい選手権大会の PR用幟)
photo by kuroda0729 from OCNフォトフレンド
今年で18回目になるそうで毎年8月の第三日曜日が決勝戦なんだって。
参加は無料ですが小中学生が500人・一般が800人だそうな。
定員に達したら抽選らしいけど過去の入賞者は優先に参加できるようだね。
腕に覚えがある方はチャレンジしてみますか?
因みに昨年の優勝者は小中学生が73匹で一般は87匹だったそうな。
やはり予選で参加者を絞られる地元の奈良県が強いようでっせ。
わいも10匹ぐらいなら自信があるけど勝てまへんわ、やはり凄い腕前でんな。
(市内の道路には カラーパネル)
photo by kuroda0729 from OCNフォトフレンド
ここ大和郡山市は豊臣秀吉の実弟に当たる豊臣秀長が大和・紀州・和泉の
100万石で本拠地としてお城を築いたのが発展の元のようですな。
残念ながら太閤秀吉より先に亡くなってしまったですわ。
この方が関ヶ原の戦いまで生存してはったら豊臣家も安泰だったかもしれまへん。
この方の直系部下が築城の名人で徳川方に移った藤堂高虎はんでっせ。
あの狸爺の徳川家康でも一目置いたという人物でんな。
(大和郡山城址の 石垣)
photo by kuroda0729 from OCNフォトフレンド
明治維新の後に建物や門は全て取り壊されたので歴史的な建造物は
石垣とお堀ぐらいしか残ってまへんのや。
(松陰門の跡)
photo by kuroda0729 from OCNフォトフレンド
大きい松の木が近くにおましたんでっしゃろな、吉田松陰とは関係おまへんので。
ここ郡山城址は桜の名所で満開の時期には大いに賑わうそうでっせ。
奈良県でも1~2を争う桜の名所になってまんので城内には桜の木が多いですわ。
(本丸石垣の さかさ地蔵の説明書き)
photo by kuroda0729 from OCNフォトフレンド
photo by kuroda0729 from OCNフォトフレンド
画像では分かりにくいかもしれまへんけど逆さにお地蔵さんが埋められてまんな。
築城する際に石が足らないんで地蔵や墓石や五輪塔などを大量に
本丸の天主台の石垣に埋め込んで完成を急いだようだっせ。
その罰があたって豊臣秀長さんや本家たる豊臣家も早く滅亡したのかしら。
(大和郡山城址 本丸石垣)
photo by kuroda0729 from OCNフォトフレンド
右下に白い立札が見える処にさかさ地蔵が埋まってまんねんで。
大きさから推定して天守閣はなかったとの説が有力でっけど。
この本丸石垣は崩壊の危険があるので現在は登るのが禁止されてまんな。
(柳澤神社) (祭神は柳沢吉保・吉里 親子)
photo by kuroda0729 from OCNフォトフレンド
1724年(享保9年)に甲斐の国から15万石で入城したのが柳沢吉里侯で
以降6代続き明治維新を迎えていますな。
江戸時代の権力者はほとんどが没落しているのに柳沢吉保侯だけは石高も減らさず
逆に千石だけだけど増加させて子孫が明治維新を迎えたのも七不思議ですな。
この神社は旧藩士により明治時代になってから造られたそうですけど。
(柳沢文庫) (郡山城址内にある 図書館)
photo by kuroda0729 from OCNフォトフレンド
元は柳沢家の別邸が在ったそうですが昭和35年に柳沢家から市に寄贈され
柳沢家の文書や甲斐・大和などの郷土史が数万冊保存されているそうですわ。
一般に公開されているそうでっけど4時半で閉まってまいましたんや。
(郡山城址の 追手門 & 追手門向櫓)
photo by kuroda0729 from OCNフォトフレンド
昭和になってから観光用に再建された建物でっさかいに歴史的な価値はおまへん。
(郡山城址 追手門前にて撮影)
photo by kuroda0729 from OCNフォトフレンド
(創業400年 銘菓 菊屋本店) (奈良県 大和郡山市)
photo by kuroda0729 from OCNフォトフレンド
なんでも豊臣秀吉さんも弟を訪ねてここのお菓子を食べたそうな。
伝説でっしゃろが奈良県内では有名な和菓子屋さんでっけど。
ここの娘さんを嫁に貰っているのが私の飲み友達が勤める会社の社長さんですわ。
少しだけお土産に買って帰りましょ、内の奥さんは甘党でっさかいに。
(菊屋さんの店内に飾られている 古い茶釜かな?)
photo by kuroda0729 from OCNフォトフレンド
(私が買った 三笠饅頭)
photo by kuroda0729 from OCNフォトフレンド
関西では三笠饅頭って言いまんねんけど東日本ではドラ焼きって呼びまんねんな。
それじゃ駅の方へ歩いて戻ることにしまひょ。
(金魚の塔) (三の丸公園)
photo by kuroda0729 from OCNフォトフレンド
(こんな処にも 金魚のデザイン)
photo by kuroda0729 from OCNフォトフレンド
金魚の養殖はわいが若い頃には大和郡山市がダントツで第一位でしたんや。
最近は愛知県の弥富町が金魚の生産ナンバー1に躍り出たそうでっけど
品種の多さは今でも大和郡山市だそうでっせ。
金魚でも1匹が1万円以上する高価な物もおまんねんで。
今回は行けまへんでしたが養魚店などで見ながらその場で買えるんですわ。
ある資料館では金魚すくいを体験できるコーナーまで出来てるそうでっせ。
ほな~ 今日はこれでお仕舞いにさせてもらいま。
何時もおおきに~ さいなら~