鉄ちゃん爺やの 独り言

鉄ちゃん爺やは大阪に住んでますので
画像で隠れた関西の名所も紹介します。

鉄ちゃん爺やの一人旅 JR門司港駅舎 & JR小倉駅周辺

2019-04-28 20:18:54 | 鉄道
一人旅3日目 3月19日 天気は 雨のち晴れ

(ようこそ 北九州市へ)(JR小倉駅 新幹線北口)


ネットのお友達と待ち合わせ時間がまだ30分有ったので
昔の出張で下車した新幹線北口へ立ち寄ってみました。

でも記憶に残る駅前は何も無くリニューアルされた感じ。

そうですよね25年近くも昔でJR小倉駅舎も変わったし。

(メーテルと鉄郎 銀河鉄道999の銅像) (JR小倉駅・新幹線北口前)


松本零士さんは小学生から高校時代までを当時の小倉市に
育ち「銀河鉄道999」の構想を当時に思い付いたとか。

2012年(平成24年)に北九州市漫画ミュージアムが
完成し名誉館長に就任した縁で銅像が造られたそうですわ。

メーテルと鉄郎 が銀河鉄道に乗って宇宙へ旅にでる。

その昔、鉄ちゃん爺やの息子が好んで見ていたアニメ。

(宇宙海賊 キャプテンハーロックの銅像)


(銀河鉄道999 マンホールの蓋)




戻ってからネットで検索したんだけど9か所ほどあるとか。

マンホールの蓋は北九州市の水道事業100周年を
記念してJR小倉駅周辺に設置されたんだって。

在来線の改札口に戻り門司港駅までの切符を購入しまひょ。

(小倉駅 ~ 門司港駅 280円)


(JR小倉駅名標)


(JR小倉駅にて 自撮り)


それではJR門司港駅へ向かうことにしまひょ。

実は、一週間前にJR門司港駅舎がリニューアルするとの
情報を知って、北九州を訪れることにしたんですわ。

小倉駅から門司港駅までは三つ目で約15分前後でっかな。

(JR門司港駅 レトロなホーム)








(JR門司港駅構内 鹿児島本線の 0キロ標識)


現在は関門トンネルが出来て二つ手前の門司駅が本州と
九州を繋ぐ連絡駅なんですが、鹿児島本線の正式な起点は
現在もここ、門司港駅とされているんだっせ。

(JR門司港駅舎) (国の重要文化財に指定)






鉄道の駅舎で国の重要文化財に指定された第1号なんでっせ。

1914年(大正3年)に開業されたと聞いてますんや。

重要文化財に指定は1988年(昭和63年)でしたけど。

あのJR東京駅の丸の内駅舎より5年も先に決まったちか。

私たち鉄道マニアでは門司港駅舎・東京駅丸の内駅舎それに
大社駅舎(島根県)を、日本三大レトロ駅舎と呼びまんねん。

(門司港駅舎の構内)













1941年(昭和17年)に関門トンネルが開通するまでは
こここ国鉄・門司港駅は当時には国鉄・門司駅と呼んだそうです。

下関駅とは連絡船で繋がり多くの乗客が、ここ門司駅で
乗り降りした由緒ある駅として繁栄したんだそうです。

だから戦前には朝鮮半島や満州への貿易港でもおました。

(バナナの叩き売り発祥の地)


当時は台湾から送られてきたバナナは腐りやすいので
神戸港へ送れないものを、ここで即売したのが始まりだとか。

「男はつらいよ」で寅次郎さんが演じた場面を思い出しますかな。

当時のレトロな建物も併せて観光の名所に成ってるんでっせ。

(旧門司税関)


1912年(明治45年)に完成した建物ですが何度も改修され
現在は北九州市が買い取って使用しているんだとか。

(旧大阪商船 門司支店)








1917年(大正6年)に完成した古い建物で、現在は
国の登録文化財に認定されているようでんな。

鉄ちゃん爺やが若い頃に出入りした神戸市や大阪市に在った
大阪商船の建物に雰囲気が似ているので懐かしく感じました。

(旧門司三井倶楽部)


大正時代にアインシュタイン博士が訪れたこともある建物で
現在は高級な「ふぐ料理の」店が1階を使用しているとか。

「フグ料理」は大阪でも安く食べれますのでパスしました。

(門司港の はね橋)






ここまで来ると前回に掲載した下関市は目と鼻の先に。

目測では約2~3kmぐらいに感じまっけどな。

(前日に登った 海峡ゆめタワー遠くに望む)


(下関市の水族館を遠くに望む)


(関門大橋の方向を撮影)




画像の向こうに見える高い山は下関市の火の山でこの山麓の
付近が源平の合戦になった壇ノ浦と呼ぶ海岸に成ります。

山陽新幹線は火の山の山腹から関門海峡の海底を潜っています。

(パトロールに向かう巡視艇)


右手の遠くに写っているのは海峡ゆめタワーのようです。

関門海峡は船の往来が多くて海難事故も多いようですね。





それではJR門司港駅に戻って小倉駅に向かいますよ。

JR門司港駅は北九州市の門司区になるそうです。

(JR門司港駅構内の電車)




この日が小倉のホテルに宿泊する最後の日なので夕方に
小倉の名所を観光地図を観ながら散策してみました。

(森鴎外の旧居)




森鴎外は軍医として小倉城内の第12師団に配属されていた当時
ここを住居として、俳句や短編小説を執筆し始めたそうです。

(小倉城外に 森鴎外の文学碑)






(紫川の向こうに 井筒屋百貨店の本店)


(夕闇迫る 小倉城天守閣)


紫川に沿って暫く300mぐらい下ると常盤橋にでました。

ここは江戸時代には長崎街道の起点に成る橋だったそうです。

(長崎街道の起点 常盤橋)






長崎街道は現在の博多は通らずに斜めに大宰府をかすめて
佐賀市内を通過して長崎市に通じていたようですね。

筑前の黒田藩を避けていたのは何故なのか不明ですが
黒田藩が出来る前からの街道だったのかもしれませんね。

(長崎街道の説明書き)








(JR小倉駅前の 繁華街)






滞在中に全国の地価が発表されましたが北九州市ではこの辺りが
一番地価が高い繁華街の様でした。

(小倉の魚町界隈の繁華街)










小倉までやってきたのでモノレールに少しの区間だけ乗って見ました。

昭和50年代には、このモノレールは走ってましたが乗るのは初めて。

(都市モノレール 小倉線)












これで北九州の小倉と門司港駅の掲載を終わります。

次回はJR鹿児島本線で博多へ向かいます。

それでは~ これで、さいなら~♪
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鉄ちゃん爺やの一人旅  海峡ゆめタワー & JR下関駅前

2019-04-23 20:42:54 | 旅行
JR下関駅は何度も通過したことが有るんですが
途中下車をしたのは今回が初めてとなりますんや。

正確には高校の修学旅行で夜の9時ごろでした。

国鉄のSLと電気機関車が交代する時間を利用し
14両編成の最後尾から3両目へ走ったことがおます。

後ろ5両が小倉駅から日豊本線に切り離されるとのこと。

私たちは長崎駅へ向かうので乗り換える羽目にでした。

そのホームがそのまま残っているのが嬉しかったですわ。

(JR下関駅 長いプラットホーム)


当時は寝台特急や九州へ向かう列車が関門トンネルを
電気機関車で抜けるために必ず停車した駅でしたんや。

だから当時の長いホームが今も残っているのがこの画像。

2006年(平成18年)1月にJR下関駅が放火で全焼!

三角屋根の戦前からのモダンな駅舎が焼けてしまいました。

幸いにホームは延焼を免れて昔の姿を残しているようでした。

下関駅の駅員さんに確認したので昔のままなのは確実!

(JR下関駅の 新しい駅舎)


昔の三角屋根とはイメージは少し変わりましたが現代的な
三角屋根のJR下関駅舎が2012年(平成22年)に完成。

ホームが高架なので階段を下りて改札を出たら少し歩いて
エスカレータで駅前の広場に昇るような形になりまぁ。

(JR下関駅を 背景に自撮り)


(JR下関駅前広場の モニュメント)


(反対側は高級ホテルでした)


(下関市のコウリヤンタウン)


韓国の釜山市とは昔から関係が深い街なので
この辺りにコウリヤンタウンが出来たようですな。

(下関市内の 観光用標識)


この日のお目当ては「海峡ゆめタワー」に昇ることでした。

高さ143mの展望台から360度の関門海峡と下関市を
眺めてくださいと、娘婿から聞いてましたんや。

(海峡ゆめタワー 遠景) (高さ153m)


下関駅の貨物ターミナルや側線を撤去して再開発をしたとか。

現在も韓国の釜山や中国の上海に定期便が運行されているらしい。

(下関港の 国際ターミナル乗り場)




向こう側の山は九州は門司付近の山になりますんや。

この日は3月18日で行く翌日には反対側の門司港駅から
こちら側を眺めることにしてました。

(海峡ゆめタワー 通路から撮影)


(海峡ゆめタワー 入場口)


(海峡ゆめタワー 入場券)


65歳以上は半額の300円とは有り難いことでしたわ。

エレベーターで70秒だったはず30階の展望台に到着でした。

(関門大橋方向を 撮影)


左側の山から新幹線は関門トンネルで右側の山に抜けて
JR小倉駅の手前で地上に出る様になってますんや。

関門大橋は高速道路と国道2号線が通っているようですわ。

(巌流島を 撮影)




宮本武蔵と佐々木小次郎が決闘をした島として有名でっしゃろ。

昔はもっと小さかったが明治以後に埋め立てられ6倍の面積に。

正式な名前は「船島」と言いまして現在は下関市内だそうです。

当時は小倉藩の島だったそうで宮本武蔵も佐々木小次郎も
小倉の街から船で渡って決闘に臨んだようでっせ。

巌流島の向こう側は彦島でJRの関門トンネルはこの島から
海底に潜り込んで門司駅の手前で地上に出ていますんや。

(下関港に停泊中の 韓国釜山行きの客船)


(下関市の水族館と 魚市場付近)






3月21日に博多から戻る際に立ち寄る予定でしたが
当日は雨で行き先を変更したのが心残りでしたんや。

機会が有ればもう一度今度は下関市内のホテルで1泊して
「海峡ゆめタワー」から夜景を観るのが良いかもしれまへん。

(対岸の展望タワー  JR門司港駅前)




関門大橋の辺りが本州と九州を隔てる一番狭い海峡ですな。

源平の壇ノ浦の戦いは関門大橋の向こう側辺りだとの事。

「海峡ゆめタワー」からは遠くてデジカメでは遠すぎました。

(海峡ゆめタワーから 日本海側を撮影)




(海峡ゆめタワーから 小倉方向を撮影)




関門海峡はS字の形で瀬戸内海から日本海の響灘へ抜けているんだって。

遠くの工業地帯が小倉駅の北側に成りますが遠くて分からないかも。

本日はこれでお仕舞にしまひょ。

次回は門司港駅舎とレトロな建物群を紹介しまひょ。

ほんなら、さいなら~♪

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鉄ちゃん爺やの一人旅  長門一の宮 ・ 住吉荒魂本宮に詣でる

2019-04-16 19:55:30 | 神社
鉄ちゃん爺やの一人旅2日目は宇佐神宮を後に。

午前中にJR小倉駅に戻り山口県へ向かいました。

長門の国の一之宮を先に済ませたかったんですわ。

(下関市の マンホールの蓋)


「フグの水揚げ」は下関市が日本一なんでっせ。

ご当地では「フク」と呼ぶそうで濁点を抜くんだとか。

「フグ」は大阪へ出荷されて消費は大阪府が日本一だっせ。

(415系 交直流両用 近郊型・電車)






JR下関駅とJR門司駅の区間だけが直流を使用しています。

JR九州は電化されている区間の全てに交流が使用されてますんや。

だから交流と直流の両区間を走れるのが415系の電車なんですよ。

関東では2016年に引退して、関西でも現在は使われてまへん。

4~5年前までJR北陸線の富山県の辺りで走ってましたかな。

(JR下関駅名標)


ここからはJR西日本の管轄で二駅だけ乗り継ぎでした。

JR九州さんとはデザインが違いますんや。

電車のカラーも瀬戸内海のミカンをイメージさせたとか?

(113系 直流 近郊型・普通電車)


この113系も関西ではJR草津線で見られるだけの旧型ですわ。

東海道本線や山陽本線で活躍してたんですが新型車両に代わり
最後のご奉公はJR西日本では山口県だけになりそうでんな。

いきなり鉄ちゃん爺やの鉄道談話に成ってしまいましたな。

(JR新下関駅への 道路標識)


山陽新幹線の駅が出来て長門一宮駅だったのが現在は
新下関駅に代わってますんや、でも下関市街地とは
在来線で二駅も離れているんですわ。

新幹線が関門海峡を潜るために相当手前からトンネルで
勾配を取る関係で、新下関駅が設計されたようでんな。

JR新下関駅から意外に距離があって約2kmぐらいかも?

長門の国の一の宮に向かいましたんや。

(住吉神社と住吉公園への 道路標識)


大阪市内にも住吉大社と住吉公園がおますんで
鉄ちゃん爺やとしては、なんとなく馴染みのある名前。

名前も同じなのでお祀りしているいる神様も
住吉大神(すみよしのおおかみ)や神功皇后さんなど。

(一の宮 住居表示)




やはり地元では一の宮として地名だけは残したようでんな。

(あべ晋三の 後援会連絡所)


安部総理はこの辺りが選挙区で大票田のような感じ。

どうやら地元の建設会社の中に置かれているようでした。

山口県は県庁所在地の山口市よりも下関市の方が人口も多く
確か下関市が山口県では最大の人口を誇る都会のはず。

(長門国 一の宮 住吉神社)




(住吉荒魂本宮の 神橋)


(住吉神社の楼門)




全国に住吉神社は数多く在りますが大阪市内にある
摂津の国一の宮・住吉大社が総元締めだったはず。

ここは正式には「住吉荒魂本宮」とお呼びするんだって。

「住吉荒魂本宮=すみよしあらみたまほんぐう」と読むそうです。

(青銅製の狛犬)




(住吉荒魂本宮 本殿と拝殿)


(住吉荒魂本宮の 拝殿)




(住吉荒魂本宮 国宝 第一本殿 ~ 第三本殿)


左側が修復の工事中の様でシートで囲われているようでんな。

奥の方が本殿で左から第一殿~右へ第五殿まで並んでますんや。

本殿は全てが檜皮葺の立派なお社でっしゃろ。

(住吉荒魂本宮 絵馬)


第一殿  住吉大神(すみよしのおおかみ)

第二殿  応神天皇(おうじんてんのう=はちまんのおおかみ)

第三殿  武内宿祢命(たけのうちすくねのみこと)

第四殿  神功皇后(じんぐうこうごう)

第五殿  建御名方命(たけみなかたのみこと=すわみょうじん)

(拝殿は 毛利元就が寄贈)




(住吉荒魂本宮 拝殿にて自撮り)


(住吉荒魂本宮 ご朱印)
 

本殿は国宝に指定され、拝殿は重要文化財に指定だそうです。

本殿は室町時代に大内弘世が寄贈したものが現存するとか。

失礼ながら、こんな立派な住吉神社とは思いまへんでした。

(住吉荒魂本宮の 神池)


小倉のホテルに戻るには時間がおましたんでJR下関駅に途中下車。

海峡ゆめタワー(高さ145m)に昇って関門海峡を眺めまひょ。

(下関市 海峡ゆめタワー)


次回は海峡ゆめタワーと下関駅前を紹介しまひょ。

それでは、これで、さいなら~♪
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鉄ちゃん爺やの一人旅  宇佐神宮に詣でる

2019-04-04 21:00:58 | 神社
今回の一人旅を利用し兼ねてより参拝が叶わなかった
約4万社に及ぶ全国八幡社の総本宮・宇佐神宮へ。

心のふるさと宇佐参りと呼ぶそうですわ。

(宇佐神宮 上宮)


ここは大分県宇佐市ですが小倉と同じ昔は豊前の国

距離は小倉駅から約75kmなんですが不便なダイヤ。

JR中津駅から先の普通電車が2時間に1本ぐらい。

日豊本線と称するのにローカル線並みのダイヤでんな。

片道2920円は痛うおますけど仕方がない出費ですわ。

JR小倉駅8時発の特急ソニック3号に乗車でした。

(ソニック3号 乗車券&特急券)


(JR宇佐駅に到着した 特急ソニック3号)


(JR宇佐駅舎)


この日3月18日は宇佐神宮で最も重要な祭典があり
「例祭」と呼ぶ神事が行われることを確認してましたんや。

普段は路線バスも少ないが「例祭」となれば臨時ダイヤで
特急電車の到着に合わせて増発と勝手に推察してました。

ところが路線バスは平常通りで1時間15分待ちでんがな。

バス停で同じように考えていた青年とご婦人2名の4名で
タクシーに割り勘で乗ることを進言し同意を得ましたんや。

JR宇佐駅から約10分で1300円の料金でした。

(宇佐神宮の参道で 相乗りをしたご婦人2名)


お隣の中津市からお参りに来られたご婦人でした。

ワンコイン500円を三人から頂いたので結局は
鉄ちゃん爺やの出費は200円のプラスに?

(宇佐神宮の表参道)




宇佐神宮は豊前の国の一之宮であり、皇室では伊勢神宮に
次ぐ重要な神社で、平安時代には京都の入り口に当たる
八幡市に「宇佐神宮」から分祀されて、現在でも関西の
八幡宮と言えば「石清水八幡宮」とされていますね。

(宇佐神宮 大鳥居)




(ご神興発祥の地 顕彰碑)


(朱塗りの神橋)


本殿まで約2kmぐらいの表参道が続いてますんや。

神橋を渡って少し歩くと右手に「初沢の池」が見えてきました。

(宇佐神宮 初沢の池)


(初沢の池 & 宝物館)


「日本三沢の池」と呼ぶそうですが詳しくは分かりません。

奈良・猿沢の池 京都・大沢の池 の三つなのかしら?

二つ目の大鳥居が見えてきましたで。

一の鳥居とか 二の鳥居とか、呼ばないようでんな。

(宇佐神宮 二つ目の大鳥居)


(ご朱印の 受付所)


朱印帳を預けて本殿にお参りすることにしまひょ。

珍しい写真を見つけましたので張り付けて置きまっせ。

(神様と仏様 宇佐神宮の勅使門の前で ご挨拶)


日本で初めて 神様と様が会ったのは この場所だとか。

平安時代に神仏習合が始り宇佐神宮も「八幡大菩薩」さまと
お呼びし江戸時代の終わりまで神社とお寺が一体でしたんや。

確かに神仏習合はここ宇佐神宮から始まったようでんな。

(宇佐神宮 下宮)




(下宮の祭殿に 例祭のお供物


(宇佐神宮 下宮を側面から撮影)


宇佐神宮は上宮と下宮の二つに同じ祭神がお祀りされてますんや。

一之御殿  八幡大神 (応神天皇)

二之御殿  比売大神 (多岐津姫命)

三之御殿  神功皇后 (応神天皇の母親)

上宮は一般の参詣人が内殿には入れないので、下宮が内部を
撮影できて、遠くから三つの御殿を見ることが出来ますんや。

それでは上宮の方を参拝することにしまひょ。

(宇佐神宮 西大門)






(宇佐神宮 上宮の勅使門)






(宇佐神宮 上宮 一之御殿)


(宇佐神宮 上宮 三之御殿)


上宮は勅使門を中央に向かって左から 一之御殿 二之御殿
三之御殿が 並んでいて回廊の石段の下から拝礼をする形ですな。

(宇佐神宮 二礼 四拍 一礼)


各地の神社での拝礼は  二礼 二拍 一礼  が一般的ですね。

ここ宇佐神宮と出雲大社だけが 二礼 四拍 一礼 だそうですわ。

(宇佐神宮 例祭の鉾と神旗)


(宇佐神宮 上宮の ご神木)


宇佐神宮では上宮だけにお参りするのは「片参り」と呼ぶそうで
下宮と合わせて両方にお参りすんるのが正しい作法だそうです。

蛇足に成りますが神宮を名乗る神社は天皇を祭神にしている
昔流に言えば一番重要な神様という事になりますかな。

伊勢神宮・熱田神宮・明治神宮・橿原神宮・平安神宮 等々

当然ながら宇佐神宮も応神天皇をご祭神にお祀りしている訳で
八幡宮の中で「神宮」を名乗れるのは、ここだけのようですね。

(巫女さんと 神官)






午後からの例祭に備えて巫女さんと神官が忙しそうにされてます。

お祓いを受けて関係者が内殿へ入られるんでしょうか?

(宇佐神宮 境内の 力石)


(宇佐神宮の ご朱印)


(神官と 住職さんのご挨拶)


現在でも宇佐神宮では神様と仏様が例祭に参列されるようですね。

こんな風景は珍しいのでデジカメで失礼ながら撮影させて貰いました。

(勅使と 幣帛を待つ関係者)


幣帛(へいはく)を先頭に行列が参道を進んで来ました。

午後まで待てば例祭が見物できるんだが次の予定も有り
幣帛(へいはく)の行列だけ見送ることにしまひょ。

(勅使と 幣帛の行列)








午後からの「例祭」も拝見したかったんですが、午後からは

下関市に在る長門の国の一之宮へお参りしたいので退散しました。

(JR新下関までの乗車券)


(JR小倉駅までの特急券)


(JR宇佐駅に到着の 特急ソニック)


今回はこれにて お仕舞にさせて貰いまぁ。

次回は山口県・長門の国一之宮を載せる予定でおます。

ほんなら~ これで、さいなら~♪
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