鉄ちゃん爺やの 独り言

鉄ちゃん爺やは大阪に住んでますので
画像で隠れた関西の名所も紹介します。

雨の飛騨路 高山巡り~♪  最終編

2013-09-29 10:17:44 | 旅行
飛騨の高山巡りの最終編をやらせてもらいまひょ。

(高山市政 記念館)  


photo by kuroda0729 from フォトフレンド for マイポケット

上三之町の入口になる大通りに面して在るのが高山市政記念館でっせ。

ここは入場料が無料になってますんやけど、上三之町に観光客の目が向くんで
明治時代のお役所に興味がある方しか入りまへんな。

(上三之町の道標)


photo by kuroda0729 from フォトフレンド for マイポケット

高山観光に訪れる人は年間で300万人ぐらいやそうですわ。

その全ての人が足を向けるのが「上三之町」でっしゃろか。

1979年(昭和54年)に国指定の「伝統的建造物群保存地区」に
認定されましたんや。

丁度、同じ年に「高山祭」が重要無形文化財に認定されてますな。

「日本三大美祭」って聞いたことがおますか?

京都の祇園祭・秩父の夜祭、それにこの高山祭やそうだっせ。

「日本三大曳山祭」とも呼ばれているようでんな。

(高山祭のミニチュア屋台)


photo by kuroda0729 from フォトフレンド for マイポケット

「高山祭」は春の4月14日~15日に開催される高山・日枝神社の山王さまの例祭
これは高山市内の南半分の氏神さんなんだそうですわ。

春の「高山祭」には12台の屋台が街へ繰り出すようでっせ。

秋は桜山八幡宮の八幡祭りで10月9日~10日と決まっているそうで
こちらは、上三之町を含む高山市の北半分の氏神さんだそうな。

秋の「高山祭」には11台の屋台ですので合わせて23台の屋台が残ってますんや。

両方を合わせて「高山祭」と呼んでいるようですわ。

でも~ この前後はホテルや宿が予約できないぐらいの賑わいですんや。

普段は桜山八幡宮の境内に「高山祭・屋台会館」がおますんで、11台の屋台が
交代で展示されているのを見るだけになりまんな。

でも飾ってあるだけなんで、お祭りの雰囲気は味わうことはできまへん。

丁度、平成に年号が変わった頃に飛騨に中田金太という方が居はりました。

「昔作られたものを守るのも大切だが、この技を現代に生かして
    後世に伝えることができれば本望である」

動く陽明門とも称される「高山祭の屋台」の平成版を作ろうと考えたそうですわ。

同じ作るならミニチュアでなく本物以上の屋台を作ることにしようじゃないか。

(平成版 高山祭の屋台)  (高山まつりの森 ミュージアム)


photo by kuroda0729 from フォトフレンド for マイポケット


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「木」は飛騨の匠、「塗り」は能登の輪島、「金具」は越中の高岡、

「織物」は京都の西陣、全国から一流の職人にお願いして完成させたとか。

この屋台には釘が1本も使われていない、昔のままに再現されているようでっせ。

6台の屋台が完成したのは平成の13年だったようで1台が数億円するそうですわ。

しかもコンピュータ操縦で「高山祭」のカラクリ人形を動かす工夫も考えたそうな。

この6台の平成版屋台を保存するために自分の所有する山をくり抜いて山の地中に
ミュージアムを完成させて実演することまで考え出したようでんな。

柱が1本もない直径40mのドーム天井式のミュージアムだっせ。

温度・湿度が安定して長期保存するには最適な環境のトンネルになってますんや。

(平成版 高山祭りの屋台)  (高山まつりの森 ミュージアム)


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このカラクリ人形付きの屋台は1時間で10分間隔で交代しながら
一通り屋台の実演が観れるようなってますんや。

拝観料は1000円でっけど今回は時間が無くて、画像は平成19年10月に
訪れた時のものを貼り付けて置きまっせ。

屋台の高い所に8mぐらいの樋を伸ばしてカラクリ人形が動くようになってま。

この「まつりの森」は中田金太さんのグループ会社が現在も運営してはりまっせ。

ご本人は私が訪れた直前の平成19年6月に亡くなってはりますけど。

ここは、駐車場も広く観光バスが高山観光の昼食に使うことが多いようでんな。

高山観光が年間300万人に対してここ「まつりの森」は年間で70万~75万人
と安定しているそうで、高山の観光に大きな貢献をしてるちゅうことでっか?

(飛騨高山 まつりの森にて自分撮り)  (平成19年10月撮影)


photo by kuroda0729 from フォトフレンド for マイポケット

ここはお土産物の店も設置されてますんで、高山市へツアーで来られた方なら
見覚えがあるかもしれまへんで。

飛騨のお土産を一寸だけ貼り付けてみまひょ。

(飛騨 高山のお土産 さるぼぼ人形)


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「ぼぼ」とは飛騨地方の方言で「赤ちゃん」のことでっせ。

だから「さるぼぼ」と言えば猿の赤ちゃんという事になりますな。

災いが去る(猿)とか家内円(猿)満とかでお守りにもなるんだそうでっせ。

(高山 銘菓 とち餅)


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(飛騨の名物 赤かぶらの漬物)


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「赤かぶらの漬物」は少し酸っぱい感じですが日持ちはするようでんな。

(観光バス トイレ休憩の駐車場)


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左側のバスの入口に立っている方が私と二日間だけツアーで相席したNさんでした。

私より4学年下で同じ高校でしかも私が卒業した後に入学された関係で
同じ担任の先生とは偶然とは言いながら不思議なご縁の方でしたね。

最後に「飛騨の匠」のお話をさせて頂きます。

奈良時代の養老律令により飛騨の國の1里ごとに10人の匠を奈良の都に
上らせて宮殿や寺院の建設に従事させることになったんだそうですわ。

当時の飛騨の國は10里だったそうで毎年100人の匠が1年交代で
都に上り平安時代末の500年間も続いたそうでんな。

だから~ この仕組みが無くなった後も「飛騨の匠」は別格で日本中で
名前が知られていたようでんな。

江戸時代に完成した「高山祭」の屋台にもその技が使われて、
今日我々が観て楽しめる形で残っているちゅうことになりますかな。

飛騨の国にはそんな関係で奈良や京都に伝わったような寺院が15箇所も
残っているとか聞きましたで。

4回にわたって「風の盆」と「奥飛騨」のブログを載せましたが
これでお仕舞いにしたいと存じます。

ほんなら~  これで、さいなら~
















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今週のブログ更新  お休みさせて頂きます。

2013-09-25 19:06:52 | 日記
9月25日夕方に家内の母親が亡くなりました。

明日の通夜から葬儀へと今週中は諸々が続くと存じます。

毎週土曜日に更新しているブログは延期させて頂きます、悪しからず。
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ああ~ 奥飛騨に雨がふる~♪  飛騨の高山だっせ。

2013-09-21 19:25:44 | 旅行
白川郷を後にしてバスは飛騨の高山へ向かってまっせ。

一旦やんだ雨が長い飛騨トンネルを抜けたら又もや降りだしましたがな。

奥飛騨慕情って歌が、昔でっけど流行りましたな。

ああ~ 奥飛騨に雨がふる~♪ そんな気分で行きまひょ。

(国道156号線の地図)


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現在は東海北陸自動車道を使えば白川郷ICから飛騨清見ICを通って
1時間足らずで高山市内に行けるように成りましたんや。

ブログは一寸だけ脱線して昔の懐かしいコースを辿ってみまひょ。

国道156号線ちゅうのは岐阜市から郡上八幡や白川郷を通って
富山県の高岡市まで約210kmの一般国道ですわ。

分水嶺の「ひるがの高原」から飛騨地方に入ると庄川の流れに沿って
御母衣湖(みぼろこ)の側を通って行きますんや。

車が運転を誤って御母衣湖(みぼろこ)に転落したらそれこそ「イチコロ」

そんな訳で国道156号線は「イチコロ」国道、と名付けられた危険な道でしたんや。

漏水するトンネルに冬の積雪や凍結する路面でドライバー泣かせの道ですわ。

つい5~6年前まで白川郷へ行くのにはこの国道156号線しかおまへんでした。

(分水嶺の ひるがの高原)


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この御母湖(みぼろこ)は現在でも貯水量が日本一の人造湖なんでっせ。

1961年(昭和36年)に完成した御母衣(みぼろ)ダムがおます。

2007年(平成19年)にはまだ東海北陸自動車道路が飛騨清見ICまでしか
開通してませんでしたので、当時の風景が下の画像でっせ。

(御母衣ダム)  (平成19年10月撮影) (岐阜県大野郡白川村)


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このダムは完成当時は日本で一番大きい「ロックフィル式」と呼ばれる
岩石と土砂で固めた形式で築いてますんや。

周囲の地盤が悪いのでコンクリート製のダムは適してなかったそうでっせ。

画像では巨大なダムには見えまへんけど、高さが131m ・ 長さが405m

ダムの地下200mに水力発電所が在って現在も中部電力経由で名古屋市や
関西電力を経由して関西地方へ送電されてますんや。

日本電源開発(現在はJ-POWER)が現在も管理運営してまんねん。

この御母衣(みぼろ)ダムから少し上流に有名な「荘川桜」(しょうかわざくら)
と呼ぶ樹齢約450年の桜が移植されてますんや。

「荘川桜」(しょうかわざくら)(J-POWERさんのHPから拝借)


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御母衣(みぼろ)ダムは白川村におますんやけど、御母衣湖(みぼろこ)の大半は
現在の高山市荘川町で昭和30年代にダム建設のために230戸の集落が
水没しましたんや。

その当時の日本電源開発の総裁であった故高崎達之助氏が水没する地区の
お寺に見事な桜の木が二つあるのを見て、何とかして
御母衣湖(みぼろこ)の展望台へ移植したいと考えたそうでんな。

「桜切るバカ 梅切らぬバカ」 こんな言い方をされる桜は枝を切っただけでも
枯れてしまうほど、移植が難しい木なんだって。

「荘川桜」(しょうかわざくら) (J-POWERさんのHPから拝借)


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紆余曲折があって1960年(昭和35年)12月に桜は移し替られましたんや。

移植してから10年後に見事な満開になり「荘川桜」(しょうかわざくら)と
呼ばれ地元の岐阜県では三大桜の一つと言われるように成ったそうな。

アズマ ヒガンザクラという品種で樹齢が約450年の老木だそうで最近は
「荘川桜」も花芽が育たず満開になることも少なくなってきたとか。

ちなみに「荘川桜」と名付けた方は、故高崎達之助さんですよ。

ダム湖に沈むはずだった桜の老木を移植するなんて画期的な事業でしたんや。

現在はこの老木から苗木を育てて「荘川桜二世」を作り出す運動が続いてまっせ。

「荘川桜二世」が各地に移植され東京の千鳥が淵の入口にも咲き出しているとか
全国の小学校や中学校にも配られて「荘川桜の二世」が育っているんだって。

寄り道が長くなってしまいましたが、飛騨の高山へ急ぎまひょ。

(濃飛バス 陣屋前バス停)  2007年(平成19年)10月撮影分


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飛騨の高山巡りと言ったら高山陣屋跡か古い町並みの上三之町に宮川の朝市でっか。

後は飛騨牛は高いけど美味しいでんな、春と秋の高山祭りも有名でっしゃろな。

(高山陣屋跡 正門) 


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江戸時代の中頃1692年(元禄5年)飛騨一国の全てを天領にして明治維新まで
ここ高山陣屋で代官や郡代が地役人を使って飛騨国の政務を行つたようでんな。

わてが住む河内の国もほとんどが天領でしたが大阪狭山に1万石で北条氏が居ました
だから我が町の少しだけは北条氏の領地になってましたんや。

おそらく飛騨一国全てが天領ちゅうのは、わての記憶ではここだけでっしゃろ。

それだけ飛騨の匠や飛騨の山林に江戸幕府は強い魅力を持っていたんでしょうな。

(高山陣屋跡 玄関)


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この三つ葉葵いの紋所に飛騨の庶民は明治維新まで苦しめられたそうですわ。

なんでも明和年間から天明年間まで大原騒動と呼ばれる百姓一揆が
18年間も続き多くの犠牲者を出しながらも、最後は郡代・大原亀五郎を
罷免させる幕府の命令を獲得することに至ったそうでっせ。

磔・獄門の刑に処され数百人もの百姓の命が奪われる痛ましい事件でもあったとか。

(高山陣屋跡 外塀から撮影)


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(高山市の マンホールの蓋)


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高山市の花は「コバノ ミツバツツジ」だそうでおそらくその花でっしゃろか?

人口は9万1千人の地方都市でっけど、面積では日本で一番広い都市なんだって。

なんでも平成の大合併で大阪府や香川県よりも広い面積に成ったそうですわ。

でも~ ほとんどは山林が占めていて、街と言えば高山旧市内だけでっけどな。

(高山市 中橋)


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(飛騨の高山 雨の中橋で自分撮りの撮影)


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(宮川の辺から 中橋を撮影)


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この赤い橋は京都の鴨川を真似て架けられたそうで高山祭りで山車が渡る写真が
観光用のポスターなどで良く見かけるアングルでっせ。

飛騨の高山は「小京都」と呼ばれることもあり、中世に姉小路家が飛騨の国主になり
戦国時代まで続いた影響が今日まで残っているのかもしれまへんな。

この宮川の川沿いの道に「宮川の朝市」が並ぶんでっけど、この日は生憎の雨
店じまいしてしまったのか、影も形も見れまへんでしたがな。

2007年(平成19年)10月に訪れた時の画像を貼り付けて置きまひょ。

(宮川の朝市) (高山市上三之町)


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この川沿いの道から一つ東側へ入ったところが高山の上三之町と言いまんねんで。

江戸時代からの民家や商家が残り歴史的建造物群保存地区に認定されてますんや。

負け惜しみや、おまへんけど、雨の奥飛騨にはお似合いでっしゃろ。

(飛騨の高山 上三之町)


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(飛騨高山 上三之町にて自分撮りで撮影)


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(飛騨の高山 雨の上三之町)


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高山市の上三之町を含めて三つの古い町並みが並んでますんやけど
二階が低い軒になってまっしゃろ、「ごみ二階」って言いますんやて~

歴史的建造物群保存地区なのに可哀想なネーミングとちがいまっしゃろか?

趣のある静かな町並みでっけど、ご多分に漏れず観光客が多いでんな。

(高山の銘菓 栃の実せんべい)


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小学生以上なら「栃の実せんべい」を焼く体験もさせてもらえるんだって。

2007年(平成19年)に訪れた時はここで「栃の実せんべい」を
お土産に5個ほど買ったんだけど、本日はパスしまひょ。

ビールのおつまみには美味しかったような記憶がしまんな。

 
(飛騨の高山 上三之町 お米の店? お味噌の店だったかな?)


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長くなりますんで飛騨の高山は続編でやらしてもらいまひょ。

ほんなら~ 今日はこれで失礼しまっせ、  さいなら~



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白川郷へ行ってきましたで~♪  世界文化遺産でしたな。

2013-09-14 20:15:50 | 日記
「おわら風の盆」で寝不足もなんのその~  皆さん方は早起きでしたで。

わても~ AM7時から朝食を済ましてJR金沢駅を散歩してみましたんや。

(JR金沢駅構内の 郵便ポスト) (加賀人形の郵太郎)


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(北陸新幹線 金沢駅 2015年春 開業)


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(JR金沢駅構内 百番街にて自分撮り)


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(JR金沢駅西口の カラーパネル) (兼六園の石灯籠ですな)


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JR金沢駅西口のロータリーを観光バスはAM9時35分にスタートしましたで。

世界文化遺産の白川郷まで東海北陸自動車道が全線開通したんで金沢駅前から
1時間半で行けるようになりましたんや。

わては、白川郷へは今回が4回目になりますんや。

この日も朝から雨でしたで、画像が少ないので以前の分も交えながら行きまっせ。

(白川郷への 観光用の吊り橋)


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白川郷がお隣の五箇山と合わせて世界文化遺産に登録されたのは
1995年(平成7年)12月のことでしたな。

白川郷も五箇山も「合掌造りの建物」で今も人が住んでいるという珍しい風景
世界文化遺産ではヨーロッパに二つ在るだけとか、日本ではここだけでっせ。

何せ~ 秘境中の秘境でして、関西からも関東からでも不便な場所でしたんや。

白川郷IC~飛騨清見IC間(25.0km)が開通したのが、ついこの前の
2008年(平成20年)7月5日でした。

これで東海北陸自動車道が全線開通して、ものすごい便利に成りましたんでっせ。

この白川郷の南側に完成した飛騨トンネル(10710m)は難工事でっしたんや
なんでも青函トンネルより難しい地質で最新型のシールド機械が落盤で破損
修理不能で現在もトンエルの地中に埋まったままやそうですわ。

長いトンネルでっしゃろ、危険物のガソリンや毒物の薬品を積載したトラックは
道路法で通行が出来ないそうでっせ。

なんでも2005年(平成7年)の愛知万博に合わせて開通の予定が、なんと
3年も遅れた難工事でした、工事中の犠牲者がゼロだったのは立派でっしゃろな。

(雨の白川郷)


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白川郷は世界文化遺産に登録されるまでは年間でも50万人ぐらいの観光客しか
訪れない秘境でしたんや、平日なら1000人も来ないちゅうことでんな。

それが、世界文化遺産に登録されてからは年間で150万人ぐらいの観光客だとか。

1971年(昭和46年)からここ白川郷の中心である荻町の自然環境を守る会が
現在も活動中なんだそうですわ。

合掌つくりの家屋にこんな合言葉を設けているとか聞きましたで。

「売らない 貸さない 壊さない」 

でも~ 観光客が増えて村は揺れ動いているんだそうな。

観光客は随分と増えたけど高速道路で便利になったのは良い反面で
逆に宿泊する人が急減して、日帰りのツアー客ばかりになったとか。

ゴミやトイレなど経費ばかりが増えて村へ落ちる収入は、いまいちなんだって。

(白川郷の民家に こんな書き込み)


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なんでも~ 許可なく土産物店や喫茶店を造ったり、駐車場を作る住民も出ているとか
このままでは、世界文化遺産の取り消しの恐れも考えられるとの話もちらほら。

やはり俗化して居るのは20年~30年前の白川郷を知っている鉄ちゃん爺やとしては
残念でしかたがおまへんのや。

観光客が多くて人間が写らない合掌つくりの民家を撮影するのも苦労しまっせ。

観光客が立ち入らない裏通りに入って写してみまひょ。

(白川郷の 合掌つくりの民家)


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(白川郷の 明善寺) (平成19年10月撮影)


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お寺の屋根も茅葺きで合掌つくりの集落とお似合いの姿でんな。

(白川郷の 民宿 孫右エ門)


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実は今から21年も前になりますがこの民宿に1泊させて頂いたことが有りまんねん。

ここ白川郷には天下の奇祭とも呼ばれる「どぶろく祭り」ちゅうのがおます。

恥ずかしながら21年前の画像を貼り付けさせて貰いまっせ。

(天下の奇祭 白川郷の どぶろく祭り) (平成4年10月16日撮影)


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確か500円でしたかな? お神酒代を収めたら赤い盃を頂けるんですわ。

肴は自前で持ち込みでっけど、酒税のかからない「どぶろく」を
地元の女性方がお酌してくれはりますんや。

定員は100人ぐらいでしたかな、お神楽や獅子舞いを見学しながら
わても「どぶろく」を10杯ぐらいよばれましたかな。

地元の八幡神社の神事が「どぶろく祭り」と言われてますんや。

今年も「どぶろく祭り」が近づいてきてまっせ。

勿論、世界文化遺産に登録される以前のことで、白川郷が年間で一番
賑わうのがこの「どぶろく祭り」だったと聞きましたけど。

(白川郷の 民宿 孫右エ門にて) (平成4年10月17日撮影)


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この四人で平成元年から毎年1~2回ぐらい1泊で飲み会を兼ねて
遠出をしてましたんや、当初は忘年会でしたんやけど。

向かって左端のSさんは平成15年から音信不通になりましたんやけど
他の三人は今でも大阪市内でたまに飲む機会が続いてますんや。

21年も前の画像でっから今の写真と比べたら他人のようでっかな。

(最近の飲み会での 三羽烏)


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わても~ 当時は50kgぐらいの体重でしたからスリムな体型でっしゃろ。

白髪の紳士も当時は髪の毛が黒々としてまんな。

うに友ちゃんは逆に当時の方が肥えていたようで90kgぐらいおましたやろか。

恥かしい画像を貼り付けましてご免なっしゃ。

(白川村の展望台から 白川郷を見下ろす) (平成19年10月撮影)


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ここには、村営のシャトルバスが往復しているそうで、白川郷を撮影する
最高のスポットとして有名な高台でっしゃろな。

今年は時間が無かったのでここまで登れまへんでしたけど。

(白川郷の 土産物店)


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この合掌つくりの建物も改造して、それらしく見せているけど
本来の世界文化遺産の茅葺きの合掌つくりの本物じゃ無さそうですな。

(白川郷の 村営駐車場から見た 庄川の流れ)


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此処は岐阜県でっけど、この一級河川「庄川」は奥の方へ流れてお隣の五箇山で
富山県に入り高岡市の東を流れて新湊市の伏木で日本海へ注いでますんや。

今は上流に御母衣ダムが出来て水量が少なくなってしまったとか。

(白川郷の 土産物店 & 食堂)


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此処は平成19年に訪れた時に内の奥さんと昼食で山菜そばを食べたところでんねん。

店内に入ったら当時とほとんど変わりのない風景でしたわ。

出発の時間も近いしお土産だけ買って行きまひょ。

(白川郷のお土産 ふんわり とうふケーキ)


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食べてみたらヘルシーで、まあ~まあ~ 美味しいケーキでしたわ。

(白川村の マンホールの蓋) (岐阜県大野郡白川村)(人口1700人)


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平成4年に訪れた時には、村営の駐車場はまだなかったはず。

平成19年に来た時は既に出来ていましたな。

現在は大型バスは白川郷の旧町には交通規制で入れないシステムになっているそうで
人口1700人の白川村には不釣り合いの大きな駐車場がおまっせ。

観光バスだけで100台は停められるようなスペースでんな。

(白川村の村営 駐車場の標識)


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それじゃ~ 白川郷はこれぐらいでお仕舞いにしまひょ。

次回は飛騨の高山を書き込ませてもらいまっさ。

ほんなら~ これで、さいなら~








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越中八尾  「おわら風の盆」を観てきましたで~♪

2013-09-07 16:10:48 | 旅行
越中八尾(えっちゅう やつお)と読みまんねんで~

大阪には八尾市(やおし)という街もおますんやけど。

越中八尾は平成17年4月1日に婦負郡(ねいぐん)八尾町(やつおまち)から
富山市に編入されてしまいましたんや。

越中八尾(やつお)には「おわら風の盆」と呼ぶ300年以上も続くお祭りがおます。

JTBさんが一人でも参加OKのバスツアーをやるとの事で
わても、参加することにしましたんや。

(難波JRA ウインズ前に集合) (9月2日 AM10時10分)


photo by kuroda0729 from フォトフレンド for マイポケット


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今時には珍しいニッサンディーゼルの観光バスでんがな。

昔の関連企業だから悪口を言いたくは無いんだけどクッションが悪いバスなんだよね。

AM10時30分に難波をスタートし梅田の茶屋町で、北大阪のお客を乗せたら
定員一杯の42名が1台のバスに詰め込まれたような感じ。

なんでもこの日はJTBだけで7台の観光バスが越中八尾へ向かったんだって。

(北陸自動車道 尼御前SAにて)  (石川県小松市)


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ここが最後のトイレ休憩と夕食用の食べ物を仕込むちゅうことですわ。

此処はすぐ近くに源平の古戦場跡がおますんでこんな句碑が置かれてまんな。

(松尾芭蕉の 句碑)


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平家方の老将である斎藤実盛が白髪を黒く染めて出陣したがここ篠原で戦死。

木曾義仲が首実検でその昔、自分を匿って木曽へ逃がしてくれた恩人である
斎藤実盛だと知り涙したという平家物語に出てくる一節でっせ。

さあ~ ここをスタートしたら1時間半ぐらいで越中八尾に到着でんな。

(現在は 富山市八尾) (旧 八尾町当時のマンホールの蓋)


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当時の町の花だったツバキが描かれているんだと思いまんねん。

現在でも人口が約2万1千人と言われてまっから田舎にしては大きい町でんな。

この婦負郡(ねいぐん)八尾町(やつおまち)は江戸時代の初期に当たる
1636年(寛永13年)に加賀藩主・前田利常公から「町建て」の
お墨付きを得たという越中の国では早くから開けた町だったそうですわ。

何せ~ 越中富山藩・前田家(10万石)が創設されたのが3年後の1639年
(寛永16年)でっから、富山藩も本家に繋がる為、遠慮するほどの町でしたんや。

何でも~ 蚕の種は全国の四分の一をここ八尾町が生産し、明治時代でも
蚕の輸出では全国の2割ぐらいを占める有名な産地だったようでっせ。

合わせて和紙の生産も多く越中の国では裕福な街だったようでんな。

(八尾 町民広場から 禅寺橋方向を撮影)


photo by kuroda0729 from フォトフレンド for マイポケット

9月1日~3日まで「おわら風の盆」の期間中は八尾町中心街へ緊急車両以外は
立ち入りが出来まへんのや。

観光バスはここ町民広場で下車し徒歩で禅寺橋を渡り急な坂道を登って行きますんや。

何せ~ 八尾町は坂の街と言われるだけあって、第一歩からこんな感じでっせ。

観光バスはお客を下ろすと2kmぐらい先で路上駐車するそうですわ。

帰りは八尾町がチャーターしたシャトルバスが観光バスまで送ってくれますんや。

(禅寺橋 欄干の飾りパネル)


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橋の欄干まで「おわら風の盆」を描いて町起こしに協力してまんな。

この坂道を登っただけで、お年寄りの方は息切れしてはりましたで。

さてっと~ 「おわら風の盆」が始まる前に八尾の街を歩いてみまひょ~

(おわら資料館  富山市八尾 東町)


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町内の施設には観光客用に床机が置かれてますんや、早くも休憩の方が
座ってはりまっせ、JRの駅から歩いて来た人だったら坂道を3kmでっさかいに。

長い上り坂ばっかりで、さぞや~ お疲れだと思いまっせ。

(北陸銀行 八尾支店)


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「おわら風の盆」の3日間は行員さんや支店長はんも社内外の来賓さんの応対で
大変なようですわ、どっかで見た顔~ 確か「和民」の社長さんがすれ違ったはず。

三重・関宿の銀行さんも同じだったけど、周りに調和するような建物にして
古い町並みの保存に協力しているようでんな。

(八尾 諏訪町 日本の道 百選通り)


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そろそろ~ ぼんぼりに灯が入ったようでんな、八尾には11の集落がおますんや。

その11の支部が「おわら風の盆」ではそれぞれの衣装で町流しや輪踊りをする
それも、衣装や胡弓や三味線などは町の自前で調達し保存しているんだって。

(八尾 諏訪町の通りにて自分撮り)


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(八尾 東町 ぼんぼり)


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(八尾 西町 ぼんぼり)


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「ぼんぼり」は11ある町内の全てが違ったデザインで作られてますんや。

そろそろ暗くなりぼんぼりの灯が町並みを照らしてムードを盛り上げてまっせ。

この「おわら風の盆」期間中は町内の町家は余分な電気は消しているようでんな。

(すっかり暗くなった 八尾の町並み)


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午後5時から~午後7時までが全て休憩と食事の時間だそうですわ。

そろそろ午後7時が過ぎましたんで「おわら風の盆」が始まりまっせ。

町全体が暗いのとマナーとしてフラッシュが使えないので写りの悪い
画像になりましたが、観ておくれやす~

(おわら風の盆 町流し) (上新町支部の皆さん)


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ここ上新町の通りが道路幅では一番広いので見物するには最高の場所でっかな。

こうして午後7時から午後11時までは「町流し」といって自分の町内を往復しては
休憩し、休憩が済んだらまた踊りだすというスタイルのようでっせ。

だから見物客が11ある集落を歩いてそれぞれの踊りを見るという事になりますんや。

(おわら風の盆 女踊りの美人がた)


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11ある支部ですが女性の浴衣は少しずつ柄などは違いますが
締めている帯だけは黒一色で統一されていますわ。

これは昔、浴衣は買えたけど帯は高いので手に入らず、冠婚葬祭用の
黒い帯を使わざるを得なかったという謂れがあるそうでんな。

(地方さんの 胡弓と三味線)


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哀愁をおびた胡弓と三味線の音色に旦那衆が唄う「おわら節」が幻想的な踊りに
なんとも言えない~ おわらの世界を演じてくれますんや。

  (長バヤシ)

  越中立山 加賀では白山 駿河の富士山 三国一だよ

  (ハヤシ)

  唄われよ~ わしゃはやす


  八尾よいとこ おわらの本場 二百十日を オワラ 出て踊る

  (合いの手) (ハヤシ)

  唄の街だよ 八尾の町は 唄で糸とる オワラ桑もつむ

  (長バヤシ)

  三千世界の松ノ木アー 枯れても あんたと添わなきや
 
  娑婆へ出た甲斐がない

  (ハヤシ)

  唄われようー わしゃはやす


何でも江戸時代には盂蘭盆(うらぼん)の三日間は歌舞・音曲は言うに及ばず
その他いかなる賑わい事でも咎めないとのお達しがあったんだそうな。

面白く町内を練り廻れという、おふれが町役場からあったとか。

この盂蘭盆会の風習が五穀豊穣を願う二百十日の厄日に行われるようになり
豊穣を祈る「風の盆」に変わったと言われてまんな。

最近は賑やかなお祭りが全国的に多いんでっけど、ここ八尾・風の盆は
うら寂しい、だけど上品で幻想的な盆踊りのような行事でっしゃろか。

100万人も観光客が押しかけて「おわら風の盆」が俗化してしまうのが
わてには~ 心配になってしまいましたな。

(八尾 鏡町の ぼんぼり)


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(平成25年度 ガイドブック) (おわら風の盆 行事運営委員会発行)


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(JTB 旅物語 パンフレットより)


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地元の方にお聞きした話によれば、八尾の旅館を1年前ぐらいに予約して2泊ぐらい
観光客が退散した午後11時以降の、「輪踊り」と呼ばれるのが最高なんだって。

おわらの唄が聞こえたら街のあちこちで小さい集団になって男舞いと女舞いが
花(ご祝儀)を頂戴したお店やお屋敷の前で踊るのが慣例になっているそうでっせ。

最終日の9月3日には夜明け近くまで「おわら風の盆」が続くんだそうな。

(八尾 観光会館 パンフレット)


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何せ三日間で100万人近くの観光客が押しかけるので、ゆっくり見物できない~

そんな苦情に八尾町が観光会館で毎月土曜日の二日間だけ11の支部が交代で
「おわら風の盆」を実演してくれるようになったんだって。

八尾町で5月に催される曳山の山車もここに常設展示されているそうですわ。

入場料は1500円ですが年中、おわら風の盆が観れるのは有難いことでんな。

わてが~ 3支部ぐらい観たところで雨が降りだしてきましたんや。


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ここ「おわら風の盆」に使用する衣装や胡弓や三味線等は町内の自前で調達し
保存する民俗文化財やそうなんですわ。

だから雨が降れば「おわら風の盆」は直ぐに中止になることもあるんだって。

この日も午後9時以降に雨が降ってきたので中止になったんでしょうな。

地元の方によれば「おわら風の盆」の三日間が全て晴れているちゅうのは
少なくてこの時期は秋の雨が良く降るんやそうだっせ。


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町民広場までは急な坂道を下りて30分ぐらいは、かかりますんや。

残念ながら早めに引き揚げることにしまひょ。

雨に濡れながらシャトルバスを待つこと約45分ぐらいでしたかな。

やっと~ 観光バスへ戻って今度は1時間ぐらい走ってJR金沢駅前の
ビジネスホテルへ入ったのが日付が変わった夜の24時過ぎでしたわ。

この9月1日~9月3日までの三日間は富山市内は勿論のことで
お隣の高岡市や滑川市のホテルは予約で埋まってますんや。

わても~ 最初は青春18きっぷを使いビジネスホテルをと考えて
6月頃にネットで調べたんでっけど、ダメでしたな。

ほんなら~ おわら風の盆はこれでお仕舞いです。

次回は翌日に廻った奥飛騨の白川郷を載せたいと思いま~  それじゃ、さいなら~


















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