鉄ちゃん爺やの 独り言

鉄ちゃん爺やは大阪に住んでますので
画像で隠れた関西の名所も紹介します。

お別れ旅行のつもりが~  パート6

2023-03-26 15:03:04 | 神社

鎌倉からの帰りにJR原宿駅に立ち寄ってみました。

駅舎が新しくなったとの噂を聞きましたもんで。

(JR原宿駅舎)

(旧の JR原宿駅舎)   (2014年2月 撮影)

鉄ちゃん爺やは、やはり古い昔の駅舎の方が趣もあり好きなんだけど。

何時来てもJR原宿駅界隈は人出が多いのには感心しますわ。

(JR原宿駅前)

それじゃ次の明治神宮へ向かうことにしまひょ。

鉄ちゃん爺や実は、明治神宮を参拝するの初めてなんですわ。

(明治神宮 一の鳥居)

大鳥居が新しく成ってまっせ、前回は平成29年だったかな?

古いけど尊厳のある鳥居だった、今度のは国産で吉野杉なんだって。

ここまでは3回ぐらい来てまっけど、ここから先は未知の世界でおます。

鳥居の前で一礼してから、進むことにしまひょ。

(明治神宮の 南参道にて)

(明治神宮の 神橋)

同じ画像を3枚も貼り付けてしまいました、削除が出来ませんのであしからず!!

ご祭神は明治天皇さまと昭憲皇太后さまをお祀りしてあるそうですね。

1920年(大正9年)に創建され戦前は官幣大社だったんだって。

お社などは1945年(昭和20年)4月の空襲で焼失し戦後になって

再建された神社なので、宝物殿以外は重要文化財に指定などされてまへん。

(明治神宮 三の鳥居)

(明治神宮の 南神門)

初詣には毎年ながら参拝者100万人を上回り日本一だとか。

(明治神宮の 拝殿)

コロナが始まってから、どこの寺社も「書き置き」という形式で

1枚の紙切れで頂いて、朱印帳に貼り付けるのが普通になりました。 

 

(拝殿前から 南神門を撮影)

(奉納された 葡萄酒)

明治天皇さまと昭憲皇后さまはワインがお好きであらせられたそうです。

反対側に日本酒も奉納されているので両方ともお気に入りなのかも?

(奉納された日本酒)

鉄ちゃん爺やが好んで飲む日本酒をピックアップしてみまひょ。

まずは広島の銘酒「賀茂鶴」で10年ぐらい前に酒造所にも

見学させて頂いた、関西より西では名の知れたお酒ですかな。

 

(広島県・西条の 賀茂鶴)

次は新潟の「越乃寒梅」で鉄ちゃん爺やが若い頃は幻の酒とか

称されて、関西では殆ど見かけることがおまへんでした。

最近は、よく見かけるようになりましたけど。

 

(新潟県・亀田郷の 越乃寒梅)

次は四国は琴平のお酒「金陵」で今は亡き義父が若い頃に勤めていた

そんな関係で、お正月には金陵の盃で日本酒を飲んでいた記憶が。

 

(香川県・琴平町の 金陵)

最後は長野県・諏訪市のお酒「眞澄」で信州では有名な感じ。

信州の酒場で「真澄」の話をしたら初対面でも親しく成りそうな

そんな経験がありました、特に松本市より南側で名の知れたお酒。

 

(長野県・諏訪市の 真澄)

今日はこれでお仕舞にしまひょ。 ほな! さいなら~♪

 

 

コメント (13)
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お別れ旅行のつもりが~  パート5

2023-03-12 19:17:34 | 神社&お寺

10月8日(土)は久し振りの晴天に成りましたんや。

赤羽のホテルを早めに出て鎌倉へ向かう事にしまひょ。

(鎌倉の大仏さま 参拝入場券)

鎌倉は三回目なんやけど、大仏さんは初めてでおます。

関東では有名なのに、何でパスしたんでっしゃろ?

今回の鎌倉行きは鎌倉の大仏さんがお目当てなんでっせ。

内の奥さんが行ってるのに、私が知らないのは癪に障りますんで。

(E217 JR横須賀線の電車)

鉄ちゃん爺やが千葉へ通っていた頃から見覚えのある電車。

関東は新型車両が次々と登場するのに。これは珍しいことですわな。

横須賀駅から東京駅を経由して千葉駅や成田空港へ向かってまんねん。

鉄ちゃん爺やが知っているだけでも30年間は走っているように思いまぁ。

(JR鎌倉駅名標)

前回は北鎌倉駅で降りて円覚寺や建長寺を巡って鶴岡八幡宮へ行ったかな。

鎌倉の大仏さんは、江ノ電の長谷駅から歩いて500mチョイだそうですわ。

時間を短縮したいので鎌倉駅前からタクシーで行きまひょ。

(鎌倉殿の13人を ラッピングしたタクシー)

鎌倉の大仏さんの少し手前でメーターを倒して、道路を右へ100mぐらい

歩いてもらったら高徳院の入り口ですと手慣れた運転手さん980円なり。

門前まで走ったら1000円を超えるからの配慮だと悟りましたけど。

(古い石碑に 大佛さまと)

(高徳院の仁王門)

境内は殺風景で大仏さんだけ中央に露座でデンと鎮座してはりまぁ。

大仏殿は室町時代に津波に流されたとか地震で倒壊したとも不詳とのこと。

奈良の大仏さんは二度の戦災で鎌倉時代と江戸時代に修復した代物。

だから鎌倉の大仏さんは鎌倉時代からの原型を伝える最古のお姿という事に。

(鎌倉の大仏さん)

側面から写したら大仏さんは猫背のお姿で座られてましたで。

お寺や大仏の由来など伝わってないのが残念なことですわ。

江戸時代に高徳院という院号を貰い現在は浄土宗のお寺だとか。

 

かまくらや みほとけなれど 釈迦牟尼(しゃかむに)は

  美男におはす 夏木立かな    与謝野晶子

 

詠み間違いでおます、本当は「阿弥陀如来」さまなんですよ。

(鎌倉・高徳院 ご朱印)

「阿弥陀如来」(あみだにょらい)さまは、お釈迦さまよりも先に

悟りを開いた方で、お釈迦さまには先生に当たるお方とも言えます。

但し実在の人物ではありませんのでね、十方諸仏で最高の仏さまかな?

(高徳院の門前)

帰りは路線バスでJR鎌倉駅前へ向かうことにしまひょ。

この日は土曜日でしたんで観光客が多いように思いまぁ。

(JR鎌倉駅舎)

ここからなら、鶴岡八幡宮(つるがおかはちまんぐう)までなら歩けるはずと記憶で。

若宮大路を歩くことにしましたんや、本殿まで2kmぐらいでしたかな。

(二の鳥居)

(三の鳥居)

現在の鶴岡八幡宮(つるがおかはちまんぐう)は鎌倉市雪ノ下に在りまぁ。

1063年(康平6年)我が街(羽曳野市)から源頼義が奥州を平定した御礼に

壷井八幡宮(羽曳野市在)から八幡神を勧請したのが由比郷鶴ケ岡で

京都の石清水八幡宮から勧請したとの説が一般的になってますが

当時の源頼義の官位と政治力なら壷井八幡宮から勧請したのが真実かも?

石清水八幡宮は当時では皇室由来の神社ですから一般人では無理のはず。

1180年(治承4年)鎌倉入りした源頼朝が八幡宮を現在地に移管して

旧宮の地名である鶴ケ岡の名から「鶴岡八幡宮」(つるがおかはちまんぐう)

とし関東の守護と国家鎮護の神社として今日に至ったものとされてまぁ。

(鶴岡八幡宮の参道から撮影)

(鶴岡八幡宮の 舞殿)

鶴岡八幡宮の神事を主に行う舞殿ですが、この日は結婚式が順番待ちで神前に3組も。

我が街の誉田八幡宮(こんだはちまんぐう)と例大祭は9月15日で同じでした。

(大石段)

(大銀杏の木は 倒木したとか)

前回に参拝した時にはまだ樹齢800年とか言われ健在でした。

鎌倉3代将軍・源実朝を殺害しようと大銀杏の木の陰に甥の公暁が

隠れていたとの伝説が今も伝えられていますよね。

(鶴岡八幡宮の 本殿) (上の宮)

(鶴岡八幡宮 本殿から参道を撮影)

(鶴岡八幡宮の ご朱印)

(鎌倉市のマンホールの蓋)

源氏の紋所である笹竜胆(ささりんどう)が描かれていますね。

まだ夕方まで時間が有るので都内の明治神宮へ向かいまひょかな。

ほな! 今回はこれで、さいなら~♪

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お別れ旅行のつもりが~  パート4

2023-03-04 15:28:40 | 東京の街

10月4日まではお天気も良かったんですが

10月5日から3日連続の雨に祟られてしまい、わやですわ。

JRで上野駅まできたんやけど、行く当てもなく立ち往生でんがな。

(上野動物園 入場券)

考えたらパンダは見たことが無かったはず、 行ってみるか?

動物園なんて何年ぶりかなと雨の中を歩きだしたんですわ。

(上野動物園 入口)

雨の中で普段は行列ができる入口も閑散としてまっしゃろ。

これならパンダも楽に観られるんじゃないかと考えた次第。

観客が少ないのでパンダちゃんもお昼寝中でおます。

一回りしてもう一度だけ立ち寄ってみました。

お天気が良ければ行列で二回も見ることは不可能かも?

二回目もお尻を向けてお昼寝を続行中でおますがな。

諦めて他の動物でも撮影して置きまひょ。

(雨の中元気なのは シロクマ君のみ)

(雨は苦手なようで タイガー君)

(サル山は 雨でも賑やかですね)

(へび喰いワシ)

(カメラブレ バイソンかな?)

(上野公園の  国立西洋美術館前)

この日は特に雨が強くて動物園なんて最悪の環境でおます。

ずぶぬれになりながらJR上野駅へ退散することにしましたんや。

(JR上野駅駅舎)

(JR上野駅 駅ナカ通路にて自撮り)

(JR上野駅 下のホーム)

寂しくなりました、10本の電車しかここを発着しないとは。

鉄ちゃん爺やが現役時代には通勤電車も近郊型の高崎駅や宇都宮駅などの

電車もここが始発、ほとんどがこのホームから出発して行くんでした。

特急列車は、みちのくへとスタートする駅でもありましたかな。 

 

ああ~上野駅♪  井沢八郎

どこかに故郷の 香りを乗せて~♪

入る~列車の  なつかしさ

上野は俺いらの 心の駅だ~♪ 

くじけちゃならない 人生が

あの日 ここから始まった~♪

 

こんな歌が流行ったのは1964年(昭和39年)

東京オリンピックの頃でしたかな。

単身赴任中に2年間だけ赤羽駅から上野駅で乗り換えて京浜東北線で

秋葉原駅から再び乗り換えて千葉駅へ通勤したことがおましたんや。

上野駅へ普段は上のホーム9番線に到着するのが下の14番線に

到着することがおました、帰りには寝台特急のカシオペア・北斗星など

当時はまだ北海道なんかも汽車の旅ができる時代でしたもんで。

一度は乗ってみたいな~と、普通電車を待ちながら見送ったもんですわ。

 

朝に赤羽駅から高崎線や宇都宮線の電車に乗ると上野駅で1本先発の

京浜東北線に乗ることができましたんや、おかしな乗り換えでっしゃろ!

(閑散とした上野駅 下のホーム)

都内の駅とは思えないほど、寂れたホームを見て寂しく感じるのは

鉄ちゃん爺やだけなのかしら?

上野・東京ラインが出来てから常磐線の特急も品川駅が始発駅に

したがって、ほとんどが上のホームを使用し上野駅は通過駅みたいな感じ。

閑散としたホームが昔の賑わいを取り戻すことは、ほぼ無いのかも?

(上野駅の上のホームに 到着する特急ひたち)

(終着駅品川へ向かう 特急ひたち) (東京駅にて)

今日はこれでお仕舞い  ほな! これで、さいなら~♪

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