鉄ちゃん爺やの 独り言

鉄ちゃん爺やは大阪に住んでますので
画像で隠れた関西の名所も紹介します。

大阪府咲洲庁舎  55階展望台でデジカメ散歩

2014-09-28 19:57:51 | デジカメ散歩
9月14日(日曜日)大阪は珍しい視界が良好なお天気でした。

内の奥さんは法事で実家へ、退屈なんで朝から出掛けましたんや。

今日なら南港の展望台に登ったら遠くまで良く見えるかな?

前回に登った時は遠くが見えなかったんでリベンジですわ。

(大阪市交通局 ニュートラム 南港ポートタウン線)


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1981年(昭和56年)3月に開業した新交通システムですわ。

ATOと言う自動運転装置が採用され無人で走ってますんや。

左側面のレールから三相交流600Vの電気で走ってるんでっせ。

今はやりのコンピューター制御で運転されているんだって。

運転席は設置されてるんで鉄ちゃん爺やが座ってみました。

(ニュートラム 中埠頭駅)


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1993年(平成5年)10月に住之江公園駅で車止めに衝突し
乗客が215名も負傷する大きな事故がおましたんや。

1ヶ月後に運転が再開された時は運転席に乗務員を添乗させて
お客の不安をカバーしたこともおましたけど。

画像から先は1997年(平成9年)に延伸され終着駅で
大阪市営地下鉄の中央線と接続する形になったんですわ。

だから運賃形態は地下鉄と同じと見る一貫システムでっせ。

(ニュートラム トレードセンター前駅舎)


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この駅で下車して展望台へ向かう前に一寸だけ寄り道。

駅名はATC(アジア太平洋トレードセンター)から採用し
連絡通路で繋がっているんで雨の日でも傘なしでもOK。

(ATC館内 この日の催し)


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(ATC館内から撮影)


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ATCの催しは今日はお子様を主にしたイベントのようでんな。

今日はオリエンタルな品物を買う気もないので場所を変えまっさ。

外へ出て大型フェリーの写真でも写してから展望台へ行きまひょ。

(停泊中の さんふらわあ あいぼり 9245トン)


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ここからは毎日、夕方の19時頃に出航し大分県の別府港や
鹿児島県の志布志港へ向かうフェリーが出てますんや。

昔の関西汽船を合併しているので別府航路を継承している訳だ。

太陽のマークを船体に描いた大型フェリーとしても有名な会社でんな。

(金運の石 ATCから大阪府咲洲庁舎への通路に)


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「金運の石」だったら写真に撮って、石にも触らなくちゃ~

ご利益が有るか無いかは知りまへんで。

(大阪府咲洲府庁舎 元のWTCビル)


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どうも近くで写したら迫力に欠ける感じでんな。

高さが256m 地上55階 地下3階

前回に遠くで写した方を貼り付けて見まひょ。

(当時のWTCビル 現在は大阪府咲洲庁舎)


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この画像は2010年(平成22年)2月に撮影した物でっせ。

当時、このビルを大阪市が保有していたんですが大きな赤字で
第三セクターは会社更生法申請して倒産の状態でしたんや。

1993年(平成5年)3月に完成した時にはバブルが弾け
テナントは入らず約260億円とも言われる累積赤字でしたかな。

大阪市は一部の部局をテナントにしてお茶を濁しましたんや
結局は税金の無駄使いで根本的な解決策にはなりまへんがな。

建設費が確か約1193億円とか聞きました、勿論市民の税金。

大阪市の行った典型的なお役所仕事の一つですわ。

当時の大阪府知事だった橋下さんが府庁本庁舎が老朽化しているので
これを買い取って新しい府庁舎を建てるよりは安いと考えた訳でんな。

う余曲折はおましたけど府議会で80億円の予算が通過しました。

2010年(平成22年)6月1日付けで大阪府の買い取りが成立。

しかし議会で大阪府庁舎への全面移転は否決されてしまいましたんや。

(大阪府咲洲庁舎 出入り口)


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ところが大阪府が買い取ってから1年足らずで東日本大震災が発生。

震度3だったのに天井が落下したりエレベーターが全てストップ
約5時間もエレベーター内に5名が閉じ込められる事態も発生。

橋下知事(当時)も耐震性や将来の液状化などを考慮して
大阪府庁舎の全面移転を諦めることになったんですわ。

この時に「東日本大震災が起きて良かった」なんてコメントをした
自民党の府議会議員が非難を受けて辞任するおまけ付きまで。

自民党などは今の府本庁舎から離れたくなかったと言うことですわ。

そんな訳で、現在は大阪府庁の一部の部局だけが移転してますんや。

耐震対策工事に約9億円を掛けて当面は安全だと言われてますけど?

(大阪府咲洲庁舎 附近のMAP)(コスモスクエア地区)


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この埋め立てられた土地を「咲洲=さきしま」と呼びまんねん。

大阪府咲洲庁舎はその土地の名前をそのまま使ってますんやけど
昔の愛称である「コスモタワー」の名前も残してるようでんな。

この咲洲(さきしま)の北半分をコスモスクエアと呼びますんや。

大阪での国際交流の拠点と言う意味なんでしゃろな。

それではエレベーターで大阪府咲洲庁舎の55階へ行きまひょ。

(大阪咲洲庁舎 52階)


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エレベーターは何故か52階まで、そこからはエスカレーターで55階へ。

下りる時はエスカレーターで51階まで、そこからエレベーターですわ。

(大阪咲洲庁舎 55階展望台) (地上252m)


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全面ガラス張りで360度の視界が広がる展望台になってますんや。

大人510円   因みに、「あべのハルカス」は2000円?

あべのハルカスは時間を予約すると500円割増だったはず。

こちらは待ち時間なしで登れるのは良いかな。

これじゃ大阪府の外部団体は赤字だろうね。

あべのハルカス展望台は高さ約287m

ここ大阪府咲洲庁舎展望台は高さ約252m

4年前に訪れた時と、さほど設備に変化は無いようですわ。

それでは順番に55階の展望台からの景色を紹介しまひょ。

(まずは北側の 天保山方向を)


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観覧車の手前の建物が大阪の人気スポット「海遊館」と呼ぶ
水族館ですよ、後ろに大きな吊り橋が見えてますやろ。

天保山大橋で昔の淀川の本流で現在は安治川の河口ですわ。

天保山大橋を渡った左手の奥がこれも大阪の人気スポット
ユニバーサル・スタジオ・ジャパンの会場でっせ。

海遊館の手前から海底トンネルで大阪市営地下鉄が
ここ咲洲のコスモスクエア駅まで乗り入れてますんや。

画像で右手奥の高層ビル群はJR大阪駅前でしょうかな。

(少しだけ西へ 舞洲=まいしま)(大阪市此花区)


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埋め立てられた人工島で「舞洲=まいしま」と呼びまぁ。

右手から中央に見えるのは現在の淀川の河口ですね。

ここには大阪市の環境局舞洲工場がありこの清掃工場は
普通の工場の3倍の能力がある大きな設備なんだって。

奥の高い煙突は120mもあるそうで、なんでも日本一の
清掃工場だとのことで見学者が各地から来るんだとか。

この島からさらに沖合に広大な埋立地が造成中のようですわ。

(次もやや西へ 夢洲=ゆめしま)(大阪市此花区夢洲)


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この人工島に大阪府と大阪市がカジノ誘致の場所としてPR中。

まあ~ 国の法律が出来てからのお話しでっけどな。

遠くに見えるのは六甲山系で麓の街は左手が神戸市で
右手は西宮市辺りで今日は奇麗に見えてまっせ。

前の画像の舞洲とは夢舞大橋で現在は繋がってますんや。

右側に見えている白い橋が夢舞大橋でっせ。

現在はコンテナ基地が有るだけで広大な空き地でんな。

オリンピック誘致に失敗した負の遺産でもおます。

咲洲とは海底トンネルが開通し夢咲トンネルと呼びます。

だけど夢咲トンネルも夢舞大橋も歩行者や自転車では
通行が禁止されているので車かタクシーでしか行けまへんで。

(大阪港の 北側出入り口)


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下の丸いドームの建物は大阪市立の海洋博物館で
「なにわの海の時空館」だそうですが
私はまだ訪れたことが無いので内容不明の施設。

ここが咲洲の先端で丸いドームの左手から海底を
夢咲トンネルが右手の夢洲に開通しているんだって。

この辺りは主に小型の貨物船が出入りする水路で
現在でも安治川などに貨物船が遡上していますな。

(展望台からは 西になります)


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中央に緑の敷地が見えるのは咲洲野鳥園だそうです。

ここも鉄ちゃん爺やには未踏の場所ですわ。

遠くに肉眼では明石海峡大橋が見えていますが
コンデジではやはり写ってませんな。

左の山が淡路島で右側が須磨浦と六甲山系になり
中央部分が明石海峡でっけど、海が見えるだけですわ。

(神戸空港と明石海峡大橋を ズームアップ)


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右端が神戸の市街地で左へ目を移して貰ったら。

中央の遠くに白く見えるのが神戸空港だとの説明書きでした。

その先に、明石海峡大橋が見えるのか見えないのか
微妙な感じでんな、なにせ約60kmぐらい先の距離でっから。

安物のコンデジではこれが限界ですわ、肉眼では見えてまっけど。

これから大きくデジカメを南の方へ振りまっせ。

(南港の中埠頭から 南の方角を撮影)


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画像の手前には中埠頭の倉庫群が並んでいるのが見えてます。

中央に小さい人工島が有り高い煙突が見えてまっしゃろ。

関西電力の南港火力発電所で3基で170万キロWの能力だとか
その上の水路が大和川の河口で
それから先はもう堺市から泉北臨海地帯に繋がってますんや。

南港発電所の横にも大型フェリー乗り場が見えてますやろ。
かもめフェリーターミナルと言いその左手に
かもめ大橋が見えていて住之江区の平林へ繋がってまんな。

(デジカメを手前に引くと)


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下で見た「さんふらわあ あいぼり」が小さく見えてますわ。

(展望台から ニュートラムの電車を見下ろす)


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この100A系の電車は現在20編成(80台)が運行してますんや。

でも~ 海の側を走ると云うことは塩害とやらで車両の傷みが
激しいそうでんな、来年から200形の新車が投入されるんだって。

順次にこの100A系の車両は引退に追い込まれるちゅうことでんな。

確かこの100A系の車両は平成初期の製造だったはず。

それではデジカメを大きく東の方角へ振ってみまひょ。

(東の方角は 港大橋と大正内港を撮影)


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大きな橋は阪神高速湾岸線の「港大橋」です、ここ南港をかすめて
右手へ堺市に抜けています、勿論南港へのICもおますけど。

橋の奥に見えるのは大正内港で大正区や西成区の工場が見えてまんな。

遠くに高く見えているのが「あべのハルカス」高さ300mは現在は
今年の春に日本一になった、あの超高層ビルだっせ。

ここより約50mぐらい高いだけなので、見た感じでは
「あべのハルカス」も、そんなに高いようには見えまへんな。

一番手前のビルはコスモスクエア国際交流センターと言うビルで
国際交流の為の宿泊施設や会議室などが備わっているんだって。

ここからデジカメを手前に引いて見まひょ。

(展望台の真下は インテックス大阪)


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一番手前のビルはスポーツ用品のミズノの社屋ビル
ここから眺めたら随分と低く見えまっけど立派なビルだっせ。

その右側で平屋の建物は大阪で見本市や展示会などの大規模な
イベントを催すためのインテックス大阪と呼ぶ施設なんですよ。

鉄ちゃん爺やも現役時代に何度かお世話になりましたんですわ。

(最後は大阪の船場地区 北東の方角ですよ)


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中央に黒く一番高く見えるビルは日本一の高さを誇る
「ザ・北浜タワー」と呼ばれる超高層マンションでっせ。

なんでも最上部は5億何千万円かで即に売れたとかの噂。

大阪の中央区辺りですから高いビルが多く見えてますかな。

デジカメを手前に引いたら天保山桟橋から大阪港周辺を
周遊する観光船が見えましたので貼り付けて置きまひょ。

(大阪 天保山桟橋の観光船)


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サンタマリア号と言う名前を付けた帆船の様な観光船なんだって。

45分のクルーズで1600円だとか聞きましたんやけど。

本当はここから見る夜景が最高だとの噂ですので
館内に掲げてあったパネルの写真を貼り付けて置きまっさ。

(大阪府咲洲庁舎 展望台からの夜景)


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関西では六甲山から神戸市内を見る夜景が一番だとの説。

でも~ ここから眺める夜景もなかなかのもんでっしゃろ。

大阪府も今さらこの展望台で元を取ろうなんて考えてないでっしゃろ。

「あべのハルカス」は300m近い展望台で人気はおますけど
展望の景色から言えば大阪府咲洲庁舎の展望台の方が優れている。

鉄ちゃん爺やの独断と偏見ではおますけど、海や神戸まで眺められる
展望台の雰囲気からすればこちらの方が1枚上だと思いますんや。

高度恐怖症の無いお方は大阪に来られたら是非にお出かけください。

ほんなら~ 今日はこれでお仕舞いでっせ さいなら~♪













































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住みよさランキング 西日本一 草津市をデジカメ散歩

2014-09-21 17:29:44 | デジカメ散歩
東洋経済新報社という会社が、毎年ながら全国の都市を集計し
「住みよさランキング」ちゅうのを公開してますんや。

全国790の都市と東京23区の合計813箇所が今年の
「住みよさランキング2014」として発表されてまっせ。

因みに全国のトップは千葉県の印西市、第2位は福井県の坂井市

第3位が石川県の野々市市、第4位が愛知県の長久手市
第5位が茨城県の守谷市となってるんだって。

なんでも千葉県の印西市は3年連続のトップだそうでっせ。

2位と3位が昨年との比較では入れ替わって居るんだって。

ベスト3が全て平成になってから出来た街とは面白いでんな。

(JR草津駅舎)


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残念ながら16位まで東日本が占めていて西日本は劣勢ですわ。

第17位に滋賀県の草津市が入りこれが近畿地方より西では第1位。

そんな訳で久しぶりに草津市まで足を延ばしてきましたんや。

近畿地方ではベスト10に滋賀県が六つも入ってますんや。

近畿地方の第2位は大阪府の箕面市、第3位が兵庫県の芦屋市。

鉄ちゃん爺やが草津市を訪れるのは阪神淡路大震災以来でっから
約20年近くに成りまっしゃろかな。

パナソニックやダイキンなどの企業は進出してましたが
新興住宅地の域を当時はまだ超えてまへんでしたわ。

(草津市 追分の常夜燈)


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鉄ちゃん爺やの頭の中には草津市と言えば江戸時代の宿場町。

江戸から来た東海道五十三次の52番目の宿場町であり同時に
中山道がここで合流する交通の要衝だったとの印象だっしゃろな。

(草津宿 追分の現在の姿)


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画像の処を右手に行くと東海道で途中まで伊勢街道とも呼びますんや
トンネルを抜けて直進したら中山道で木曽路を通って関東へ向かいま。

トンネルの上は後で紹介しまっけど天井川の旧草津川跡地でっせ。

ここ草津市には江戸時代の本陣がほぼ当時のままに残ってますんや。

まずは、その草津本陣を紹介しまひょ。

(草津宿 本陣の現状)


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ご存じだと思いますけど、本陣とは江戸時代に参勤交代をする大名や
高貴なお公家さん、それに幕府の重臣などが公的に宿泊した処でおます。

ここ草津宿には本陣が二つと脇本陣も二つ在ったそうでっけど
現在はこの本陣が一つだけが残ったようでんな。

因みに東海道五十三次で本陣が昔のままで残って居るのはここと
豊橋市にある二川宿の本陣しかないと記憶してますんや。

何せ東海道と中山道が分岐する宿場町なので草津本陣は大きくて
多くの大名が利用したとの古い関札などが残されてまっせ。

(草津本陣 大名の関札)


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(草津本陣 玄関と式台)


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それでは先程、お話した旧草津川跡地の筑堤に登ってみまひょ。

この草津川は典型的な天井川で現在でもJR東海道本線や
国道1号線なども川の下をトンネルで抜けてまんねんで。

(旧草津川の筑堤)


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実は草津川の堤防に登ったら川に水が流れてると思ってましたんや。

ところが2002年(平成14年)に南の方へ放水路を開削してから
ここは廃川となって現在は緑地帯を整備工事中になってますがな。

(草津川跡地 整備工事の看板)


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この旧草津川は約200年前には小さい堤防は有った物の
当時は天井川では無かった様な記録が残っているようでんな。

それが明治時代に国道や東海道本線を通す頃には地表から
6~7mぐらい上を流れる天井川になっていたとのこと。

江戸時代後半の約100年ぐらいの間に洪水と堤防の構築を
繰り返した結果が典型的な天井川になってしまった訳でんな。

草津市の人口急増もあって洪水の危険性を避ける為に
昭和の時代から放水路を作って廃川にする計画があったとか。

(旧草津川跡地 堤防に埋め込まれたカラータイル)


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この旧草津川跡地は淀川水系の1級河川に属してましたから
廃川になれば滋賀県に跡地が譲渡されるのが通例でおます。

一部は草津市も恩恵を受けて、最近になってこの草津川跡地を
多くの人が訪れ利用される賑わいの空間に整備が決まったとか。

一時は筑堤を崩して土砂の利用も考えたらしいが、業界で言う処の
「死に砂」で価値がほとんど無いことが分かり諦めたとか。

逆に緑地公園にした後も中山道や東海道本線のトンネルを
歴史的な遺産として残すように計画しているようでっせ。

(現在の 旧草津川跡地 下流方向を撮影)


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JR東海道本線が川底をトンネルで抜けている処まで歩きまひょ。

この草津川跡地の川底が地表とどれぐらい高いか分かりまっせ。

(旧草津川跡地から JR草津駅を撮影)


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(旧草津川跡地から JR東海道本線の反対側を撮影)


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確かに放水路が完成して洪水の被害が無くなったのは正解でんな。

高いマンションは別として戸建ての住宅などは床上浸水するのが
この画像で見ると明らかで良かったと思いますわ。

何せ草津市はJRの新快速を利用したら京都駅までが約20分
大阪駅までなら約50分の通勤圏内におますんや。

他府県から関西へ移ってきた方が滋賀県の草津市やお隣の守山市など
土地が安い関係で、庭付きの住宅を建てることが可能なんだって。

そんな訳で人口は増え続け小売業の売上高も人口で割り算したら
県庁所在地の大津市を上回るとの数字も出てますんや。

そんな利便性や快適度が近畿地方で「住みやすさランキング」第1位
それも昨年から連続維持したのは立派だと思いますわ。

(JR草津駅前広場 草津宿をPRしたミニ公園)


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駅の周辺では現在もマンションの建設が続いているよううでっせ。

「住みよさランキング」関西での第1位は当分は安泰でおます。

全国のランキングで草津市は第17位でっけど近畿地区で第2位の
大阪府の箕面市は26位、第3位の兵庫県芦屋市は27位でっから。

草津市のトップは確実で、逆に箕面市と芦屋市の順位の方が
逆転する可能性の方が高いでっしゃろな。

47都道府県の県庁所在地で全国のランキングが第50位までに
入って居るのは福井市の第12位と富山市の第35位だけですわ。

色んな比較がおますので東洋経済新報社のランキングが正しいとは
言えないかも知れまへんけど、参考にはなりまっしゃろか?

ほんなら、今日はこれでお仕舞いにしまひょ、さいなら~♪
















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鉄ちゃん爺や  京都市内をデジカメ散歩 最終編

2014-09-13 21:26:23 | デジカメ散歩
最終回は木屋町から祇園四条駅までをやりまっさ。

木屋町にも鉄ちゃん爺やが知らない歴史がおまっせ。

まずは竜馬通、こんな地名には違和感がおますな。

(竜馬通 木屋町角にて撮影)


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木屋町の路地には鉄ちゃん爺やの記憶では通りの名前なんて
昔から無かったのに新しく決められたようでんな。

私らは、河原町三条下る1筋目東入る これが正式の呼び名。

「竜馬通り」は本家として同じ京都の伏見区におますがな。

有名な伏見の寺田屋から東へ一筋目を南北に通る道ですわ。

平仮名の「り」が付くか付かないか、紛らわしいでんな。

(坂本竜馬 寓居地 & 海援隊京都本部)


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坂本竜馬が晩年を過ごした寓居と海援隊の京都本部だったとか。

この建物は幕末の「蛤門の変」にも焼失を免れているので
正真正銘で坂本竜馬の時代の建物だと京都市の公式記録。

逆に伏見の寺田屋は観光で有名になってますんやけど
「鳥羽伏見の戦」で焼失しているとの見解が出てまんな。

刀傷などが残っているとか観光スポットでっけど登記上でも
明治時代になってから西側に再建されたようだとの説。

有名なんで1年前の画像でっけど寺田屋も貼り付けて置きまひょ。

(伏見の 寺田屋)


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京都の中京区が「竜馬通」を名乗っても、おかしくはないのかな?

伏見の寺田屋を疑う訳じゃおまへんけど、最近の学説のようでっせ。

こちら「酢屋」は逆に京都市が持ち上げている感じもしまっけど。

それじゃ木屋町通を南へ下って行きまひょ。

(元 立誠小学校 校門)


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昭和の初期に建てられたような校舎で、今日は地蔵盆で入れるようですわ。

鉄ちゃん爺やの卒業した小学校とも、少しだけ似ているような感じ。

(元 立誠小学校 校舎内通路)


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(元 立誠小学校 講堂)


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この講堂なんて、私の卒業した小学校とそっくりな感じ。

ここは江戸時代には土佐藩邸が在った場所で現在はこの校舎と
関西電力の建物が並んで建てられているようでんな。

元 立誠小学校は平成4年に廃校になったけど、OBと地域の
住民の協力で町内のイベントなどに使われているんだって。

実は帰ってからネットで検索したらここが「日本映画発祥の地」
と分かりもっと詳しく内部を見て置くべきだったと反省。

最近でもこの校舎を利用して古い映画の名作など
イベントで映像する会が催されているんだって。

(日本映画 発祥の地)


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1897年(明治30年)2月に当時は京都電灯(現 関西電力)の
中庭で初めてスクリーン方式の映画がここで試写されたんだそうな。

成功したので翌月に大阪で一般公開がされたという経緯があったとか。

映画には「スクリーン方式」ともう一つ「覗き方式」があったそうで
こちらの方はは神戸市で1年早く公開されているので微妙な感じ。

神戸市が日本映画発祥の地とされている説もあるようでっけど。

(土佐藩邸跡の碑)


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画像の橋を渡って西へ100mぐらい行ったら土佐稲荷がおます。

江戸時代には土佐稲荷へお参りする町人なら土佐藩邸の敷地の一部を
通過することを許されていたと書かれてますな。

現在も区域の市民には篤い信仰が絶えないとも書かれてましたで。

河原町の方へ路地を入ったら、こんな立札を発見。

(勤王志士 古高俊太郎邸跡)


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この方が新撰組に捕まってその自白により有名な「池田屋騒動」に
繋がったと歴史上のお話しに登場するのでご存知かしら。

最後は「蛤門の変」の直後に起こった大火により六角の獄舎で
見殺しにされて焼け死んだと言われていますけど。

(蛸薬師通 道標)


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蛸薬師の通りを西へ歩いて100mぐらいが河原町でおます。

京都市内では若い人が集まる一番の繁華街でっしゃろか。

それでは河原町の通りへ抜けて見まひょ。

(坂本竜馬&中岡慎太郎 遭難之地)  (旧 近江屋跡) (中京区河原町通 蛸薬師)


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明治維新の直前に土佐出身の二人が会合をしている処を
見廻り組か新撰組か、いまだ不明の賊に襲われて絶命。

剣豪の坂本竜馬も側に刀を置いてなかったので即死
竜馬にしては油断があったのかもしれませんね。

現在は「かっぱ寿司」のグループが京都限定の
回転寿司「京のとんぼ」として昨年にオープンしたそうな。

(現在は 回転寿司 京のとんぼ)


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昼食を兼ねて回転寿司を食べてみまひょ。

暑いので生ビールも1杯だけ頂戴しましたで。

(回転寿司 かんぱち 酢〆)


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(回転寿司 京都名物 生ゆばのにぎり)


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ここは2年前まではコンビニだったけど売却したんだね。

坂本竜馬に合わせて土佐の魚とか、京都の野菜などの
寿司ネタが100種類ぐらい揃え 1皿=130円均一。

それでは河原町通りを歩いて四条通へ抜けて行きまひょ。

(河原町通 自転車通行禁止 垂れ幕)


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(四条大橋から 西側を撮影)


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京都市内には珍しいバロック風の建物で高級な中華料理店のようですな。

反対側には有名な京都の南座がありテレビにも良く出てくる画像でっしゃろ。

(京都 南座) 


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ここは鴨川の四条通と川端通りの交差点になりますんや。

南座の対角線の川端に歌舞伎の元祖で出雲の阿国の像がおますんや。

歌舞伎のメッカが南座だから「出雲の阿国」はお似合いでっかな。

(出雲の阿国の銅像)


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(鴨川の四条大橋から上流を撮影)


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画像の左側が先斗町の納涼川床でっせ、遠くに見える橋は三条大橋ですわ。

それじゃ最後は先斗町の舞妓さんと芸妓さんの団扇を貼り付けておきまひょ。

(先斗町 お土産の団扇)


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これで3回に分けて連載しました京都のデジカメ散歩はお仕舞い。

ほんなら、今日はこれで、さいなら~♪





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鉄ちゃん爺や  京都市内をデジカメ散歩   木屋町編

2014-09-06 21:15:50 | デジカメ散歩
京都の木屋町(きやまち)とは河原通りの一つだけ東側
前回に見て頂いた高瀬川に沿った辺りを呼びまんねん。

北部と南部の先斗町(ぽんとちょう)辺りでは趣が
少し違いまっけど北の方から下がって見まひょ。

京都では御所に向かう方を「上る」=あがる、
逆に京都駅の方へ向かうのを「下る」=さがる
このように呼んで、それに通りの名前を加えますのや。

京都では「通り」は「通」と書いて平仮名は付けまへんで。

ほんなら~ 京都市役所から始めまっせ。

(京都市役所 本庁舎)  (京都市中京区寺町通御池)


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(京都市役所敷地内 さるすべりの花)


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人口約146万人で11の区で構成された政令都市でおます。

戦争中も空襲を受けなかったので古都の趣が強い街でっかな。

京都市役所は横が河原町通なのに何故か寺町通を称してますんや。

寺町通は中世から存在した古い南北の通りで、河原町通は
江戸時代の初めに鴨川を改修した時に出来た新しい通り
それとも明治時代の敷地が河原町通まで広がってなかったのかも。

因みに御池通りの堀川通りから川端通までは京都市内では
一番、道幅が広い道路で地下鉄の東西線が走ってますんや。

(京都ホテル オークラ)   (京都市中京区河原町御池)


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明治時代から昭和の時代迄は京都ホテルと呼ぶ老舗のホテルでした。

平成の14年にホテル・オークラの傘下に入ったようでおます。

このホテルは高さが60mで大阪なら別に高いビルじゃおまへんが
京都市内では京都駅前ビルに並ぶ一番高い高層ビルなんだそうな。

古都京都の景観を損ねるとかで随分とモメたんでっせ。

現在では、こんな高いホテルはもう建てられないそうですわ。

ここは江戸時代には長州藩邸があり幕末の歴史を騒がした場所で
ホテルの敷地内にその石碑がたってましたで。

(長州屋敷址の石碑)


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1864年(元治元年)の蛤門の変では長州藩が京都御所まで押しかけ
会津藩や薩摩藩の軍勢に敗れ、京都留守居役は藩邸に火を放ったとか。

その火は南は現在のJR京都駅前まで西は堀川通から東は寺町通まで
二日間燃え続けて京都市民が「どんどん焼け」と呼ぶ大火になったそうな。

江戸時代では天明の大火に次ぐ大きな火災に成ってしまったんだって。

明治維新後は政府に没収されて京都ホテルに払い下げとなったのかな?

(高級料亭 幾松)


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この高級料亭は幕末に長州の桂小五郎が芸妓の幾松と隠れ住んだ家で
国の登録文化財に指定されている建物なんだって。

幾松が長持ちに桂小五郎を隠して新撰組の近藤勇とやりあって
難を逃れたとの伝説の舞台になったようでっせ。

長州藩邸内なら新撰組も手が出せないけど、ここは控えの屋敷
明治の元勲も危機一髪の処を幾松の機転で救われたと言うことですわ。

(高級料亭 幾松の玄関先)


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「幾松」で1泊して京料理を味わったら2万円~14万円だとか
とてもじゃないけど鉄ちゃん爺やとは縁のない世界でおます。

画像の左手に見えているのが「幾松」の経営するレストランで
ここなら京料理のランチで4千円~6千円ぐらいだそうですわ。

「幾松」さんの納涼川床のメニューの写真を貼り付けて置きまひょ。

(幾松さんで 納涼川床 酒の肴かな?)


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まさか~ 14400円で済むとは思えまへんのやけど。

14400円~ だからお酒や川床の席料も要るでしょうな。

勿論ながら料亭の「幾松」は予約しないと入れませんよ。

お隣りのレストランは予約なしでも食べられる時もありだとか。

(高級料亭「幾松」さん  玄関のお飾り)


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祇園祭の長刀鉾をかたどったお札か? お飾り? のようですね。

料亭「幾松」さんの前も歴史上で名高い方の遭難の地ですわ。

(佐久間象山 & 大村益次郎 遭難の碑)


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幕末の歴史上に名高いお二人なんだけど、明治維新を挟んで
5年ぐらいの違いがあるのに並んで石碑が立てられてますな。

手前の小川は高瀬川で石碑の向こう側はホテル・オークラですわ。

なにせ木屋町界隈を歩いてたら、幕末に勤王の志士や佐幕派の方など
多くの人が殺害された現場だとの石碑が目立ちますんや。

木屋町や先斗町は幕府や京都所司代の監視も祇園などより緩く
志士たちが隠れて泊る宿屋や料亭などが多かったようでんな。

万が一に危険が迫っても長州藩邸や土佐藩邸が近かったことや
この界隈が幕末の志士たちに協力的だったのかもしれまへんで。

少し話題を変えて鴨川の畔へ出てみまひょ。

(御池大橋から 鴨川は木屋町の川床を撮影)


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先程の高級料亭「幾松」さんの川床も奥の方に見えてまっせ。

(御池大橋から 二条大橋と鴨川の上流を撮影)


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(御池大橋から 比叡山をズームアップ)


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天台宗の延暦寺などで名高い比叡山なんですが正確に言えば
比叡山と呼ぶ山は存在しないんですわ。

画像で奥の大比叡=だいひえい標高848m と手前に見える
四明岳=しめいがだけ標高838mの二つの峰を総称して初めて
比叡山と呼ぶのが正しい呼び方なんでっせ。

双耳峰のこの山は京都盆地から見ると手前の四明岳に奥の大比叡が隠れ
一つの山に見える事が多く、二つの峰が見えるのは珍しいんですわ。

それでは再び木屋町に戻り高瀬川に沿って下って行きまひょ。

(木屋町通り 加賀藩邸址の石碑)


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御池通りを挟んで北側には幕末には過激派の長州藩邸が
南側には穏健派の加賀藩邸が並んで居たのも面白いでんな。

加賀藩は明治維新までほとんど歴史上での動きは見られず
中立を守り通したのも京都留守居役の役目だったようでっせ。

(銀座の柳二世)


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銀座の柳も明治時代に京都の仏光寺?から移植されたとかの説。

だから銀座の柳は故郷の京都へ里帰りしたようなもんでっかな。

反対側に在った銀座の柳二世の1本が近年に枯れてしまったとか
銀座の柳・四世を貰い受けして現在は育成しているようでしたわ。

(高瀬川沿いの しだれ柳)


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高瀬川の御池通りから三条通り迄には柳が多く植えられてますんや。

京都の小川にはしだれ柳が良くお似合いですわ。

三条通りを越えて南側の木屋町へ入って来ましたで。

(浄土宗 瑞泉寺=ずいせんじ)


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この辺りは中世には三条河原と呼ばれる鴨川の中州だったようでんな。

罪人を処刑する場所だったそうで歴史上に名高い前関白・豊臣秀次公の
妻妾と子供たちの一族が秀次公の生首の前で三十余名も処刑されたんだって。

生れてまだ1~2歳の幼い子供達も数多くいたとか。

あの残忍な徳川家康公でさえ豊臣秀頼公の娘は処刑せず鎌倉市の東慶寺の
尼にして命だけは助けたのに、豊臣秀吉公は全員を殺してしまいましたんや。

それも姉の子(甥っこ)とその一族全員と言う事は、もし処刑していなければ
豊臣家の滅亡が無くて歴史が変っていたかも知れませんからね。

(豊臣秀次公 & ご一族の墓所)


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豊臣秀吉公は処刑後も墓を作ることを許さずに大きな穴を堀り三十余名の
遺体を埋めて供養塔だけを一つ上に置かせたとのこと。

江戸時代の初期に角倉了以が鴨川を改修して高瀬川を開削した折りに
石塔が出てきたのでその場所にお寺を建てさせたとされています。

瑞泉寺(ずいせんじ)の名前は豊臣秀次公の法名から付けられたそうですわ。

(瑞泉寺 境内)

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豊臣秀次公とその一族が処刑されたのは1595年(文禄4年)ですから
豊臣秀吉公が亡くなる3年前で、我が子の秀頼を愛するあまりにしてもね。

若い頃は人を殺すのを避けてきた豊臣秀吉公も老年になり神経が狂ってしまい
信ずるべき身内を謀反の疑いで、みな殺しにしてしまうとは考えられませんな。

そんなに大きなお寺じゃないけど訪れる人は誰も見かけませんでした。

このお寺が出て数年後に大坂夏の陣が起こり豊臣氏は滅亡していますからね。

(木屋町の料亭 玄関にて撮影)


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「酒なくて なんの己れが 櫻かな」  良く聞く俳句? それとも川柳?

HPで調べてみましたが分かりませんでした、古典落語にも出てくる
江戸時代からの諺のようですが、作者も誰なのか不明でしたよ。

長くなりますので木屋町の後編は次回にさせて頂きまひょ。

ほんなら~ 今日はこれで、さいなら~


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