鉄ちゃん爺やの 独り言

鉄ちゃん爺やは大阪に住んでますので
画像で隠れた関西の名所も紹介します。

鉄ちゃん爺や    祝! グランフロント大阪 オープン

2013-04-27 15:21:51 | 日記
4月26日にグランフロント大阪がオープンしましたで。

「大阪最後の一等地」に出来た複合ビル群の名称がグランフロント大阪ですわ。

何でも初日だけで32万人の方が押しかけたちゅうことでんがな。

オープン一週間前の画像でっけど観てくれはりまっか。


(グランフロント大阪 タワーA)


photo by kuroda0729 from フォトフレンド for マイポケット

JR大阪駅の北側に四棟の超高層ビルが並んでますんや。

このタワーAが一番高いそうで約185mとか言われてまんな。

わてが、訪れた時はオープン前の準備に大忙しの状態でしたわ。

(グランフロント大阪 PR用の幟)


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(グランフロント大阪 タワBー南側入口)


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(グランフロント大阪  タワAー・タワーB 前の大通り)


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この大通りには東西に「ケヤキ並木」が、南北には大阪市のシンボル「銀杏」が
植え込まれてますんや。


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ここは公道になってますんや、大阪府の道路だと思いまっけど。

特例により建物寄りにオープンカフェが、常設で四店舗出来るそうですわ。

なんでも東京の新宿駅東口近くに有るんやそうな、ここが二箇所目なんだって。

画像の右端に椅子と机が置かれているのが見えてまっしゃろ。

4月26日の初日は午後の3時頃に夕立があって風も強くなり
オープンカフェからお客が逃げ出す騒ぎもおましたそうな。

欧米では良く見かける風景だそうでっけど日本ではまだ少ないそうでんな。

ほな~ 今度は南北の通りを歩いてみまひょ。

(グランフロント大阪 北口広場)(うめきた広場)


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まだ~ 関係者以外は立ち入りができまへんでしたんや。

此処はJR大阪駅との通路を利用してイベントなど催す広場になるようですわ。

(グランフロント大阪 うめきた広場から JR大阪駅を撮影)


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ここを「うめきた広場」と名前を付けたそうで、お祭りやイベントで
グランフロント大阪を盛り上げるちゅう考えのようでんな。

正面に見えるのがJR大阪駅のノースゲートビルで左側に少しだけ見えてるのが
グランフロント大阪のタワーAでっせ。

(うめきた広場)


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グランフロント大阪の超高層ビルの周囲は人口の川や池が造られてますんや。

水都大阪をイメージして「せせらぎの道」と呼ぶそうでっせ。

水辺と緑の樹木を、あちこちに設置し散歩するだけでも
グランフロント大阪の雰囲気を満喫できるような仕組みになってまんな。

反対側を眺めたら前々回に紹介した旧梅田貨物駅跡でっせ。

(旧梅田貨物駅 コンテナーヤード上屋)


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(旧梅田貨物駅 通用門) (立ち入り禁止のようでんな)


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(旧梅田貨物駅 車扱いホーム上屋)


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3月に訪れた時は構内へ入れましたけど、今は立ち入り禁止になってますわ。

もう大型エンジンリフトが残っているだけで取り壊しが始まるんでしょうな。

右端に見えているのがグランフロント大阪の超高層ビル群だっせ。

(旧 大阪鉄道倉庫の廃屋) (1967年竣工)


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1967年(昭和42年)に完成した頃は既にトラック輸送が大半に成ってましたが
北海道から新聞巻取紙や乳製品などを中心にJRグループの営業倉庫会社として
そこそこ貨物列車を利用する荷主も多かったんでっせ。

特に大阪の新聞社は、ほとんどが梅田貨物駅の周辺にあるので最後まで
新聞の巻取紙はここの1階ホームから各社へ毎日送られていたんですわ。

3月15日で梅田貨物駅は閉鎖されて今は本社が百済貨物ターミナルへ移管され
吹田貨物駅と二ヶ所で取り扱いが始まっているはずでんな。

この旧大阪鉄道倉庫も、まもなく取り壊しに入るんでしょうな。

昔は、わての勤めていた会社もここの株主さん22社の1つでしたんや。

おそらく次に訪れたら旧梅田貨物駅は取り壊されているはずなので
JR大阪駅ノースゲートビル10階へ登って写しておきまひょ。

(JR大阪駅 3階から 旧コンテナヤードを撮影)


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(JR大阪駅 ノースゲートビル10階から撮影)


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反対側に眼を移すとグランフロント大阪の商業施設に当たる低層部と同じ高さでんな。

低層部の屋上にも、やはり緑の庭園が設けられていますがな。

(グランフロント大阪 タワーA低層部屋上)


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(JR大阪駅 ノースゲートビル7階から撮影)


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右側に見えるのがJR大阪駅の2階とグランフロント大阪2階を繋ぐ
連絡歩道橋ですわ。

雨の日でも濡れずにグランフロント大阪へ行けるようにしてますんや。

(JR大阪駅北口 1階の路上から撮影)


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昔は、梅田の場外馬券売り場に通ずる道路で、わても何度か歩きましたわ。

その頃は梅田の繁華街なのに場違いの予想屋とか居酒屋や食堂が並んだ
女・子供が怖くて歩けないような雰囲気の通りでしたんや。

それが大阪一の地価が高い繁華街に生まれ変わったんですがな。

(グランフロント大阪 タワーA 北側1階入口)


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今回はオープン前の画像ばっかりでご免だっせ。

GW明けまでは人出も多いと思いまんねん。

その内にナレッジキャピタルと呼ばれる「官・民・学」が三者共同で行う
最先端技術や試作品を公開するタワーCも興味がおますんや。

世界のビール50種が飲めるコーナーなど味見をしたいもんですな。

近畿大学が和歌山の串本で養殖に成功させた本マグロを食べさせてくれる直営店も
お昼のランチなら、わてでも食べられるお値段やそうだっせ。

5月~6月中に行ってきますんで、その時にはまた画像を貼り付けまっさ。

ほな~ 今日はこれで、さいなら~




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鉄ちゃん爺や    遅かりし~  造幣局の通り抜け

2013-04-21 12:23:29 | 
4月19日に造幣局の通り抜けへ行ってきましたで~♪

昨年に写しそこなった品種を撮影しようと意気込んでましたんや。


(造幣局の南門) (平成25年4月19日)


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ありゃまあ~  もう葉桜になってしもてまっせ~

昨年に来た時は満開やったのに~ その時の復刻版を貼り付けまひょ。

(造幣局の南門)  (昨年の4月19日)


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偶然なんやけど、同じ4月19日なのに咲いてるのが、えらい違いでんがな。


(造幣局 「今年の花」 天の川)


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ほとんど葉桜になりかけてまんな~

昨年に写した画像でご免なはれ。

(天の川 昨年の画像)


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わては~ ぎょうさんと昨年に写してあるので良かったんやけど

久しぶりに見に来た方や、初めての方はガッカリしてはりますやろな。

なんとか咲いてるのを見つけて悪友に1枚だけ撮ってもらいましたんや。


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造幣局のHPを観てて、昨年に写すのを忘れたガス灯を発見。

内部は電気に変えてあるんだろうが外観は明治時代のままでっしゃろな。


(造幣局構内に在る 明治初期のガス灯)


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造幣局の通り抜けは今年が130周年だとか、毎年八重桜を植え続けて
現在は130種類の八重桜をお花見できるそうだっせ。

日本には約500種類の桜があるそうでっけど、その内の130品種が
ここ造幣局に集められていると関西系のテレビがやってましたわ。


(渦桜 うずざくら) (今年に撮影した桜です)


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(昨年に写した 渦桜 うずざくら)


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こうして写真を撮りたくなるような八重桜を探す方が今年は苦労しまんがな。

後は昨年に写した画像を復刻版で貼り付けておきま~


(千里香 せんりこう)


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(楊貴妃 ようきひ)


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(鬱金 うこん)


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(松前紅紫 まつまえべにむらさき)


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(御衣黄 ぎょいこう)


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(平野撫子 ひらのなでしこ)


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(須磨浦普賢象 すまうらふげんぞう)


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(関山 かんざん)


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関山(かんざん)は造幣局の構内に63本と一番多く植わっている品種だそうですわ。

でも今年はどの木もほとんど散ってましたがな。


(松前琴糸桜 まつまえこといとざくら)


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昨年の平成24年度は、この小手鞠 こでまりが 今年の花になってましたんや。


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(小手鞠 こでまり)


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(菊桜 きくざくら)


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(八重紅枝垂れ  やえべにしだれ)


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やはり警備や桜之宮公園の屋台店などのスケジュールが決まっているんで

一週間ほど早めると言うのは、出来ないんでしょうな。

結果的には16日の初日でもピークを過ぎていたと感じさせる花見でおました。

(造幣局正門 彫られた表札)


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残念ながら今年の通り抜けは期待はずれでしたな。

そんな訳で~ 造幣局の通り抜けから早々に退散することにしましたんや。

終ったら飲み会をと約束してましたんで、そっちが本命かもしれまへんな。


(スナック CHABOにて 二次会)


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わては~ 飲まないと歌えまへんのやけど。

マスターは素面(しらふ)でも上手に歌いはりまっせ。


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ほな~ 今回はこれでお仕舞いにしまひょ  さいなら~
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鉄ちゃん爺や    梅田北ヤードを訪ねて

2013-04-18 19:34:35 | 日記
JR大阪駅の裏側に大きな貨物駅がおましたんや。

過去形で書いたのは今年3月31日で廃止となったからでっせ。

正式にはJR梅田貨物駅と言いますんやけど「梅田北ヤード」とも呼んでましたかな。


(梅田北ヤード 新3号ホーム)

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このドーム式のホームが出来たんが1960年(昭和35年)でしたんや。

完成した頃は超近代的なホームで、雨の時でも作業ができて貨物も濡れない
現在なら当たり前のことでっけど。

当時は雨が強く降れば作業が出来ないし貨物の雨濡れが起きることもしばしば
貨物駅なんて大都市の大阪や東京でもこんな感じでしたんだっせ。

このドーム天井、当時はもう少し長かったような記憶がおますんや
現在はコンテナの取り扱いが主なんで一部を撤去したんかもしれまへんな。

(梅田北ヤード 車扱い到着ホーム)

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鉄ちゃん爺やが独身時代にはこんな感じで貨物駅のホームには
色んな貨物が到着したり発送されるまでの仮置きなど
場所取りに困るぐらいの状態が普通でしたんや。

大阪の経済を支えるターミナル基地として凄い活気のある貨物駅でおました。

今じゃ車扱いの貨物がほとんど無くなってホームも、なんだか寂しげに見えますな。

当時は常時3千人ぐらいの方がこの貨物駅で働いておられたんでっせ。

取り扱いの貨物も年間で363万トン(1961年度)もおましたんや
最近では年間で120万トン前後だったように聞きましたけど。

それも1日平均でコンテナ列車が26本に車扱い貨物列車が2本
昔と比べたらのんびりとした風景に見えるのは年寄りの僻みでっしゃろかしら。

鉄ちゃん爺やが独身時代にここ梅田貨物駅と取引していた頃が鉄道貨物のピークで
トラック輸送が急激に増えてくる夜明け前でおました。

1965年(昭和40年)にはトラック輸送が鉄道輸送を上回ってしまいましたな。

近づいてホームの貨物を確認してみまひょ。

(日本製紙グループ 大昭和板紙 製造品)

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連量24 X 18連数 = 432kg  1パレットの重量でっせ。

寸法が80 X 55  80X110を、L版と呼びますんでその半裁品でおます。

普通は鉄道コンテナのままで印刷会社や倉庫へ運ぶのが通常のケースなんやけど
コンテナが搬入できないような納入先やさかいに一度ホームへ降ろしたのかしら。

それとも最終便なので、ご祝儀を兼ねて車扱いで発送してきたのかもしれないね。

わてが取り扱っていた頃はジェットスターと呼ぶコーティングした板紙やと思いま。

おそらく静岡県富士市の吉永工場から出荷されてきたた商品でっしゃろな。

(梅田北ヤード  到着線ホーム)

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鉄ちゃん爺やがこの画像を撮影したのは3月16日の夕方でおます。

3月15日の深夜23時57分に「9093レ」札幌貨物ターミナル行きの
コンテナ列車が多くの関係者と撮り鉄ちゃん等に見送られて
ここ梅田貨物駅から最終列車が出発して行ったそうですわ。

138年間に渡って大阪市内で最大の取り扱い高を誇った梅田貨物駅は
役目を終えて静けさを取り戻したのが、この画像ちゅうことになりまんな。。

(梅田北ヤード コンテナ取り扱いホーム)

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(液体コンテナ)

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東京の汐留貨物駅なんかはもう15年ぐらい前に再開発されてまっしゃろ。

ここも東側の三分の一だけが3年前からグランフロント大阪と称して
超高層ビルが四棟ほど建てられて今月の4月18日に完成したそうですわ。

実は残る14ヘクタールの梅田貨物駅も吹田市と摂津市にまたがる旧吹田操車場跡に
移設する計画がずいぶん昔からおました。

そやけんど吹田市の反対運動で新貨物駅が造れない状態になりましたんや。

周辺の環境が悪くなるとの理由だったそうな。

長年に渡りもめた結果、百済貨物ターミナルと吹田貨物ターミナルに
貨物を按分して、やっと交渉が成立したそうでっせ。

だから先月の3月16日から吹田貨物ターミナルは動き出したようですわ。

百済貨物ターミナルは従来から稼働してまんので
梅田貨物駅から振り分けられるコンテナ貨物の取り扱い分が増えることになりまんな。

(日本貨物鉄道 & 日本通運梅田支店 現業事務所)

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ずいぶん前から梅田貨物駅は廃止されることが決まってましたんで
現業事務所は補修もされずに昭和40年代のままでんがな。

鉄ちゃん爺やが若い頃は国鉄の梅田貨物駅では日通さんには逆らえまへんでした
何せ貨車からホームに商品を降ろす作業は通運業者しかできまへんのや。

泣く子も黙る「梅田日通」さんなんて嫌味を言ったもんですわ。

意地悪されたらホームに商品が降りまへん、貨車は操作場と梅田貨物駅の間を
何回も往復させられて荷物が降りないことも、しばしばおましたんや。

昔は通運業者が人夫を手配して貨車から荷物を肩に担いでホームへ
降ろしたりしてましたんでっせ。

ホークリフトなんか数台しか置いてないので使わせてもらえまへんのや。

今は鉄道コンテナでっさかいに当日か翌日には届けてもらえて助かりまっけど。

昔は横持ちといってトラックを回して受け荷主が貨物駅のホームから引き取るような
仕組みが多かったんですわ、だから通運業者は威張ってましたんや。

(梅田貨物駅 通用門)

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この閉鎖された梅田貨物駅跡はまもなく建物の取り壊しが始まるそうでっせ。

更地にして国鉄清算事業団が保有しているので売却されるそうでんな。

「大阪に残る最後の一等地」と言われるこの梅田貨物駅跡はまだ再開発の
腹案も出来ていないようでっせ。

緑地化する計画もおますんやけど何せ1平方メーター当たり500万円を
超えるとの噂でっさかいに如何になりますことやら。

14ヘクタールちゅうことは7千億円以上の価値がおますがな。

この貨物駅の東側には4月26日オープンのグランフロント大阪がおますんや。

昔は梅田貨物駅の1番ホームと2番ホームが在った約7ヘクタールの跡地でっせ。

この辺りを公募で「うめきた」ちゅう名前で呼ぶことに決めたんやそうな。


(完成まぢかの グランフロント大阪)

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4月26日にオープンしたら新しい梅田の人気スポットになること確実でんな。

画像の一番手前の超高層ビルがAブロックと呼び38階建ての高さ179m。

先般の公示価格の発表でいきなり1平方メーター当たり847万円でしたがな。

7年間も梅田駅南側の第一生命ビル前が大阪で一番高い土地だったんでっけど
軽く追い抜いて大阪で一番高い土地にランクインしたそうですわ。

昨年までは貨物駅跡ちゅうわけで調査外のために値段が無いに等しかったんでっせ。

それにしても「大阪に残る最後の一等地」のお値段にはびっくりしましたがな。

画像の手前から2番目と少し奥にへっこんだ3番目の超高層ビルを
両方合わせてBブロックと呼びまんねんて。

AブロックとBブロックの低層部に店舗が266店入り、噂では
一部に早朝の4時まで飲める居酒屋コーナーもできるんやそうでっせ。

詳しくは後日にしまっけど「産・官・学」三者で最先端技術の研究や企画開発をして
試作品を公開するような大掛かりなプロジェクトのフロアもできるそうですわ。

一番奥4番目のビルは超高層マンションで「グランフロントオーナーズタワー」と
言い255戸の高級マンションで既に完売しているんだって。

最高価格が4億1千万円で1億円以上の分譲価格の部屋が63戸あるそうでっせ。

まもなくグランフロント大阪が完成しますんで、今週中にでも
オープン前の姿をデジカメで写してこょうと思いまんねん。

周辺を撮影できたら大阪の新名所「うめきた」をご紹介しまひょ。

ほな~ 今日はこれで失礼させてまらいまっせ  さいなら~

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鉄ちゃん爺や    大阪城で お花見

2013-04-12 22:03:16 | 
関西では桜も散ってしもたけど大阪城へご案内しまひょ。

まずは~ お堀端から1枚写しまっせ。

(大手町1丁目から)

photo by kuroda0729 from フォトフレンド for マイポケット

手前が大阪府庁本庁舎ですわ、なんでも47都道府県では一番古い建物だそうな。

橋下さんが大阪知事の時に南港のWTCビルを大阪市から買い取って
本庁舎にしようと考えたんでっけどアウト。

東日本大震災の時に思わぬ被害が出て本庁舎にするのは無理だと分かったんですわ。

大阪府と大阪市の統合の件もあって、どうするのか不透明になってきましたな。

画像をもう一度見てもらいまひょ、屋根にお皿が乗っているように見える建物
あれは大阪府警察本部でっせ。

東京の警視庁が災害などで機能を失った時には、ここから全国に向けて
警視庁の代わりが出来るように考えて、立派な建物や設備になってますんや。

その先に背の高い建物が見えるのはNHKの大阪放送局だっせ。

同じ地点から反対側の大阪城の方を写してみまひょ。

(大阪城の乾櫓と 石垣) (西暦1620年 元和6年)完成

photo by kuroda0729 from フォトフレンド for マイポケット

一番手前が重要文化財の乾櫓(いぬいやぐら)と言いまんねん。

右の端に見える千貫櫓と並んで大阪城では一番古い建物だそうでっせ。

三方正面の櫓と称してどの角度から見ても同じ形に見えまんねんで。

1階部分と2階部分が同じ面積(約170㎡)という珍しい形でおますんや。

櫓(やぐら)とは弓矢を常時保管する建物で「矢倉」「矢蔵」とも書きますかな。

侵入者を発見したり、敵の来襲を確認したり、遠くの敵を攻撃する為の
見張り台と考えてもらったら正解でっしゃろかな。

(京橋口)

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1945年(昭和20年)のアメリカ軍の空襲で多聞櫓が焼失してしまい
現在は石垣だけが残ってますんや。

この手前に京都へ通じる街道があり「京橋」という公儀橋が江戸時代には
架かっていたそうで、大阪城に勤務する武士の通用門でもあったようでんな。

奥に見えるのは「肥後石」という大きな石で、わてが学生の頃は大阪城で
一番大きい石だと教えられましたんやけど
現在は大手門から入った多聞櫓の側にある「蛸石」が一番大きいんやそうな。

(大阪城の天守閣と 桜) (京橋口からの内堀にて撮影)

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大阪城の天守閣は1931年(昭和6年)竣工の鉄筋コンクリート製でっしゃろ
そやから歴史的な価値はほとんどおまへんのや。

自慢できるとしたら当時の関市長が天守閣復元の寄付金を大阪市民に募ったら
半年間で150万円(現在の700億円)が集まったちゅうことでっしゃろな。

大阪人は太閤秀吉さん贔屓でっさかいに現存する絵図面に基づいて当時の
天守閣に近いものを造ると聞くと我も我もと寄付金を出しはりましたんやて~

この関市長さんは大阪の御堂筋を造ったことでも有名なお方なんでっせ。

大手門の方へ廻りまひょかな。

(大阪城の大手門)

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大手門へ向かう手前、左手に千貫櫓(せんかんやぐら)が見えてまっせ。

この櫓は先程に説明した「乾櫓」(いぬいやぐら)と同じ年に完成した
徳川秀忠さんが西国諸大名に命じた第一期工事の物がそのまま残ってますんや。

(千貫櫓)  (西暦1620年 元和6年)完成

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この千貫櫓は大手門を横から防御する大事な構造物のようでんな。

なんでも太閤さんの大坂城よりも前に石山本願寺を織田信長が攻めた時に
この付近にあった矢倉から鉄砲や弓矢を射られて大苦戦したんだって。

織田信長が「あの矢倉を攻め落とした者には千貫文を与える価値がある」

とか言ったとの伝説があるので後の時代に千貫櫓と名前を付けたそうだっせ。

勿論、この千貫櫓も重要文化財に指定されてまっせ。

(大手門を入った枡形の地点に在る桜)

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桜も綺麗でっけど、後ろ側にある二つの巨石を見ておくんなはれ。

大阪城には巨石が数々おますんやけどこれも三本の指に入る大きな物だっせ。

太閤さんの石垣より、もっと大きいものを造れと江戸幕府は命じたようでんな。

(多聞櫓 たもんやぐら)

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多聞櫓の内側から桜を写してみまひょかな。


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(大阪城 西の丸庭園)

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どうやら入場は16時30分までの規則やそうですわ。

入口で写真だけを撮らせて頂戴と頼んでいるのに、ダメです~

このおばちゃんったら、手で顔を隠しながら追い出そうとするんだから。


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橋下ちゃんに応対が悪いとメールでもしてやろうかと思ったけど
大人気ないので止めましたけどね。

別に庭園の中まで侵入した訳でもないのに腹が立ちましたよ。

(大阪城内の 枝垂れ桜)

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(大坂の陣 400年の幟)

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実は今年が大坂冬の陣から400年で来年が大坂夏の陣で
豊臣家が滅亡して丁度400年の節目の年になりまんねんで。

そんな訳で大坂の陣400周年の行事が各地で行われるようでっせ。

ここ大阪城でも太閤秀吉さんの時代の石垣と埋められてしまったお堀を
発掘しようとの寄付金が募集されていますんや。

ご承知の通り現在の大阪城は徳川さんの時代になってから
太閤さんのお城を跡形もなく取り壊してから再建した物でっしゃろ。

大阪人には太閤さんのロマンを感じる遺跡の出現が待たれてますんや。

(大阪城の 六番櫓) (西暦1628年 寛永5年)完成

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大阪城を再建するとき南側の櫓と南外堀が一番最後になったそうですわ。

南側には一番櫓から六番櫓まで造られたそうでっけど明治維新の際の出火と
アメリカ軍の空襲の為に一番櫓とこの六番櫓だけが残っているようでんな。

(大阪城の南外堀へ はみ出した桜)

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(大阪府警本部 庁舎)

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東京の桜田門に外にある警視庁もこんな感じの建物でしたな。

真似をしたのかどうかは知りまへんけど立派すぎる庁舎でんな。

大阪府庁が震度5で倒壊するとか言われているのに比較してだっけど。

ほんなら~ 日も暮れてきますので帰るとしまひょ。

三日遅れの古新聞みたいな桜のブログになりましたけど。

今日はこれで  さいなら~


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鉄ちゃん爺や   お花見のはしご  桜之宮公園 

2013-04-07 10:44:05 | 
京都の醍醐寺を出たのが午後の2時ちょい前、もう一軒行きまひょ。

そんな訳で醍醐寺の門前からバスで京阪電鉄の六地蔵駅へ出まっせ。

(スルッと KANSAI) (関西の私鉄・地下鉄共通カード)

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(京阪電鉄 13000系 新型通勤型電車)

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実は造幣局の反対側にある泉布観(せんぷかん)という重要文化財の建物の
修復が終わり、3日間だけ特別公開をしてましたんや。

夕方なら空いてるやろうと考え京都の醍醐寺を先にしましたんですわ。

鉄ちゃん爺やの考えが浅はかでおました。

(重要文化財 泉布観 拝観希望者の行列)

photo by kuroda0729 from フォトフレンド for マイポケット


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なんと外の国道1号線まで行列ができてまんがな。

1回に30人ずつしか入場させないんじゃ行列ができますわ。

500人ぐらい居てはりまっしゃろか、こりゃ日が暮れてしまいまっせ。

諦めて外観だけをデジカメで写して退散しまひょ。

(重要文化財 泉布観) (大阪市北区天満橋1丁目)

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この泉布観(せんぷかん)は市民の寄付金1億円で三年間も
修復工事のために、暫く閉鎖されていたんですわ。

1871年(明治4年)に完成した造幣寮(現在の造幣局)の応接所として
皇族を始め外国の貴人などを接待したり宿泊に使っていたそうな。

1917年(大正6年)に大阪市に移管されて現在に至っているそうだっせ。


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この泉布観(せんぷかん)と言う名前は、泉布=貨幣 観=館 という意味で

1872年(明治5年)明治天皇が行幸で造幣寮に初めてこられて
ここに宿泊された際に「泉布観」と呼ぶように命名されたそうでんな。

大阪府では現存する一番古い洋風の建築物なんだって。

(旧 明治天皇記念館) (旧桜宮公会堂と呼んだことも)

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泉布観と同じ敷地内にこんな重要文化財の建物もおますんや。

この玄関部分は元の造幣局の正面玄関を1935年(昭和10年)に移設し
新しく旧明治天皇記念館として保存したそうでんな。

この建物が2013年(平成25年)4月15日から「パーティレストラン」として
新しくオープンし結婚式場や祝宴会場として利用できるようになるんだって。

これもブライダルの業者に賃貸して家賃収入を得ようとする
橋下市長はんの考え方から出てきた案なんでしょうな。

(明治天皇御上陸所の石碑)

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1871年(明治5年)に明治天皇が初めて造幣寮(現在の造幣局)へ
行幸された時に大川(当時は淀川)から船を降りられてここから上陸されたそうな。

勿論、当時は鉄道なんて大阪にはおまへんから船でこられたんでっしゃろな。

なんでも明治天皇は造幣寮を重要視され三度もお越しになったとのことでっせ。

背景の橋は国道1号線が大川に架かる「桜宮橋」で大阪人は銀橋とも呼びまんねんで。

(国道1号線の向こうに造幣局の正門)

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国道1号線は東京の日本橋からはるばるやってきて後2kmで梅田新道
そこが終点で、直ぐに国道2号線の起点になり西へ向かいますんや。

造幣局の通り抜けは4月16日~4月22日まで、今日のところはパスしまひょ。

桜之宮公園の桜でも眺めながら散策しまっさ。

(桜宮橋から 河川敷へ昇り降りする塔)

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内部は螺旋階段になってますんや、明治時代の桜宮橋の遺構でっしゃろか。

歩行者が国道1号線から桜之宮公園へ出入りする通路になってまんな。

(桜之宮公園の 桜並木)

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大川(旧淀川)の両岸で毛馬の洗堰(あらいぜき)から天満橋までを
桜之宮公園と呼びまんねんで、
細かくは都島橋より上流を毛馬桜之宮公園とも呼ぶこともおますかな。

桜之宮と言う地名は読み方は同じでっけど何故か漢字で書くと色々とおますんや。

JRの大阪環状線は「桜ノ宮駅」と駅名標には書かれてまっせ。

顧問教師の体罰問題で自殺者を出して有名?になった学校は「桜宮高校」

桜宮神社と現在は略されているけど正式には「櫻宮神社」だそうな。

大川の両側に在る公園は「桜之宮公園」と呼びまんねん。

先程、紹介した国道1号線の橋は「桜宮橋」(さくらのみやばし)でしたな。

(桜之宮公園から 桜宮橋を望む)

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(桜之宮公園の お隣は造幣局ですよ)

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今年の造幣局通り抜けは4月16日~4月22日までの予定でっから
今日は造幣局博物館を見学する方だけなんで人影もまばらでんな。

通り抜けは北行きの一方通行になりますんで、わてが歩いている
この桜之宮公園は天満橋へ戻る帰り道になるんでっせ。

(造幣局の八重桜)

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あわてんぼうの八重桜もおますんや、まだ二週間も先なのに
お隣のソメイヨシノにつられて満開の木が1本だけおまっせ。

他はまだ蕾が堅い八重桜ばっかりでしたけど。

このように金属製の柵が一つ有るだけで桜之宮公園とはお隣同士なんだっせ。

(漁師料理屋形船 海里丸)

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大阪で唯一の調理場を備えた遊覧船で定員55名で本格的な魚料理が出るとか。

なんでも冬はふぐ料理・夏ははも料理 も用意できる屋形船で通信カラオケまで
積んでるそうで、一運航が120分の宴会ができるとかで人気急上昇中だそうな。

山陰は香住港の元漁師さんが大阪へ乗り込んできた本格料理の屋形船なんだって。


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(一本松海運の どうじま号)

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こちらは暖かい日は風防を収納して川風に吹かれながら遊覧する船でっせ。

雨の日や寒い日は風防を下ろして遊覧するような仕組みの船なんだって。

(大阪水上バスの  ひまわり号) (京阪電車のグループ会社)

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この船は帝国ホテルと提携して遊覧船の中で西洋料理などが味わえるとか。

ランチクルーズで 4725円~6300円 (80分)

ディナークルーズは 8925円      (90分)

アフタヌーンクルーズは 2625円    (50分)

お値段からするとそんなに高級な料理ではなさそうだけどね。

アフターヌーンクルーズは コーヒーか紅茶に 帝国ホテルのケーキなんだって。

(川崎橋の上から 桜之宮公園を望む)

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「水都おおさか」とPRしてまんねんで、そんな効果がでたんでっしゃろか。

水上バスや遊覧船の会社が現在は12社が運航しているそうですわ。

数年前までは7社で年間30万人ぐらいだったのが現在は12社で46万人だとか。

桜のお花見で本日はフル稼働のようで、ひっきりなしに船が航行して行きまっせ。

でも水上バイクが無謀な運転をするとかで水上バスとの接触事故が発生しないか
業界の方は心配しているとか新聞にも載ってましたけど。


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(大阪城 & 通過中の京阪電車)

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まだ午後の4時過ぎでっさかいに、ここまで来たらもう一軒だけ、はしごしまひょ。

大阪城の桜を久しく見てまへんのでそちらへ向かいまっさ。

長くなりますんで、大阪城の桜は次回にさせて貰いま~

ほな~  これで、さいなら~

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鉄ちゃん爺や    京都 醍醐寺で お花見

2013-04-02 21:10:52 | 
今回は京都の醍醐寺まで少し遠出をしてきましたんや。

昨年の5月にもブログに載せましたんやけど、醍醐寺と言ったら
やっぱり桜が満開の時に行くべきですわな。

そんな訳で3月30日の土曜日に行ってきましたで。


(醍醐寺 総門の近くに咲く 枝垂れ桜)


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醍醐寺と言えばやっぱり「枝垂れ桜」を見るべきでっしゃろな。

全体は五分咲きと新聞に載ってましたんやけど、枝垂れ桜は満開に近い趣でしたわ。

よう分かりまへんのやけど、ソメイヨシノより早めに咲きますんでっか?

醍醐寺の総門から参道を見るとこんな感じでっせ。



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昨年の5月中旬に来た時は歩いている人なんか、ほとんど見られませんでしたがな。

やはり桜の時期だけはホコテン並みの大混雑でびっくりしまっせ。

昨年の画像ではこんな感じでしたかな。



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この参道を「桜の馬場」と呼びまんねんで、両側に桜が植わってますんや。

桜が咲いているとこんな感じに風景が変わりまっせ。

ぜんぜん~ 違いまっしゃろ。



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前回は三宝院には入場しなかったんで、最初はここを拝観させてもらいまひょ。

太閤秀吉が死ぬ半年前ここで「醍醐の花見」をやったのはご存知でっしゃろ。

その花見に備えて秀吉の命で再建されたのがここ醍醐寺・三宝院だそうだっせ。


(醍醐寺 三宝院の唐門)


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この表示板は間違っていると思うんだけどな~

慶長4年と言えば西暦で1599年のはずで太閤秀吉が亡くなった次の年ですわ。

慶長4年は正しいけど西暦が間違っているちゅうことでっせ。

だから太閤秀吉さんはこの唐門は見てはりまへんのや。

平成22年に修復して黒漆塗りに紋を金箔で施したようでんな。

江戸時代には朝廷から勅使が来られる時しか開かれなかった勅使門だっせ。

こんな金ピカでは国宝と言われてもイメージに合わないんと違いまっしゃろか。


(醍醐寺 三宝院の山門)


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江戸時代には皇族か五摂家の方が歴代の座主になる門跡寺院だったそうな。

現在でも醍醐寺の本坊的な存在で、この三宝院が本庁みたいなもんですわ。


(醍醐寺 三宝院の大玄関)


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大玄関の側にも見事な枝垂れ桜が咲いてまっせ。


(三宝院の 枝垂れ桜)


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(三宝院の枝垂れ桜と 自分撮りで撮影)


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この大玄関から先は全て撮影が禁止されてますんや。

国宝の表書院から眺める特別史跡・三宝院庭園は見事なもんでっせ。

太閤秀吉が基本設計をしたと言われてますんや。

「醍醐の花見」の際にはこの庭園を諸大名や女房衆に見せて自慢したんでしょうな。

撮影禁止なので拝観券しかおまへんけど貼り付けて置きま。


(醍醐寺 拝観券 二ヶ所選択)  (1000円)


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左端の画像が三宝院の表書院(国宝)から庭園を眺めた風景でおます。

それじゃ次は桜の馬場を歩いてみまひょ。



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(醍醐寺 仁王門)


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(醍醐寺・仁王門の 金剛力士像)


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ここから奥へ行こうとしたら今日は拝観券が入まんがな。

昨年の5月中旬に来た時は無料で金堂と五重塔まで行けましたのに。

霊宝館の枝垂れ桜を見たいのでここから奥は昨年の画像で失礼しまっさ。


(国宝 醍醐寺の 金堂)


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(醍醐寺 金堂のご本尊) 


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今日は係員が居て写真は撮れないと思いまっせ。

昨年は誰も見てなかったので撮影禁止の堂内へ入って内緒で写させてもらいましたで。

中央の仏像が醍醐寺のご本尊で薬師如来さんで国宝になってますわ。


(国宝 醍醐寺 五重塔)


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醍醐寺は名前の通り醍醐天皇の勅願寺で、第一皇子の朱雀天皇が醍醐天皇の
菩提を弔う為に五重の塔を建立するように命じたそうですな。

途中で崩御されたので御意を次いで第二皇子の村上天皇の世に完成したそうですわ。

なにせ西暦951年(天暦5年)竣工の京都市で一番古い建造物ですな。

京都市内は応仁の乱などで古い建物はほとんど焼失し室町時代以降の物しか
残って居ないので、これは貴重な文化遺産なんだっせ。

ほな~ 霊宝館の方へ向かいまひょ。


(醍醐寺 霊宝館の 山門前)


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敷地は醍醐寺の塔頭だったので山門だけ残して内部は鉄筋コンクリート造りで
約10万点もある醍醐寺の寺宝を保存している宝物庫でおます。

なにせ醍醐寺ちゅうのは国宝が41点・重要文化財にいたっては6万点を超えている
こんな大量の重要文化財を守り通したお寺は珍しいでっしゃろな。

明治の廃仏毀釈の嵐の時も「当山派」と呼ばれる修験道の方たちが寺宝を守り
ただの一つも外部に流失させることもなかったそうですわ。


(醍醐寺 霊宝館の建物)


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(霊宝館の庭から 三宝院の唐門を撮影)


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霊宝館の庭にも枝垂れ桜が、ぎょうさん植わってまっせ。

上の画像では霊宝館の外壁越しに桜と三宝院の唐門がみえてますわ。


(霊宝館 中庭の枝垂れ桜)


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この枝垂れ桜には名前が付けられてますな、「深雪」(みゆき)

上醍醐寺がある醍醐山を別名「深雪山」と呼ぶんでそこから拝借したんでっしゃろ。

醍醐寺の山号も「醍醐山」または「深雪山」とも呼ぶそうだっせ。

そやから「深雪」は醍醐寺を代表する「枝垂れ桜」ちゅうことになるんでっしゃろな。



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自分撮りで写してたら親切な女性が代わって撮ってくれはりましたんや。



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さるすべりの木かと思って見上げたら見事な赤松の木でしたがな。


(霊宝館 玄関前の赤松)


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(醍醐寺の 桜を並べてます)


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(だいごばち  1鉢 3000円) (八重桜?)


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(先程 写真を写してくださった 京美人の後ろ姿)


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これで醍醐寺の桜はお仕舞いにさせてもらいまっさ。

この日は大阪城の桜をハシゴしましたんで次回は大阪城の桜を紹介しまひょ。

ほな~  これで、さいなら~
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