鉄ちゃん爺やの 独り言

鉄ちゃん爺やは大阪に住んでますので
画像で隠れた関西の名所も紹介します。

富山市で美味しいお酒と料理を楽しみました~♪

2024-06-30 19:04:08 | 古墳
富山市内での宿泊は何年ぶりかしら?

現役時代は1泊の出張で市内のホテルに良く泊まったもんです。

(県鳥 雷鳥のモニュメント)(特別天然記念物)

ホテルの前にこんなモニュメントが置かれていました。

1981年に設置だから当時も数回は宿泊したんだけど
気が付かなかった、仕事だったのでカメラ持たずだしね。

(ホテルのすぐ北側 松川の流れ)

(ガス灯も有ります)


桜並木が植わってますが花はやはり少し早すぎましたね。

遊覧船で川面から満開の桜を一度だけ見たかったけど残念でした。

(能登半島地震の復旧工事中)






今年元日の能登半島地震に近かったので富山市内でも
道路のひび割れや河川敷の損壊が有ったようですね。

ここから少し歩くと富山城址公園になりますんや。

(富山城の 千歳御門)



富山市内は昭和20年8月の大空襲で大きな被害を受けたと聞きます。

富山城も明治維新で破却されてしまったので、江戸時代の建造物として
この千歳御門が江戸時代の様式を伝える唯一の貴重な文化財との事。

(富山城の天守閣)
現在は郷土博物館として城内が公開されています。

昭和29年に産業大博覧会に合わせて再建された模擬天守閣との事。

天守閣の南側へ出たかったが能登半島地震で破損し立ち入り禁止
外堀からの写真が写せなくて元の千歳御門の方へ逆戻りでおます。

(日本庭園から富山城を望む)



江戸時代の寛永年間に加賀前田藩2代藩主前田利常公が次男の
前田利次に10万石を与えて支藩として設立したのが富山藩前田家。

これは前田利次が2代将軍秀忠公の次女である珠姫の子供だったので
優遇されたとの噂で、支藩でも10万石とはご立派ですこと。

城址公園の外れに松川茶屋がありその館内に滝廉太郎記念館が。

明治時代には富山県庁がこの辺りに在ったそうです。

(滝廉太郎記念館 滝廉太郎の肖像)



(有名な荒城の月 歌詞)
父親が富山県庁の書記官で赴任し小学生時代を富山城の横で育った
そんな由緒もあり松川茶屋の一部を滝廉太郎の記念館にしたとか。

荒城の月の歌詞は豊後の竹田城だとか、流転の歴史である富山城など
本人は何処の城とは説明をしていないが日本人なら誰でも知る歌のはず。

ホテルに戻りチェックインし久しぶりに大浴場で入浴でした。

ホテル横の料理店の優待券を貰ったので、飛び込みの入場でおます。

(日本料理店 鯛家 調理場を見ながら)

(まずは~ 生ビールで乾杯!)

左側は富山名物の「ほたるいかの黒作り」が出てきました。

大阪で食べるようなボイルした物じゃなくて生ですからね。

やはり富山は海産物なら日本一だと言われるほどの宝庫ですよね。

(日本酒 大吟醸 立山)



飲みやすい日本酒で平成2年~9年頃まで近くの桜木町で
地元メーカーの部長さんと飲む際はこの「立山」でしたんや。

二人で一升を空けたもんですが今じゃとてもダメですけど。

(鰤と甘海老の 刺身の盛り合わせ)

(名物の ぶり大根)

これが飛び切りの絶品でして鰤の骨からエラまで口の中で
とろけるような感じで、考えられないような柔らかい食感ですわ。

一かけらも残さずに全て鉄ちゃん爺やの胃袋に収まりましたで。

当店自慢の一品でございますと仲居さんのお言葉でした。

(ご満悦の 鉄ちゃん爺や)

(日本料理  鯛家の店内風景)

(富山名物 シロエビの刺身)

お値段は張りますが、大阪でもこれは食べれない一品ですからね。

天婦羅にして食べたことは有るけど、刺身で食べるのは初めて。

(日本酒 純米吟醸  黒部峡)

(山菜の天婦羅です)



ほろ酔い加減でホテルへご帰還でございました。

今回の旅行ではこれが最後の夜で少しばかり贅沢な夕食でおました。

ほな~ 今日はこれにてお仕舞にしまひょ。

次回は新しく延伸した北陸新幹線の敦賀駅他を紹介します。

それじゃ、これで、さいなら~♪


コメント (6)
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北陸新幹線で  越中の富山へ

2024-06-24 18:24:16 | 旅行
(信州のお酒 真澄)

(信州のお酒  松本城)



(居酒屋 太助)
「馬刺し」が食べたかったので昨夜はホテルの近くで見つけた
居酒屋さんへ飛び込みで、日本酒を少し飲み過ぎ二日酔いの感じ。

この日はAM6時ホテルで一番乗りの朝食を終えてJR松本駅へ。

(JR松本駅 お城口駅舎)





(JR松本駅舎 お城口駅舎)(2011年撮影)

前回は2011年4月の東日本大震災の直後に訪れましたが
その際とJR松本駅は、ほとんど変わりがないように思いまぁ。

北アルプス側の出入り口は改造されて新しくなったのかも?

(211系 普通電車)



前回までは115系の近郊型電車だったので全席がクロスシート
今回は211系に変わり通勤電車のようなロングーシートでおます。

JR東日本はロングシートの車両を増やしているので私のような
旅行気分で電車に乗る者にとってはサービス低下と感じる次第。

JR松本駅から篠ノ井線で各駅停車でJR長野駅まで。

ロングシートの電車なので写真が写せまへんでした。

2011年に通過した頃の画像を貼り付けておきます。

(JR篠ノ井線 明科駅名標)
(JR姨捨駅から川中島平を一望する)
(JR姨捨駅に停車中の 115系電車)
懐かしい信州色の115系近郊型の電車でおます
数年前に残念ながら全車両が引退してしまったとの事。

(姨捨公園の標識)

AM7時30分にJR松本駅を発車してAM8時45分に
定刻通りにJR長野駅に到着しました。

(JR長野駅 善光寺口の駅舎)



北陸新幹線の長野駅は従来通りですが在来線の駅舎が
新しく立派な姿で蘇ったように感じました。

こちらが善光寺への参詣に訪れる表参道につながりますかな。

(北陸新幹線長野駅側の駅舎)

(長野市の マンホールの蓋)

こちらは2011年4月に撮影した際と同じように感じます。

なんだか善光寺側が立派になりましたので裏口のような感じがし
人通りもまばらで、すれ違った人も2~3人だったはず。

(善光寺本堂)

長野市と言えば善光寺ですよね、牛に引かれて善光寺参り!

2度ばかり参詣しました、前回は2009年だったかな。

ホテルからタクシーで開門時間に合わせて飛び込んんだはずで
この時はご朱印だけ拝領して次の地点へ動いた記憶がおます。

初めて訪れたのは子供がまだ小学校の頃で家族旅行で、この時は
内陣を一回りしてご本尊の前立とか称するのを拝見したはず。

(北陸新幹線の延伸図)



1997年に当時は長野新幹線として東京駅から長野駅まで
開業した頃は、鉄ちゃん爺やは関東に単身赴任して2年目。

そして2015年に北陸新幹線と名称が変わり金沢駅まで延伸。

今年の3月16日に福井県の敦賀駅まで開通したのをご存じかも。

(1998年長野オリンピックのロゴマーク)

このパネルは前回に訪れた2011年にも駅構内に掲げられ
その際も写真を撮ったような記憶が残ってますんや。

(北陸新幹線 かがやき509号 指定席特急券)





(北陸新幹線 かがやき509号 長野駅に到着)

北陸新幹線の「かがやき」は大宮駅を出ると長野駅までノンストップ
約1時間チョイで走りますので凄く長野駅が近く感じるかも。

そして長野駅から富山駅までノンストップで約46分ですから
関東から北陸が随分と近くなった感じがするんですよね。

鉄ちゃん爺やは長野駅までは大宮駅から一度だけ乗りましたが
長野駅から二つ目の上越妙高駅までは初体験となります。

(北陸新幹線 かがやき509号 4号車)



指定席に座ろうとしたら通路側の席から「わん~!」と
犬に吠えられてびっくりしましたがな。

まさか~ 新幹線の車中で犬に吠えられるとは想定外ですよね。

ご婦人がケージに愛犬を納めて乗車されていたようです。

ごめんなさい~ と謝られたので、良いですよと返事を。

(富山市内の 昔の得意先の工場)



引退するまで10数回ほど出張で訪れたことのある工場です。

FRPで高級なユニットバスを製造していた日立さんの孫会社。

現在は日立グループから外れてヤマダ電機の支配下に移ったとか。

立ち上がって写すべきでした失敗の画像になりました。

(北陸新幹線 富山駅舎)

(前回2014年 工事中のJR富山駅舎)

(JR富山駅 ガード下のSHOP)



前回に訪れた際は在来線がまだ地上を走っていましたんや。
北陸新幹線は高架が完成し試運転が始った頃だと思う。

左側の壁のようなのが北陸新幹線の富山駅になります。

(JR富山駅 地上のホーム)(2014年10月撮影)

(何度かお世話になった 立ち食いそば)

(特急はくたか号  富山駅着)(2014年10月撮影)

この地上を走っていた在来線も2015年から高架の上へ。

越後湯沢駅から富山駅まで走行していた「特急はくたか号」は
廃止となり北陸新幹線の「はくたか号」に引き継がれました。

当時は富山駅前で南北で分断されていた路面電車が富山駅の
駅舎の高架下を通過して相互に走れるようになったようです。

(富山LRT 富山駅北終点) (2014年10月撮影)



(今夜の泊りは マンテンホテル)
キャリバックをフロントに預けて路面電車で岩瀬浜へ

各地で流行のLRTの路面電車を待って乗りました。

(富山市の路面電車 車内風景)





岩瀬浜は江戸時代には北前船の風待ちの港だつたそうです。

現在はひなびた漁港で富山名物の「白エビ」の水揚げ港だとか。

(日本海を見ることができました)

(油槽船が座礁してます)



(砂浜の向こう側は 日本海です)
(岩瀬浜駅)

(富山市の LRT路面電車の車内)

富山駅から岩瀬浜駅までは国鉄時代は富山港線という路線でした。

国鉄民営化の際にLRTの路面電車となり最近では全国でも
黒字の経営を誇る優等生の交通機関として注目が。

(富山駅高架下の 路面電車)

旧型の路面電車は富山駅高架下で折り返し運転になるようで
新型のLRTは高架を潜り抜けて岩瀬浜駅に直進します。

旧型は富山駅高架下を折り返して南側の市内を循環するようです。

(富山市の 旧型路面電車)

(富山市の 旧型路面電車)

(富山市の  LRTの新型路面電車)

長くなりますので本日はこれでお仕舞にしまひょ。

次回は富山城周辺散策と旅行最終日の夜になりますので
最後の晩餐と洒落込みまして富山の料理を紹介する予定。

ほな~ これで、さいなら~♪















コメント (4)
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おさらば東京~♪  次は信州の松本へ

2024-06-16 19:04:45 | 鉄道
7日間の東京・千葉・埼玉・神奈川の旅を終えて
JR赤羽駅からJR新宿駅へ向かうことにしました。

(都内から北陸回りで大阪市内行き 普通乗車券)

東海道新幹線なら8910円ですが2090円だけ割高でおます
有効期間は5日間です、信州から富山を回って帰ることにしまっせ。

入場と途中下車を繰り返しているが、新幹線の改札4回は想定外なのか
自動改札でブザーがなって、北陸新幹線の敦賀駅で駅員さんが確認し
OKですと途中下車した際の画像。

(JR赤羽駅 北改札口)





単身赴任中を含めて常にJR赤羽駅は乗り替えの拠点でした
都内ではローカルな地域ですが思い出は数えきれないほど。

もう来ることも無いと思えばすこし感傷的な気分でおます。

見納めのJR赤羽駅から湘南新宿ラインでJR新宿駅へスタート。

(JR新宿駅南口)

(JR新宿駅 東南口駅前広場)



(コヒガンザクラの木)

平成の3年だったか4年だったか今は記憶が薄れてしまったが
悪友4人で訪れた高遠城址のコヒガンザクラに、ご対面でした。

ソメイヨシノとは色が少し異なって美しい桜の品種ですよね。

(特急あずさ9号 松本駅行き)

(あずさ9号 指定席特急券)






AM9時定刻にあずさ9号はJR新宿駅を出発進行!

鉄ちゃん爺やは鈍行列車の旅が専門みたいなもんでしたので
「特急あずさ号」は今回が初めての乗車となりますんや。

何時もは日野春駅で追い抜かれたり見送ったりの立場でした。

今回は最初で最後になるJR新宿駅からJR松本駅までの乗車でおます。

JR八王子駅まではのんびりと快速電車と変わらん走り方を
JR高尾駅を過ぎるとスピードを上げてやっと特急らしくなりました。

(あずさ9号から 富士山を望む)
確かJR甲府駅の手前で撮影した富士山だと思いまんねん。

まだ中腹まで残雪に覆われた素敵な3月下旬のお姿でした。

(あずさ9号 車中にて)

(甲斐駒ヶ岳の雄姿だと思いまぁ)



JR長坂駅かJR小淵沢駅の手前で撮影したように記憶しますんや。

まもなく山梨県を通過して長野県に差し掛かりますかな。

標高990mと中央東線では一番高い地点を通過しますよ。

(信州に入りました)

諏訪湖が見えてますが画像では残念ながらハッキリしまへん。

やはり写真は鈍行列車の方が焦点を絞って写しやすいでんな。

(終点松本駅に まもなく到着です)

(JR松本駅の 中央通路にて)(北アルプスの説明図)
(鉄ちゃん爺やの デジカメでは)

ガラス越しの撮影なので常念岳も迫力には少し欠けますかな。

3月下旬ですが北アルプスの山々はまだ冬景色のままですからね。

(JR松本駅 お城口にて自撮り)

今日のチェクインはPM3時なのでキャリーバックだけを
ホテルに預けて、身軽になって散策することにしましたんや。

(本日の宿泊するホテル)

お昼の12時を回りましたので蕎麦屋を探しながら松本城の
方向へ歩いてみました、信州に来たらやはり蕎麦ですわな。

(天婦羅蕎麦)

腹ごしらえを終えたら国宝の松本城へ向かいまっせ。

約10年ぶりになるはず、新しい太鼓門も再建されたとの事。

(松本城の石碑の前で撮影)

観光協会らしい女性が自撮りをしていたらお助けに。

写しますよ~ と声を掛けられての1枚でした。

この石碑は10年前と少しも変わりはないようです。

(国宝 松本城天守閣)

五層六階の天守閣としては日本最古と言われている国宝ですね。

姫路城と並んで日本で最も人気の有る天守閣だと考えます。





三角形の雪を被った山が、北アルプスの常念岳ですよ。

この日はお天気が良くて松本城と北アルプスが奇麗に写せました。

(松本城の天守閣への入場口) (通称=黒門)

入場制限をしているようで約60分待ちだとのことで諦めました。

ここもインバウンドの影響で外人さんが多いようですね
2度ばかり天守閣には登ったし、階段だけのはずで厳しいことも有り。

再建された太鼓門でも見学することにしますかな。

(松本城 太鼓門)
(高麗門=二の門)

(太鼓門を内側から撮影)

前回に来た時は石垣だけが残っていて、明治4年に破却されたとの
掲示板だけだったと記憶しますんや。

太鼓門の内側右手に二の丸御殿跡が整備されているようでした。




(松本城 二の丸御殿跡)



(もう一度 松本城天守閣を眺めて)

(外堀の駐車場より 松本城天守閣)

(遠くに美ヶ原の山頂が)

息子がまだ3歳ぐらいの夏に一度だけバスで頂上まで登ったはず
確か標高2000mを超える見晴らしの良い高原だった記憶。

(松本城 歴代3藩主の家紋)


初代の石川家は  笹竜胆で石川源氏のルーツを示す

2代目小笠原家は 三階菱で戦国時代にも信濃の守護職を

3代目戸田家は  六星紋で江戸時代を長く藩主として幕末へ

(松本市立物館)

江戸時代の戸田家に仕えた重臣クラスに伝わる名刀が
無料で拝観できるとの事で入場してみました。

(江戸時代 戸田家の重臣 青沼家に伝わる名刀)








(江戸時代 戸田家の重臣 松崎家に伝わる名刀)



(大身槍  青沼家所蔵)



(次回は 戸田家臣団 所蔵品 4月20日公開)









(松本市の 民芸品 てまり)

松本市ではマンホールの蓋のデザインとして採用されてますよ。

和歌山市も同じく、てまりがマンホールの蓋に、こちらは
てんてん~ てまりの~ てがとれて この歌で有名かも。

(松本市のマンホールの蓋)


(左折 野麦峠を超えて飛騨の高山へ)

(J3 松本山雅の マンホールの蓋)





松本山雅=やまが と呼ぶようで今年は現在の処はJ3の順位で5位
もう少し頑張ればJ2へ昇格も期待が出来そうな位置なのかも。



本日はこれまでにしまひょ。

次回は松本市内を経て、北陸新幹線の富山駅までを紹介します。

ほんなら、 これで、さいなら~♪
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旧岩崎邸庭園から 上野公園まで

2024-06-09 16:02:17 | 東京の街
3月29日この日は都内を散策できる最終日でおました。
午前中は雨に祟られましたが、午後からお天気は回復に。

(旧岩崎邸庭園 入場券 シニア割200円)

(旧岩崎邸庭園 洋館の正面を撮影)

旧岩崎邸庭園は1896年(明治29年)岩崎彌太郎の長男で
三菱財閥3代目の社長・岩崎久彌の本邸として造られたそうです。

往時は1万5千坪の敷地に30棟の建物が並んでいたようですが
現在は3分の1ぐらい約5千5百坪の敷地に洋館・和館・撞球室の
3棟が保存され国の重要文化財に指定されているそうです。

(旧岩崎邸庭園への 馬車道)





(旧岩崎邸庭園 洋館の玄関)

(旧岩崎邸庭園 洋館1階)
































(階段から1階部分を撮影)
(これに気が付かず 係員さんから注意を!)





(結婚式の写真撮影のようです)

(旧岩崎邸庭園 和館大広間)











(洋館の玄関を 内側から撮影)

(和館を庭園から撮影)



(和館を背景に自撮り)

(和風の庭園)



(旧岩崎邸庭園  洋館を庭園から撮影)

(旧岩崎邸庭園 撞球室)

(撞球室の内部を撮影)

撞球室(どうきゅうしつ)はビリーヤード場のことで上流社会では必須
洋館と地下道で結ばれているそうですが、現在は非公開に成っています。

(三菱の社標の由来)

江戸時代の主家であった土佐の山内家の三ツ柏と岩崎家の家紋
三階菱を合わせて新しくスリーダイヤを三菱の社章としたようですね。

(南側から旧岩崎邸庭園 洋館を撮影)

(旧岩崎邸庭園  洋館を北側から撮影)

(旧岩崎邸庭園 洋館の玄関先のイチョウ)

(冬枯れでイチョウは枝のみでした)

(池之端1丁目の住所表記)



不忍通りへ出て本日最後の散策は上野公園の西郷さんの銅像前へ。

夕方の5時近くになりましたので有料の施設は時間切れですわ。

(上野公園 不忍池を南側から撮影)





確かこの日は東京都で桜が開花した日だったと記憶する。
昨日もここに来たけど1日で桜が咲き出した感じ。

(上野公園での お花見風景)

(上野公園の桜)

(西郷どんの銅像)



西郷どんの銅像も今日で見納めになりそうですわ。

西郷隆盛さんの銅像と反対側には明治維新に際し上野公園で
幕府方の彰義隊で命を落とした人々を供養する墓が。

顧みる人は誰もなく寂しいお墓、勝てば官軍負ければ賊軍ですか。

(彰義隊の墓)



(国立西洋美術館)

(ロダン作 考える人)




(ロダン作 カレーの市民)



(JR上野駅舎 公園改札口)



本日はこれにてお仕舞にしまひょ。

次回はJR新宿駅から「あずさ9号」で松本へ向かいます。

ほんなら、これで、さいなら~♪



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東北新幹線が不通で  新横浜のラーメン博物館に変更!

2024-06-02 10:10:46 | 旅行
本来は東北新幹線で大宮駅から宇都宮駅まで乗り
昨年開通した話題のLRTに乗車しようと考えてましたんや。

3月29日午前7時過ぎにホテルを出発し京浜東北線で
大宮駅に到着して新幹線駅乗り換え口に着いたらこんな感じ。

(JR大宮駅新幹線 乗り換え改札口)
確か着いたのは7時40分ぐらいだったと記憶しますんや。

AM6時台の東北新幹線が延着の表示で困った乗客で混雑してまぁ。

ありゃ~ 東北新幹線は仙台駅~東京駅間が不通になってまんがな。

福島駅で保守用車両が油漏れを起こして運行できなくなったとか。

こりゃ~ 回復までは時間が相当かかると判断し行先を変更。

(地下ホームの 埼京線へ)

昨年からJR埼京線経由で神奈川県の相鉄線と相互乗り入れが。

よっしゃ、 これで新横浜方面へ向かおうと行先を変更。

(JR埼京線の 相鉄線乗り入れ用電車)



埼京線は大崎駅まで、そこから横須賀線の武蔵小杉駅へ
次に貨物線であるルートを通って相鉄線の西谷駅へ向かう。

手術前の2022年(令和4年)に新しく認可された路線で
関東でお得意のJRと私鉄の相互乗り入れのパターンでおます。

(相鉄線 西谷駅にて)

(相鉄線の西谷駅にて 上り新宿行の埼京線の電車)



ここから相鉄新横浜線で羽沢横浜国大駅を通り新横浜駅へ。

新幹線や在来線の横浜線で通過は何度もしているが降りるのは初めて。

新幹線の新横浜駅とは少し離れた地下駅から地上にでました。

(新横浜駅を遠くに望む)



(新横浜のプリンスホテル)

新幹線の車内からも円柱型のホテルが見えるはずですね。

新横浜駅の北側にビル群が建ち並び、南側はひっそりとした
住宅街のままになっているのが特徴的かもしれまへん。

(新横浜駅の南側へ向かう交差点)



(新横浜駅付近で 横浜市のマンホールの蓋)

雨は止みましたがマンホールの蓋は濡れてまっしゃろ。

新横浜駅から徒歩で10分ぐらいの処にメジャーではないんですが
新横浜ラーメン博物館(略してラー博)という施設がおますんや。

(新横浜ラーメン博物館の入り口)





入場料は65歳以上は100円と良心的なお値段ですわ。

ネットでは若い方に有名なようですが年寄りには未知の世界。

(夜泣き蕎麦の屋台)


昭和の時代には我が街の駅前にも終電車の客待ちをしてましたな。

鉄ちゃん爺やも飲み過ぎて屋台のラーメンを時々でっけど食べた記憶が。

(日本で初めてラーメンを食べた 水戸黄門さん)






現在のラーメンとは違って中国の麵料理だったようですけど。

歴史的に最初にラーメンを食べたのは水戸黄門さんと認知はされてまぁ。

(昭和33年頃をイメージした風景)


(地下2階の ラーメン店舗)

(本日のラーメン各店舗の 待ち時間)

浅草の来々軒か、もしくは熊本のこむらさ、食べたかったけど
現在の待ち時間は共に60分とあって諦めました。

博多の一風堂にしまひょ、30分待ちでしたが実際は19分でした。

(博多 一風堂の ラーメン)

(ラーメン各店舗の 即売場)

(全国のラーメン茶碗が展示されてまぁ)

(全国のラーメン店を紹介)



6週間単位で各地の40店のラーメン店が入れ替わりながら
ラー博の地下で観光客や地元の人に提供されるような仕組みですな。

(カップ麺の実演コーナー)





事前の予約で自分好みのカップ麺を4個作成しその場で1個を
食べて残りの3個は持ち帰るとの事。

大阪の池田市にも日清食品のカップラーメンを作るコーナーが
在りますが、それと同じようなシステムと考えられます。

長くなりますので今日はこれにてお仕舞にしまひょ。

次回は上野の池之端に在る旧岩崎邸庭園を紹介します。

ほんなら、これで、さいなら~♪

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