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私の読書遍歴、青年期

 高校に入っても本から離れることはなかった。

 ただ一つの例外は英語の教科書。苦手であった。高校まで塾など無縁であったが、流石に親も心配して高校3年の時英語の家庭教師をつけてくれた。

 この先生が青学の英文科の学生で、中学校一年のときの教科書を全ページを覚え、全問題を解くことから始まった。二ヶ月で中学2年の教科書に移り、半年後には中学の教科書全ページをなめ終わったのだ。

 残りの半年で高校の教科書を征服、英文学も読もうということで渡されたのが ウィリアム サローヤンのMy Name Is Aramだった。

 この勉強の感覚、本を全ページ端から端まで読み尽くす感覚は、昔の読書体験と符合した。そして先生から、このくらいの辞書は持っていなさい、と言われたのが研究社の新英和大辞典。



 これで受験は万全と思ったが、人生そう甘くなく予備校に通うことになった。

 この予備校の英語の講師が鈴木長十だった。50年以上前のテキストCHOICE EXERCISESをまだ大事にとってあるが、びっしりと書き込みがある。それまで神聖な本に書き込みをするなど考えられない私であったのに。

鈴木長十 CHOICE EXERCISES 1960

 鈴木講師の講義は楽しいの一言。英語に対する垣根が低くなり、他言語への興味がわき始めた。この翻訳、なにか違和感がある、などと生意気なことをつぶやきながら、ペーパーバックを読み始めたのもこの頃だった。
 

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