草若葉

シニアの俳句日記
 ~日々の俳句あり俳句談義あり、そして
折々の句会も

今日の俳句/初旅(龍峰)

2017-02-03 | Weblog
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 明治25年10月、正岡子規が26歳の時、都内から箱根、修善寺、三島、熱海そして小田原へと徒歩で俳句を作りながらの旅に出た。その旅は気の赴くままに、峠の茶屋でうまい団子があれば食べ、山谷で日が暮れれば宿を探し、足を引きずり、駕籠かきに嘲笑されても気ままな旅を、当人は楽しみながら続けた。その紀行を「旅の旅の旅」という短い手記に彼はまとめた。
出だしの俳句は

       旅の旅その又旅の秋の風

 どうやら子規は旅に出る時、行先の他は何も決めず、旅の道中で起きるハプニングや色々な人との出会いこそ又旅であり、旅の面白さであると悟ったようである。これを「旅の旅の旅」と称したのでないかと思うのである。


 昨年の大晦日、早朝の神戸ベイシャトルにパスポートのみを持って乗船するように妻と私は彼から言われた。行き先は分からない。一行は彼と彼の妻そして我々の4名である。やがて関空にてチェックイン。この時に行先は台湾の高雄であることが判明した。高雄に到着すると空港よりバスにて約50分南東の東港へ、しかし、ここは目的地ではないようである。ここからさらにジェットフェリーで30分、沖合の小島に漸く辿り着いた。ここは小琉球嶼と称する、これまで聞いたことも地図で見たこともない初耳の島である。どうやらここが旅の目的地のようであったようである。

 私事で恐縮だが、我々は昨年、結ばれて50年の節目を迎えた。その時彼から正月に小旅行をしようと言われた。ここで彼とは愚息の事である。この彼は少し変わった旅が好きでマダガスカル、スリランカ、ネパール、バングラデッシュ、ミャンマーや中国の奥地などなど、開発途上国の未開地を、計画なし、出たとこ勝負の一人旅をするのを趣味としている。今回の初旅は彼の計画である。尚、「旅の旅の旅」も彼の紹介である。


 小琉球嶼は周囲12km、歩けば2時間、バイクで回れば1時間もかからないようなかわいいサンゴ礁でできている島である。人口は2000人とも言われるが不詳。漁業が7割。冬でも20℃以上で着いた時26℃であった。年の300日は晴天の由。台湾本土から水が送られてくる。島の交通機関はバイク、ホテルも銀行もない。郵便局は一つ。民宿は80軒。しかし、なぜかセブンイレブンが2軒ある。ここは台湾本土や近隣からの観光客で賑わうようである。但し、英語も日本語も通じない。一番は台湾語である。3日間日本人には一人も会わなかった。50年ほど昔に戻ったような感覚である。


 島に着いて船から上がると、さて今夜の宿はどうするかと思案、する間もなくわんさとたむろしている客引きのおばちゃんに袖を捕まれた。しかし、何を言っているのかさっぱり分からない。日本語と片言の英語、後は身体総動員のボデイランゲージで話しかけるもさっぱり理解できず。唯、おばちゃんは客引きのプロ、感がいい。先刻我々の欲するところは承知しており、バイクに載せられ英語が出来るバイク屋の若い青年の所へ連れて行かれた。そして宿探しの詰めが行われた。かくして島の2夜の宿を確保。2階建ての一軒家、夏のみ開けていて冬は閉じているのを開けて貰った。湊の背後の小高い丘で見晴らしがよい。

 長い一日の疲れからか、いつもより早く眠りについた。ところが、突然眞夜中に大音響の破裂音で叩き起こされた。さては習近平の兵が攻めてきたのかと思ったが、窓の外にはきれいな火柱が上がる。見ると花火。午前零時のカウントダウンの花火である。そういえば今日は大晦日、今頃は紅白が終わって、ゆく年くる年を見ている時刻だと思い起こした。

       初旅は南海の島旅のたび

       
 午前5時半ごろに起きて4人で丘の上から湊の向こうに上がる初日の出を拝みに行った。今年の初日の出は生涯忘れ得ぬ思い出に残るものとなるだろうと、日の出を待ちながら思えてきた。

       さんご礁のかなたに拝む初日の出
       波音の寄する異国の初日の出
       新春の海に華やぐ鳥の声


 渚に下りて散策。さんご礁の島と言えば宮古島を思い出すが、さんごのかけらの石が色々な模様や色があって面白い。

       冬ぬくし渚にさがすさんご石  
       冬日向島のみやげはさんご石

 
 バイク2台を借りて島一周の旅に出た。バイクの後ろに乗るのはあまり経験がないので怖いものである。自分が運転する方がよほど安心である。しかし、若い者には負ける。南の島である故にガジュマルや鮮やかな花々が咲き、海にはウミガメが泳いでいる。貴重な砂浜には人が朝から泳いでいる。ゆっくりと一日かけて寄り道しながら島を巡る。土地の名物を食べながら大いなるカントリーサイドを満喫する。
帰りて宿の前から湊をスケッチする。



 夕方島の反対側でサンセットも見ようということでまたバイクで出かける。

       乾坤の雲間にかくる初入日
       黄金のひとすじ海に初入日

 当然のことながら新年と言ってもここは旧正月の国、街には新しい年の飾りは何もない。

       元旦や飾り一つなき異国の島


 今年の元旦はお節もお雑煮も何もない正月であるが、どこかほっとするような、一茶の心境のような感じがしてくる。

       翠なる小琉球嶼旅の春

 今回一つだけ困ったことが生じた。島に着いて台湾ドルに換えようとするもATMがほとんどない。町中のコンビニのATMはなぜかカードを受け付けてくれない。唯一つの郵便局のATMに行くも、新年の休みでやはりカードを受け付けてくれない。明日の朝飯までは4人の持ち金合わせて何とか食べられるが、後は暮してゆけないと。
 2日の朝から現地通貨入手を手分けして当たることになった。飛び込んだのが漁船の監視所、そこで身振り手振りで台湾ドル入手を懇願する。実に親切な現地人、日本語を話せる友達をスマホで呼び出す。電話のカメラに日本円をかざすとその人は日本円相当の台湾ドルを目の前の親切人に指示、無事交換ができた。実に真面目に、一生懸命に知恵を働かして助けてくれた。この情けを味わえただけでも今回の旅の価値は十分あった。短い滞在ではあったが、別次元の、タイムスリップしたような滞在で、思い出に残る島となった。

 島より再びフェリーで東港に帰ってきた。そこの切符売り場で、手持ちの台湾ドルは未だ不十分であり、交換できるところがないか妻が窓口の人に訪ねた。ところがここでも親切な人に出会えた。近く大阪にに行くので個人的に替えて上げましょう、近くに英語がわかる弟がいるので呼んできましょうと、そして弟さんを介して無事台湾ドルの交換ができた。大阪に来て時間があればどうぞ連絡を下さいとアドレスを渡して帰った。

 10日程してかの弟さんから連絡が入り旅の途中で神戸に行くと。姉と子供、弟夫妻とスタッフで5名と落合う。こちら4名、総勢9名で神戸の一夜、再会と窮地で助けて貰ったことのお礼で、杯を上げた。
なんとも不思議なハプニングが詰まった旅となった。それにしても台湾の人々とはどこか波長が合い、話していてもさわやか、この国にいつまでも安寧が続きますようにと祈らずにはおれない気がしてくる。

 彼の目論んだ「旅の旅の旅」はどうやら成功したようであった。


 

    



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10 コメント

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ファーストコメント (ゆらぎ)
2017-02-04 08:11:56
龍峰さま
 いやいや一読して驚嘆しました。文の書き出しからして、いいですね。子規の紀行文は初めてです。ご子息のプランも素晴らしいし、それにブラインドで乗ったご夫妻も愉快愉快! スケッチを添えた紀行文も秀逸です。拍手・・・!!! 句のコメントは後ほど続報ということでお許しください。
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お礼 (龍峰)
2017-02-04 19:28:07
ゆらぎ 様

早々にご覧頂き、身にあまるお褒めの言葉をいただき、身の置き所に窮する心地です。有難う御座いました。自分の中にはないスタイルの旅をし、斯様な旅もまた楽しからずやというところです。しかし、自分たちだけで旅をする場合は従来通りでしょう。
拙句の辛口のコメントを楽しみにしております。
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好きな句など (ゆらぎ)
2017-02-05 13:31:39
龍峰さま

まさに「旅の旅の旅」! 早速キンドル版で子規の手記を読ませていただきました。
珍しい本をご紹介いただき、”どうしゃ!”
この子規の思いにふさわしい初旅は素晴らく、そして珍重すべき体験でしたね。
好きな句を挙げさせていただきます。

○初旅は南海の島旅のたび・・・万感の思いがこもっていて、心に訴えてきます。

○さんご礁(の)かなたに拝む初日の出
○波音の寄する異国(の)初日の出・・・に、のを抜いたらいかが? こんな体験をし                    てみたいです。

○乾坤の雲間にかくる初入日・・・珍しいことばを使われましたね。台湾の小島への旅に                ふさわしい気がします。
○黄金のひとすじ海に初入日・・・絶景が目に浮かんできます。

○翠なる小琉球嶼旅の春・・・旅の総括にふさわしい表現かと思います。
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お礼 (龍峰)
2017-02-05 19:18:02
ゆらぎ 様

早速「旅の旅の旅」を読まれるとは流石ゆらぎさんです。
拙句を6句もお取りいただき、感謝感激です。いずれの句も、日本の冬に比べれば格段に暖かい雰囲気で作ったものですから、何れも緩んだように思います。言い訳をしてもしょうがありません。取り上げて頂いた句の内、「波音の寄する異国(の)初日の出」で「の」に替えて「に」をリコメンド頂きました。再度深く読み込むと「の」の代わりに「や」で一旦切った方がより景が大きくなって感じられるかなとも思います。その他の拙句のコメントは褒め過ぎのお言葉です。しかし、大変有り難く嬉しく思います。有難う御座いました。
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好きな句 (九分九厘)
2017-02-08 11:37:39
 先ずは息子さんの親孝行に関心!いわゆるサプライズと言うものですね。楽しい正月が目に見えてきます。句会の最後の説明でちょっと不可解でしたが、この投稿で全容がよくわかりました。まさに「旅の旅その又旅」の子規との重なりが良く分かりました。好きな句を3句頂きます。

 初旅は南海の島旅のたび
  ロマンティックで作者の年齢は半世紀遡っている
  感じです。

 波音の寄する異国の初日の出
  「異国」の言葉がよく効いていいて、波の音も違
   ったものに聞こえます。

乾坤の雲間にかくる初入日
  乾坤の雲間とは、大きく表現されたものです。
返信する
お礼 (龍峰)
2017-02-08 21:18:57
九分九厘 様

色々コメントを頂き有難う御座います。更に3句をお取りいただき光栄です。
確かにサプライズでした。生まれてこの方、正月とはかくあるべしとイメージはがっつり固まっていましたが、今年の正月ですっかり吹っ切れてしまった気がします。但し、俳句を詠むという姿勢からは気持ちは揺れ動くものがあります。目の前の光景とこれまでの正月の経験とを絡み合わせる技を必要としました。慣れが必要なのでしょう。ともあれ、矢張り旅はいいものですね。
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好きな句とコメント (桑本栄太郎)
2017-02-09 12:22:19
龍峰様

お早う御座います!!。
 
 しばらく暖かったかと思えば、又寒の戻りで、当地京都洛西は朝から春の雪です。
春探しの散策にも出かけられず困ったものです。
 貴兄のご子息様がプレゼントされたと言う、サプライズミステリー旅行とは、貴ご夫婦の結婚50周年に相応しい素晴らしい思い出の旅行となりましたね!!。心からお祝い申し上げます。
 又、素晴らしい紀行文と紀行俳句を拝見しまして、大変感嘆しています。貴兄の新しい文学的進境著しい面を垣間見た思いで一杯です。
さてその中で、以下の御句を取り上げて見ました。

☆初旅は南海の島旅のたび
☆さんご礁のかなたに拝む初日の出
☆波音の寄する異国の(や?)初日の出
☆冬日向島のみやげはさんご石
☆乾坤の雲間にかくる初入日
☆元旦や飾り一つなき異国の島

 従来、身内の不幸などがあれば正月気分どころではないところ、全く文化も文明も違う海外で特別な正月を楽しめば、病みつきになりそうですね?何しろ煤払い他正月用意が不要ですから?。芸能人が良く正月にハワイ旅行へ出かける心情が理解できますね。
それにしても、ずいぶん親孝行の感心なご子息様ですね!!。
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お礼 (龍峰)
2017-02-09 21:04:29
桑本栄太郎 様

沢山のコメントを有難う御座います。
6句もお取りいただき感激です。
細やかなサプライズでしたが、正月から離れて過ごす場合の自分を観察するのに、いい機会となりました。結論は余りもう正月に執着しない気分になり、これも老いかと感じ入りました。
それにしても今年は雪も多く、いつまでも寒いです。立春とは名ばかりです。毎年冬の間、長野の焼額のスキー場の雪の深さを観察しているのですが、この時期、大雪であった一昨年は1・8m、昨年は1m、今年は3m積もっている。如何に今年は雪が多いかですね。暖冬とは関係なしの異常気象でしょうか。素人には分からない世界です。京都も今年は雪が多いですね。良き句がさぞかし出来るのではないでしょうか。どうもありがとうございました。
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好きな句 (四捨五入)
2017-02-09 22:33:58
龍峰 様

心のこもったご子息夫婦からのプレゼントに感動しました。現地語も英語も日本語も通じない土地を旅行するのは究極の旅の旅でしょう。このような環境だからこそ友情が生まれるのですね。
台湾は一度旅行したことがありますが、台湾の人の親切さに驚いたことがあります。「一つの中国」は認めたくないです。

南国の正月を詠んだ次の句を頂きました。外国での俳句は詠みにくいものですが、よく情景を読まれていると感じました。

  さんご礁のかなたに拝む初日の出
  波音の寄する異国の初日の出
  冬ぬくし渚にさがすさんご石
  元旦や飾り一つなき異国の島

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お礼 (龍峰)
2017-02-10 21:38:19
四捨五入 様

4句もお取り頂き有難う御座います。
又、色々コメントを頂き有難う御座います。
台湾は今年に入ってトランプのお陰で注目を浴びています。仰せの通り、親日的で一般の人はある意味日本は憧れの的のようです。日本への旅行者も多い。東北地震の時も最大級の義援金を日本へ送っています。一つの中国にならない事を祈りたいですね。
気候は暖かいし、食事は困らない、人は親切、近くて時差は1時間です。老いの旅先としては格好の国です。のんびり俳句何ぞを詠んでいると寿命も延びるというものです。
機会はあれば吟行に良いかもしれません(笑い)。有難う御座いました。
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